ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【艦隊後方・プラント艦ミナレット】
艦隊の後方に控える巨艦――プラント艦《ミナレット》。
かつてジオンが極秘に建造し、巨大な岩盤をくり抜いてモビルスーツ・艦艇の生産施設を組み込んだ移動工廠艦。その能力は星二号作戦でも買われ、損傷機や艦艇を即座に収容・修理し、再び戦場へ送り返していた。
既に数隻の戦艦、数十機のMSがミナレットのドックに出入りし、その「稼働工場」としての真価を発揮していた。
その周囲を護るのは――裏切りと呼ばれたあの時、キマイラ隊の6割と共に合流した者たち。
レッド・ウェイライン(かつてのジョニー・ライデン)、ユーマ・ライトニング、イングリッド0がNT-1アレックスに搭乗し、ジャコビアス・ノードはネモⅡスナイパー仕様で射線を制していた。
「ったく……俺たちがジオンにいた頃は、ミナレットの生産能力なんて徹底的に隠されてたってのに、今じゃ堂々と大公開かよ」
紅のアレックスを駆りゲルググを撃墜しながら、レッドは舌打ちする。
その言葉通り、彼らは既に10機の敵機を葬っていたが、次から次へと湧いてくる。挙げ句、ムサイ級二隻がこちらに突っ込んできた。
一隻のブリッジが閃光に貫かれ、爆散する。
ジャコビアスの狙撃だった。
「仕方ねぇさ」通信越しに、彼が低く笑う。
「この艦が動いてるってことは、ロリの味方――真の男ジョニー・ライデンがいると思われてんだ。しかも“キシリア様のところから少女を連れて逃げた賞金首”付きと来りゃあ……敵が殺到するのも当然だ」
「お前とクリストバルはやっぱり一発殴っとかねぇと気が済まねえな……」
レッドは苛立ちながらも、次のゲルググを仕留めた。
やがて敵の波を退け、後続の第3部隊と交代。
補給に戻ったドックでは、消耗したアレックスとネモⅡが次々とクレーンに収容され、修理チームの手でみるみる復旧していく。
そこへ、残ったムサイを沈めた二機のアレックス――ユーマとイングリッドの機体も帰投。コックピットから降り、レッドたちに歩み寄った。
「いやぁ……ゲルググも嫌いじゃなかったが、結局は連邦のガンダムをパクった量産機だな」ユーマが肩をすくめる。
「このアレックスとはまるで別物だ。格が違うぜ!」
「そりゃそうよ。本家みたいなもんだから」イングリッドが笑う。
「テム・レイが左遷されてなければ、これが一年戦争の頃に既に完成してたって話だし、今なお改修されてネモⅡ以上の性能ってんだから……作った奴の化け物ぶりが際立つわね」
そして、彼女は外のモニターを見て目を細めた。
「でもさ……あのもっとヤバいの、趣味が違いすぎない?」
映っていたのは、拠点防衛の面目躍如とばかりに敵を次々撃ち落とす白い巨影――デンドロビウム。
ゲルググも戦艦も、その超火力の前では一方的に沈められていった。
「あれか……」ジャコビアスが口を挟む。
「どうもアナハイムの出向者が設計したらしいな。会社の意向なんて無視して、連邦に持ち込んだそうだ。……ルセット・オデビーって女だ」
「会社の意向ガン無視って……よくクビにならねえな」ユーマが苦笑する。
「それだけ優秀だったんだろ。ま、テム・レイに取り入った時点で勝ちだな」
そう話していると、不意に背後から声が飛んだ。
「――テム・レイ、脅威の技術力という話ですよ」
一同が振り返ると、そこにいたのは凛とした褐色のブラウンの髪を持つ女性。
ルセット・オデビーその人だった。
「ルセットさん……!」
レッドが思わず声を漏らす。
彼女は迷いのない表情で告げた。
「私が設計したデンドロビウムは、コストがあまりに高すぎました。一般的なモビルスーツの百倍。アナハイムでは当然、計画は却下され、設計図ごとシュレッダーにかけられたのです」
「百倍!?」ユーマが絶句する。
「死の商人じゃあるまいし、一企業が作れるもんじゃ無いだろ……」
「ええ。ですが、その時です。私は連邦軍のアレックスの戦闘映像を見た。……これを作ったテム・レイ博士なら、私の設計を理解してくれる、と」
ルセットは微笑すら浮かべる。
「だから私は上司に辞表を叩きつけ、地球に降りたのです」
「アグレッシブにも程があるわね……」イングリッドが呆れたように呟く。
「直接ジャブローに行くのは無理だったので港の近くの基地に向かいました。幸い、連邦の人間は見る目があった。設計図をジャブローへ送ってくれたのです」
ルセットの瞳が輝く。
「そこで私は――技術の神と出会いました」
【ジャブロー・第3技術ラボ/応接室】
許可が下りた――。
ルセット・オデビーは、自らの手で「我が子」とも言うべきガンダム【デンドロビウム】を産み落とせるのか、その一点だけを不安に胸へ抱きながら、深い地下の通路を進んでいた。
だが待ち受けていたのは、彼女が夢想した「技術の神」ではなかった。
「初めまして」
扉の向こうで迎えたのは、優しげな笑みを浮かべる一人の男。
「私はエドヴァルド・レイブンと言います。テム・レイ博士の助手で……まぁ、博士がいない時の何でも屋みたいなことをしてます」
彼は人の良さそうな顔をしていたが、どこか困ったように眉をひそめていた。
「それで……え〜と、つまりあなたは、このガンダム【デンドロビウム】を実際に作るためにアナハイムを辞めてここに来た、と?」
「そうです」
ルセットは迷いなく答える。
「そうですか……ただ、ですね……」エドは言葉を選ぶように続けた。
「アナハイムの方から『自社の社員がそちらに出向するかも』って問い合わせが来てまして……」
「辞表は既に出しています」ルセットの声は鋭い。
「私はアナハイムを辞めました。今さら何を言われても知りません。【デンドロビウム】を作れるのなら――連邦軍の軍人になる覚悟です」
「いやぁ……確かに、あなたの設計はすごいですけど……」エドは苦笑を浮かべ、図面に視線を落とした。
「これ、運用コストがとんでもないことになるんじゃないですか?」
「試算では通常のモビルスーツの百倍ですね」
「ひゃ、百倍!?」思わず椅子から腰が浮いた。
「しかし、実現すればそのコストに見合う性能があります」ルセットは即答する。
「……そりゃまぁ、これで性能が釣り合わなかったら詐欺じゃ済みませんけど」
エドは頭を掻いた。
その反応を見た瞬間、ルセットは既視感を覚えた。
――まただ。
アナハイムで何度も投げつけられた言葉と同じ。
『この機体は高すぎる』『君は優秀なんだから、もっとコストを抑えてちょうどいい機体を作ってくれ』
だが、そんな「善意」では分からない。
ジオンがまたコロニー落としを企むなら、ただのモビルスーツでは足りないのだ。
連邦が鹵獲したモビルアーマー【ビグロ】のデータは、すでにアナハイムにも渡っていた。
連邦は最新鋭の自軍開発機のデータを渡さず、代わりにジオン系の情報だけを流す。そこから逆算して分かった。
――あの機動力を持つ敵が、さらにビット兵器を運用したら?
艦隊は手も足も出せず、壊滅する。
(それを防ぐために……私はこの子を産む)
敵の拠点を殲滅できる火力。
味方が奇襲を受けても即座に駆けつけられる機動力。
ビーム兵器すら防御できるIフィールドジェネレーター。
全てを結集させた結晶――それが【デンドロビウム】。
寝食を惜しんで描き上げた設計図を前に、ルセットは拳を握りしめる。
(ここで理解されなければ、私は――)
その時だった。
背後の扉が開き、白衣を翻して現れた男が一人。
髭面に隈を刻み、疲れた瞳の奥には知識欲にあふれた光を宿している。
「ほう……これが君の“子”か」
エドが慌てて立ち上がる。
「博士! 戻っておられたんですか!」
ルセットは振り返った。
そこにいたのは――彼女が後に技術の神と慕う男、テム・レイだった。
【ジャブロー・第3技術ラボ/応接室】
図面に食い入るように視線を走らせていたテム・レイが、ふと口角を吊り上げた。
「……確かに、この機体をそのまま作ろうとすれば――会計課が怒鳴り込んでくるな」
ルセットの胸が一気に冷えた。
(やっぱり……ここでもダメなのか……)
だが、テムの声はそこで止まらない。
「だから君が、この機体に“何を求めている”のかを聞かせてくれ。共に考えようじゃないか」
その言葉にルセットは思わず顔を上げた。
「……考えてくださるんですか?」
テムは眼鏡の奥で瞳を細める。
「無論だ。それから――エド、アルレットを呼んできてくれ」
「はい主任! 直ちに!」
エドは嬉しそうに走り去った。
残されたルセットは、思わず問わずにいられなかった。
「あの……不可能だとは、仰らないのですか? こんな、常識はずれのコストの機体を作るのは無理だと……」
テムは笑った。静かに、しかし底知れぬ熱を孕んで。
「まあ確かに、今のモビルスーツ開発のセオリーからは外れている。だが――君は会社を辞めてまで、ここまで来たんだろう? その覚悟を、私は汲むさ」
ルセットの胸に、熱が広がる。
「それにね……個人的に少し嬉しいんだよ」
「嬉しい……?」
「君の図面には、私のガンダムを超えてやろうという野望が見えるからだ。フランクリン君を思い出すよ」
テムの瞳が遠い過去を見つめるように揺らめく。
「やはり技術者というのは、自分が作り上げた技術に誇りを持ち、ときには人とぶつかりながら切磋琢磨すべきだな」
その時、軽快な足音が研究室に響いた。
「先生! 帰ってたんですね!」
若々しい声が空気を明るくする。アルレットだった。
「そちらの女性は……新人さんですか?」
「ああ」テムは頷いた。
「彼女は、この図面の機体【デンドロビウム】を作るために来たのだよ。だが、そのままでは会計課に反乱でも起こされかねないからな……今まさに話し合うところだ。君も同席しなさい」
アルレットの瞳が輝いた。
「デンドロビウム……! これはまた……とんでもない機体ですね!」
「君のガンダリウムγや、大型モビルアーマー用の新素材を役立てる格好のチャンスだ。うってつけだろう?」
「何と! それは良いですね!」アルレットは嬉しそうにルセットへ向き直る。
「私も力になりますね! お姉さん!」
ルセットは一瞬、言葉を失った。
――ここでは、否定されない。
むしろ、受け入れられている。
胸の奥で、静かに確信が芽生えた。
(ここなら……私の“子”を産み出せる……!)
【プラント艦ミナレット・後方補給ドック】
整備ハンガーの奥で、巨大なデンドロビウムが姿を晒していた。
暴れ回って戻ってきた機体を見上げながら、キマイラ隊の面々とルセット・オデビーが言葉を交わす。
「――というわけで、私のデンドロビウムは連邦の“技術の神様”と、その手伝いができる女の子の手で、この世に生み出されたのです」
ルセットは誇らしげに微笑んだ。
「へぇ……」イングリッド0が感心したように腕を組む。
「あの化け物みたいな機体が、そんな経緯で出来たのね」
「ええ。本当に、あの二人はすごかったですよ」
ルセットは当時を思い出すように言葉を続ける。
「素材面でのコストダウンはもちろん、性能をほとんど落とさず、他のモビルスーツや艦艇とのパーツ共用を進めて……試算では百倍だったコストを、五十倍まで落としてくれましたから」
「……いや、それでも十分高えだろ」
ユーマが肩を竦める。
「はい、もちろんです」ルセットは苦笑を浮かべる。
「なので、ニュータイプ仕様も並行して作ることで予算を確保しました。敵がニュータイプ用の大型モビルアーマーを作ってきても、“最強の三人”とその弟子だけしか戦えません、では軍としてあまりにも危ういですから」
レッド・ウェイラインが鼻を鳴らした。
「なるほどな……それで連邦に来た“灰色の幽霊”が乗ってる、ニュータイプ仕様のデンドロビウムが出来たってわけか」
その言葉に、ミナレットの外壁を震わせるかのように、宙域でデンドロビウムが砲火を撒き散らす光景が映し出される。
まさに――拠点防衛の切り札に相応しい暴れぶりだった。
【ア・バオア・クー宙域/Eフィールド】
巨大な影が戦場を覆った。
――ジオンの切り札、モビルアーマー《ビグ・ザム》。
その圧倒的な威容も、黄金の閃光の前では意味をなさなかった。
「これで……終わりです!」
リタの操るフェネクスの背から、アームド・アーマーDEが分離。
推進炎を撒き散らしながら回り込み、ビグ・ザムのIフィールドの“内側”へと潜り込む。
直後、メガキャノンの閃光が走り――巨躯を誇ったMAは、呆気なく爆散した。
膨大な爆炎を背に、リタの声が震える。
「……こんなのに、モビルスーツ何百機分ものお金を……。国民を貧しくして……パイロットには一年戦争のゲルググを使い回させて……。あまりに可哀想です……」
その呟きに、ゼロは視線を戦場の向こうへと投げた。
――思い出す。テム・レイの姿を。
彼は一年戦争の後、ジオンのゲルググを徹底的に分析した。
「これを上回る量産機を作らねば、地球連邦は再び滅びかける」と。
その結論として設計されたのが《ネモ》。さらに改良を重ね、ネモⅡへと進化させた。
しかも、ただ高性能を目指したわけではない。
ガンダム系エース機と部品を共用し、生産ラインを簡略化。可能な限りコストを削り、財政への負担を抑えつつ、前線の兵士に確かな機体を与える。
――「戦争のために国を食い潰させてはならない」。テム・レイの執念が宿った機体だった。
それに比べ、ジオンはどうだ。
ビグ・ザム。クィン・マンサ。桁外れのコストを食う怪物兵器。
だが、その陰でゲルググの更新すら満足に進まず、兵士たちは旧式の機体で前線に放り出される。
もはや兵士は国を守る戦士ではなく、独裁者を守る肉の盾にすぎなかった。
「独裁国家ってのは、そんなものだ」
ゼロの声は低く重い。
「まともな人間がいても、反対意見を言えば殺される。だから誰も声を上げなくなる。異常なことでも日常になり、やがて独裁者を信じる狂信の国が出来上がる。――だから……ザビ家の独裁は、ここで終わらせる」
黒金のバンシィのビームマグナムが閃き、戦艦を一撃で貫く。
その刹那ごとに、十五隻もの戦艦が光に呑まれて沈黙していった。
リタもまた、フェネクスの刃を閃かせ、七隻を切り裂く。
二機のガンダムが放つ威容は、戦場の潮目を根本から変えつつあった。
――その時。
「……ゼロさん!」
リタの通信に、緊迫した信号が重なった。
宙域に飛び交う無数の電波の中から、一機のネモⅡの小隊長の確かな“声”が割り込んでくる。
【Eフィールドに強化人間出現。巨大MA搭乗。ペッシュ・モンターニュなる人物を捜索中。脅威度Aランク。最強の三人、またはその弟子の援軍を要請する】
ノイズ混じりの短い発信。――だがそれだけで十分だった。
ゼロが低く呟く。
「……誰かが、命を賭けて繋いでくれた」
リタが息を呑む。
「まだ、残っているはずです。行きましょう!」
黒と金、二つの閃光が戦場を切り裂く。
Eフィールドのさらに奥、狂気が潜む宙域へ――。