ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
■帰還、そして接触
ホワイトベースJr.の格納庫。
損傷した二機が、慎重に搬入される。
アレックス。
そして――四肢を失ったZガンダム。
床に固定されると同時に、重い金属音が響いた。
その瞬間。
ジークアクスのコクピットが弾けるように開く。
「――っ!」
マチュが飛び出した。
まだ機体が完全停止しきっていない。
それでも構わず、装甲を蹴り、跳ぶ。
視線はただ一点。
Zガンダムのコクピット。
「ニャアン!!」
叫びながら、格納庫の床に膝をつく機体へ取り付く。
既にその周囲には人影があった。
テム・レイ。
そしてアルレット。
コンソールを開き、直接機体に接続している。
通常の手順ではない。
緊急時の、半ば強引な解錠作業。
「コクピットを開くぞ!」
テム・レイが叫ぶ。
指が走る。
ロック解除信号が流れ、内部機構が軋む。
――ガコン。
鈍い音とともに。
Zガンダムのコクピットハッチが、ゆっくりと開いた。
「――っ!」
マチュは待てなかった。
完全に開ききる前に、隙間へ身体を滑り込ませる。
中へ。
そのまま、シートへ手を伸ばした。
「ニャアン……!」
息を呑む。
そこにいたのは――
ぐったりと力を失った少女。
目は閉じられ、反応はない。
だが。
モニターの数値は、生きていることを示していた。
「……よかった……」
マチュの声が、震える。
崩れ落ちるように、ニャアンの肩を支えた。
「返事してよ……ねえ……」
額を寄せる。
だが、反応はない。
ただ、微かな呼吸だけがある。
その時。
「生きている。だが深い意識障害だな」
テム・レイの声が、現実を引き戻す。
振り向く間もなく、続ける。
「医療班!」
待機していた人員が即座に動く。
ストレッチャーが運び込まれる。
「慎重に引き抜け! 神経系に干渉を受けている可能性がある!」
指示は的確で、速い。
アルレットも補助に回る。
「バイオセンサーとのリンクは切れてます。だけど……」
わずかに眉をひそめる。
「普通じゃないですよ、これ」
マチュはその言葉を聞いて、唇を噛んだ。
だが手は離さない。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、呟く。
「ニャアンは、大丈夫だから」
医療班がニャアンを固定する。
シートから慎重に引き抜き、ストレッチャーへ。
その間も、マチュは傍を離れなかった。
「一緒に来るか?」
隊員の一人が声をかける。
マチュは即答する。
「行く」
迷いはなかった。
ストレッチャーが動き出す。
医務室へ向かって。
その後ろを、マチュは食い入るように見つめながらついていく。
ニャアンが医務室に運び込まれた時、軍医の胸中は重かった。
報告はすでに届いている。
バイオセンサーに――死者の思念が流入した。
本来ならバイオセンサーとサイコフレームの二重構造によって多重に保護されるはずのZガンダム。
だがそのサイコフレームは、なぜか消失しており、挙句残っていたバイオセンサーは連邦製の補助AIを兼ねた安全性の高いものでなくただの簡易サイコミュのような、パイロットの心身への負担が増えてしまうものに変えられていた。
結果として、パイロットは“剥き出し”のまま干渉を受けた。
連邦でも指折りのニュータイプたちが口を揃えて伝えてきた。
――精神への深刻なダメージは避けられない。
最悪の場合、長期昏睡。
あるいは――
(……目を覚ましても、元に戻る保証はない)
軍医は、無意識に奥歯を噛んでいた。
視線の先。
ストレッチャーの傍には、少女が張り付いている。
マチュ。
「ニャアンは……大丈夫なんですか……?」
今にも涙が零れそうな目だった。
だが、軍医にできるのは。
「……全力を尽くします」
その程度の、ありきたりな言葉だけだった。
そしてもう一人。
シュウジ・イトウ。
本来なら安静のはずの体で、無理を押してここまで来ている。
視線だけで分かる。
――動かない。
ニャアンの容態が分かるまでは、絶対に。
(本当なら、今すぐベッドに縛り付けたいところだが……)
だが三人は明らかに特別な関係だった。
無理に引き離す方が、悪影響が出る可能性がある。
軍医は判断し、二人を待合室で待機させた。
(……こちらでできることは限られている)
正直なところ。
この分野の世界的権威がいる専門施設――ムラサメ研究所へ送るしかない。
そう考えながら。
ニャアンを検査ベッドへ移し、脳波測定の準備を進める。
機器を操作するため、一度背を向けた。
その時だった。
「あの〜……」
背後から、声がした。
軍医の動きが止まる。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと振り返る。
そして。
「……は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
ニャアンが、起き上がっていた。
こちらを見ている。
普通に。
「私、大丈夫ですよ?」
きょとんとした顔で言う。
「特に怪我もしてないみたいですし」
「そんなわけあるか!!」
軍医が思わず叫んだ。
「君は死者の思念に取り込まれて暴走していたんだぞ!? 普通に起きている方が異常なんだ!」
ニャアンは一瞬だけ目を丸くし――
「あー……」
思い出すように視線を上げた。
「確かに、いっぱい囲まれましたけど……」
だがすぐに、はっとする。
「……あ、そうだ」
ベッドから降りようとする。
「マチュとシュウちゃんに謝らないと……私、迷惑かけちゃったし……」
「動くな!」
即座に制止。
「二人にはこちらから伝える!」
強めの口調で続ける。
「いいからまず検査だ! サイコミュ関連は未解明の部分が多いんだぞ! その上、君のケースは前例がない! どこにどんな影響が出ているか分からないんだ!」
ニャアンは一瞬たじろぐ。
「で、でも……」
小さく言う。
「私、お金……持ってなくて……」
一瞬、沈黙。
そして。
「払わなくていい!!」
即答だった。
「君は志願兵だ! 軍務中の事案だ! 費用は全部こちら持ちだ!」
指をびしっとベッドに向ける。
「いいから横になれ!」
「は、はい……」
ニャアンは素直に頷き、再びベッドに横になった。
その様子を見ながら。
軍医は、内心で呟く。
(……何なんだ、この子は)
あり得ない。
あの状況から、ここまで正常を保っているなど。
だが。
モニターに映る脳波は――
驚くほど、安定していた。
軍医は一通りの検査結果に目を通し、深く息を吐いた。
モニターに並ぶ数値は、どれも異常なしを示している。
――良好。あまりにも、良好すぎる。
「あれで暴走していた、だと……?」
思わず独り言が漏れる。
だが記録映像は確かに、あの機体が常軌を逸した挙動を見せていたことを示していた。
結局、彼は部下に簡潔に指示を出すしかなかった。
待合室にいる友人二人、そして――
階級を超えた発言力を持つエースパイロットたちにも伝えるようにと。
「意識は回復、会話も問題なし。ただし念のため精密検査後に面会だ」
それが、医者としての限界だった。
⸻
白いベッドの上で、ニャアンは上半身を起こしていた。
「ニャアンっ!」
扉が開くなり、マチュが飛び込んでくる。
勢いのまま抱きつかれ、ニャアンの体がわずかに揺れた。
「……マチュ?」
その声が、あまりにもいつも通りで。
マチュの胸の奥に、ようやく実感が落ちてくる。
――生きてる。
あの戦場で。
無数の“死”に囲まれていた彼女が。
「よかった……ほんとに……」
言葉にならない声が、彼女の肩口に零れた。
⸻
少し離れた場所で、シュウジはその様子を見つめていた。
無事であることは、純粋に嬉しい。
だが――それだけでは済まなかった。
(あれだけの干渉を受けて、どうして……)
ララァの気配。
あの異様な圧力の中に、ニャアンは確かにいたはずだ。
それでも今、彼女は“普通に”呼吸をしている。
その違和感が、拭えない。
「ニャアン」
静かに声をかける。
「無事でよかった。でも……聞かせてくれる?あの時、コクピットで何があったのか」
ニャアンは少しだけ視線を落とし、指先を握りしめた。
「……うん」
ぽつり、と。
「あの時ね……死んだ人たちに、囲まれて……」
その言葉に、空気がわずかに冷える。
「もうダメだって、思ったんだ。引っ張られて……連れていかれるって」
声が震える。
だが、次の言葉は少しだけ柔らかかった。
「でも……途中で、誰かが庇ってくれて……」
「……誰かって?」
「分からない。でも……」
一瞬、息を詰めて。
「お父さんと、お母さんに見えたの」
マチュとシュウジが、同時に息を呑む。
あり得ない――はずだった。
だが、その言葉を口にすることができない。
二人は、ニャアンの両親を知らない。
どんな人だったのかも、どんな声で笑うのかも。
肯定すれば、ニャアンはきっと救われる。
そう分かっていても――それはどこか、彼女の優しさに甘える気がした。
かといって、否定もできない。
あの戦場で見たのは、ただ怨嗟に満ちた“死者”の群れだけだった。
そこに、誰かを守ろうとする意思など――少なくとも、自分たちには見えなかった。
だから、何も言えない。
ただ、言葉を失ったまま、彼女を見ることしかできなかった。
「そんなわけ、ないよね……」
ニャアンは膝を抱えて苦く笑う。
「だって私……あの人たちのこと、ずっと考えないようにしてたし……」
言葉が、途切れる。
「そんな娘のこと……守ってくれるわけ……」
「守るに決まってるでしょ?」
不意に、別の声が割り込んだ。
三人の視線が一斉に向く。
そこに立っていたのは――
「……レイラ?」
少女は、静かに微笑んだ。
だがその目は、以前のような虚ろさを持っていない。
確かな意志と、“自分”を宿している。
「そう。レイラ・レイモンド。それが私の名前」
一歩、踏み出す。
「NT-001なんて、あんな名前ですらない記号じゃ呼ばないでね」
マチュが目を見開く。
「あんた……記憶、戻ったの?」
「ええ。さっきね」
あまりにもあっさりと、レイラは答えた。
「パパとママにも会えたわ。……皮肉よね」
ふっと、笑う。
「ジオンに殺された二人に、ジオンが植え付けた力で会うなんて」
その言葉の重さに、マチュは俯いた。
自分とは違う。
“退屈が嫌で飛び出しただけ”の自分とは。
この二人は――失いすぎている。
レイラはニャアンの前に立つ。
そして、迷いなく言い切った。
「記憶が戻った私が言ってあげる。あなたの両親はね」
「娘が少し思い出さなかったくらいで、怒るような人じゃない」
「ましてや――死者の側に引きずり込むなんて、そんな狭量な人たちじゃないわ」
一歩、距離を詰める。
「周りがどれだけ怨みに満ちていても」
「たった一人の娘を守るために、立ちはだかる人たちよ」
その瞬間。
ニャアンの中で、何かが決壊した。
押し殺していたもの。
見ないようにしていたもの。
全部が一気に溢れ出す。
「……っ、ぁ……」
呼吸が乱れる。
涙が止まらない。
――どうして、今さら。
胸の奥で、何かがほどけていく。
⸻
油の弾ける音がした。
子供の自分には大きな台所。
少し焦げた餃子の匂い。
「ほらニャアン、ちゃんと包んで。皮が破れたらダメでしょ?」
「えー、難しいよ……」
笑いながら、母が手を取る。
隣で父が不格好な餃子を見せて笑っていた。
「ほら見ろ、俺の方が上手いぞ」
「それ絶対中身はみ出てるでしょ!」
三人で笑った。
ただ、それだけの時間。
――どうして、忘れてたんだろう。
⸻
ページをめくる音。
見慣れない文字が並ぶレシピ本。
慣れない手つきで、何度も作り直した。
「……できた」
テーブルの上に並べた一皿。
少し形の崩れたカオマンガイ。
「これ……ニャアンが?」
母が目を見開く。
父は何も言わずに一口食べて――
次の瞬間、顔を伏せた。
「な!なに!?美味しく無かった!?」
慌てるニャアンに、母が首を振る。
「違うの……違うのよ……」
涙をこぼしながら、笑っていた。
「こんなの……嬉しすぎるじゃない……」
その時、確かに思ったのに。
――家族ずっと一緒だと、思っていたのに
⸻
「……なんで……」
現実に引き戻される。
視界は滲み、うまく開けない。
「なんで……忘れてたの……私……」
声にならない声が漏れる。
胸が痛い。
息が苦しい。
それでも――
あの時。
暗闇の中で。
確かに、温かい手があった。
引きずり込もうとする無数の“何か”を押し返して、
たった二つの影が、前に立っていた。
100万を超える数の前で無力なはずの2つの影は"何か"の干渉からニャアンの心を守り切った。
宇宙を歪ませ作り出すほどの"何か"が仕向けた干渉から、歴史から見れば名も無き2人は確かに成し遂げだのだ。
愛娘を守る。ただそれだけを。
⸻
「……うぁ……っ」
嗚咽が、こぼれた。
止めようとしても、止まらない。
呼吸すらうまくできないまま、涙だけが溢れ続ける。
――どれだけ、堪えていたのか。
6年。
思い出さないようにしてきた時間。
思い出してしまえば、壊れてしまうと分かっていたから。
それでも今――
守られていたと知ってしまった。
愛されていたと、思い出してしまった。
だからもう、止まらない。
ニャアンは――
まるで6年分を取り戻すかのように、泣き続けた。
公式さんは出すだけ出して回収せずに終わった伏線のためにもジークアクスのゲームでも小説でもファンブックでもいいから出して欲しい。