ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
翌日、シミュレーター室に入ってきたリタは、重たいため息をひとつついた。
「……はぁ」
それを聞きつけたヤザンが、腕を組んで呆れたように声をかけてくる。
「おいおい、始める前からため息かよ。やる気あんのか?」
リタはちらりとヤザンを睨みつけると、少しだけ肩をすくめて言い返した。
「アムロさんやゼロさんがいないと全勝なヤザンさんには分からないでしょうけど、人は3連敗なんてしたら普通は凹むんですよ。しかも翌日も同じ相手って……」
「まぁ今日は時間の都合で、それぞれ3回ずつだからな」
ヤザンは平然とした顔で言い放った。
「また負けるだろうな」
「……9連敗しろと?」
「おう、しろしろ。負けの経験ってやつをしっかり味わっとけ」
完全に悪びれる様子もなく言い切るヤザンに、リタはもはや諦め半分の目を向けた。そして、小さくため息をもう一度吐くと、ポケットから端末を取り出して声に出しながらメールを打ち始める。
「アムロさん、なんでヤザンさんが教官として一番優秀なんて言ったんですか……頼む相手を間違えました。今からでも変更させてください。この人は可愛い教え子の踏み台くらいにしか、私のこと思ってません。……送信っと――」
「おい待て」
横からヤザンの手が伸びてきて、送信ボタンに指をかけたリタの手を止めた。
「お前“だけ”を踏み台になんてしてねえって」
「“だけ”ってなんですか、“だけ”って。結局私を踏み台にはしてるってことじゃないですか」
「だからだなぁ……」
ヤザンは苦虫を噛み潰したような顔でぼやきながら、大きく息を吐いた。そして、しばしリタをまっすぐ見つめた。
「……あんまり言いたくねぇがな」
その声音には、普段の軽口とは違う、わずかに重みを含んだ真剣さがあった。
「お前は才能を自覚するべきだ。他とは隔絶したニュータイプの才能を。未来を見るなんて芸当、アムロやカミーユですらやってねえんだぜ」
リタは一瞬言葉を失ったが、やがて小さく口を開く。
「それは……そうかもしれません。でも、具体的に見えたのはコロニーが落ちることと……ネオジオングを倒すために、生贄になることと、その過程くらいで……常に見えるわけじゃ……」
「それでもだ」
ヤザンはきっぱりと遮るように言った。
「今日は負ける。だがな、ただじゃ負けなくなる。お前は、吸収が早ぇ。明日には五分五分、明後日には、ハヤトたちがどうにか一勝を取ろうって、必死になるようになってるだろうさ。お前らの力関係なんざ、数日でひっくり返る」
「そんなわけ……」
「なるんだよ」
断言するヤザンの目は、普段のどこか投げやりな態度とは打って変わって、鋭く強い光を放っていた。
(……その瞳は、私よりずっと先の未来を見据えている)
そうリタは思った。
“未来を見る”のは、ニュータイプだけではないのかもしれない――
翌日の訓練開始前、ブリーフィングルームに集まったハヤト、カイ、リュウの三人は、昨日に続き同じシミュレーション形式で模擬戦を行うことを告げられていた。
「また今日もやるんですね、あの“謎のアレックス”と」
ハヤトが気合いを入れるように腕をぐっと伸ばしながら言う。
「昨日、勝ちはしたけど……今日は何か違う気がするんだよな」
カイが腕を組んでぼそりと呟いた。
「動き、変わると思うか?」
リュウの問いに、カイは小さく頷く。
「なーんか、そんな気がすんのよ。昨日の最後、手応えがさ……ちょっと違ってた」
そこに、ヤザンがブリーフィングルームに入ってきた。
「お、集まってるな。準備はいいか? 今日も昨日と同じだ。ネモでアレックスと1対1、3回ずつだ」
「教官、確認させてください。今日の相手も、昨日と同じ“人”ですか?」
ハヤトが正面から尋ねると、ヤザンはにやりと笑った。
「さあな。お前たちで確かめてみろよ。その目と腕でな」
「やっぱり……」とカイが呟く。
「ま、いいさ。今日も勝ってみせますよ」
ハヤトが拳を握る。昨日より少し自信のある顔だった。
「おう、意気込みは結構だ。だが勘違いすんなよ。相手も、昨日のままじゃねぇぞ」
ヤザンのその言葉が、鋭い楔のように3人の胸に突き刺さった。
「こっちも昨日のままじゃないってこと、見せてやりますよ!」
と、リュウがニカッと笑い、ハヤトとカイも力強く頷く。
そのまま3人は、それぞれシミュレーターへと向かった。
まず最初に出撃したのはハヤト。昨日の記憶と、ヤザンの言葉を反芻しながら慎重に動く。アレックスの動きは昨日よりも幾分鋭さを増していたが、それでも対応は可能だった。得意のフェイントと地形利用で相手のブーストを誘い込み、カウンターのビームで撃破。勝利。続くリュウも、腕力と反応速度を活かし、真っ向勝負でねじ伏せた。カイも昨日のデータを思い出し、相手の動きを読むことで機体の性能差を補ってみせた。
一巡目。全勝。
だが、二巡目に入ると様相が変わる。
ハヤトは回避の一瞬が遅れ、肩部にビームを受けて煙を上げるも、強引に反撃して勝利をもぎ取る。リュウも胴体に衝撃を受けながらも、懐に飛び込んで押し倒した。カイに至っては、脚部を完全に破損されながらも、ビームサーベルで相手のコクピットに突き立てて強引に勝った。
三巡目はさらに熾烈だった。
アレックスの動きは、明らかに昨日より洗練されていた。反応速度と判断力、それらの質が一段階上がっている。ハヤトのネモは腕部を失いながらも、隙をついて勝利。リュウは装甲を削がれた機体で辛うじて逆転。カイは「マジかよ」と漏らしながらも、ギリギリで勝ちを拾った。
3人とも勝利したものの、勝利の代償は重かった。
訓練後、スーツを脱ぎながらハヤトが顔をしかめる。
「昨日と同じ相手だと思います」
その言葉にヤザンは満足げに頷いた。
「正解だ。あいつの名前はまだ教えられねぇ。だが……よくやったな。今日はここまでだ。次の任務に行きな」
3人は疲労を浮かべつつも、確かな手応えを感じながら部屋を後にする。
アレックスの中では、リタが静かに息を吐いていた。
「……負けたけど。少し、つかめてきたかも」
彼女の視線は、目の前のスクリーンではなく、その先にある何かを見据えていた。
翌日。
3度目となるアレックスとの模擬戦が始まった。
「……くっ!」
ハヤトのネモがアレックスの懐に飛び込み、ビームサーベルを突き出す。鮮やかな軌道で斬り払われたアレックスの腕部が、スパークとともに吹き飛んだ。
「よしっ、二勝目……!」
思わずハヤトが拳を握る。初日は完勝、二日目は薄氷の勝利、そして今日は――ついに、完全に五分五分の戦いとなっていた。
リュウも果敢に立ち回った。一戦目は互いに沈黙するまで撃ち合い、完全な相打ち。二戦目で勝利し、三戦目は逆に敗れた。
「チッ、やるな……くそ、やるじゃねぇか」
リュウが舌打ちしながらも笑う。相手の力量が日に日に上がっているのが分かる。
そしてカイ。勝利は無かったが、二度の相打ちに持ち込んだ。
「まあ、上出来ってことにしとこうぜ……はあ、疲れた……」
口ではぼやくものの、その顔に悔しさ以上の充実感が浮かんでいた。
模擬戦が終わったあと、ハヤトは真っ直ぐにヤザンの元へと駆け寄った。
「教官! 今日の僕らの任務、簡単なんです! だから、任務が終わったあとにもう一回だけシミュレーター使わせてください!」
ハヤトの目は真剣だった。勝ちたいという思いだけでなく、何かを掴みかけている自覚があったのだ。
ヤザンは腕を組み、ニヤリと笑う。
「構わねえぜ。ただし、時間は一時間。体力も集中力も落ちた状態でやりすぎても意味がねえ。明日に響かせるなよ」
「ありがとうございます!」
ハヤトが頭を下げ、リュウとカイを手招きするように任務へ向かっていった。その足取りは、明らかに初日とは違っていた。
その頃――ヤザンは静かにシミュレータールームのひとつへと歩を進めていた。
ブザーが鳴り、ドアが開く。
そこにはリタ・ベルナルがいた。訓練を終えたばかりのリタは、薄く汗を滲ませながらも、真っ直ぐにヤザンを見ていた。
「どうだった?」と、ヤザンがにやつきながら言う。まるで「俺の言った通りだったろ」と目で語るように。
リタは一拍おいてから、にっこりと笑った。
「流石アムロさんですね! 人を見る目がある! 私に足りないことも、きっと分かってたんでしょう!」
その笑顔は、眩しいほど爽やかだった――が、その裏にあるのは確かに「初日、踏み台にされた」という悔しさだった。
「おいこら……」と、ヤザンがわずかに呆れたように言う。
だが、リタは踵を返して手をひらひらと振った。
「じゃあ、私はムラサメ博士のお手伝いがあるので、この辺で失礼しますね。お疲れさまでした〜」
ドアが閉まる。
ヤザンはしばらく無言でその場に佇み――やがて、低く呟いた。
「……立派になったな、お前も」
その言葉が誰に向けられたものか、答える者はいなかった。
リタ・ベルナルが、端末を閉じて伸びをした。
今日のムラサメ博士の研究補佐は、いつにも増して複雑だった。しかも午前中にはヤザンの訓練でシミュレーターを回している。身体は平気でも、脳の疲労は否応なく積み重なる。
研究室の奥から手前の休憩室に出ると、そこには見知った顔ぶれが揃っていた。
「ふ〜……シミュレーター後だと、補佐も疲れる……」
小さくため息を吐いたリタに、壁にもたれていたゼロ・ムラサメが片手を上げて応えた。
「よう」
「こんばんわ〜」とドゥー・ムラサメが満面の笑顔で続く。
「こんばんは」
フォウ・ムラサメは優しい口調で、リタに手を振る。
カミーユ・ビダンは真面目な面持ちでぺこりと頭を下げた。
「こんばんは、リタさん」
「ゼロさんに……みんな? どうしたの?」
リタが少し驚いた顔を見せると、ゼロが軽く肩をすくめた。
「ちょうど、みんなスケジュールが空いたからさ。どこか飯でも行こうって話になってな。で、俺が“じゃあリタも誘うか”って言ったら、全員一致で待ってたってわけ」
「えっ、いいの!?」
リタの声が弾んだ。内心では、自分だけ別扱いなんじゃないかと思っていたのだ。
「もちろんだよ〜」
ドゥーがハロを抱えたままにこにこしながら言う。「みんな同じ連邦のニュータイプ研究所仲間じゃん」
「それだと俺が仲間外れなんだが」
カミーユがちょっとだけすねた声を上げた。
「あっ、そっか」
ドゥーが素直に目を丸くする。
「じゃあ、“ニュータイプ兵器の研究仲間”ってことで?」
フォウが半分からかうような声で言った。
「いや、変にグループ名つけなくていいから」
ゼロが手を振って止めた。「普通に名前知ってるやつらで飯食うなんて、他じゃ当たり前なんだから」
「そりゃあゼロは、強化人間以外にも仲間いっぱいいて、そういう誘いもいっぱいあるんだろうけど……僕たちは、そういうの、無いよ」
ドゥーの言葉に、空気が少しだけ沈んだ。
「バカ、やめろ」
ゼロがわずかに睨むようにドゥーを見る。「それ、博士に聞こえたらまたストレス過多か過労で倒れるぞ」
フォウとカミーユが思わず吹き出す。
「とにかく、早く行くぞ。腹が減ったら飯だ、な?」
ゼロが手をひらひらと振って歩き出すと、全員が自然にその後に続いた。笑い声が廊下に響く。誰かが軽口を叩き、誰かがツッコミを入れる。その雰囲気は、ようやく手に入れた、普通の青春のようだった。
その頃、奥の研究室では、ムラサメ博士が椅子に沈んでいた。