ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【ジオン本国・サイド3 ムンゾ市/ギレン・ザビ総帥執務室】
重厚な扉が音もなく開き、総帥ギレン・ザビが無言のまま執務室へと入ってきた。
堂々たる長身に漆黒の軍服、冷ややかな威圧を漂わせながら、デスク奥の椅子へと腰を下ろす。
すでにそこには、先に通されていた一人の少年――グレミー・トトの姿があった。
肉体は十五歳前後に見える。だがその眼差しには、年齢を大きく超えた冷徹な理性と観察力が宿っていた。
――彼は、ギレン・ザビとセシリア・アイリーンの間に生まれた“息子”である。
とはいえ、自然な出産ではない。
彼は受精卵の段階で培養器に入れられ、成長促進と同時に脳に膨大な知識や思考回路を直接書き込まれる形で育成された。
実年齢としては、わずか5歳程度。だが身体は15歳相当、そしてその知識量や判断力は、すでに多くの大人を超えていた。
この事実を知る者は、ジオン政府内でもごく一握り。
セシリアとギレン、そして三人きりの時のみ、グレミーはギレンを「父上」と呼ぶことを許されている。
「……ニュータイプ部隊の生産はどうなっている?」
ギレンの問いかけに、グレミーはすぐに立ち上がり、正確な姿勢で応じた。
「ニュータイプのクローン兵、プルシリーズは“プルトゥエルブ”までの生産が完了しております、父上。
ただ、専用機体の配備が未だ整っておりません」
「ゲルググのカスタム機にでも乗せておけ」
ギレンは冷ややかに応じた。
「奴らの役目は、あくまで“主力のビグ・ザム”の露払いだ。
キシリアでもあるまいに、ニュータイプ専用モビルスーツなど必要ない」
その声音には感情の起伏は一切ない。
ただ、合理性と効率のためだけに構成された“命令”だった。
「はっ!」
グレミーが短く答えて敬礼したそのとき、室内に控えめなノック音が響いた。
「入れ」
ギレンの許可と同時にドアが開き、セシリア・アイリーンが滑るように入ってくる。
息子の姿を見てわずかに驚きの色を浮かべたが、仕事の場であることを弁えて無言のまま視線を交わすと、ギレンの方へと身体を向け直した。
「失礼します。……キシリア様がサイド6を離れ、グラナダへ向かっていたことは確認できております。
ですが――それ以降の行方が、掴めておりません」
グレミーの目が鋭くなる。
「キシリアが……? あの女狐の捜索に、兵を割くのですか」
ギレンはほんの僅かに、口の端を歪めて言った。
「必要ない。――死んでいるよ、あの女は」
セシリアが眉をひそめた。
「……何故、そう断言できるのですか? 逃げている可能性もあるのでは」
ギレンはデスクの上のホログラムを指先で払いながら、淡々と告げる。
「サイド6宙域には、ホワイトベースJr.の姿が確認されていた。
そして――地球連邦が、正式に我々ジオンへ宣戦布告をしてきた」
「連邦が戦争を始める以上、ザビ家の女を“見逃す”理由など、どこにもないな」
それを聞いたグレミーの表情が一瞬輝き、口元に笑みが浮かぶ。
「では――ようやく、あの女にも使い道が生まれましたね。
死ねば、国民の戦意向上に利用できます」
ギレンは肯定も否定もしなかったが、冷笑を込めて続けた。
「一応、“妹が殺された”という形で演説には使うつもりだ。
ただし……キシリア派の連中には効果があるかもしれんが、国民全体には広がらん」
「……キシリアが“謀略”に塗れていたことは、誰の目にも明らかだからな。
謀略で生き、謀略に敗れた女――それ以上でも以下でもない」
「……役立たずな女です」
グレミーが吐き捨てるように同調した。
ギレンは満足そうに頷く。
「――問題ない。むしろ都合が良い。ジオンの指揮権を、完全に私の元へと集中できる」
「……連邦は、いい手助けをしてくれたよ」
その言葉を聞いた瞬間、グレミーがふと顔を上げ、声を潜めるようにして訊ねた。
「……父上、
連邦の宣戦布告を――あれほど即断で“お受け”になったのは……
“キシリアの近くに連邦の姿が確認されていた”から、ですね?」
ギレンは、眉ひとつ動かさなかった。
ただ、わずかに肩をすくめて、無関心を装うように応じた。
「さあな。……何年も会っていない妹の近況など、詳しくは知らんよ」
その声は否定でも肯定でもなかった。
だが――そのわずかに歪んだ口元を見て、グレミーは確信した。
(やはり、父上は“最初から”……あの女が“消える”と見ていた)
それは、ザビ家の者同士にしか通じない、無言の合意。
冷酷な血脈に生きる者だけが理解できる、沈黙のうちに交わされる“肯定”だった。
「しかし、宣戦布告にはアルテイシア様もいらっしゃいました。国民には不安の声が出てきています……。」
ギレンは一蹴するように言った。
「勝てば黙るよ、そんな小さな声はな。ダイクン派なぞ、死にかけの連中にできることなどない。」
彼の言葉は、宇宙を支配する者としての絶対的な自信に満ちていた。
【ジオン本国・サイド3 ムンゾ市/ギレン・ザビ総帥執務室】
ギレン・ザビは執務室のメインモニターを起動させた。
モニターの先に映し出されたのは、ア・バオア・クー防衛の司令官――エギーユ・デラーズである。
その厳めしい顔には、忠誠と規律が深く刻まれていた。
「……ア・バオア・クーの戦力配備は、順調か?」
ギレンの問いに、デラーズは即座に背筋を伸ばして応える。
「はい、総帥。ゲルググのカスタム機への転換と、パイロットの育成はガトーに一任しています。
“ソロモンの悪夢”の異名に恥じぬ働きを、きっと見せてくれるでしょう」
ギレンはごくわずかに頷いた。
「……うむ。アナベル・ガトーならば問題はない。
そちらに送る“ビグ・ザム”5機の露払いを任せる予定のパイロット部隊を、別途手配した。
うまく使え」
デラーズは一瞬、「露払い?」と疑問を抱いたものの、総帥への心酔がその思考をかき消した。
「は!」と力強く敬礼する。
しかし、デラーズの表情には、まだ言いたげなものが残っていた。
「それで……総帥。お話ししておきたい案件が一つあります」
「なんだ?」
ギレンの眉がわずかに動く。
「……キシリア様がかつて進めていた“ガンダム・ジークアクス”の計画に関連する件なのですが……」
デラーズは少し躊躇うように言葉を選びながら続けた。
「ジークアクスを“スペースグライダー”で運搬してきたという、サイド6出身の“学生”と、“難民の少女”2名が、このア・バオア・クーに来ております。
……曰く、“アムロ・レイに復讐したい”と主張し、“ジークアクスの修理と搭乗”を求めているのです」
「……なに?」
ギレンの眉間に、深く険しい皺が寄った。
言葉の意味が理解できず、一瞬だけ聞き返すように目を細める。
「サイド6の学生が、ジークアクスを……?」
「はい。報告の通りです。機体は半壊状態で搬入されており、当人たちは現在、手錠付きで隔離監房に収容中です。
いかがいたしましょう?」
ギレンはゆっくりと顔を上げ、執務室の片隅に控える2人に視線を向けた。
「――セシリア、グレミー」
セシリア・アイリーンが一歩前へ出る。
「ジークアクスは、フラナガン・スクール主席のエグザベ少尉が搭乗予定でした。
ソドンで運用テストのためにシャリア・ブルの元にあったはずですが。」
「それがサイド6の学生が奪って半壊させてア・バオア・クーに持ってきたと?」
デラーズは迷いなく答えた。
「まさしく、その通りであります」
執務室には、ギレンの冷徹な思考が渦巻く静寂が訪れた。
「しかし。記録によれば、ジークアクスは兄弟機ジフレドと同様、“パイロットの適性”に応じてサイコミュが起動する構造です。
ただし、サイコミュが起動できなくとも機体の操縦自体は可能です。あくまで“本来の性能”を発揮できない、というだけですが……」
ギレンの目が鋭さを増す。
「その“起動できなかった”ジークアクスを、サイド6の少女が持ち込んできた……
それが事実なら――“起動に成功していた”可能性があるということか?」
デラーズの表情がわずかに引き締まる。
「……可能性は、否定できません」
ギレンは沈黙し、数秒間、じっとモニターの先を見つめた。
やがて口を開くと、その声音は冷たく、そして明確だった。
「……その少女たちを、“通信前に”私の前に連れてこい。
話を聞く価値はある」
デラーズは軽く目を見開いたが、すぐに深く頭を垂れる。
「はっ。手配いたします、総帥」
ギレンの眼差しは、静かに、鋭く光っていた。
その思考はすでに、次の“選別”へと向かっている――。
【場所:宇宙空間/スペースグライダー内部】
ジオン軍の通信網が混乱を極める中、ソドンからわずかに離れた宙域を、一機のスペースグライダーが静かに航行していた。
機内には、深手を負ったモビルスーツ――ジークアクスが横たわっている。
白い装甲の手足は無惨にひしゃげ、頭部も砕け散り、その面影を留めていなかった。
その傍らに、マチュは膝を抱えるようにして座っていた。
その瞼は閉じられていたが、顔には深い苦悩と、静かな決意の影が刻まれている。
パイロット席の前方では、少女ニャアンが振り返り、ジークアクスを見やりながら、不安げに口を開いた。
「ねえ、マチュ……今の壊されたジークアクスじゃあ、アムロ・レイと戦うどころか、近づくことすらできないよ?
それに地球は連邦の本拠地だし……宇宙にも、これを直せるところなんて――」
マチュは、ゆっくりと目を開いた。
その目は虚空を見つめていたが、迷いはなかった。
「……あるよ」
ニャアンが驚いて振り返る。
その声音は、冗談でも空元気でもなかった。
「ジオンで作られた機体なんだから……ジオンでなら直せるでしょ」
一瞬で、ニャアンの表情が動揺に染まる。
その言葉の意味――それが指す先を、すぐに理解したからだった。
「ジオンに行くって……それ、戦争に参加するってことだよ!? 本当にいいの!?」
マチュは静かに、しかし怒りを宿した瞳で前を向いた。
「アムロ・レイと、その背後にいる連邦を倒すのに必要なら……何だってやる」
その声には揺るがない決意が滲んでいた。
ニャアンは思わずたじろいだが、すぐに別の不安をぶつけた。
「でも……マチュ、ジークアクスって、ジオンのパイロットから奪った機体でしょ?
持って行ったら取り返されて、私たち……殺されちゃうんじゃないかな……」
マチュはジークアクスの、砕けた頭部を見つめながら言葉を返す。
「……その可能性もあるけど、低いと思う」
「どうして?」
「連邦の宣戦布告、見たでしょ?
ダイクンの娘まで持ち出してきた以上、小競り合いで終わるはずがない。
ジオンも――戦力がいくらあっても足りないはず」
ニャアンは唇を噛みしめた。
「……それは、そうかもしれないけど……」
マチュは続けた。
語る言葉に、静かな自信がにじむ。
「それに、ジオンのパイロットは“オメガ・サイコミュ”を起動できなかった。
でも私たちは、できた。
それを知って、私たちを“ただの敵”として処分するような無駄――ジオンが、今の状況でできるとは思えない」
その言葉に、ニャアンはハッと息を呑んだ。
「……そういえば、最初に見たジークアクスって、マスクみたいな目のパーツ、外れてなかったよね……」
マチュは頷き、視線をまっすぐ前方へ向けた。
「だから行こう。ジオンの要塞――ア・バオア・クーへ」
しばらくの沈黙ののち、ニャアンは小さく、しかし確かな声で答えた。
「……わかった」
スペースグライダーは、傷ついたジークアクスを乗せて、宇宙の闇の中を進んでいく。
その先に待つのが絶望か希望か、知る由もなく――。
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