ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
会議室に再び重たい沈黙が落ちた。ゴップは手元の資料に目を通しながら黙しており、他の三人の視線がテム・レイに集まる。
テム・レイが口を開いた。
「……ビットを運用する前提のテストとなれば、専属のテストパイロットが必要になるぞ。
アムロに協力は頼めるが、専属として割けるほど暇じゃない。あれほどの機体を調整するのに、出たり入ったりでは話にならん」
「とすれば……」
ブレックスが低く呟いた。
そして誰も言葉にしなかったが、その場にいる全員が既に理解していた。
いかにニュータイプであろうと、アルレット・アルマージのように“素材”を見る者は裏方だ。
実際に乗り、操縦し、ビットを飛ばすテストを行うのは――強化人間しかない。
時間の融通も利き、調整に耐える身体と適性を持つ者。
つまり、それは――。
「ゼロの軍務スケジュールの方は?」
ムラサメ博士が、期待と同時に諦念を含んだ声で問いかけた。
「無理だ」
即座に、ブレックスが答える。
「アレックスの運用に、MS部隊の実戦訓練の指導、さらには各地の強化人間施設への査察と調整――。
そして、その査察には“ドゥー・ムラサメの護衛”という任務も含まれている。
開いた日に数回コクピットに座る程度ならともかく、専属パイロットは到底不可能だ」
ゼロは今、強化人間の象徴として、最前線と人道支援の両方を担う数少ない軍人となっていた。
生身でも強く、高い身体能力を持ち、それを厳しい軍務の中でさらに研ぎ澄ませている。
その優秀さゆえに、全方位からの引き合いが止まらない。
つくづく――
連邦初の強化人間がゼロだったことは、幸運であり、同時に最大の不幸でもあった。
彼の例は、“奇跡”の産物だったのだ。
強化技術が未成熟だった当時にあって、ゼロは天性の適応力と精神力で、ムラサメ博士の技術と理論を完全に受け止めた。
それを“普通の強化人間にもできる”と思い込んだ研究者たちの数々の失敗が、その後の地獄を招いたのだった。
「……では、リタ嬢は?」
テム・レイが慎重に問う。リタ・ベルナル。強い感応力を持つニュータイプであり、ゼロとはまた違う形で期待される存在だった。
「ビットの制御だけなら、リタでも適応は可能かもしれません。だが――」
ムラサメ博士は静かに首を振った。
「サイコガンダムを並行して操縦しながらのテストとなると……難しいでしょう。
彼女の感応力は鋭いが、体力的な適応がまだ十分ではない。少なくとも、現段階では単独運用は無理です」
三人は顔を見合わせた。
言うまでもなく、適任がいないのだ。
沈黙が続く中、次の候補として――名前を出すべき者の存在が、自然と脳裏に浮かび上がってきた。
フォウ・ムラサメ。
それを言葉にすべきと分かっているのに――ムラサメ博士の喉は重たく、硬かった。
あの子を……また“戦い”の場に立たせるのか。
たとえそれが模擬であっても、テストであっても。
フォウの中にまだ、癒えきっていない“実験体”としての傷があることを、彼は誰よりも知っていた。
その逡巡を察して、テム・レイが穏やかな声をかける。
「……まずは、機体の構造面の再設計が先でしょう。
テストパイロットの選出は、それからでもいい」
それは、博士への配慮であり、時間を稼ぐための言葉だった。
彼もまた、戦いに心を削った者たちに必要以上の負担をかけたくないと思っているのだ。
ブレックスもそれに頷いた。
「そうだな。軍内でも“ニュータイプ発掘”への期待は高まっている。
上層部からも、士官学校の教官たちからも、シミュレーターの設置要望が多数来ている」
近年の連邦では、ニュータイプ=希望と見なされていた。
実際、アムロ・レイの存在が一年戦争の潮流を変え、今も彼の機体にニュータイプ用装備が導入されている。
その成果――バイオセンサーの研究によって得られたニュータイプ脳波のパターン――を応用し、シミュレーターにも感応測定装置が追加されていた。
各地の軍施設に設置されたその設備には、“偶然の発掘”を狙って、誰でも自由に使えるようにしていた。
「……今のところは、どうだね?」
と、ゴップが静かに尋ねる。
「アムロ中尉ほどとは言わん。だが、アレックスを作るに足るニュータイプは見つかっていないのか?」
テム・レイが、少し残念そうに肩を竦める。
「まだです。とはいえ、設置から一週間。
これから見つかる可能性は十分あります。
いっそ、その“見つかった者”をサイコガンダムのニュータイプ担当テストパイロットに――という形でも、よいのでは?」
「……それが良いですな」
ブレックスが頷いた。
「強化人間の方は、あくまで“本人の意思”があってこそ。
その原則は、我々が今守るべき“理念”の一つだ」
ムラサメ博士は黙って頷いた。
まだ言葉にできない“覚悟”が胸の奥で、静かに育ち始めていた――。
耳にした声
基地内の中庭にある自販機コーナー。
ちょっとした飲み物を買って帰ろうと、ゼロ・ムラサメとフォウ・ムラサメ、ドゥー・ムラサメの三人は足を止めていた。
その時だった。
すぐ裏手の休憩ベンチから、数人のパイロットたちが交わす会話が、ひどく耳についた。
「この間のゼロ・ムラサメとドゥー・ムラサメの模擬戦、マジですごかったよな」
「だな。強化人間の上澄みってのは知ってたけど、まさかサイコガンダム相手にあんな動きできるとはな」
「でもよ……あの小っちゃい娘を“実験体”にするとか正直引くわ。バスク・オム、やっぱ狂ってたんだな。失脚して当然って感じ」
ゼロは言葉なく顔を曇らせた。
ドゥーは肩をすくめて黙り込む。
フォウは口元を引き結びながら、ゼロの横目をそっと見ていた。
──この程度は、まあ、想定の範囲内だ。
そう、思った矢先。
「ところでさ。サイコガンダムってどうすんだろ? 簡単に処分ってわけにもいかないだろ。あんなでけぇの」
「それ、それ。噂だけど……聞いたぜ。あれをさ、“ビット兵器”のテストベッドにするって話」
「……なっ!?」
フォウが一歩、足を踏み出しかけて止まる。
「ビット……ってあれ、ジオンのサイコミュ兵器の?」
ドゥーの声がかすれた。ハロを抱え直す手に、微かな力が入る。
三人は声をかけることも、場を離れることもできず、その場で固まったままだった。
盗み聞きするつもりなどなかった。だが、自分たちの名前と、運命を左右しかねない話がそこにあった以上、踏み出せなかった。
「ほら、アルファ型サイコミュってあったろ? あれを盗んだガンダムにジオンが使ってたって話じゃん。それの後継が作られてるって噂で、それに対抗するための研究がまた動き始めてるんだと」
「まじかよ……ってことは、また強化人間とかニュータイプに負担かける流れになるのか? やだねぇ」
「ニュータイプに頼むかはともかく、強化人間には命令できないだろ。バスク・オムじゃないんだからさ。今の軍は穏健路線だぜ?」
「そうそう。たぶんあの“ニュータイプがわかる”って噂のシミュレーターで候補探すんじゃね?」
遠ざかっていくパイロットたちの声が、風に乗って最後の一言までしっかりと三人の耳に届いていた。
しばしの沈黙ののち、ドゥーがぽつりと呟いた。
「サイコガンダム、私が使う? ……適性は私が高いよね」
すぐに、ゼロとフォウの声が重なった。
「無理だな」
「無理ね」
ドゥーはむっとして腕を組む。「なんで?」
ゼロがすぐに答える。
「お前の適性は認めるよ。でも……まだ小さすぎる。体の成長も、精神の成熟も、あと2、3年は必要だ。強化人間としてじゃなく、人間としてお前を見てるからこそ、俺たちはそう言ってる」
フォウも頷いた。
「あんたが無理して乗って何かあったら……“人間”としての強化人間を守ろうとしてる今の流れ、全部壊れるかもしれない。だから、今は治療。約束でしょ?」
「……うん」
ドゥーはふてくされながらも、ハロを抱きなおして納得したように小さく頷いた。
そのやり取りを聞きながら、フォウは内心で迷っていた。
(でも、サイコガンダムって……あたし達、強化人間の“証”でもあるんだよね)
(今まで辛かったことも、嬉しかったことも、戦いも、全部あの機体の中にあった。なのに私たち強化人間が誰も乗らないなんて……本当にそれでいいの?)
フォウの視線が自然とゼロへと向いた。ゼロは既に何かを察していた。
「……聞いてみようか、博士たちに」
その言葉に、フォウは無言で頷いた。
──
その日の午後、三人はムラサメ博士の研究室を訪ねていた。
「あの噂、聞きました。サイコガンダムをビット兵器のテストベッドにするっていう」
ゼロが静かに口を開くと、博士はため息まじりに頷いた。
「……やはり耳に入ったか。こちらもまだ正式決定ではないが、上からの圧は強い。今もゴップ提督たちと協議中だ」
フォウが一歩、前に出る。
「だったら……私がやってもいい」
「……!」
ムラサメ博士の目が見開かれた。ゼロもわずかに肩を動かす。ドゥーは驚いた顔で、フォウを見つめる。
「フォウ……」
「まだ調整も必要でしょ? 正式な任命でもない。だったら今のうちに、覚悟くらいは決めておくべきだと思ったの。あの機体と……もう一度向き合ってみたいの」
沈黙。だが、その言葉には迷いがなかった。
その言葉に、ムラサメ博士はほんのわずかに目を伏せた。
内心では――ずっとわかっていた。いずれは誰かが“あれ”に乗らねばならない。そしてその「誰か」が、フォウ・ムラサメになる可能性も。けれど、彼女に頼むことは……。
(あの子を、また戦いに巻き込むのか?)
葛藤が胸を締めつける。強化人間計画から人としての救済へと舵を切った今、もう誰一人戦わせたくはなかった。
そんな博士の心中を見抜いたかのように、フォウが優しく、けれど真っ直ぐな声で言った。
「……悩んでるの、分かるよ。でも、私は自分の意思で言ってる。話、聞いてくれるんでしょ?」
ムラサメ博士は、少しの間目を閉じ、静かに息を吐いて頷いた。
「……そうだな。話そう」
四人は研究室の一角に設けられた小さな丸テーブルに腰を下ろした。久しく忘れていた、穏やかな語らいの場だった。
ムラサメ博士は手元の資料に目を通しながら、口を開く。
「希望してくれるのは嬉しい。だが、ビット兵器の調整や挙動テストはアムロ中尉の空いた時間を使う予定だ。君が無理をしてやる必要はない。むしろ、本来は避けたかった役割だ」
フォウはその言葉に、にやりと笑って返した。
「無理になんて思ってないよ。もし、あの機体が“前のまま”だったら、乗ろうなんて思わなかった。でも――今は違う。再設計されるんでしょう? 私たちが“ちゃんと生きていける”ために」
博士は深く頷いた。
「……そうだ。構造面の再設計は、テムレイ博士、アルレット、それにフランクリンとヒルダの夫婦が中心になって進めている。ガンダリウムγと安価な素材を複合して、コストと安全性のバランスを取る設計になるはずだ」
「私は私で、バイオセンサーで培った技術を応用し、奴らの“アルファ型サイコミュ”よりも遥かに負担の少ないサイコミュ、そして――オールドタイプでも扱える“有線型インコム”の開発に着手している。武装が操縦者に負担を強いる時代は、もう終わらせねばならん」
フォウの目が輝いた。
「だったら、なおさら。あたしがやるべきだよ。それは、私たち“強化人間”が“人間として扱われた”証を作るためでもあるんだから」
ムラサメ博士はフォウの真剣な眼差しを見つめ、しばし言葉を失っていたが、やがてわずかに口元を緩めた。
「……そうか。君がそう言うなら、私も腹を括ろう」
彼の声は、どこか晴れやかで――それでいて、静かに燃える決意を秘めていた。
⸻
数日前、連邦軍の某訓練施設。
モビルスーツシミュレーターが置かれた一室に、少年の姿があった。
「ったく……親父とお袋、また書類忘れてるし」
ぶつぶつと文句を言いながらも、カミーユ・ビダンは厚めの封筒をテーブルに置いた。
進歩の証だった。
かつて、父が愛人と縁を切らず、家庭を放置していた頃――
書類を忘れていようが、カミーユは届けようなんて思わなかった。
今も関係が完全に修復されたわけではない。
それでも、母と話すようになり、父も――少しはましになった。
「ったく、2人で夜中まで議論するのはいいけど、大事な書類は忘れるなよ……」
施設を出ようとしたとき、ふと目に留まったのは壁際のモビルスーツシミュレーターだった。
横の貼り紙にはこう書かれている。
『訓練目的の自由使用可・記録は本部が管理』
『新型バイオセンサー搭載機体における反応検証に協力を』
「……ストレス解消にちょうどいいか」
言って、カミーユは迷わずコクピットに乗り込んだ。
数十分後。シミュレーターのログが上がる。
登録なしの使用者により、シミュレート戦績:
【トップスコア】更新――
並み居る軍人たちの記録を軽々と抜き、見知らぬ青年がランキングの最上位に名を刻んだ。
「ふう……なかなか面白かった。
このシミュレーター、家に置いてくれたら毎日やるんだけどな」
カミーユ・ビダンは特に深く考えもせず、書類の返却を終えて帰途についた。
だが、このログは、すぐさま本部に送信される。
“アムロに次ぐ適性”が、誰の目にも明らかとなるまで、そう時間はかからない。
──このときは、まだ。
彼が、フォウ・ムラサメと出会うことになるとは知らずに。