ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
幕間:残された巨影
ジャブローの地下にある、連邦軍司令部の執務室。
夕方の光が傾き始め、会議はそろそろ散会となろうとしていた。
テム・レイが立ち上がり、軽く腕を伸ばしながら言った。
「さて……強化人間計画に残った影も晴らされた。
ムラサメ博士も、少しは肩の荷が下りたのではないかな?」
ムラサメ博士も立ち上がりかけていたが、微笑を浮かべて応じた。
「ええ。ドゥーもフォウも、今度こそ“治療”という道をちゃんと選んでくれました。
“各地の強化人間への視察”という名目の同窓会も、上手くいっているようです」
ブレックスは頷きながら、過去を思い返すように言葉を継いだ。
「……模擬戦で、アムロを避けてゼロを指名された時は、どうなるかと思ったが……。
ゼロが正面から戦ってくれて、本当に良かった」
「全くです」ムラサメ博士は目を細めた。「私の手を離れていった少年たちが、ようやく前を向けるようになった……。あれほどの光景を見られたのです。私ももう、研究室に戻らなくては」
「おお、確かに」テム・レイが笑う。「もういい時間だ。私も設計室に戻ろうかと」
二人がドアに向かおうとした瞬間、ゴップ提督の重い声が部屋に響いた。
「……待ちたまえ」
足が止まる。振り返ると、ゴップが背もたれから身を起こし、険しい顔をしていた。
「君たちは――何か、大きな問題を忘れていないかな?」
室内に、すっと静寂が走る。
ブレックスが眉をひそめる。
「……問題? ほとんど解決したのでは? 残った課題も、解決に向けて順調に――」
「いいや。大きな問題が、まだ手付かずだ」
そう言い切ったゴップに、三人の男たちはそれぞれ内心で首をかしげた。
(何か、まだ残っていたか……?)
(バスクは失脚し、強化人間は保護へと移行した……)
(残っているのは……まさか――)
ゴップはゆっくりと、机の上に数枚の紙資料を並べた。
そこには巨大なシルエット。サイコガンダムの設計図が描かれていた。
「――バスクが隠れて莫大な予算をかけて建造したサイコガンダム。
それが“成果”と見なされた模擬戦も終わった。
予備パーツまで生産しているようだが……あれを、どうするのか?」
ゴップの視線は重い。
「バスクの研究所を潰したからといって、サイコガンダムが“存在しなかった”ことにはならん」
次の瞬間、三人の心に同時に浮かんだのは、ある巨大な“亡霊”だった。
(((あれか〜……)))
サイコガンダム。
あのバスク・オムが、こそこそと隠し予算を回して作り上げた、全高50メートル超の超大型モビルスーツ。
考えたくなかったのだ。
ネモですら相当高い。アレックスに至ってはパイロットを選ぶ超高級機体で、量産なんてとても無理。
――そのうえで50メートル級のサイコガンダム。
(いくらかかってるんだあれ)
と、三人とも無意識に脳が拒否していたのだ。
ゴップは、三人の顔を順に見渡しながら、ゆっくりと語った。
「バスクを失脚させた以上、あれを“どうするか”は、我々が決めねばならん。
無視はできんぞ。」
その時、テーブルの奥からぽつりと口を開いたのは、ムラサメ博士だった。
パイロットに過剰な負担を強いる兵器を心から嫌う彼にとって、サイコガンダムの存在は苦痛そのものだった。
「……何故そこまでして保存するのですか?
あれは欠陥機です。ゼロに匹敵する適性を持つドゥーでさえ、模擬戦後は
即入院レベルの負荷がかかっていた。
戦力として再利用することなど、現実的ではない。
使い道など、探す必要は――」
ブレックスが目を逸らしながら口を開いた。
「……無理だとは思いますが、廃棄ではダメですか?」
ゴップは即座にうなずき、そして首を横に振った。
「分かっているじゃないか。廃棄などできるわけがない。
ネモが1ダース作れるほどの予算をかけて建造した兵器だぞ。
派閥争いの果てに、それを“ドブに捨てた”なんて報告が上がってみろ、連邦議会が黙っておるか!」
(ネモが……1ダース!?)
(高いとは思っていたが、そんなに!?)
ブレックスとムラサメ博士の顔が同時にひきつる。
資料にざっと目を通していたテム・レイまでもが、思わず声を上げた。
「馬鹿な……!
確かにあれだけの巨体ならコストは跳ね上がるが、それにしても高すぎる!?
設計者はどんな無駄遣いをしたんだ!?」
それに対し、ゴップは冷静に答えた。
「まあ、“無駄遣い”という表現は否定しないがね。
だが、向こうには君も、アルレットもいないのだよ」
その瞬間、テム・レイが思い出したように気付く。数秒遅れて、ブレックスとムラサメ博士もようやく気づいたように顔を上げた。
ゴップはゆっくりと椅子に座り直しながら言葉を続けた。
「モビルスーツの開発は、まだまだ“確立された技術”とは言いがたい。
新型を一機作るにも、まずは試行錯誤の繰り返し。
図面を引き、データを起こし、シミュレーションにかけ、問題があれば設計を修正し――ようやく試作機だ。
実機が完成しても問題が出れば、素材の強度からパーツの組み合わせまで、一つ一つ見直さねばならない。
……高コストになるのは、当然なのだ。」
だが――世の中には、例外もいる。
テム・レイ。
彼は数ヶ月で図面を引き、必要な工作機械さえ揃っていれば、テスト不足のままでも“動く”機体を作る。
たどらなかった未来では、彼が“試作機”として作ったガンダムは、整備体制が不十分な上に、民間人と候補生の寄せ集めチームによる整備で、終戦まで戦い抜くというとんでもない“傑作”となった。
そんな天才は、普通はいないのだ。
ムラサメ博士がぽつりと呟く。
「……つまり、あのサイコガンダムは、凡人が全力で試行錯誤した結果ということですね……」
「全力でな」ブレックスが苦笑しながら頷いた。
「では……まずはサイコガンダムの、パイロットへの負担軽減から着手する形で?」
口調は冷静だったが、どこか自嘲気味でもある。
今でこそ、彼はバイオセンサーや精神負荷軽減技術の開発を進め、強化人間を“人”として生かすために尽力している。だが――
「連邦軍の中で、強化人間とサイコミュ技術に最も精通した者は誰か」と問われれば、それは皮肉にもこの男――ムラサメ博士に他ならなかった。
それを知っているからこそ、誰も異を唱えられなかった。
ゴップも小さく頷く。
「そうだな。今のままでは、使いようがない。
せめて“使える形”にまでは仕上げておかねば、議会に顔向けができん」
ムラサメ博士は資料を見ながら続けた。
「ではまず、不完全なサイコミュは取り外し、代わりにバイオセンサーを搭載します。
ニュータイプや強化人間に無理をさせず、意思の伝達と制御に集中させる構造へ」
「構造そのものは、私が見よう。」テムレイがすっと身を乗り出した。
「アルレットや、フランクリン・ビダン、ヒルダ夫妻の協力も得られるだろう。
ガンダリウムγと、安価な構造素材を組み合わせれば、コストも今より抑えられるはずだ。」
(アルレット……素材の“声”を聴く能力を持つ、ニュータイプの技術者。あの娘が加われば、素材面の無駄も大きく削れる)
――ブレックスはそう思いながら、わずかに安心したように頷いた。
ゴップは深く息を吐き、ようやく言葉を緩める。
「……これで、サイコガンダムの件で議会からの糾弾は避けられそうだ。
まったく、誰かが作った後始末というのは、骨が折れる……」
だがその瞬間、ゴップの端末が低く唸った。
画面を開いた彼の目が、鋭く細まり、不機嫌を隠そうとして――隠しきれなかった。
「……悪い知らせと、悪い知らせが届いた」
「……普通は一つくらい“いい知らせ”を期待するところでは?」と、ブレックスが代表して言った。
他の二人も、内心で(せめて片方は良くあってくれ)と同じことを考えていた。
ゴップは画面を机に置き、低く告げる。
「一つ目は諜報部からの報告だ。
ジオンが“サイコミュ”の新型――
“オメガサイコミュ”なるものの開発と実験段階に入ったらしい」
「オメガ……?」
テムレイの眉がぴくりと跳ね上がった。
「名前からして、アルファサイコミュの後継か。
つまり、私のガンダムを盗んで搭載された“外付け型のシステム”を、独自発展させたというわけだな?」
ピリリ、と空気が張り詰める。
(……そりゃ怒るわな)
テム以外の三人が、内心で同時にそう思った。
――自分が魂を込めて設計したモビルスーツを盗まれ、
それを勝手に改造されたとなれば、温厚な者でも怒りは免れない。
だが、ゴップはまだ言い足りない様子で、冷たい声を放った。
「そして、本題は――次だ。」
(次……?)
三人は、無言のまま視線をゴップに集めた。
ゴップが手元の端末を閉じ、重々しく言った。
「議会と、かつて赤い彗星の“ビット”にやられた軍人連中が――嘆願してきているようだ。
“サイコガンダムの再利用案として、ビット兵器のテストベッドにしろ”とな」
「それは――!?」
ムラサメ博士が、思わず声を荒げた。
つい先ほど、ようやくパイロットの負担を減らす方向性としてサイコミュを外し、バイオセンサーを搭載するという決定が下されたばかりだ。
“ビット兵器”とは、すなわちサイコミュの最たる成果。
それを再び搭載するなど――それこそ時代を逆行する愚行だ。
しかし、その場にいた全員が、すぐには反論できなかった。
テムレイが、苦々しげに呻くように言った。
「……バイオセンサーの開発と調整によって、ようやくニュータイプ特有の脳波に対する理解が進んできた矢先に、これか。
あの研究がなければ、この要求も突っぱねられたというのに……!」
ブレックスも腕を組み、渋面を浮かべる。
「一概に拒絶も……難しい嘆願ですな。
特に、“赤い彗星”にビットでやられた者たちにとっては、“あの恐怖”を上書きする手段でもある……」
ムラサメ博士は黙して俯いた。
その肩が、微かに震えていた。
彼は分かっていた。
今のバイオセンサー開発で蓄積された技術、
そして“ニュータイプ”であるアムロ・レイ、
テム・レイという技術者の協力と、フラナガン機関で実際のビッドとサイコミュを見てきたアルレットの協力があれば――
「負担を最小限にしたビット兵器の運用」も、理論上は可能だ。
だが――それでもなお。
あの忌まわしい歴史。
パイロットを“人ではなく、ただの操作ユニット”とした時代に戻ってしまうのではないかという恐怖が、
胸の奥にまとわりついて離れなかった。
その沈黙を、ゴップの声が切り裂いた。
「ジオンの“オメガサイコミュ”の開発を察知した以上――
“我々も、やらねばならん”と議会が判断すれば、拒む理由は薄い」
ムラサメ博士は唇を噛みしめながら答えた。
「しかし、ビットを使用する前提ならば――搭乗者は、ニュータイプか、あるいは強化人間に限られます」
「それでも、やらねばならん。」
ゴップの言葉には、一分の揺るぎもなかった。
「アルファ型サイコミュの段階ですら――ゼクノヴァという、墜落していた宇宙要塞ソロモンを“部分的に消し飛ばし”、コースを変更させる現象を引き起こした。
もし、あの後継システムが完成されてしまえば――地球そのものが脅かされかねん」
その言葉の重さに、部屋の空気が重くなる。
ブレックスが静かに言った。
「……もちろん、パイロットの安全には最大限の配慮を?」
ゴップは力強く頷いた。
「当然だ。
我々は、ジオンとは違う――“道具としてではなく、人として”パイロットと向き合う。
それが、我々がようやく手に入れた“連邦の改革の旗印”なのだから」
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