ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

167 / 178
第14話

【サイド6 近域 シャトル】

 

ハーディ・シュタイナー大尉――サイクロプス隊の隊長は、操舵室の薄暗いランプの下でふと拳を握り直した。窓の外にはイズマコロニーの輪郭が遠ざかり、星々が冷たく流れていく。任務は終わった。だが、その「終わり」は、彼の胸に重くのしかかっていた。

 

(これで良かったのか──)

 

自問は簡単には消えない。中立コロニーでの大統領の暗殺のための爆破は、軍務命令だ。キシリア・ザビの「特命」があれば、抵抗などあり得ない。失敗すれば「核で片づける」と脅された以上、選択肢は事実上なかった。だが、指揮官として数多のコロニーを見てきたハーディは、現実を知っている。自分たちが「解放」と称して壊した居住区、瓦礫の下で死んだ老人や子供たち。自分たちの手で生み出した難民の姿が、目に焼き付いて離れない。

 

(我々はスペースノイドの代表者であるはずだった。だが気がつけば、戦いは兵器と予算にしか向いていない。理想は金と爆薬で粉々になった。俺たちは、本当にあの理想のために戦っていたのか?)

 

そう考えると、自分の心に小さな穴が開く。だが、穴を見つめている暇はない。通信機の低いバイブが呼びかける。ブリーフィングで耳にしていた、アサーブ中尉からの短い命令が届いたのだ。

 

「サイクロプス隊、こちらアサーブ。ムサイ級が指定座標に来ている。直ちに収容し、本国へ帰還せよ。時間はない。命令だ」

 

ハーディは唇を引き結び、短くうなずく。言葉の裏にある脅しを、彼も理解している。

(核の一言が、あらゆる論理を押し潰す。あの女は容赦しない。命令は命令だ)

 

指揮棒を叩き、離脱手続きが始まる。サイクロプス隊の小型シャトルは、ムサイの収容座標へと滑り込む。隊員たちは希望に満ちた顔をしている。特務を成し遂げた自分たちへの褒賞を期待していた。それでもハーディの胸奥には、出発前の映像と死体の断片がちらつく。 

彼は「仕事」を成し遂げたが、胸には後悔と罪悪感が残った。

 

シャトルはムサイの格納ハッチへと近づいていく。だが、その直前、レーダーに複数の目標が入る。小さな点が、静かに、しかし確実に接近してくる。

 

「何だ、あれは?」ミハイルの声が張る。

 

ハーディはモニターを睨みつけ、レーダーの点群をなぞる指を止めた。編隊の中に混じる無数の機影のうち、一つだけが明らかに異彩を放っている。

 

(あれは――ジークアクスか。)

 

機体種別が瞬時に判った。だが、それ以上にハーディの胸を突いたのは、その機体から発せられる“気配”だった。粗暴さでも冷酷さでもない、刃のように鋭い焦燥と決意。ニュータイプのような直感は彼には無い。しかし、戦場を長く見てきた指揮官の勘が告げる──あの機体は、ただ敵を倒しに来たのではない。個人の怨念が乗っている。

 

ハーディは唇を噛み、素早く部下へ指示を飛ばした。退避と収容を最優先に、だ。だが心の片隅では、既にその一点に向けられた目線の先を想像していた。迎えのムサイへ向かう自分たち、サイクロプス隊──そして、それを断固として追う小さな白い影。招いたわだちの深さを、彼は改めて噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

その白い機影の中で、ひとりの少女が呟いた。

 

「……見つけた。サイクロプス隊」

 

かつての特別に憧れた無邪気な口調とは程遠い、低く冷たい声。

怨嗟の色を宿したその声が、宇宙に震えるように響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホワイトベースJr.の格納庫。冷たい金属光と油の匂いが満ちる場所で、ジークアクスの右腕は見事に復元され、クレーンに吊られていた。テム・レイが最後の微調整をして、端末を覗き込む。

 

「へぇ、ジオンの機体なのに連邦の艦で修理できるんだね」

マチュは腕が元通りになったジークアクスを見上げ、目を輝かせる。

 

「こいつも、私が前に作った“あのガンダム”の系列だ。規格は意外と似てる。細部の改造は必要だったが、直せたよ」

 

アルレットが胸を張って割り込む。

「それでも元通り以上に動かせるのはテム先生の腕のおかげですからね!ちゃんと感謝するように!」

 

「はいはい、大変ありがたく思っております。で、ついでにマグネットコーティングは出来ないの?」

 

テムは首を振る。

「あれは電力食いなんだ。昔は宇宙ドック一基分の電気を食い潰してた。今は技術の向上で多少マシになったが、この艦の電力供給じゃ無理だよ」

 

「ちぇー、あれがあれば全敗記録も覆せるかもしれないのに」

 

アルレットが鋭く突っ込む。

「あなたがカミーユに勝てるわけないでしょうに!」

 

「何だよ〜やってみないと分かんないでしょ〜?」

 

「やらなくても分かります!確かにあなたのニュータイプ能力は中々のレベルですけど他が雑すぎます!」

 

「雑……」少し傷つくマチュ

 

「純粋なパイロット技術じゃあ連邦軍で並より少し上くらいです。あなたがクランバトルで勝てたのは高すぎるニュータイプ能力と機体性能、それからテム・レイ先生から盗んだガンダムに乗ってたシュウジって人の巧みさのおかげなんですから、間違っても自信過剰にならないように。あなたはサイクロプス隊の居場所だけアムロさんたちに伝えて後ろに下がっても良いんです」

 

「別にシュウジが盗んだんじゃないんだからシュウジは睨まないでよ?それから、心配してくれるんだ?憎まれ口叩いてくれてまで心配してくれるなんてありがたいな〜」

 

「すぐ茶化すのは悪い癖ですよ」

 

「うん……ごめん」(アルレットの言うことも分かる。正しいし確実なんだ――でも無理だ。多分私はあの顔を見たら、我慢なんてできない)

胸の内で、マチュは小さく決めごとを反芻する。母を救うため、あいつらを止めるため。冷静でいるべきだが、抑え切れぬ怒りが火種として燃えている。

 

その時、マチュの視界に――光のようなものが瞬いた。ニュータイプ的感応が、遠い気配の断片を掴んだのだ。舌打ちと同時に体が反応する。

 

「サイクロプス隊が、サイド6を離れた!多分迎えの艦の場所に向かってる!」

 

そう叫んでパイロットスーツのある場所まで走る マチュ。本来の彼女なら自分の慣れたピンクのパイロットスーツのある自室まで走って連邦のパイロットスーツを嫌がったかもしれない。しかし、彼女はすぐ近くのパイロット更衣室に走った。それは近くにあったからだろうか。それとも1秒でも早く着替えて怨敵を撃つためだろうか。

 

(サイクロプスの連中とキシリア・ザビ──絶対に許さない。)

 

ヘルメットを掴み、ジークアクスへと向かう。格納庫の空気は急速に張り詰め、誰もが彼女の覚悟を嗅ぎ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ムサイ級巡洋艦/艦橋】

 

「……何だと? 我が方から盗んだ機体で、追跡して来ているだと!?」

 

艦橋の空気が一瞬で凍りついた。

鋭いヒールの音とともに、キシリア・ザビ少将が立ち上がる。

ムサイのような一般艦には似つかわしくないジオンの首領、ザビ家の1人がそこにいた。

 

本来なら、キシリア・ザビほどの地位の者が座すべき艦は、威容を誇る旗艦グワジン級だ。

だが、今の彼女はその巨艦を離れ、あえて一般兵用のムサイ級巡洋艦に身を潜めていた。

 

理由は一つ。

彼女の直轄であった特殊部隊の強化人間部隊が、アレックスに壊滅させられたからだ。

その報告を受けた夜から、キシリアは安眠していない。

敵が自分の“手の内”をすべて読んでいるのではないか――そんな疑念と恐怖が彼女を支配していた。

 

(連邦はまだ私を狙っている。我が方の新型さえゴミ掃除のように片付けるアレックス達、どこに潜んでいるかも分からん……)

 

グワジンは目立つ。狙われれば逃げ場がない。

だからこそ、彼女はあえて一般艦隊の一隻――このムサイに紛れたのだ。

「女帝」が民兵の間に混じり、影のように身を潜めるなど、かつてのキシリアなら想像もしなかった行為だった。

だが、今の彼女にとっては“合理的な選択”だった。

この平凡な艦なら、連邦の索敵も警戒を緩める。

彼女自身はそれを「戦略的判断」と言い聞かせていたが、実際には“恐怖”と“怯え”がその根にあった。

 

 

「盗まれた機体で殺されるほど、恥ずかしいことはない!」

席の肘掛けを拳で叩きつけると、硬質な音が響いた。

「一年戦争の頃の連邦軍でもあるまいに……!」

 

吐き捨てるような言葉に、通信士たちは息を呑む。

だが、キシリアの苛立ちは止まらなかった。

目の前に映る映像──小さな白い影。

それが、あのジークアクスだった。

 

(赤い彗星の時と同じか……いや、それ以上に皮肉だ)

思考の奥で、キシリアは苦々しく笑う。

 

かつて赤い彗星シャア・アズナブルは、連邦から奪ったガンダムを改修し、作った連邦軍に牙を向けた。

連邦の機体を奪い、サイコミュを組み込み、赤く染め上げ、無数の兵士を屠った。

あれは連邦にとって屈辱であり、同時にジオンにとって「象徴」でもあった。

その構図が、今度は逆転して自分の首を締めようとしている。

 

(ふざけるな……! 私が作らせた兵器で、私の命を脅かすだと?)

 

怒りがこめかみにまで達した。

艦橋が震えるほどの声で命じる。

 

「シャトルで乗り込んだサイクロプス隊をギャンとケンプファーに乗せろ! 奴らに迎撃させる!」

 

通信士が青ざめながら振り返る。

「で、ですが、彼らは機種転換訓練がまだ完了しておりません! 充分な戦力には――」

 

「今のパイロットどもよりは役に立つ!」

キシリアが怒鳴る。

「出せ!! 命令だ!!」

 

激昂する彼女の脳裏に、一瞬よぎる考え。

(ちっ……回収した“あれ”が回復していれば奴を乗せたが……いや、所詮は主席であっても、連邦のアレックスには手も足も出ずに敗れた。ならばいっそ、“養殖”は養殖らしく――使い潰すための施術を再開すべきか)

 

冷徹な笑みが、唇に浮かぶ。

フラナガン・スクールの前身、フラナガン機関が行ってきた今では禁忌とされる非人道的な強化実験。現在は裏で孤児などに秘密裏に行っている

それを、再び。

 

「私が伝えておいた“保険”の方は、持ってきているな?」

 

一瞬、艦橋の空気が凍りついた。

通信士たちは顔を見合わせ、やがて恐る恐る答える。

 

「はっ、は……はい。搬入済みです。ですが……あれをどうなさるおつもりで?」

 

キシリアは椅子に腰を下ろし、冷ややかに指を組んだ。

「こちらに向かってきている“ジャンク屋”を名乗る連邦の艦を迂回して、保険をサイド6へ向かわせろ」

 

「そ、それは……!」

通信士が声を詰まらせる。

命令の意味を理解しているからこそ、足がすくむ。

 

キシリアは眉一つ動かさず、吐き捨てた。

「私が死ねば、スペースノイドの独立が水の泡になる。戦前の搾取されていた時代に戻りたいのか?」

 

沈黙が落ちる。

ブリッジの全員が、恐怖と嫌悪の間で固まった。

通信士の一人は、唇を噛みしめながら端末に手を伸ばす。

(……何が“搾取”だ。連邦の楔から逃れても生活は全然豊かになって無いじゃないか!スペースノイドの富はザビ家に吸われ、戦争の燃料になった。あの噂は本当だったんだ)

(だが……俺にも家族がいる。恨まないでくれ、サイド6の住民たち……)

 

敬礼の姿勢で、彼は命令を実行した。

「はっ! 保険を装備させたモビルスーツ部隊を連邦を迂回させてサイド6へ向かわせます! コース確定、発進準備!」

 

「よろしい」

キシリアは短く答えると、ゆっくりと立ち上がる。

指の間には、グラスがあった。

琥珀色の液体を一口含み、薄く笑う。

 

(奴から資金は十分に得た。もうサイド6は用済みだ)

 

艦橋の照明が、冷たい光を放った。

その光の中で、キシリア・ザビはまるで“女帝”ではなく、“亡霊”のように見えた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。