ジークアクス世界の闇堕ちアムロ   作:gジェネサイコー

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幕間: ドゥー・ムラサメ3

道具か、人か

 

――処置、開始。

 

鈍い音を立てて、拘束ベッドの周囲に設置されたアームが動き出す。脳波を測定するセンサーが頭部に取り付けられ、神経刺激のための導電パッドが側頭部に接触した。

 

「ドゥー、今から前頭前皮質と視床を刺激する。感覚が鋭くなると思うが、冷静を保つように」

 

研究者の声に、ドゥー・ムラサメは無言で頷いた。冷たい金属が肌に触れる感覚――それすらも、もはや懐かしいものに思えた。

 

(これだ。僕の“本当の体”を目覚めさせる方法……)

 

投薬により脳の代謝を促進させ、意図的に共感覚を発現させる。外科手術でセンサーを組み込み、精神リンクを促進させる神経回路を開く――

 

苦痛はあった。だが、痛みは“進化”の代償だとドゥーは理解していた。いや、そう教えられてきた。何より、自分の心が拡張されていく感覚がある。

 

「……見える。機体の奥まで。もっと深く、もっと鋭く……」

 

研究者が目を見開いた。

 

「これは……! 従来よりもはるかに反応が早い。これが、ゼロと同等の適性か……!」

 

その名を聞いた瞬間、ドゥーの目が冷たく光る。

 

(ゼロ・ムラサメ。彼を超える。そのために、僕はここに来た)

 

 

作業室の一角。古びた端末に投影されたのは、ゼロ・ムラサメが搭乗するアレックスの戦闘記録だった。

 

(間合いの詰め方が自然……まるで意識が先に動いてるみたい)

 

ドゥーは真剣な目で戦闘ログを何度も再生し、コマ送りで確認していた。ゼロの戦闘は“効率”だけではない。“意志”がある。動きに思想が宿っている。

 

「……どうして、そんな動きができるの?」

 

ドゥーはゼロの戦い方に、人としての“軸”を見た気がした。機体を制御しているのではなく、自分の体として自然に振る舞っている。まるで機械が“彼のために存在している”かのように。

 

(あの人は、人として機体を乗りこなす。僕は、機体になることで人を超えようとした。……そこに、差があった?)

 

画面を閉じ、ドゥーはそっと呟いた。

 

「でも、どちらが“正解”なの?」

 

 

地下通路。通気口から漏れる淡い光の中、バスク・オムが軍服の襟を整えながら独り言のように吐き捨てた。

 

「……そういえば、ムラサメ博士には娘がいたな。たしか、ジオンのニュータイプにマブをやられたとかいう話だったか」

 

隣を歩く参謀が訝しげに眉をひそめる。

 

「博士が強化人間の研究に没頭したのも、それが理由ですか?」

 

「そうだろうな。娘を死なせないためには、ジオンのニュータイプに匹敵する存在が必要だった。だから“作ろう”とした。それが我々の強化人間計画の始まりだ」

 

バスクは軽く笑った。乾いた、感情のこもらぬ笑い。

 

「だが博士も所詮は親馬鹿だった。ドゥーのような小さな少女に実験を強行できなかった。それが限界だ。ゼロのように、即戦力になる素材だけに夢中になったのも当然だ」

 

「……では、なぜ今、ドゥーに目を付けるのです?」

 

「ドゥーへの実験を緩いものにする博士はここにいない。我々には“情”も“良心”も不要だ。素材が揃い次第、“真のニュータイプ”計画は完成する。ゼロを凌ぐ、完璧な兵器としてな」

 

バスクの視線の先には、再び始動しつつある地下研究施設の明かりがぼんやりと浮かんでいた。かつての忌まわしい工程が、何のためらいもなく再起動されようとしている。

 

そしてそこには、意志を持ち、自らの選択でその道を望んだ少女――ドゥー・ムラサメがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

照明を落とした観測室に、低く機械音が響いている。バスクの私的研究セクション——通称「灰色区画」。そこに佇むのは、無機質な冷たさを湛えたサイコガンダムの試験機と、それを見上げる一人の少女。

 

黒いマズルガードの奥、ドゥー・ムラサメの表情は読み取れない。

 

「記録開始。ドゥー・ムラサメ、第3次リンク実験——開始します」

 

管制台からの声と共に、彼女の頭部に接続されたサイコミュリンクが動き出す。

一瞬、全身に走る鈍い痛み。しかし、ドゥーは眉一つ動かさない。

 

リンクが深まる。意識が拡張し、機体の骨組み、駆動系、サイコウェーブ受信部、全てが「自分」の延長となっていく。

 

(……これで、いい。僕はパーツ。この巨体が“本当の体”。)

 

だが、その感覚の奥で、ふと別の違和感が湧いた。

 

ゼロ・ムラサメの戦闘ログ。

あのとき見た、“人間のまま”機体と一体化する彼の姿。強化もなしに「ニュータイプ」として成立していた、あの動き。

 

ドゥーの中に、ほんの一滴の問いが浮かぶ。

 

(もし、僕がこのまま“兵器”として完成してしまったら……あの人みたいに、“誰かを助ける”ってことは……できるのかな)

 

リンクはさらに深まり、思考すらもサイコウェーブに飲み込まれそうになる。

だが、ドゥーはあえてその感覚を保った。

 

(でもいい。それでも僕は進む。だって、ゼロ・ムラサメに勝たないと、僕の存在に意味はない)

 

彼女の精神波が跳ね上がる。管制の研究員が思わず息をのむ。

 

「数値が……異常です!ゼロ時の反応を超えた!」

 

バスク・オムは、腕を組んでその光景を見下ろしていた。

笑みを浮かべるが、その瞳は冷たい。

 

(いいぞ、ドゥー。ゼロなど超えてしまえ。お前が“使える”ということを、証明してみせろ)

 

――その夜、施設の記録には「実用試験第2段階・完了」と記された。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラス越しの記憶

 

薄曇りの空の下、研究施設の裏手にある資材搬入口。

ベンチの上で、フォウ・ムラサメがぼんやりとスープを啜っていた。軍の支給品にしては味があったが、彼女の表情に変化はなかった。

 

「……覚えてる」

 

隣に立った少女がぽつりと呟いた。

 

黒いマズルガード。淡い白髪。痩せた肢体に、透けるような白い肌。

ドゥー・ムラサメ。フォウは視線を少しだけ向けて、無言で頷いた。

 

「ガラス越しだったけど、見てた。あなた、ムラサメ研究所にいた頃……いつも笑わなかった」

 

「そっちこそ、見てたじゃない。白衣着た大人たちが言ってたわ。『D区画に安定体がいる』って。あれ、あなたでしょ?」

 

ドゥーは、わずかに口の端を上げた。それが笑みだったのか、ただの反射だったのかはわからない。

 

ふたりは、それぞれが「実験体」であった時代を知っていた。

会話は少なくとも、互いの存在はずっと意識していた。

 

「あなたも来たんだ、ここに」

 

ドゥーの言葉に、フォウは少しだけ瞼を伏せて答えた。

 

「……だって、もう無理だもの。“人間”としてなんて、生きていけないよ」

 

淡々と、けれど寂しげに言ったその一言は、ドゥーの心を少しだけ揺らした。

 

「研究所では、今さら『普通の生活を』なんて、みんな言ってたけど……私、もう強化処置されすぎてるの。感覚も、記憶も、壊れてる部分がある」

 

フォウの声は落ち着いていたが、その奥には諦念の色が濃かった。

 

 

 

──彼女が、まだ“人間”としての可能性を信じられるうちに出会っていれば。

たとえば、宇宙世紀における最高のニュータイプの一人。

彼女と最も相性が良いとされる少年――カミーユ・ビダン。

もし彼がここにいたならば、フォウ・ムラサメは、違う道を歩めたのかもしれない。

 

だが今、その希望は過去形で語られるしかない。

 

「ねぇ、ドゥー。あなたは……あの研究所で、ほとんど処置受けてなかったでしょ。なんでここに来たの?」

 

フォウの問いは、静かだった。

けれどそれは、まるで「自分と同じ傷を持っていてほしい」という願いがにじむような声だった。

 

ドゥーは少しだけ黙ってから、低く言った。

 

「……僕は、“真のニュータイプ”になるために来た。誰にも負けない力が欲しかったから。……ゼロ・ムラサメを超えるために」

 

「ゼロ……」

 

フォウはその名を繰り返した。

 

「彼の戦闘記録を見た。強かった。……でも、それだけじゃない。あの人、“人間”だった。戦い方が、どこか優しかった」

 

「優しい……」

 

「僕が目指してきた“ニュータイプ”は、もっと冷たくて、もっと機械的で、感情なんていらなかった。でも、あの人は違った。……それで、少しわからなくなった。僕の目指してきた『強さ』って、何だったんだろうって」

 

フォウは少し黙った後、微笑んだ。

それはとても、寂しい笑みだった。

 

「……じゃあ、会えばいいんじゃない? 彼に」

 

ドゥーが顔を上げた。

 

「彼と会えば、答えが見つかるかもしれない。あなたが何を目指すべきか。……道具になってまで進むべきか、それとも、“人間”として進んでもいいのか」

 

フォウの言葉は、まるで昔の自分に語りかけるような声音だった。

 

ドゥーはその言葉に、すぐには答えなかった。

 

だがその視線の奥には、これまでになかった“迷い”の火が、小さくとも確かに灯っていた。

 

 

 

フォウの「会えばいいじゃない?」という言葉に、ドゥーは小さくかぶりを振った。

 

「……会えるわけないよ」

 

吐き捨てるような言葉に、わずかに熱がこもる。

 

「ゼロ・ムラサメはゴップ派閥にいる。僕たちの“持ち主”であるバスク中佐は、ゴップ提督のことを心底疎んでる。あの人の名前が出るだけで顔をしかめるくらいに」

 

マズルガードの奥で、ドゥーの口元がわずかに歪む。

 

「僕が“会いたい”なんて言ったら、内通を疑われる。ゼロの情報を探ってるとか、寝返りを画策してるとか。……そんな目で見られるの、嫌だ」

 

フォウはスープのカップをくるくると回しながら、小さく笑った。

 

「そりゃ正面から“会いに行く”からでしょ」

 

「……え?」

 

「バスクはあなたにゼロ・ムラサメを“超えさせたい”のよ。なら、機会さえ作れば……模擬戦ぐらいなら、やるに決まってる」

 

「模擬戦……?」

 

「そう。研究成果の比較とか、実戦形式のスコアテストとか、バスクの得意な“形式主義”を逆手に取ればいい。あなたが“見たい”って言わなくても、“戦わせたい”理由がバスクの中にあれば、通る」

 

フォウの目はどこか冷ややかで、現実を見据えていた。

 

「それに……私たちみたいな“強化人間”同士なら、模擬戦の最中に――通信を介さずとも、会話できるんじゃない?」

 

ドゥーは一瞬目を見開いた。

 

(強化処置によるサイコミュ共振……感応波が同期すれば、機体を通じずに“直接”思考が伝わる可能性がある……)

 

フォウは何も言わず、その反応だけでドゥーが理解したことを悟った。

 

──

 

フォウ・ムラサメは、知っている。

この研究所が“異端”であり、連邦本流の方針から外れた存在だということを。

 

今の連邦軍は、ゴップ、ブレックスといった穏健派の主導によって、強化人間の保護・治療を進めている。

だが――この場所は違う。

ここにいる研究員は皆、過去に“やりすぎた”者たちだ。倫理に縛られず、成果だけを求める“はみ出し者”たち。

この施設が存続するには、“戦果”がいる。証明がいる。

だから――

 

(……あなたが負けたら、この研究所は潰されるかもしれないけど)

 

それでも、フォウは黙っていた。

この少女――ドゥー・ムラサメが、自分とは違う道に進める可能性があると、どこかで信じているから。

 

「……やる?」

 

ドゥーは少しだけ躊躇した。けれど、首を小さく縦に振る。

 

「やる。……僕の目で見たい。ゼロ・ムラサメの中にある“強さ”が、人間のものなのか、“真のニュータイプ”のものなのか……」

 

「じゃあ決まりね」

 

フォウはふっと立ち上がると、スープカップをくずかごに投げ入れた。

 

「あなたの戦いが、ここの“証明”になる。どうせなら、最後まで踊りなさいよ、“道具”としてじゃなく、“自分の意志”で」

 

ドゥーはその言葉に応えず、ただ、空を見上げた。

薄曇りの空の向こうに、まだ会ったことのない“答え”がある気がしていた。

 

 

 

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