ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
「おんなの名前なのに、なんだ男かよ」
その一言は、カミーユ・ビダンの胸に深く突き刺さった。
フォウと交わしていた穏やかな時間は、まるで砕け散ったガラスのように、彼の中で音もなく崩れ落ちていく。
目の奥で、何かが切れた。
カミーユは無言のまま立ち上がると、まっすぐジェリドの方へ歩き出した。だが、その腕を掴んで制したのは、フォウだった。
「カミーユ、待って」
その声には静かな力があった。怒りを押し殺すような、冷たい視線がジェリドとカクリコンへと向けられる。
「何の用かしら? 少尉どの」
凍りつくような声に、ジェリドがにやついた。
「いやなに。男臭い軍施設に、見目麗しい女性がいたものでね。つい声をかけたくなっただけさ」
カクリコンも続くように軽薄な笑みを浮かべた。
「そういうこと。俺たち2人ともMSパイロットでね。嬢ちゃんは何だ? 清掃員? 軍属か? ちょっと茶でもしない?」
フォウは一度目を閉じ、深く息を吐いてから答えた。
「悪いけど、少尉どのたちに興味は一切ないわ。だからその“茶”とやらの誘いも、断らせてもらうわ。――行こう、カミーユ」
彼女はカミーユの手を引こうとする。だが、カミーユは怒りに身を震わせたまま、一歩も動かなかった。
「でも、フォウ……こいつは……!」
その時、ジェリドの顔が歪む。
「フォウ? まさか……お前、フォウ・ムラサメか?」
一瞬の沈黙。ジェリドとカクリコンの目に、あからさまな蔑みが浮かぶ。
「だったら茶の誘いは無かったことにしてくれ。失敗作の強化人間と一緒なんて、まっぴらごめんだね」
カクリコンも鼻で笑う。
「だな。断ってくれて助かったぜ。俺たち、ああいう“不良品”とは関わらない主義なんだよ」
フォウの肩が微かに震える。怒りでだ。だが、その奥には、かすかな悲しみも見えていた。
カミーユの目は、それを見逃さなかった。
――あんな目を、させていいわけがない。
「この……ッ!!」
怒りの限界に達したカミーユは、歯を食いしばり、拳を握りしめてジェリドに突っ込んだ。
ドッ!
鋭い拳がジェリドの頬を打ち抜き、その巨体が大きく後ろに仰け反った。
「カミーユ!」
「歯ぁ食いしばれ そんな大人、修正してやる!」
怒りの声が、軍施設の通路に響き渡った――。
「さて軍の売店だからそこまで良いものじゃないが……まあ、そこはご愛嬌で」
ゼロが紙袋を片手に笑いながら、ドゥーと並んで歩いていた。
「うん。僕は気にしないよ」
「いや、メインはあの二人だって」
そんな何気ないやり取りを交わしながら、先ほどまでカミーユとフォウが話していた広場へと戻ってきた――が。
「この野郎ッ!!」
怒声とともに、カミーユがジェリドの頬を殴り飛ばした直後だった。
「ガキが……調子に乗りやがって!!」
ジェリドの背後から飛び込んできたカクリコンが、反射的にカミーユに殴り返す。
「やめろッ!」
フォウが鋭く叫び、即座にカクリコンの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。
「――この数分で何があった!?」
紙袋を抱えたまま、ゼロが思わず叫ぶ。次の瞬間には咄嗟に両手を広げ、両陣営の間に飛び込んでいた。
「待て待て!落ち着け!どっちもだ!!」
ドゥーは驚いて目を見開いたまま、ゼロの後ろから状況を呑み込もうとしていた。
「このガキがいきなり殴ってきやがったんだ!」
ジェリドが口元を押さえながら叫ぶ。
「先に挑発したのはお前だろ! 僕だけじゃなく、フォウまで!!」
カミーユが怒りを露わにし、止めに入ったゼロの背後から叫び返す。
ゼロは頭を抱えそうになりながら(なんで数分前のあの穏やかな雰囲気が、こんな戦争状態になってるんだ……)と内心で呻いた。
「お互いに頭を冷やせ。釈明は……あの人たちにするんだな」
ゼロが静かに施設の奥を指さす。
その視線の先には――
ブレックス、ゴップ、ムラサメ博士、テムレイとアムロレイ、アルレット、そして騒ぎを聞きつけて大慌てで駆けつけてきたフランクリン&ヒルダ・ビダン夫妻が、事情を聞こうとずらりと並んで立っていた。
ゼロは小さくため息をつきながら、紙袋の中のチョコスティックを見て思った。
(……こいつらの出番は、もうちょっと穏やかなシーンのはずだったんだけどな)
会議室
通されたのは、普段は使われていない会議室だった。椅子の数は多く、やや空気が重たい。
長机の片側にはゴップ、ブレックス、ムラサメ博士、テムレイ、アルレット、ビダン夫妻。
反対側には、カミーユ、フォウ、ゼロ、ドゥー。
そして少し離れた席にはジェリド・メサとカクリコン・カクーラー。
沈黙を破ったのはブレックスだった。
「つまり君たちの話を総合すると……ジェリド・メサ少尉がカミーユ君の名前を馬鹿にし、その上フォウ・ムラサメを“失敗作”と蔑んだ。怒ったカミーユ君がジェリドを殴り、乱闘に発展した、というわけか」
一拍置き、ゴップとブレックスは揃って深いため息を吐いた。
ムラサメ博士は何も言わない。ただ、冷たい視線をジェリドとカクリコンに突き刺していた。
あの男が狂気に取り込まれていた頃なら――彼らを“実験体”に変えていただろう、と誰もが想像していた。
「さて、とりあえずだ」
ブレックスがジェリドたちに目を向ける。「軍人であるお前たちの処分から話そうか」
「我々が……処分!? 罰則を下されると!?」
ジェリドが声を荒げる。
「無罪放免だとでも言うつもりか? 今の改革のために動いている連邦軍の中で、よくもまあこんなふざけた行動を取れたものだな。先に手を出したカミーユ君にも相応の注意はある。だが、不用意な発言をしたお前たちにも当然、処分は下される」
「こらこら、ブレックス」
ゴップが手を振りながら、にこやかに言葉を挟む。
「“処分”だの“罰”だの、言い方が悪い。これは方便だよ、方便。いいかね? カミーユ君はフランクリン技師のご子息。そしてフォウ・ムラサメは再設計されたサイコガンダムのテストパイロットに内定している。
そんな二人を殴ってスケジュールを遅らせたなんて噂が広まれば、君たちの“出世”に大きく響くとは思わんかね?」
「そ、それは……! ですが……」
カクリコンが苦い顔をする。
「そこで、ちょうど良い任務がある。地方でね、ジオンの放棄されたMSを使っている連中がいてね。治安維持と称した討伐作戦が立ち上がっている。君たちには、そこへ合流してもらおう」
ゴップは意地の悪い笑みを浮かべて続けた。
「ネモでは不満だったのだろう? そこで実力を証明してくれば、エース用の新型機が回されることもあるかもしれんな?」
ジェリドはすぐさま立ち上がり、直立不動で叫んだ。
「はっ! 拝命いたします!!」
カクリコンもそれに倣い、二人は敬礼をして退室していった。
扉が閉まる音が静かに会議室に響いた。
ブレックスは、ふぅと一息吐いた。
「……あの戦線、確か今は激戦区だったのでは? アムロやヤザンのどちらかに頼む話も出ていたはずだが」
「送るよ。彼らの休暇が終わればな」
ゴップは軽く笑った。
「向こうに行く連中は、元はと言えばバスクに感化されていた手合いばかりだ。生き残るなら、それなりに戦力として認めるさ。だが――それすらできないような“口だけの男”など、連邦には必要ない」
ブレックスはその言葉に頷きながら、内心で思った。
(……あの二人、素直に俺の“叱責”だけ受けていればよかったものを)
会議室
ジェリドたちが去った後も、会議室には緊張が残っていた。
その空気を断ち切るように、ゴップが椅子に深く座り直して口を開いた。
「さて、次は――君の扱いについてだ、カミーユ・ビダン君」
言葉を切ったその時、両脇に座っていたフランクリンとヒルダが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「この度は、息子がご迷惑をおかけしました……!」
その姿にカミーユが驚き、声を荒げる。
「親父! お袋! 何でだよ!? なんで頭を下げるんだよ!」
フランクリンが顔をしかめ、怒鳴り返す。
「うるさい! お前も頭を下げろ! ……まったく、なんでお前は、そういうところばっかり俺に似るんだッ!」
「本当にそうよ!」
ヒルダも言葉を被せる。「カッとなって、後先考えずに動くんだから!」
カミーユが拳を握りしめる。
「……じゃあ、あいつらから逃げてればよかったのかよ!?
フォウのことまでバカにされて、何も言わずにいろって言うのかよ!」
「そうだ! 殴るくらいなら、まず俺のところに来ればよかった!」
フランクリンが机を叩く。
「今の連邦は改革の真っ只中だ! あんな暴言を吐くバカどもなんざ、今ここにいる面々に繋げば即座に左遷できたんだ!
お前の“拳”より、この“会議室”のほうが、よっぽど強力なんだよ!!」
「そんな告げ口みたいなダサいこと、できるかよ!!」
カミーユも負けじと返す。
「……あなた、大怪我をするかもしれなかったのよ」
ヒルダの言葉は、震えていた。怒りではなく、恐怖からだった。
そんな母の言葉に思わずカミーユは口を噤んだ。
一瞬の静寂の中で、ゴップが苦笑混じりに口を挟んだ。
「まあまあ、皆、落ち着きたまえ。親子のやり取りも大切だが、まずは“今後”の話をさせてくれ」
会議室の空気が、ふたたび重く引き締まる。
カミーユと言えばこのセリフでしょ!そしてジェリドは吹き飛ぶ。クワトロはこの世界において赤い彗星じゃないんでね。仕方ないね。
そして恐ろしい刑事に見えるブレックス(実際はこっちの方が遥かに優しい)と優しい刑事に見えるゴップ(こっちの方が遥かに怖い)の組み合わせは書いてて楽しいです。
70-90さん誤字報告ありがとうございます!