ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
軍議の影、意志なき選択
連邦軍本部。
冷え切った会議室に重厚な空気が流れていた。ブレックス、ゴップ、ムラサメ博士をはじめとする主要派閥が一堂に会する中、その一角で、バスク・オムが堂々と立ち上がった。
「――ドゥー・ムラサメの戦果を、正式に“模擬戦”として提出したい」
ざわめきが走った。
ドゥー・ムラサメ。その名は、ゴップ派閥ではすでに危険視されていた。だが、その存在はバスク派の最後の賭けでもある。
「単なる強化人間ではない。サイコガンダムの適合率、精神波の出力、そして模擬記録……いずれも、ゼロ・ムラサメや過去の“エース強化体”の基準を上回っている」
バスクはそう言い放つと、机上のホログラムにドゥーの戦闘データを投影した。
目を細めるブレックス。資料を黙読するゴップ。
(……来たな)
ゴップとブレックスは、互いに短く目配せを交わしていた。
彼らはすでに、この提案が来ることを想定していた。
――ドゥーを“成果”として使い、研究所を正当化したい。
バスクがそう動くのは時間の問題だった。
(ならば、その“模擬戦”こそ反撃の機会だ)
ゴップ派閥は、ドゥーの相手に現連邦最強のアムロ・レイを当てるつもりだった。
強化人間でもなければ、強化処置も受けていない。
だが――バイオセンサーを内蔵した新型アレックスを使いこなし、今や現場の誰よりも成果を出している。
「……こちらとしても、ドゥーの安定性と性能を見極める機会を得られるのは歓迎だ。模擬戦においては、アムロ・レイ中尉を推薦したい」
そうブレックスが告げた瞬間、バスクがわざとらしく口の端を吊り上げた。
「――ああ、それは困るな。ドゥー自身が、対戦相手はゼロ・ムラサメがいいと言ってきてね」
会議室に一瞬、沈黙が落ちた。
(……奴らも驚いているな)
バスクは満足げに心中で嗤った。
(まあ、俺も当初はアムロ・レイをドゥーに倒させるつもりだった。あの少年が叩き潰されれば、ゴップ派閥の穏健路線にダメージを与えられる。だが、ドゥーは違った。ニュータイプであるアムロではなく、強化人間として“完成された”ゼロに勝ってこそ意味があると、自分から言ってきた。なるほど、確かにと思ったよ)
(何より奴らが断ることは今の穏健路線に矛盾する。奴らは強化人間を人間として扱いたいのだから。この模擬戦に勝ったとしても希望を断っておいて人間として扱うなど言えまい。)
これは、バスクにとっては“吉”だった。
“人間”としての道を与えようとしていたゴップやムラサメ博士にとっては――“大凶”と言っていい結果だった。
ムラサメ博士は、無言で手元の資料を握りしめた。
彼の脳裏には、一つの確信があった。
(……もし相手がアムロ・レイならば、例えサイコガンダムを用いても、ドゥーに揺さぶりをかけられても、彼は勝てるだろう。精神面でも、技術面でも、完成された兵士だ)
だが――ゼロ・ムラサメが相手なら。
(あの少年は、今でこそアムロに匹敵する訓練を積み、成長を遂げている。かつての実験体の面影は薄い……)
だが、“彼と彼女”が戦場で相対した時。
――強化人間同士が感応を起こしたら、結果は読めない。
かつてムラサメ研究所で培われた「繋がる精神波」。
それは共鳴し、混ざり、時に戦いを無意味にする。
「……対戦相手については、後日決定する」
ゴップが静かにそう告げて、会議の議題は打ち切られた。
その判断には、いくつかの原因があった。
ちょうどアムロは、地球に残るジオン残党勢力討伐作戦に投入されていた。
シイコ・ムラサメも同行している。
一方、ゼロ・ムラサメもまた、別戦線にてMS部隊を指揮していた。
いずれも戦線は収束に向かいつつあり、両者が戻るタイミング次第で、対戦カードは成立する。
「戻り次第、双方のスケジュールと体調を見て最終決定を下そう。模擬戦が“公正な判断のもとに行われる”ことが前提だ」
ゴップの声は硬かった。
だが、その裏には“最後の抵抗”としての強い決意が込められていた。
バスクは椅子に深く腰をかけ、鼻を鳴らした。
(いいぞ。お前たちの選択肢が狭まっていくのを、じっくりと見せてもらおう)
一つの戦いが、静かに、だが確実に、始まろうとしていた。
連邦本部、ゴップの執務室。
重厚な木製の扉が閉じられたその部屋には、ゴップ、ブレックス、ムラサメ博士、テム・レイ、そしてソファーに足をかけて座るヤザン・ゲーブルの姿があった。
スクリーンには、ドゥー・ムラサメとゼロ・ムラサメ、それにアムロ・レイの戦績データが投影されている。
フォーマットは冷たいが、その向こうにいるのは誰もが「人間」だ。
「……希望通りゼロ・ムラサメを当てるべきか、それともこちらが選んでアムロをぶつけるべきか」
静かにゴップが口火を切ると、重苦しい空気が室内に満ちていく。
「アムロなら勝てる。それは誰もが分かっているだろう」
そうブレックスが言えば、ムラサメ博士も短く頷いた。
「サイコガンダムを相手にしても揺るがない心の強さがある。彼なら、ドゥーを“壊さず”に勝てる。だが――」
「……だが、ドゥー自身が希望した相手じゃない」
テム・レイが眉間に深い皺を刻みながら続ける。
「希望を拒否して、勝てる相手を当てる。こちらの正義を守るために……それが、“人間扱い”か?」
誰もが言葉を飲み込んだ。
それをやれば、ドゥーを“道具として制御下に置いた”と同じ意味になる。
それでは、バスクの論理と何が違うのか。
「……俺がやってもいいんだが?」
場の空気を破ったのは、ソファーにもたれかかっていたヤザンだった。
テムが思わず皆の意見を代弁する形で。
「本当にな!。お前が空中のアプサラスをビームサーベルで斬るためにアレックスを半壊させてなければな!」
「言ったろうが、あの空飛ぶバケモノに正面から実弾叩き込んでも機体内部まで届く保証はない。ビームでいくしかなかったんだよ」
テムの顔がさらに険しくなる。
「あの場にはネモの実弾装備部隊が向かっていた! 到着を待てば、あそこまでの損傷は受けずに済んだはずだ!」
「……それで、ネモ隊が到着するまで尻尾振って逃げ回れって? ごめんだね」
ヤザンは肩をすくめながら吐き捨てるように言った。
ブレックス達はその姿を見て息を吐く。
それが彼の本音かどうかは分からない。
むしろヤザン・ゲーブルという男は、あの場にいたネモ隊がアプサラスに狙われるのを“嫌がった”のだろう。
あの部隊の中で、攻撃を無傷で凌げる者は少なかった。
ネモ隊が狙われるより自分が突っ込むことで、味方の損耗を減らす。実際にこの男は機体は中破させても大したダメージもなく生き残りネモ隊も死んでいない。
――あくまで、“結果的にはだが。
そして、もう一つの理由。
ヤザン自身が、アムロに追いつこうとしていた。
成長を続けるアムロに、食らいつき続けるには、自分も限界を超えなければならない。
タイミングは最悪だったが、それも“ヤザン・ゲーブル”の選択だった。
「……機体の修理自体はすぐにできる。予備パーツは揃えてあるし、通常なら数日で再稼働できる構成だ」
だが、すぐに顔をしかめる。
「問題はバイオセンサーだ。アムロやゼロはニュータイプ前提で調整できるが――」
ヤザンをちらりと見る。
「オールドタイプであるヤザンの場合は話が違う。センサーとの同期も個別対応。しかもコイツの成長は“既存の予測モデル”から外れている。探り探り調整するしかない」
「ま、悪かったな」
ヤザンが鼻を鳴らす。
「しかも、その調整に使ってたアレックスのデータバンクが壊れた。本来なら成長ログをベースに上書きすればいいだけなのに……」
テム・レイの語気が強くなる。
「いまは予備データから再構築しなきゃならない! それに、成長の反映も考慮すれば――再調整には数週間かかる!」
ゴップやブレックスはテムレイや現場でデスマーチをするだろう整備員達を気の毒に思った。
「……で、肝心の模擬戦だが」
ゴップが口を開いた。
「アムロを当てれば、勝ちはほぼ間違いない。だがドゥーの希望を拒否すれば、“我々も彼女を道具としか見ていない”という批判は免れない。それは、我々の立場を失わせる」
重苦しい沈黙が流れる。
「……私たちだけで悩んでいても仕方ない」
ブレックスが、視線をホログラムから外さずに言った。
「数十分後、アムロとゼロに長距離通信が通じるはずだ。彼らにも加わってもらうべきではないか?」
その言葉に、ムラサメ博士がすっと立ち上がった。
「なら、アムロやゼロに渡すためのドゥーのデータをまとめてくる。概要だけでなく、実験ログまで添える必要がある。あの子の行動は、数値でこそ理解される」
背を向けたその瞬間――
「おい、博士。どこ行く気だ?」
ヤザンが肩を掴んで引き戻した。
ムラサメ博士は苦笑しながら答える。
「ドゥーのデータをまとめにだよ。君たちが議論してる間に、要点だけでも作業しておきたい。だから……離してくれないか?」
「そんなもんここでやれよ」
ヤザンの言葉に、ムラサメ博士は振り返り、薄く眉を寄せる。
「ゴップ提督の執務室でパソコン広げて作業に没頭しろと?
あなた方の話を聞きながら、提督方を背にして……作業に集中しろと?私の心臓は君のように野生の獣のような強靭なものじゃないんだよ」
ゴップは苦笑を浮かべ、椅子の背にもたれたまま応じる。
「構わんよ、私は。
君の仕事を咎める狭量な男は、この部屋にはいないさ」
だが、それでもムラサメ博士は動こうとしなかった。
「……そういうわけにはいきませんよ」
「はっきり言えよ」
不意に、ヤザンが目を細める。
「アムロの通信に、娘のシイコ・ムラサメが出るかもしれないから、居づらいってな?」
ムラサメ博士の肩が、ぴくりと動いた。
誰もが、気づいてはいた。
だが口にするには重すぎるものを、ヤザンはあっさりと刺すように言い切った。
――重い沈黙が、再び執務室を包んだ。
ある父の沈黙
ムラサメ博士は、ホログラムのログウィンドウに視線を落としながら、端末のキーボードを静かに叩いていた。執務室の隅、ゴップたちが議論を続けるその空間の片隅で、彼は口を閉ざし、ただ手を動かし続けていた。
その目は鋭く、冷静な科学者のものであったが――内心は、そうではなかった。
彼の立場は、あまりにも複雑だった。
かつて、彼は強化人間の研究者だった。
正確には、ゼロ・ムラサメやフォウ・ムラサメを「人間のまま使える兵士」に仕立てようとした、“まだ良識のある”側の科学者だった。
だが、理由はそれだけではない。
娘、シイコ・ムラサメの“マブ”が殺された――赤い彗星によって。
ジオンの“ニュータイプ”がもたらす暴力と恐怖、それに愛する者を奪われる恐れと焦りが、彼を強化人間開発へ駆り立てた。
(……シイコの腕は優秀だ。連邦全体で見ても、アムロやヤザン、ゼロを除けばトップクラス)
だが、その3人と「それ以外」との間には、どうしても超えられない“壁”が存在した。
そして赤い彗星、シャア・アズナブルは、その「3人」と同格の存在だった。
(そのシャアと互角に渡り合えなければ、次に殺されるのは娘自身かもしれない――)
その恐怖が、彼を強化人間開発へと駆り立てた。
ただし、それでも彼には一線があった。
ドゥー・ムラサメ――その少女には、年齢や肉体的な未成熟を考慮し、あくまで「控えめな処置」しか施していない。
ムラサメ博士自身が、それ以上を良心的に許さなかった。
だが、だからこそ――他の被験体たちに施した“強化実験”が、娘シイコとの決定的な断絶を生む原因となった。
あの子は言ったのだ。
「ニュータイプなんて、ジオンのプロパガンダだよ。
仮にいたとしても、大して特別な存在じゃない」
強化人間を作っていた父親を、娘が許せるはずがない。
自分のマブを殺された戦争の道理と、父親の研究が“地続き”であることに、シイコは気づいていたのだろう。
その娘が――ヤザンやテム・レイの話によれば、最近はアムロ・レイと仲が良いらしい。
(……ニュータイプ嫌いじゃなかったのか?)
アムロ・レイ。連邦が“連邦側ニュータイプ”として掲げる、象徴のような存在。
(……その彼と、仲がいい? どうして?)
ムラサメ博士の手が一瞬止まった。
聞いてみたい。理由を。
だが、聞けるはずがない。
シイコから「父さん」と呼ばれなくなって、もう何年が経っただろう。
最後に口にされた呼び名は、冷たく、無機質なそれだった。
「――研究所の、所長さん」
それは、人を他人として見る呼び方だ。
そして、完全な拒絶の表明だった。
(もう、俺は“家族”じゃないんだな)
沈黙の中、キーボードを叩く音だけが響く。
画面の隅には、ドゥーの精神波記録が表示されていた。
彼女もまた、“孤独”の中にいる。
だが、同時に彼女は――娘の命を守りたかったという動機の果てに生まれた、皮肉な“結果”だった。
ムラサメ博士は、そのデータを見つめながら、心の中で名を呼んだ。
(……ドゥー)
それは、誰にも届かぬ、声なき祈りだった。