ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
前話でゴップとテムレイとムラサメ博士がバイオセンサーについて密談してるところを5月13日22:43に追記してあります。
暗い実験室の天井を見つめながら、アルレット・アルマージュはぼんやりと、自分の末路を悟っていた。
(シャア・アズナブル……また戦果を挙げたらしい。赤いガンダム、だっけ。今度はサイコミュまで積んで……)
壁越しに漏れ聞こえる技術者たちの会話。最近は、フラナガン博士も実験室には顔を出さなくなった。彼は今、シャアに付き従ってアルファ型サイコミュの調整にかかりきりだという。
(……本気なんだ。ニュータイプを“次の時代の担い手”にしようとしている。だから、シャアが勝った時に自分に都合の悪い過去の失敗例は、消すんだ)
アルレットは自分のことを「失敗作」と認識していた。たしかにビットは動かせなかったし、サイコミュの声も聞こえなかった。だがその代わり、機体に“ふれる”ことで構造や力の流れがわかった。内部の素材がどう組み合わされ、どこがストレスに耐えきれず破綻するのかが、直感で読めた。
でもそんな異能は、兵器に“意識を通わせる”ことを期待されているニュータイプ像からすれば、外れ者だった。
(……だから私は、乗せられる。この機体に。ゲルググに)
何も言われなかった。ただ指示が下され、初期に試作され使い古されたゲルググに乗せられ、武装を与えられた。
新型の調整機でもなく、戦線で破棄寸前の機体だった。調整も不完全。操縦席には血の匂いが残っていた。
(戦って、死ぬように、仕向けられたんだ)
フラナガン博士は、自らの手を汚さず、彼女の存在を「戦闘での戦死」という記録に残そうとしていた。
彼は賢い人間だ。だからこそ、シャアが勝った時にニュータイプの時代を始める時に邪魔な失敗作の実験体を捨てるんだ。
(それでも……あの人は、私の中に何かを見ていた。きっと最初は)
けれど、成果が出なければ意味はない。兵器の世界では、意味のない能力はノイズでしかない。
(それなら、せめて……この機体だけは、きちんと動かしてみせる)
自分にできる最後のこと。戦って、生き延びること。戦果など挙げなくていい。ただ、自分の“直感”が、この世界でどこまで通用するのか――それを、証明してみせたかった。
(誰にも届かなくても、私は“自分の能力”を疑いたくない)
出撃警報が鳴った。機体の駆動音が狭い格納庫を満たす。アルレットは静かに目を閉じ、ゲルググの冷たい操縦桿を握った。
(この手でしか、私を証明できないのなら)
――機体が、鳴いている。
ゲルググの骨格が軋みを上げるたび、アルレットはその「悲鳴」を拾いながら、かろうじて戦線を維持していた。ブースターの反応が鈍く、脚部の駆動には明らかに数フレームの遅れがある。元からボロの寄せ集め、限界は見えていた。
そして、奴が来た。
――速い。
目の前を跳ねるように動く灰色の機体。それは明らかにジオンのMSからすれば格下の軽キャノンだった。にもかかわらず、こちらの照準を、機体のセンサー角を、動きの予測を、何度も上回ってくる。
(カスタム機か……? でも――)
アルレットの脳裏に、かつての報告資料が浮かんだ。
「連邦に、一機だけ妙な軽キャノンがある」
そう記されていた記録。見た目はほとんど変わらないのに、動きが異常に速い。関節部が独自に強化されていて、冷却ラインもオーバーチューンされている。脚部アーマーに増設されたベーンが、空力とバランス補助のために追加されているという――。
今、視界の端で跳ねるように動く軽キャノンには、まさにその特徴があった。
(脚部に追加スラスター……肩のシールドマウントが左右逆……あれは、ヤザン・ゲーブル)
確信が走る。実戦データ上でも明らかに異質とされていた、あのパイロット。
(……強い。でも、荒っぽい。精密さより、勘と本能で動いてる感じ……)
軽キャノン――そのモビルスーツは重装機動とはかけ離れた簡易カスタム機。骨格こそ細く、装甲も薄い。あれで全力を出し切れるはずがない。彼の動きに機体が追いついてない。まるで、噛み合わない歯車のように。
(……全力出せないって、不自由だな。強いのに、もったいない)
その瞬間、警報が鳴った。ビームがかすめ、機体が振動する。
(――まあ、それでも私が五人いたって勝てそうにないけど)
思考の奥で、死を覚悟する声が呟く。
(連邦もバカだなぁ。この人にガンダム与えれば、条件さえ整えば――サイコミュ搭載の赤いガンダムに乗ったシャアにだって、勝てるんじゃないの?)
胸の奥で微かに笑う。恐怖と紙一重の高揚が、血を巡らせていく。
(……こんな相手に出会えたのに、ここで死ぬのはもったいない)
生きなければ、と思った。
その時、ゲルググの脚部が破壊され、視界が激しく揺れた――。
思考の奥で、死を覚悟する声が呟く。
火花が散る。シートが大きく揺れた。脚部、損壊。
(……ああ、これはもう駄目か。勝てないなあ。死ぬのかな)
でも、軽キャノンは止まった。致命のトドメを刺す距離にいながら、銃口はまだ、火を噴かない。
(あれ? 撃たない……コクピット、狙ってこない? 鹵獲、するの?)
視界の端、モニターが弾く光。ヤザンの機体がこちらの動力部を撃ち抜いた――即死は避け、機体だけを完全に止めにきている。
(なるほど、機体目当てか。ゲルググの情報……欲しいのね)
音もなく近づく軽キャノン。手慣れた動きで、両腕部の駆動部を破壊される。コクピットを破壊しないのは、おそらく……。
(私が何をしても、この人には勝てないって……分かってるから、かな)
不思議と、恐怖はなかった。生き延びた、という安堵も、なぜか薄い。ただ、ぼんやりと思う。
(……とりあえずは、助かったのかな?)
捕虜として、連れていかれるだけの未来。
でも、自分の“直感”が生きる可能性が、そこにあるなら――。
腹部ハッチが軋む音を残して閉じる。ヤザン・ゲーブルは軽キャノンのコクピットから降り立ち、ヘルメットを脱いだ。そのまま整備デッキの縁に腰かけ、眼下に展開される捕虜の移送作業を無言で見下ろす。
拘束具をつけられ、連邦の憲兵に囲まれて歩かされていく一人の若い女。整備服のような薄汚れたパイロットスーツがその存在を物語っていた。
(あれが、ゲルググのパイロットか)
ヤザンはタバコに火をつけるような仕草をしながら、女の背を見送った。戦場での印象が、脳裏に残っている。
(腕は大したことはなかった。だが……やけに機体の癖や駆動特性に合わせた、無駄のない動きだったな。機体の中身を知り尽くしてたような)
手足の一挙手一投足が、ゲルググそのものと一体化しているようだった。整備不良か機体の動きがぎこちない時があった。だがあの女は、それを「理解」し、なお戦おうとしていた。
「よう、ヤザン」
不意に声がかかる。振り返ると、油に汚れた整備服を着た男――機体整備主任の一人だ。軽キャノンの脚部にスパナをぶら下げていた。
「上層部の命令通り、ゲルググの鹵獲、御苦労さん。けど、またカスタム軽キャノンに無理させたな?」
男は軽く笑う。だが、その声に責める色はなく、ただ呆れを滲ませているだけだった。
ヤザンは鼻を鳴らし、肩をすくめる。
「軽キャノンが遅いんだよ。足も、手も。反応速度も追いついちゃいねぇ。半端なカスタムで誤魔化すくらいなら――」
口の端を吊り上げ、言う。
「――盗まれたガンダムを、もう一度作って俺に渡せばいいものを」
整備士が眉をひそめる。タオルで手を拭いながら、言葉を返した。
「そりゃ無理だ。なにせ、ガンダムの生みの親――あのテム・レイ博士を、『檻』なんていう軍の左遷場所に押し込めるくらいだからな。仮にガンダムの機体が残ってたとしても、どうせ全部パーツにされちまってるよ」
ヤザンはふん、と短く息を吐いた。
「本当にバカだな、あの上層部は」
そうだ。テム・レイ。軍が恐れ、疎んじ、封じ込めた技術の天才。その男が作った機体を再び手に入れることは――いまの連邦には、無理な話だった。
彼の視線が再び捕虜へと戻る。
あの女――ただのパイロットじゃない。彼女自身に、何か“価値”があるのかもしれない。
ヤザンの瞳が、煙の向こうでわずかに細められた。
手錠をかけられたアルレットは、憲兵に両脇を固められながら、静まり返った廊下を歩いていた。金属靴が床を打つ音だけが規則正しく響き、他に聞こえるのは、時折遠くから聞こえる整備音と、背後に立つ憲兵の声だけだった。
「……お前も運がいいよな」
唐突に口を開いた憲兵は、さして興味もなさそうに言葉を続けた。
「ヤザン大尉だったろ?あの人が本気なら、瞬殺されてたはずだぜ。上層部の命令がなきゃ、お前の命なんざとっくに吹き飛んでたって」
アルレットはわずかに目を細めて笑う。
「やっぱり、あのカスタム軽キャノンに乗ってたの、ヤザン・ゲーブルだったんだね」
「おお、やっぱ気づいてたのか? ま、あの動き見たらわかるか」
「うん。機体の重心移動とか、ブレーキの入り方とかが異常だった。私、機体の挙動だけは妙に敏感だから」
「へえ……変な女だな。自分を撃墜した相手をそんなふうに冷静に観察してたってわけか?」
「だって、死ぬなら最期くらいは何か記録しておかないと。まあ――結果的には死ななかったけど」
憲兵は苦笑して、足元の床を軽く蹴った。
「まあな、死ななかったどころか――尋問付きで生き延びられそうでな」
その言葉に、アルレットは首をかしげた。
「尋問って……希望とか、出せるの?」
「は?」と一瞬間の抜けた返事をした憲兵の脳裏で、警戒音が鳴った。
(……はあ? 希望? 尋問相手の希望? できるわけねぇだろ。まあ、同性の女を指名とかなら気持ちはわからんでもないが……あーでも捕虜交換の目処がいつ立つか分からないから、あんまり気を遣ってる余裕ねぇんだよな……)
一瞬、適当にあしらおうかと考えたが、念のため聞いてみることにする。奇妙に落ち着いた目をした捕虜が何を言い出すのか、多少興味もあった。
「……誰を希望するつもりだ?」
アルレットは、迷いもためらいもなく言った。
「私を捕まえた、ヤザン・ゲーブルを」
憲兵は絶句した。唖然とするしかなかった。
(……ヤザン大尉を希望だと?)
一瞬、どこかのスイーツ女が勘違いでもしたのかと思ったが、目の前の少女の眼差しには恋慕も恨みもない。ただ、純粋に“確かめたい”という意志だけが宿っている。
(……ヤザン大尉に何か吹き込まれたか? いや、ありえん。あの大尉はどちらかといえば捕虜に口をきくタイプじゃない。そもそもあの大尉が捕虜に興味を持つとも思えんし……)
それでも。
(……こいつ、ヤザン大尉の戦いぶりをMS越しに見たんだ。自分を撃墜した相手の“何か”を感じたってのは、パイロット同士じゃなきゃ分からない感覚かもな……)
結局、判断を上に委ねるしかなかった。
「……一応、上には伝えてみる。ただ、当てにするなよ。却下されても文句言うな。そういう希望が通る立場じゃないってのは、分かってるだろ?」
「わかってる。ありがとう」
アルレットは、少しだけ微笑んで答えた。
戦闘から戻ったヤザン・ゲーブルは、濡れたタオルを肩にかけたまま、個室の扉を背にして立っていた。ようやくシャワーでも浴びて、飯でもかきこんで、腹を満たしてベッドに沈みたい――そんな気分だった。
「ったく、あの軽キャノン……無駄に堅い上に、動きだけは妙に癖がついてやがる」
軽く舌打ちしながらウェットスーツのジッパーに手をかけた瞬間、
コンコンッ。
軽やかなノックの音が響いた。ヤザンは眉をひそめた。任務直後の疲労と汗にまみれた状態のまま、来客に応じる趣味はない。
「……ったく、誰だよこんな時に」
不機嫌そうに吐き捨てつつも、もしかしたら面白い話かもしれないという好奇心が勝り、ヤザンは扉を開けた。
「やあ、ヤザン!」
軽い笑みとともに現れたのは、ヘンケン・ベッケナー艦長だった。
「……これは艦長殿。任務帰りの塩気まみれの男の部屋へとは、ご丁寧にありがとうございます」
表情では笑みを浮かべつつも、内心のヤザンは少し警戒していた。
(こいつは、基本は真面目な軍人だが……ふとした時に妙ないたずら心を見せるのが厄介だ)
ヘンケンは艦長らしく両手を背に組んだまま、にこやかに続けた。
「優秀な君に――重大な任務を頼みたい!」
ヤザンは姿勢を正すと、ピシッと敬礼しながら応えた。
「拝命いたします!」
(そら来た、どうせ碌でもねえ話だろうがな)
そして、案の定だった。
「捕虜の尋問を任せたい」
「……は? 自分が、ですか?」
思わずヤザンの声が素に戻る。疲れが一気にぶり返してきた。
ヘンケンはあくまで涼しい顔で続ける。
「捕虜自身の希望だよ。君を指名してきた。なに、軽キャノンにまた無理させたろう? しばらくは整備のため出撃はない。時間はあるんじゃないか?」
ヤザンは額を押さえ、ため息をひとつ。
「……MSのパイロットに、尋問ねぇ……」
その目はすでに、厄介ごとの臭いを感じ取りつつあった。
さらっと登場するヘンケン艦長。いや、敵の女兵士の希望を律儀に聞いてくれる優しさがあってあの時代で艦長やってる人で書きやすい人って条件がぴったりすぎた。