ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
出撃前夜、静かな影
模擬戦に備え、ジャブローの地下整備ブロックでは、サイコガンダムのチェックが夜を徹して進められていた。
巨大なフレームの中で、感応装置と神経接続の調整が行われ、最終データが読み込まれていく。
その通路の脇、簡易な待機スペースで、ドゥー・ムラサメはぼんやりと整備室の光を眺めていた。
やや離れた壁に凭れていたフォウ・ムラサメが、軽く声をかける。
「……相手、ゼロに決まったんだってね?」
「うん」
ドゥーは短く答えると、視線を落とす。
「向こうからすれば、“最強”のアムロ・レイを使いたかったはずなのに。……なんでかな?」
その問いに、フォウは小さく鼻を鳴らすように笑った。
「そりゃあ“アピール”でしょ。
向こうは“強化人間を道具として扱わない”って言ってる陣営だもの。
あんたが同じ強化人間であるゼロ・ムラサメを指名したら――ニュータイプのアムロを出すなんて、さすがに躊躇するでしょ?」
ドゥーは「なるほど」とつぶやくが、すぐに首を傾げた。
「……それなら、ヤザンって人が来たんじゃない? あの人なら“強化人間じゃない”し」
フォウは壁から背を離し、足を組み直した。
「無理だよ。ヤザンのアレックス、半壊中。
アプサラスだっけ? 地上のジオン残党が使ってきた“空飛ぶモビルアーマー”。
メガ粒子砲をマルチロックで撃ってくる奴――あれを一対一で落としたのが、あのヤザンって男」
ドゥーが目を見開く。
「一対一で……?」
「うん、しかも近接でビームサーベルで叩き斬ったらしいよ。
おまけに機体は半壊でも本人はピンピンしてるんだから、手に負えない」
フォウは天井を見上げ、少しだけ息を吐いた。
「……アムロ・レイはわかるの。ニュータイプなら、強くて当然。
あたしたちは、ああなりたくて“作られてる”んだから。
ゼロ・ムラサメも理解できる。ムラサメ研究所の最高傑作。
あの彼が、人間としての扱いを受けて、人としての強さを身につけた。……納得できる」
彼女の目は、わずかに沈んでいた。
「でもさ。ヤザンは?
ニュータイプでも、強化人間でもない。
……なのに、あの強さ。
なんなの、あの人は」
それは、心からの疑問だった。
羨望でもあり、畏怖でもあった。
ドゥーはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「でも、怖いと思うからこそ……僕は、戦いたいと思えるんだ」
フォウは、やや驚いたようにドゥーを見た。
「ゼロと?」
「うん。彼は“人間”として強くなった。
なら、僕は“パーツ”として、それを超える。
……そのために、ここまで来たから」
フォウは目を細め、少しだけ笑った。
「そっか……じゃあ、あなたはあなたなりの“正解”を探しにいくのね。
だったら、止めはしないよ。
……ただし、死なないでよ。あんたに死なれたら、私たちまで無能だと思われる」
ドゥーは、ふっと笑った。
仄かに、でも確かな意思がその瞳の奥に宿っていた。
「負けないよ。僕は“真のニュータイプ”になるんだから」
「……“真のニュータイプ”か……」
フォウ・ムラサメは、小さくつぶやくように言った。
ドゥーはその声に気づかず、ただ黙々と整備の進むサイコガンダムを見つめている。
まるで、その巨体と心をひとつにする準備を、心の奥で重ねているようだった。
(――この娘は、気づいてないのかな)
フォウは、目を伏せる。
(“真のニュータイプ”を目指すなら、何を持ってしても――“アムロ・レイ”と戦うべきだってことに)
ニュータイプ。
連邦の象徴。
すべての強化人間が「そこに届くため」に作られた存在。
(あいつに勝てれば、それだけでいい。余計な過程なんていらない。
それだけで、自分が“真のニュータイプ”だって証明できるのに――)
だが、目の前の白い少女の目には――その象徴すら映っていない。
(……この娘の目に映ってるのは、アムロでもヤザンでもない。
“ゼロ・ムラサメ”だけだ)
それは、フォウ自身が思い出して苦くなるほどの、まっすぐな視線だった。
(……私が焚きつけた面もある。研究所の連中がゼロを超えろって言ってるのもある。
でも――あのとき、私が“ゼロと戦えば”って言わなかったら、
この娘は“アムロと戦いたい”って言ってたのかな?)
フォウは、そんな“もしも”を考えてみたが――それもすぐに打ち消す。
(いや、無理かもね。
今のこの娘には、“アムロ・レイ”じゃない。
“ゼロ・ムラサメ”こそが、自分にとっての目指すべき「山」なんだ)
そして――フォウは、静かに目を閉じた。
(その意味を、この娘は模擬戦の中で気づく。
気づいて、それでも進むなら、それでいい)
もう、あたしにできることなんて、残ってない。
せめて――
(せいぜい、応援してやることぐらいだよ。
あたしの失敗も、迷いも、全部あんたに託すよ。
……せめて、壊れずに帰ってきて)
フォウは、隣のドゥーの肩をそっと叩いた。
「行ってきなよ、“真のニュータイプ”さん。
――勝ち負けより、帰ってくることの方が大事なんだからね」
ドゥーはそれに、ゆっくりと頷いた。
「……うん。ありがとう、フォウ」
二人の視線が交わったとき――
そこには、まだ答えを知らない者と、答えを探し疲れた者。
そんな二人だけに通じる、微かな共感の光があった。
模擬戦の時は、すぐそこまで来ている。
模擬戦、開戦前
重たいハッチが、地下基地の発艦ゲートから開かれていく。
格納庫の奥。
黒く、異形の巨体――サイコガンダムのコックピットへ、ドゥー・ムラサメが静かに歩みを進める。
その背後から、声がかかった。
「――行ってらっしゃい、“真のニュータイプさん”」
フォウの声だった。
肩越しに振り返ると、彼女は壁にもたれながら、手を軽く振っていた。
「帰ってくるまでが模擬戦なんだからね。絶対よ。」
ドゥーは、わずかに頷く。
その目は、ただまっすぐ前だけを見据えていた。
(――ゼロ・ムラサメ)
頭の中に浮かぶのは、あの男の戦闘記録。
機体を“乗りこなす”のではなく、“一体化”しているような動き。
強化人間であることに縛られず、“人”としてアムロやヤザンと渡り合いながら――進化し続ける姿。
(どうして……)
(僕じゃなくて、“あなただった”の?)
かつて。
ドゥーに施されるはずだった実験は、中止になった。
「必要ない」「今後は治療を優先する方針に変わった」
そう研究者たちは言った。
だが、それは――
(ゼロが“人間として成果を上げた”せいだった)
自分と同じ強化人間。
なのに彼は「人間扱い」を勝ち取り、模擬戦の中でさらに強くなっていった。
(――僕は……)
(あなたに、すべてを奪われた気がしていた)
そして、同時に――
(あなたのようになりたかった)
そんな自分の矛盾に、ドゥーはまだ気づいていなかった。