ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
それでも、歩く者
「――恨んでないの?」
シイコ・ムラサメが投げた問いは、乾いた空気に沈んだまま、答えを待っていた。
その声には、“娘である自分もまたそうなのかもしれない”という、わずかな痛みが滲んでいた。
ゼロは、ほんの少し視線を落とし、それからゆっくりと顔を上げた。
「……最初は、恨んでいました」
静かに、だが明確に語り出す。
「コロニーを落としたジオンへの憎しみは……もちろん大きかった。
でも、自分を実験体にしたムラサメ博士を、恨まないわけがなかった」
その目に、微かな揺らぎがあった。
「でも……アムロさんやヤザンさんと出会って、少しずつ、世界が広がったんです。
彼らと模擬戦を繰り返して、言葉を交わして、自分を“人間”として見てくれる人たちがいると知って……」
ゼロの言葉は、決して博士を許したいから言っているのではない。
それでも、自分が得た「人としての扱い」が、かつて自分を作った者にも、ある種の「心」があったのではと信じたくなるような――そんな変化だった。
「……何より、ムラサメ博士には“苦しみ”がありました。
僕たちを実験体として扱いながらも、ドゥーのような、明らかに施術に耐えられなそうな子供には手を出せなかった。
……そういう“良識”が、彼には残っていたんです」
その言葉に、シイコの表情が一変する。目が鋭くなり、少しだけ声に冷気が混ざった。
「人を強化人間にする碌でなしの“気持ち”が、理解できるって言うの?」
ゼロはそれに、正面から頷いて答えた。
「はい。理解できます」
その一言に、空気がまた変わった。
「……だって、“あの頃の連邦には、アムロさんがいなかった”んですよ」
その名に、アムロがわずかに目を見開く。
「……?」
ゼロは静かに、しかし力を込めて言葉を続ける。
「陰で“強いテストパイロット”がいるって囁かれてたけど、
ジオンのトップエースさえ瞬殺できるような“希望”があるなんて、誰も知らなかった。
見えるところに、いなかったんです。アムロ・レイは」
「……」
「それに、一年戦争中、テムレイさんも開発の中心にはいなかった。
現場の主力は――軽キャノンのカスタム機。今のネモに比べたら、とてもじゃないけど“勝てる気がしない”機体でした」
シイコは何かを言いかけて、しかし言葉が続かない。
「それは……」
「味方にアムロさんがいなくて、
MSの設計思想にテムレイさんが関わってなくて、
与えられたのは軽キャノンのカスタム――
それで赤い彗星に勝てるって思える人間がいたら、俺も会ってみたいですよ」
場が静まり返る。
ゼロの語りには怒りはなく、ただ淡々とした現実があった。
その現実に生きた者たちが何を選び、何を信じて、何を失っていったのか――
ゼロは、それを今の視点からようやく理解しようとしていた。
アムロは、それを黙って聞いていた。
シイコの隣で、目を伏せながら、胸の内でそっと呟いた。
(……聞けば聞くほど、一年戦争中の連邦の状況は酷すぎるな)
それでも、その状況の中で希望を託され、戦い、そして今に繋がる人々がいた。
それが――今、この場に立っているゼロ・ムラサメなのだ。
赦しではなく、歩み
少しだけ間が空いた。ゼロはその沈黙を埋めるように、言葉を続けた。
「……そんな、連邦の最悪な状況の中で――
ムラサメ博士は、“自分の娘”がパイロットとして、敵のニュータイプにいつ殺されるかわからない立場にいたんです」
その声には、怒りではなく、静かな理解があった。
「上層部からは、“ジオンのニュータイプに勝てる兵を用意しろ”と迫られ、
でも同時に、“テムレイには頼るな”とまで言われていた。
……そんな中で、放っておいたら死んでた孤児たちを“素材”として使う――それが許されるとは思わないけど、仕方なかった面もあると思いますよ」
彼はアムロとシイコをまっすぐに見て言った。
「――僕たちの気持ちは別にして、です」
一瞬、空気がぴたりと止まったように感じられた。
それでもゼロは続ける。
「だから、今は恨んでいません。
……あの人、バイオセンサーの調整やその次の開発でもう本当にめちゃくちゃ忙しいのに、
強化人間の治療には、今も研究職員の中で一番動いてるんです」
アムロが小さく驚いたように眉を上げる。
ゼロは照れくさそうに視線を泳がせ、それから――ちら、とアムロとシイコに目をやった。
「それに……まあ」
少し照れたように笑い、言葉を濁す。
「……尊敬できる仲間と、そのお相手の父親を、ずっと恨み続けるのも……
さすがにどうかと思うんで」
その瞬間、シイコの顔がぱっと赤くなった。
「……」
彼女は口を真一文字に結び、ぎゅっと腕を組んだまま、しばらくゼロの方を見ずにいたが――
やがて、ぽつりと呟いた。
「……理解はしたよ」
そして、続けた。
「でも、納得なんてしてない。
――“あの研究所の“医者さん”は、死ぬまで……いや、死んだ後も、
自分が作った“可哀想な被害者”も、“可哀想じゃない被害者”も、
両方のために働き続ければいいの」
その言葉には、痛烈な怒りと、それに隠れた――情のようなものが混ざっていた。
アムロは、シイコのその言葉を静かに聞きながら、ふと気づいた。
(……“研究所の所長さん”じゃないんだ)
彼女が、そう呼んでいた父親のことを。
今――「研究所の“医者さん”」と呼んだ。
それはまだ、赦しではない。
けれど――彼女の心が、ほんの少し揺れた証だった。
アムロは、心の奥に小さな灯がともるのを感じた。
(……ニュータイプじゃなくても、わかるさ。
あれは、きっと“変化”ってやつなんだ)
彼は、ふっと微笑みを浮かべた。