ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
ジャブロー基地の食堂はいつもと変わらずざわついていたが、アムロ・レイとシイコ・ムラサメは隅のテーブルで向かい合っていた。ハロの話題が途切れたあと、シイコの視線がじっとアムロを捉える。
アムロは半笑いで言った。
「……あの、シイコさん。本題があるんですよね?回りくどいのはやめませんか?」
シイコは小さく微笑んでから、静かに頷いた。
「そう。じゃあお言葉に甘えて。私とシミュレーターで戦ってくれない?ニュータイプと噂されるあなたの力を知りたいの」
彼女の言葉はまっすぐで、そこにためらいはなかった。
アムロは少し驚いたが、すぐに真剣な顔に戻り、
「わかりました。戦いの場でお互いの力を確かめましょう」
シイコは目を細め、ほんの少しだけ頬を染めて応えた。
「ありがとう、アムロ。これであなたのことをもっと理解できるかもしれない」
周囲の喧騒から二人だけが静かに離れ、これからの戦いに向けて、互いの覚悟を胸に刻み込んだ。
コックピットの中、シイコは息を詰めながらモニター越しにアムロのアレックスを睨みつけていた。
高度な再構成を受けたネモR型は、彼女の操縦に反応するように滑らかに動き、ムーバブルフレームがぎりぎりの機動に耐えている。
「これが……連邦のニュータイプの力……!」
心の中で呟いた声は、驚きと、ほんの少しの高揚に震えていた。
(赤い彗星と戦った時と同じ……いいえ、それ以上の圧迫感。プレッシャーが肌を焼くよう……これは普通じゃない!)
彼女はワイヤーを射出した。ネモの両腕から放たれる二条の糸がアレックスの動きを追い、左右から挟み込む。
スティグマ戦術——
それは彼女が、数多の模擬戦と実戦から生み出した独自の技巧だった。
ワイヤーの牽引力を利用して、自分の機体を常識外れの角度で急旋回させ、相手の死角へ潜り込む。機体性能だけではなし得ない“感覚”の技術。
だが、アムロのアレックスはその攻撃すら予測していた。
ワイヤーが張り詰める瞬間、彼はほんの僅かに機体を引いてかわし、切り返す。
(このタイミング……見切られてる!)
シイコの背筋を冷たい電流が走った。
だが、次の瞬間、彼女のネモは何故かワイヤーを切断されることもなく、攻撃を中断されることもなかった。アムロは追撃してこなかったのだ。
彼女は戸惑いながらも機体を立て直し、距離を取る。
コックピットの中で、アムロは冷静に彼女を見つめていた。
(なるほど……彼女も、赤い彗星に大切なものを奪われたのか)
彼の脳裏には、かつてシャアに奪われた父のガンダムがよぎる。
あの時、自分は何も守れなかった。あの悔しさと怒り。
そして、彼女もまた、同じようにして傷ついてきたのだと、直感で理解していた。
(僕は父さんのガンダムを奪われた。彼女は、そのガンダムに乗った赤い彗星に、友を——いや、“マブ”を殺された)
ワイヤーを切ることは簡単だった。
その一手で勝負は終わる。だが、アムロは引き金に指をかけたまま、それを下ろさなかった。
(それじゃ意味がない。赤い彗星はもういない……だから彼女も、自分の力で前に進むべきなんだ)
コックピットの中、シイコの目に涙が滲む。
追い詰められているのに、彼は自分を殺しにこない。技術の差が歴然なのに、彼は自分に戦わせてくれている。
それが、悔しくて、嬉しくて、胸が苦しかった。
「アムロ……」
無意識に名を呼んだその声は、通信に乗ることもなく彼女のコクピット内に消えた。
アムロのアレックスが、もう一度正面から向き直る。
まるで「もう一度来い」と言うように。
「……わかった」
シイコは歯を食いしばり、再び操縦桿を強く握った。
(なら、見せてあげる。たとえニュータイプなんてものが本当にあるとしても——それが、あなただけの特別な力なんかじゃないってことを!)
操縦桿を握る手に、シイコは無意識に力を込めていた。
コックピットの中で響く心臓の鼓動。それは恐怖ではなく、闘志の音。
(たしかに、あなたの動きには“何か”がある……言葉では言い表せない直感、思考の先を行くような圧……でも、だから何?)
彼女のネモが再び加速し、瓦礫の中を滑るようにして突撃する。
(私はあなたに勝つ。私みたいな人間でも、あなたみたいな“伝説”に届くんだって証明してみせる!)
スティグマ戦術が発動される。
腕部から走るワイヤーが、捻れた鉄骨を軸にして再びアレックスへと襲いかかる。
今度は機体の慣性だけでなく、周囲の地形さえ利用して、まるで重力そのものを欺くような軌道で飛び込んでいく。
アムロのアレックスは、それを正面から受けるように動いた。
だが、それはただの迎撃ではなかった。
(僕にできるのは、“彼女が届く場所”を壊さずにそこに立つことだけだ)
アムロは引き金にかけた指を緩め、ワイヤーの動きに身を任せる。
それは、彼女の戦術を拒まないという意思だった。
驚愕に目を見開いたシイコのネモが、アレックスの懐へ飛び込んでいく。
通常なら反撃されていたその間合いに、何も来ないことが逆に彼女の胸を締めつけた。
(……なに、それ……なんで、撃たないの……!)
戸惑いが、一瞬、彼女の動きを鈍らせる。
それでも、彼女の眼差しには揺るがない決意があった。
(たとえ、あなただけが“ニュータイプ”なんだとしても……それが、すべての人間を超越した存在なんだとしたら……)
(私はそんな世界に屈しない!私でも、他の誰でも、あなたに勝てるって、絶対に証明してみせる!)
アムロは微かに口元を緩めた。
彼女のその“意志”こそが、最も強く、美しいものだと、戦いの中で理解していた。
そしてその時、二人の間には明確な勝敗では語れない、ひとつの“対話”が成立していた。
ニュータイプであるか否かではなく——
心をもって人と向き合い、誰かの痛みと希望を背負って生きる力。
それがアムロの目に映る、彼女の「本当の強さ」だった。
戦いの終わりは、静かだった。
アレックスのビームサーベルが、ネモR型の肩部に深く突き刺さり、そこから機体の動きが止まった。
反応速度、機体性能、戦術眼——すべてで彼女は劣っていたかもしれない。
だが、それでも最後の最後まで、シイコ・ムラサメは視線を逸らさなかった。
やがて沈黙が訪れ、シミュレーターの機体が動作停止を告げる警告音を鳴らした。
コクピットが開き、足元のリフトでアムロが降りてくる。
少し遅れて、額に汗を浮かべたシイコが現れる。乱れた前髪の奥の瞳は、悔しさと、そして何か新しい光を帯びていた。
「……負けたわ」
シイコはそう言って、唇を噛んだ。けれど、それは悔しさの味ではなかった。
そして、その目にはかすかな涙がにじんでいる。
「赤い彗星はもういない。あなたにも、あんな風に勝たれたら……もう、前に進むしかないじゃない……」
震える声を絞り出すようにして、彼女は涙を手の甲で拭った。
「だから、進む。怖くても、悔しくても、私は……止まらない」
アムロは、黙ってその言葉を受け止めた。
その姿は、かつての自分と重なって見えた。
(ちゃんと、伝わったんだな……僕の想いも、父さんの技術も、彼女の中で意味を持てた)
少しだけ、口元がほころぶ。
すると、泣いていたシイコがいきなり指をさして言った。
「それはそれとして、明日もシミュレーターで対戦してね」
アムロは目をぱちくりとさせた。
「え? ちょっと待ってください、決着つきましたよね? それに……ニュータイプへのこだわりも、解けたんじゃ?」
「そういう問題じゃないのよ」
シイコはふふっと鼻を鳴らすと、少しだけ寂しげな微笑みを浮かべた。
「赤い彗星がいなくなって、憎しみを募らせて無駄な時間を使うのは、もうやめた。でもね、バカな父親が“ニュータイプは怖い”って言って、強化人間なんて作った事実は……軍が穏健路線に変わっても、私には終わってないの」
視線が鋭くなる。けれど、そこにあるのは破壊の衝動ではない。確かな“意志”だった。
「“ニュータイプは特別な存在じゃない”って証明するモチベーションは、むしろ上がってるの。だから、あなたと戦う理由は……まだ、無くなってないのよ」
アムロは一瞬、言葉を失ったが、すぐに小さく笑って頷いた。
「……了解です、シイコさん。じゃあ、明日も手加減しませんよ」
「上等」
そう言い合って二人が並んで歩き出すと、廊下の向こうから軽やかな足音が響いた。
明日はまた違う戦いが待っている——互いを高め合うための、未来へ向けた戦いだ。
二人の歩みは、もう過去を見ていなかった。
【頼れるヤザン兄貴】
「ヤザン大尉〜っ!!」
ドアが勢いよく開いたかと思えば、いつもはへらへらしている部下たちが、揃いも揃って半泣きの顔で飛び込んできた。
「なんだぁ? 騒がしいな……」
タバコを咥えていたヤザン・ゲーブルは、イラつき混じりの声で視線を向ける。
「し、シイコ中尉が……! アムロ・レイ中尉のとこに行きました! 二人っきりで! 食堂のあとシミュレーターに……!」
「は?」
「こ、これはヤバいですって! あの二人、どっちも“戦闘バカ”じゃないですか!? 殺し合い始めたら止まりませんよ! ぼくたちじゃ手ぇ出せませんし……!」
「…………」
ヤザンは一拍おいて、鼻で笑った。
「んなもん、俺が知るかよ」
だが、ちらりと見ると、部下たちは揃いも揃って“隊長ぉ〜!”という目で懇願してくる。
あからさまに泣きそうだ。
「……ったく、面倒くせぇな」
ヤザンは椅子から立ち上がり、タバコの火を消した。
「まぁ、俺もちょうどシミュレーターに用があったんだ。様子見てやるよ。何かあったら止めてやらぁ」
ぼやきながらも歩き出すその背に、部下たちは救われたような顔を見せる。
⸻
ヤザンがモニタールームに到着した頃、ちょうどシュミレーターの戦闘は佳境に入っていた。
アレックスが鋭く動き、ネモR型がスティグマ戦術で翻弄する。
だが、その流れも次第にアムロの読みの中に吸い込まれていった。
(……やっぱり、アムロのやつは抜けてるな。あれはもう、生きてる兵器ってレベルだ)
そんな風に思いながら見ていたヤザンだったが、戦闘が終わり、二人がコクピットから降りて話し始めたその時、彼はある“空気の変化”を察した。
──少し涙をにじませたシイコの言葉と、それを静かに受け止めるアムロ。
ヤザンの口元が、にやりと歪んだ。
「……ほ〜、アムロの野郎にも春が来たかね?」
誰に言うでもなく呟くと、ヤザンはモニターから目を離し、肩をすくめてその場を後にした。
⸻
部屋を出た先で、先ほどの部下たちが息を詰めて待っていた。
「た、隊長! だ、大丈夫でしたか!? 二人は……!」
ヤザンはふてぶてしく笑って、片手をひらひらと振った。
「問題なんて全然なかったぜ。むしろ、良い雰囲気だったな」
部下たちがぽかんと口を開けたのを見て、ヤザンは指を突きつける。
「だがな、いいか。今後あいつらがシミュレーターで対戦してる時は、てめえらは別の部屋使え。他の連中にもそう言っとけ。……邪魔すんじゃねえぞ」
「は、はいっ!」
部下たちがビシッと敬礼する中、ヤザンは「ったく面倒くせぇ」と呟きながらも、どこか満足げな笑みを浮かべて去っていった。
その背中は、どう見ても“頼れる上司”のそれだった。
ノア・Tさん、70-90さん誤字報告ありがとうござます。