ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
【シーン:ジャブロー 地下管理区画・隔離ラボ前 廊下 ・ テムレイが檻に入れられて数日後】
白い蛍光灯が、無機質なコンクリートの壁を照らしていた。
重々しい鉄扉の前に立つゴップは、懐中時計を見て、わずかに肩をすくめる。
「――ここに入れるのは“まだ”早すぎたかもしれんな」
扉の先では、テム・レイが無言で設計コンソールに向かっていた。拘束はされていないが、軍からの正式な研究依頼もない“無所属”扱い。ほぼ監視付きの幽閉状態だった。
中に入ると、テムが一瞬だけ視線を上げる。
「お偉いさんか。用件は?」
ゴップは手を後ろで組み、軽く笑った。
「観察に来ただけだよ。“ガンダムの父”がどんな顔をしているか、な」
テムは興味なさそうに視線を戻したが、その手元はわずかに震えていた。
「機体を奪われた私を笑いに来たのか? それとも、処分の通知にか?」
「いや……」
ゴップは一瞬迷った。そのまま去ることもできた。だが、テムの背中を見ながら、言葉を紡ぐ。
「……お前をここに入れる話を聞いたとき、正直、止めるべきか悩んだ。だが――ジオンの国力は我々の三十分の一。あの程度の損失で揺らぐとは思っていなかった」
「……甘かったな」
テムの声は冷たくも鋭かった。
「技術で埋められる差だと、私は信じていた。だが、信じるには“自由”が必要だった。お前たちはそれを奪った」
ゴップは目を細めた。
「それでも……私は“今”ここに来た。お前を見て、考え直す材料が欲しかった。戦後、もし我々がまだ立っていれば――その時は、お前に“働いてもらう”。“あの子”の力を無駄にしないためにもな」
テムは一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、苦笑する。
「……アムロの話か。“親”の失敗を、“息子”に償わせる気か?」
「いや。親子そろって、“連邦を支える柱になってもらう”。そう思ってる」
ゴップは踵を返し、出口に向かいながら呟いた。
「……だが、私はこの判断を――きっと後悔することになる」
その言葉に、テムは何も返さなかった。
だが、わずかにコンソールに向ける指の動きが変わった。
それは後に“アレックス”と呼ばれる機体の、最初の設計が始まった瞬間だった。
【シーン:ジャブロー 地下 第9区画 軍技術局 本部会議室(非公式会談)】
昼休憩に紛れ込むように、小さな非公式の会議が開かれていた。技術局の課長級数名と、秘匿されるべき存在――地球連邦軍政治部付・ゴップ中将。
「――要件は?」
一人が問う。偉ぶらないゴップの口調に、逆に警戒が強まっていた。
ゴップはゆっくりと椅子に座り、テーブルの上に分厚いファイルを置いた。
「このまま軽キャノンの量産を進めて、ゲルググの新型に勝てると思うかね?」
「それは我々の……いえ、上層部の方針です。」
「“勝てなければ、どれだけ安くても意味はない”と、戦場の兵士は言う。……私は、そちら側の人間ではないが、そういう声を拾ってきた」
ゴップの視線が静かに、だが確実に刺さるように突き刺さった。
「……まさか、テム・レイの復帰を?」
誰かが言葉にした瞬間、室内に空気の揺れが走った。
その名前は禁句のように扱われていた。
「彼を檻に放り込んだのは――君たちだ」
ゴップはファイルを開いた。そこには、テムが再設計したアレックスの初期案があった。
「だがな。奪われたガンダム以上の機体が、すでに“彼の手”で再構築されている。あの男は、息子に償おうとしている。そして我々に、勝機を与えようとしている。……それを捨てるのか?」
技術部の一人が、声を荒げかけてから、何も言えず口を閉じた。
「このままでは、また負けるぞ。ゲルググの進化型に、そしてその“思想”に」
静かに告げたゴップは立ち上がった。
「君たちは“正しい”ことをしているつもりだろう。だがそれで“勝てる”のか?」
一瞬の沈黙。だがその空気は、確かに揺れていた。
「……考える時間を与える。三日以内に、“答え”を出してもらいたい。でなければ、私は“別の手”を使う」
ゴップはそれ以上何も言わず、重い扉を閉じた。
⸻
【シーン:ゴップ 私室(数時間後)】
ゴップは椅子に沈みながら、頭を抱えて独白する。
「……あれほど“動かない”と決めていたのにな」
煙草に火を点けると、わずかに視線を遠くへ向けた。
「――だが、連邦がもう一度立ち上がるには、どうしても“彼ら”が要る。アムロ・レイ。ゼロ・ムラサメ。ヤザン・ゲーブル……そして、テム・レイ」
しばしの沈黙ののち、苦笑が漏れた。
「……役者は揃ってきた。あとは、舞台を整えてやるだけだ」
【シーン:ジャブロー地下 戦略司令部 後室 : 】
照明の落ちた後室には、地熱の低い振動音だけが響いていた。ゴップ中将は、濃いコーヒーを手に静かに腰を下ろす。
向かいには、戦局が崩れつつあるこの世界でなお、冷静な火を宿した目をしている男――テム・レイがいた。
「……“三機体制”というのか」
ゴップの声は低く重い。テムは微かに頷いた。
「はい。アレックスはもはや単なる試作機ではない。これは象徴です。“人間がモビルスーツとどう向き合うべきか”を問い直す、未来への回答です」
「……三機。誰に託す?」
「それぞれ、人間の“系譜”を象徴する者たちです」
テムはホロシートを起動する。青白く浮かぶ三つの顔と名前。
「一人目は、アムロ・レイ。ニュータイプの象徴であり、私の息子だ。彼は機体に“順応”しているのではなく、“制御”している。反応速度、空間認識、そして判断。すべてが限界を越えている」
ゴップの顔にわずかに驚きが浮かぶ。
「……テム、息子を“兵器の象徴”に仕立てるつもりか?」
「……違う。“守る象徴”にするんです。彼が前に出れば、後ろが救われる。すでに前線では“白い流星”と呼ばれていますよ」
「それでも……ジオンからは“白い悪魔”だ」
「恐れられる者は、時に守る者でもある。現場はそれを理解し始めています」
ホロの表示が切り替わる。二人目の顔。
「次に、ヤザン・ゲーブル。典型的なオールドタイプ。しかし、彼の実力と応用力は特異だ。ニュータイプと違い、“訓練で到達した限界”を見せている。兵士たちが目標にできる存在です」
「……荒い男だが、確かに部下の訓練には手を抜かん。尊敬される理由もある」
「ええ。アムロが“未来”なら、ヤザンは“今”です。連邦の“今の力”を体現してもらう」
ゴップは静かに頷く。そして三人目に映る少年のような顔に目を細めた。
「ゼロ・ムラサメ……強化人間か。まだ16だったな」
「彼は実験体ではない。あくまで“人間”として扱うと決めました。だからこそアレックスを与える価値がある。自分が“道具ではない”と知った強化人間は、やがて兵士を導く象徴になるでしょう」
「……“使い捨てる”という前提から脱するのか。お前も変わったな、テム」
「……息子を見てから、ですね」
ゴップはしばし黙し、コーヒーをすすった。そしてぽつりと漏らす。
「ニュータイプ、オールドタイプ、強化人間。三つの“未来”を、たった三機のアレックスが支える……」
「アレックスは“量産”の名を持ちません。だが“指標”にはなれます」
ゴップはふっと笑う。
「テム・レイ。お前は技術者としては厄介な奴だが……こういう時、お前がいて助かる」
「ならば邪魔をしないでいただければ、勝機は繋げますよ」
「はは、頼もしいな。……問題は、政治家どもが理解できるかどうかだ」
「理解しなければ、“結果”で納得させましょう」
テムの声に、もはや迷いはなかった。
【シーン:ジャブロー地下 戦略司令部 後室】
(ゴップ視点)
――軍人とは、兵器の性能よりも「人」の才覚を見極めねばならん。
コーヒーの湯気が目に染みる。深く息を吐いて、ゴップはテム・レイの説明を静かに聞いていた。
アレックス三機を、三つの「人間の系譜」に託したという報告。それは単なるパイロットの割り振りではなかった。
(息子を“象徴”に据えるか……)
テムの言葉に、わずかに胸中がざわついた。アムロ・レイ。確かに白兵戦のデータは突出している。
だが、そう簡単に「未来」と呼ぶには若すぎる。だからこそ――怖い。だが、それが“希望”なのかもしれん。
(……ニュータイプ。それが人類の次代ならば、あれが先陣なのだろう)
ゴップの眼前にホロで映し出される三つの顔。
ニュータイプ。オールドタイプ。そして強化人間。
「……よくこの三人に絞ったな、テム。お前なりに“人間”を信じてる」
「ええ、信じるしかない状況ですから」
あくまで冷静に返すテム。
そのくせ、時折言葉に混じる“父親の色”を、ゴップは見逃さない。
あの男は科学者であり、父であり、そして亡国の技術屋として“贖罪”を背負っている。
(……政治家が喜ぶような“象徴”ではないが、これこそ本物の“政治”かもしれんな)
ヤザン・ゲーブル。旧式思考の塊のような男だが、だからこそ現場の信頼を勝ち得ている。
そしてゼロ・ムラサメ――あの少年を“使い捨てる”のでなく“任せる”という決断。
(テム、あの時お前を檻に入れたのは――間違いだったな)
思わず自嘲気味に、コーヒーをすすった。
テムのような天才は、時に手に余る。だが今は、“余るほどの才”すら惜しい。
「……三機か。多くは作れん。だがそれで戦況を変える気か?」
「三機で“象徴”を作り、十機で“標準”に引き上げ、百機で“常識”を塗り替える。私の狙いはそこです」
「……やはり、お前は手間のかかる技術屋だ」
だが悪くない、とゴップは思う。
政治部が難色を示しても、軍閥が牽制してきても、結果を突きつけられれば黙るしかない。
そして、その“結果”は――この三人が見せてくれる。
「いいだろう、テム・レイ。お前の三機、俺が責任を持って保護しよう」
「……期待しています、ゴップ中将」
思わず笑みが漏れる。
(だが俺の期待など、あの若者たちは“飛び越えて”いくのかもしれん)
そう思わせるだけの説得力が、この“報告”にはあった。
政治の男である自分が、それを感じたということは――戦局も、ほんの少しだけ好転するかもしれない。
【シーン:ジャブロー 地下政治ブロック 非公式会議室】
重い防音扉の内側、くぐもった照明の下で数人の男たちがテーブルを囲んでいた。
政治部の影響力を持つ文官たち。そして軍閥出身の将官。
その場を、ゴップは静かに見渡す。
「……テム・レイを檻から出してから、現場の報告が激変したのは知っておろう」
誰も返事をしない。ただ、黙って資料に目を落とす者、腕を組んで顔をしかめる者がいる。
「技術部が上げてきた初期設計――アレックス。その性能は、すでに旧式となったゲルググを凌駕する。さらにそれをベースにしたエース機構想もある」
ゴップはあえて間を置かず、資料の一枚を机に滑らせた。
「……ジオンは、同じ手をもう一度使ってくる。エースと専用機の組み合わせ、そして局地戦の連続だ」
軍閥の一人がぼそりと呟く。
「……ペガサスとガンダムを奪われた時と、同じ轍を踏むわけにはいかんということか」
「踏みかけているのさ」
ゴップの声は静かだったが、圧があった。
「ゲルググで主力機がなぶり殺され、上層部が“軽キャノンで勝てる”と思い込んだあの流れだ。……また繰り返すのか?」
「だが――」
政治部の文官が反論しかけたが、ゴップは穏やかに遮る。
「誰も、量産型そのものを否定しておらん。量産するがよい。だが“勝てる戦力”を並行して育てなければ、戦争は終わらん」
政治部の者が資料を手に取る。
その目には微かな苛立ちが見えた。
テム・レイ。あの男の存在が、再び連邦の中で大きくなってきている。それが不快なのだ。
ゴップはその空気を察し、あえて言い切った。
「テム・レイを止めたことは、我々の失策だった。だが、今はまだ償える。――今度は、その才を生かす番だ」
「政治の場で争いたくはないだろう? 今ここで筋を通しておけ。でなければ、“またやられる”ぞ。連中のゲルググ改と、それを操る化け物に」
資料の最後のページ。そこには、アレックス試作1号機の技術評価と共に、
アムロ・レイ、ヤザン・ゲーブル、ゼロ・ムラサメの三名の仮選出名が添えられていた。
「……本当にこの三人か?」
「現状ではな。だが、それもまだ“提案”に過ぎん。正式なものではない。……だからこそ、今、お前たちが手を打てる」
ゴップは最後に一言、吐き捨てるように言った。
「現場は、もう“判断”を始めている。上がいつまでも動かねば――置いて行かれるぞ」
静寂。
やがて、軍閥側の一人が口を開いた。
「……この場での合意は出せんが、方向性としては“否定せん”。そう記録しておけ」
政治部の文官たちも、深く息をつきながらうなずいた。
ゴップはゆっくりと立ち上がる。
その背には、“政治家”ではなく、“戦時体制を整える男”としての威厳があった。
【シーン:ジャブロー 技術局地下区画 会議前夜】
静まり返った技術局の一角に、足音が響いた。
軍服ではなく、地味なスーツ姿の男が現れる。ゴップだった。
「来るとは思わなかったな」
モニターの明かりだけが照らす部屋で、テム・レイが手を止めずに言った。
「私は、“政治屋”だ。空気が変わった時に顔を出すのは、習性みたいなもんでな」
ゴップは壁際の椅子に腰を下ろし、資料の束を机の端に置く。
「明日、プレゼンだな。……準備は?」
「万全だ。聞き手の知性と誠意さえ保証されれば、問題はないがな」
テムの目は鋭く、過去の抑圧を忘れていないのが分かる。
「今回は……保証しよう。今度こそ、お前を“檻”に戻すつもりはない」
テムは視線をモニターから外さず、ただ短く言った。
「――遅かったな」
「わかっている。あの時、止めるべきだった。……だが今からでも、やれることはある。やる」
ゴップは真正面から言葉を投げる。
「私は、お前が必要だ。連邦が、負けた戦争を引き戻すには、“お前”が必要なんだ」
数秒の沈黙ののち、テム・レイは小さく笑った。
「……あんたにしては、随分素直な物言いだな。……いいだろう。使える間は、使え」
⸻
【シーン:ジャブロー 高官会議室 政治部評議】
政治部と軍司令部、戦略局の高官たちが集まり、最終的な判断を迫られていた。
議題は「アレックス計画の本格始動」と「三名の特別戦力正式承認」。
政治部の筆頭官僚が声を荒げる。
「軍閥と技術屋の暴走だ! 今さら“テム・レイ”を中心に据えるなど!」
だがその言葉に、戦略局の参謀が書類を静かに突き出した。
「アレックスによる模擬戦戦績。連邦の現行主力機と比較し、劣る要素はほぼゼロ。現場の士気も明らかに向上している」
軍司令部の将官がさらに続ける。
「アムロ・レイ。“白い流星”と呼ばれている彼の戦果は、MS隊の運用思想すら変えた。……今、無視する理由はない」
「ゼロ・ムラサメもしかり。強化人間計画がもたらした負の遺産を、希望に変えようとしている」
政治部の男たちが次第に黙る。追い詰められていた。
そこへ、会議室の扉が静かに開いた。
「……ようやく静かになったな」
ゴップが姿を現し、いつものように飄々と椅子に腰を下ろす。
「この数ヶ月、現場は血を流しながらも結果を出してきた。――もう口だけの否定は通じんよ」
資料をめくると、最後のページには、こう記されていた。
⸻
アレックス配備候補:
・ニュータイプ代表:アムロ・レイ
・オールドタイプ代表:ヤザン・ゲーブル
・強化人間代表:ゼロ・ムラサメ
⸻
「……では、賛成多数と見なす」
重苦しい沈黙ののち、ついに一人の政治部官僚がうなずいた。
他の者たちも、従うように意志を示す。
ゴップは誰にも何も言わず、ただ静かに立ち上がった。
「ようやく、“まともな戦争”が始まるな」
その背は、かつて“モグラ”と揶揄された政治屋のものではなく、
敗北を知りながらも立ち上がる覚悟を持つ――“戦時の政治家”のそれだった。