ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
サイド7から避難民たちがジャブローに降りてきてから長い時間が過ぎた。
ブレックスが連邦の希望になると信じてジャブローに送り届けたテム・レイは、結局、檻に入れられることとなった。彼のいない技術部では、彼の遺産であるガンダムとジムを否定し、軽キャノン――後に「ガンキャノンの出来損ない」や「おもちゃ」とさえ言われる機体――を主力モビルスーツとして採用してしまった。
その一方で、ガンダムを手に入れたジオンはそれを解析し、量産機「ゲルググ」へと昇華させた。軽キャノンがようやく2機がかりで相手取れるかという高性能機であり、これにより戦局は一気に傾いた。
連邦の苦境は覆らず、戦争に敗北した。
テム・レイが檻から解放されるのは、終戦後のことだった。ゴップの裏での尽力と、技術部がようやく彼の必要性に気づき出すまで、それだけの時間がかかったのである。
──そんな中、サイド7から避難してきた若者たちは、連邦の新兵としての訓練に明け暮れていた。
広大な訓練場では、ネモ三機対三機の模擬戦が行われていた。カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ、リュウ・ホセイ──共にサイド7で地獄を見てきた仲間たちである。彼らの教官として訓練を指導しているのは、鬼のような実戦派、ヤザン・ゲーブルだった。
「うわっ!」
ハヤトが操るネモが、目の前で飛び込んできた敵のビームをギリギリで回避する。焦った汗が頬を伝う。
「よく避けたな、ハヤト!ここは俺に任せろ!」
リュウのネモがカバーに入り、ビームサーベルを抜くと、敵役のネモへ斬りかかった。一瞬の交錯、光が閃き、敵機が爆発のエフェクトと共に消える。
「おいおい、リュウさん。俺の獲物を横取りするなんてひでえな」
後方から支援していたカイが、やや気怠げな声を出す。だがその操縦は的確だった。
「ふざけるな、シデン!お前はな、口よりも手を動かせ!」
教官席から声が飛んできた。ヤザンの怒号である。口癖のような怒鳴り声に、三人の隊内通信が一斉に沈黙する。
模擬戦が終わると、全員がブリーフィングルームに集められた。
「今日の訓練、リュウはまあまあだった。ハヤト、お前は動きが硬い。もっと柔軟に戦況に対応しろ。そしてカイ、お前は……黙って手を動かせ」
ヤザンの容赦ない評価が飛ぶ。しかし、そこに悪意はなく、むしろ彼なりの励ましであることを三人は理解していた。
「はいはい、教官。ご忠告痛み入りますよ」
カイは肩をすくめながらも、真面目な眼差しでタブレットに記録されたデータを見つめていた。
「次はもっと上手くやります!」
拳を握るハヤトの声には、あの日の無力感を晴らそうとする意志が宿っていた。
「ま、俺たちが一人前になるまではしごき倒されそうだが……それも、全部無駄じゃねえってことだな」
リュウが静かに言った。どこか達観したような口調だったが、その目は仲間をしっかりと見据えていた。
彼らは皆、己の無力を知っていた。そしてその無力を、力へと変えようとしていた。連邦という巨大な国家の、その最下層にいるような自分たちが、それでもこの戦争を終わらせるために役に立てると信じて。
避難民の少年たちは、もはやただの子供ではなかった。戦火にさらされ、それでも生き延びたことで、大人になりつつある彼らは、ヤザンの厳しい訓練を受けながら、連邦軍の新たな柱へと成長していこうとしていた。
連邦の再起はまだ遠い。だが、確かにこの場所から、新たな世代の光が生まれ始めていた。
訓練後の夕暮れ。格納庫脇のベンチに座り、飲み物で喉を潤す若きパイロットたちの間に、静かな空気が流れていた。ハヤト・コバヤシが立ち上がると、訓練場の片隅で整備士と話していたヤザン・ゲーブル教官のもとへと歩いていった。
「……あの、ヤザン教官。ちょっとお聞きしたいんですが」
訓練の疲れをまるで見せぬヤザンが、眉を一つ動かして振り向いた。
「ん? なんだ、コバヤシ」
ハヤトは一度ためらうように口をつぐみ、それでも思い切って尋ねた。
「僕らは……アレックスのテストとか、受けられないんですか?」
リュウ・ホセイが目を見開いて、慌てて立ち上がる。
「おいハヤト、やめとけって。前も言ったろ、アレックスは──」
「でもリュウさん!」ハヤトは強く言い返した。「俺たちだって、もうそれなりに鍛えられてきてる。だったら、受けるだけ受けても……」
ヤザンがニヤリと口元を吊り上げた。面白そうに、顎を撫でながら言った。
「ほぉ〜う? 自分たちはアレックスに乗るに相応しいと?」
「相応しいかは分かりません。でも、テストくらいは受けてもいいと思ってます」
ハヤトはまっすぐヤザンを見据えていた。その視線は決して強気とは言えないが、揺るぎないものだった。
「結局、サイド7から避難してから一度も実戦には出れてませんが、ネモでの訓練はかなり積みました。最近は他のネモ部隊にも勝ててるんです。もう、アムロだけが特別ってわけじゃない」
その言葉に、ヤザンの目が少しだけ鋭くなる。
(なるほどな……最後のが本音か。アムロと一緒にサイド7から避難してきた、か)
ヤザンは、腕組みしたまま、訓練場の方へ視線を向けた。
「確かにな。お前らの腕は悪くない。訓練学校卒業しただけで一人前気取りのボンクラ共より、遥かに使えるのは認めてやる」
「じゃあ──!」
「だがな」
ヤザンは指を一本立てて、ぴしゃりと遮った。
「お前らが乗ってるのは、あの“出来損ない”の軽キャノンじゃねぇ。ネモだ」
その言葉に、ハヤトが困惑したように言葉をつまらせた。
「ネモ……ですけど、それが?」
「ネモは、軽くて機動力があって、整備性もいい。扱いやすくて、連携もしやすい。そいつで訓練してて、機体が遅いとか、反応が鈍いとか、ストレス感じたことあったか?」
「……いえ、それは……無いです」
「だろうよ」
ヤザンはきっぱりと言い切った。
「アレックスはな、選ばれたエース用だ。並大抵の奴じゃ、逆にあの機体に振り回されて終わる。そいつを扱うのが、果たしてお前らの次の一歩かどうか──少しは考えろ」
ハヤトは何かを言いかけて、ぐっと唇を噛んだ。
「とはいえ……その気持ちは買っといてやるよ」
ぽつりと漏らすように言ったヤザンの声は、いつになく静かだった。
その声に、ハヤトもカイもリュウも、それ以上何も言えずに頷いた。ヤザンはしばらく彼らを見つめ、それからふっと目を細めて言った。
「──数日、待ってな。面白いもんを見せてやる」
ヤザンの言葉は謎めいていたが、どこか期待を抱かせる響きを持っていた。
そして数日後。ハヤト、カイ、リュウの三人はヤザンから呼び出され、整備区画の奥にあるテストベイに向かっていた。
「……教官の呼び出しって、一体なんでしょう?」
ハヤトが不安げに呟く。
「ハヤトが叱責されるんじゃねえの? お前、教官に“自分はアレックスのパイロットに相応しい!”って、大言壮語してたじゃん。フラウ・ボウにいいところ見せたかったのか?」
ニヤニヤとからかうカイに、ハヤトは顔を赤くして振り返った。
「言ってません! “テストを受けたい”って言っただけです! “相応しい”なんて一言も──!」
「否定するのそこかよ」と、カイが肩をすくめる。すぐ隣で歩いていたリュウが、思わず吹き出しかけたが、咳払いでごまかした。
(……フラウ・ボウの件は否定してねえな。やっぱアムロへの対抗心と、フラウへの恋心がモチベーションか)
「似たようなもんだろ。まあ、それなら怒られるのはお前だけだからな。俺たちは優しく見守ってやるよ」
カイの冗談に、ハヤトは顔をしかめた。
「そうからかってやるな、カイ」
リュウが宥めるように口を挟んだ。
「強くなろうって気持ちは悪くねえ。アレックスの件も、もし叱責されるってなら、隊長がわざわざ俺たちまで呼ぶわけがない。多分、隊長が言ってた“面白いもん”ってやつなんじゃねえか?」
「……あれか」
三人の頭に、数日前のヤザンの言葉が浮かぶ。
“数日、待ってな。面白いもんを見せてやる”
ヤザン・ゲーブルがわざわざそう言ったからには、何かがある
普段は使わないシミュレーター区画――セキュリティレベルが高く、訓練兵の立ち入りは原則制限されている。そんな場所へと、ハヤト、カイ、リュウの三人はヤザンに呼び出され、訝しげな表情を浮かべながら足を踏み入れていた。
「……なんか、物々しいですね……」
ハヤトが声を潜めるように呟く。冷たい空気と無機質な機材に、嫌でも緊張感が走る。
ヤザン・ゲーブルはその中央で腕を組んで待っていた。彼の表情はいつものように読めない。だが、その目だけが妙に光っていた。
「来たな、お前ら」
「ヤザン教官……ここって」
「先日言った“面白いこと”をやらせてやる。アレックスのテストだ」
ハヤトの目がぱっと見開かれた。「えっ……! ほんとですか!?」
「ちょっと待ってくださいよ教官」とカイが口を挟んだ。「前に“ネモで物足りなくなったら”って話してませんでしたっけ?」
「な〜に、気にするな」とヤザンは口の端を歪めて笑う。「ちょうどお前らと同じようにアレックスを使いたいって奴がいてな。そいつを乗せてみたはいいが……どうにも相手をしてやる時間がない。現場はどこも忙しいからな。そこでお前らのことを思い出した」
カイとリュウが、目を見交わす。
「もし1対1でそいつに勝てたら――」ヤザンはわざとらしくタメをつくり、指を立てた。「アレックスに乗れるよう、上に掛け合ってやる。ただし、最低2週間の訓練は受けてもらう。準備はいいな?」
「やります!!」
即答したのはハヤトだった。その真剣な眼差しには迷いがなかった。
「お、おいハヤト……」リュウが呟く。「そういうの、簡単な話じゃないぞ」
「別に簡単なんて言ってません!でも……俺たちだって!」
言いかけた言葉は途中で切れた。ヤザンはその様子を黙って見ていた。心の中で(まぁ、やる気だけは買ってやるさ)と思いながら。
だが、カイとリュウは薄々感づいていた。――この相手、ただ者じゃない。何かが違う。訓練用の相手じゃない。
(本命は“そっち”ってことか……)
二人の胸に、重い予感がよぎった。
ヤザンが指示を出すと、シミュレーターの中にひとりずつ案内された。
最初の挑戦者は、ハヤト。
「……行きます!」
だが、アレックスのコントロールはまるで別次元だった。機体は驚くほど敏感で、ほんのわずかなスティック操作に反応し過ぎる。ネモで培った感覚では遅すぎるし、同じタイミングでは機体が跳ねる。
バランスを崩したハヤトのアレックスは、たった数手で“相手”に倒され、敗北。
「くっ……何だよこれ……」
続いてリュウが挑む。彼は戦車やセイバーフィッシュなどの搭乗経験もあるが、それでもアレックスの“過敏さ”に振り回された。
「くっそ、ガンダムってのはみんなこうなのかよ……!」
最後にカイが入った。
「じゃ、俺も軽〜くいってみますかね」
だが、彼もまた機体に踊らされ、苦戦を強いられる。
「ちょ、何だよこの反応! クセが強すぎんだろ!」
一通りの試技が終わり、3人は再び部屋の前に集められた。
アレックスの過敏すぎる反応は、彼らがいかにネモに慣れていたかを痛感させる結果となった。自分たちの腕が鈍ったわけではないと理解しつつも、それでも敗北の悔しさは残る。
そんな彼らに向けて、ヤザンが静かに言った。
「――次だ。今度はネモでやってみな」
「えっ!?」
ハヤトが思わず声を上げる。「アレックスで勝てなかったのに、今さらネモでやるんですか!?」
「同じ相手に!?」カイも半ば呆れ気味に言った。
リュウが眉をひそめる。「相手の方が性能上でしょ?それでまたネモで戦えって……」
だが、ヤザンは眉ひとつ動かさずに言った。
「いいからやるんだよ!」
そう言ってハヤトの背中を押し、そのままシミュレーターへ放り込んだ。
ハヤトは舌を巻きながら操縦桿を握る。「ったく、むちゃくちゃだよ……でもやってやる!」
戦闘が始まると、すぐに気づく。――たしかにアレックスと比べてネモは反応速度が劣る。けれど、その“遅さ”がむしろ自分の判断と一致して、操縦がしっくりくる。
(……動きは速い。でも、動きの“意図”が見える)
相手――アレックスの動きは素早いが、どこか経験が浅い。ヤザン教官の「速さより先に、“読まれない”動きだ」という教えが脳裏をよぎる。フェイント、地形利用、視界外からの攻撃。
すべてが噛み合った瞬間――
「よしっ!」
ハヤトのネモが相手機を撃破した。操作席から出てきた彼の表情には、驚きが滲んでいた。
「勝った……?」
ヤザンが笑みを浮かべる。「ああ、勝ったな。ネモで、だ」
リュウとカイも続いてネモで出撃。最初こそ警戒していたが、相手の反応の鋭さに惑わされず、今まで積んできた実戦訓練と読み合いの経験を武器に戦う。
結果――二人とも勝利を収めた。
たしかに、相手は反応速度も、センスも、天性のものを感じさせる。だが、実戦経験はまだ浅い。ハヤトたちはサイド7から避難して以来、軽キャノンでの訓練を経てネモに乗り、ヤザンから実地での教えを叩き込まれていた。
それが、戦果に現れたのだ。
「……なんだよ。ネモの方が、ずっと強く戦えたじゃんか」
ハヤトの呟きに、リュウも頷く。「機体の性能だけが全てじゃないってことだな」
カイは小さく笑って肩をすくめた。「さすが教官。お説教の仕方も実戦級だわ」
そんな彼らの様子を、ヤザンは静かに見つめていた。
「お前らに必要だったのは、アレックスじゃねえ。自分たちの“戦える機体”に、自信を持つことだったんだよ」
それは、ヤザン・ゲーブルなりの叱咤と激励だった。
シミュレーター室を後にして、ハヤトたちは廊下を並んで歩いていた。先ほどの戦いの余韻をまだ引きずるように、それぞれの顔には熱の残る表情が浮かんでいた。
「さすが教官だな〜」
ハヤトがため息混じりに言う。気負いすぎた気恥ずかしさと、それでも勝てた達成感が入り混じっていた。
「まあそうね」
カイはニヤリと笑いながら言った。「ハヤトの大言壮語を見事にへし折ってくれたよ。その上でモチベーションまで上げてくれるんだから、真似できないね〜」
「カイさん!もうその話はやめてくださいよ!」
ハヤトが顔を赤くして抗議するが、カイはヒラヒラと手を振って取り合わない。
「へいへい。……でもさ」カイはふと真面目な表情に戻り、リュウの方を振り返った。「まだ終わってないと思うんだよね〜なあ、リュウさん」
「だな」
リュウは腕を組んでうなずいた。「教官の“面白い話”がこれだけだったら、俺たちに2週間もやらせる理由がねぇ。今回こそ勝てたが、あの相手……あいつは明らかに“持ってる”。何かあるぞ」
「何かって……何ですか?」
ハヤトが目を瞬かせる。
「さあね。でも俺は思ったよ」カイが肩をすくめながら言った。「教官の“本命”はたぶん、あの相手の方だったんじゃないかってな。そいつが強くなるために俺たちが選ばれた。だが少し違った、それで俺たちも腕を試せた。つまり、両方にとって意味があることだったってわけさ」
「そんな、ややこしいことなんですか? ネモでちゃんと強くなれるって分かったんだし、それでいいじゃないですか?」
ハヤトは釈然としない表情を浮かべながら言った。
だが、リュウが穏やかに、だが核心を突くように続ける。
「いや……思い出せ。教官は“相手が誰か”は明かさなかった。多分だが……年下なんじゃないか? どれくらい下かはわからんが、あの動き――普通じゃない」
その言葉に、ハヤトもカイも一瞬黙り込む。まるで何か、見落としていたパズルのピースが、ふいに手のひらに乗ったような気がした。
「年下……か」
ハヤトは呟いた。自分がどこかで抱いていた小さな違和感。それが、形になりつつあった。
シミュレーター室の隅。訓練の後片付けも終えた頃、リタ・ベルナルは疲れた様子で腰に手を当て、つぶやいた。
「……いきなりあんな強い人たちと戦わされても、困るんですけど」
その声に答えるように、背後から飄々とした声が返ってくる。
「一回目は三人ともに勝ったろ?」
ヤザン・ゲーブルがにやりと口端を上げる。リタの反応を楽しんでいるような顔つきだった。
リタは頬をふくらませるようにして、不満げに答える。
「そりゃあ、アレックスに振り回されてましたから。動きに慣れてないってのもあるでしょうけど、ネモに乗られたら三人に三連敗したんですけど」
ヤザンはいつもの悪戯っぽい顔ではなく、わずかに誇らしげで、それでいて穏やかな表情になっていた。
「……当たり前だろう。俺の教え子だぜ」
その台詞に、リタはジト目でヤザンを睨む。
「可愛い教え子の活躍、おめでとうございます。……本人たちに言ってあげたらどうですか?」
皮肉まじりの視線を向けるリタに、ヤザンはふっと鼻を鳴らすように笑い、頭を振った。
「必要ねえさ。俺が飴だけやるように見えるか? あいつらはこれから、今日味わった何倍ものムチを受け取るさ。だが、それが必要なんだよ」
リタは、眉をひそめる。
「何が必要なんですか?」
ヤザンは口の端を少しだけ上げ、淡々と語り始めた。
「“選ばれたやつ”との違い。そして、そいつとどう戦うか、ってことさ」
「……選ばれた、やつ?」
「ああ。ジオンが今、何やってるか知ってるか? “ニュータイプのスクール”なんてのを作ってるんだとよ。戦場で通用するニュータイプを育てる訓練所だ。アルレットの話じゃ、アムロやゼロクラスの化け物はいねぇらしいが……だからといって安心なんかできねぇ。あいつらは何やるかわかんねぇからな」
リタは、息を小さく吸い込んでから問う。
「……それで、私ですか? ニュータイプの脅威を教えるにしても、アムロさんやゼロさんに相手してもらえば早いんじゃないですか?」
「格上に負ける経験なら、俺がいくらでもくれてやってるさ」
そう言って、ヤザンは壁にもたれ、腕を組んだ。
「だがな。知るべきなのは、もっと残酷な“才能の差”ってやつだ。昨日勝てた相手に、今日になって負ける――その絶望と向き合う覚悟を、あいつらに持たせておきたいのさ。次の戦争じゃ、敵にいくつニュータイプが現れるかわかりゃしねぇからな」
リタはその言葉を黙って受け止めていた。ヤザンがそこまで考えているとは、思いもしなかったのだ。
「……なんか、意外ですね。教官って、そういう先のことまで考えるタイプでしたっけ?」
「おい。誰に向かって言ってんだ、リタ・ベルナル」
ヤザンはにやりと笑いながらも、目の奥には確かな戦士の眼差しを宿していた。
そしてリタもまた、その視線をまっすぐ受け止めていた。
ヤザンの言葉の重みを、ただの皮肉や訓練ではない“現実の重さ”として受け取ったからだ。
その胸の奥には、揺るぎない想いがあった。
――ヨナが、ネモのパイロットになった。
今はまだ訓練中だが、いずれは実戦に出るかもしれない。
その時、私はただ傍で祈っているだけでいいのだろうか。
ニュータイプだから、未来が見えるから、誰かを守る力を持つかもしれないから……だからこそ、何もしないまま傍観することだけは、どうしてもできなかった。
実際には、彼女の精神的な安定を最優先した上層部の判断で、ヨナはジャブローの防衛部隊に配属されて異動もしない。
戦場に出るとすれば、ジャブローそのものが攻め落とされるような事態にでもならない限りないだろう。
それでも。
「……私も、強くなりたいんです」
リタの瞳には、かつて自分の命を終えるはずだった少女の、いまここに生きる意思が宿っていた。
もちろん、リタ自身も分かっている。
いま自分が実機に乗りたいなどと言っても、ムラサメ博士もテムレイ博士も決して許可は出さない。
だが彼女が求めているのは「力を持つための練習」であり、「戦いたいから乗せろ」という無謀な話ではない。
だからこそ、2人の博士はリタにシミュレーターの使用許可を出した。
それは、彼女が“誰かのために力を使いたい”と願っている証でもあり、
今の彼女がもう、誰かの庇護の中に閉じ込められるだけの存在ではないと認められた瞬間だった。