ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
ゼロはふっと息を吐き、表情をやや引き締めた。
「まあ、僕らは……こんな感じで博士が来ても問題ないですよ」
そこまでは穏やかな口調だったが、続けた言葉にはわずかに怒気が滲んだ。
「ただ、一応確認のためなんですが。バスク・オムのところにいた研究者は……呼びませんよね?」
その目はわずかに鋭くなっていた。あの時の記憶が容易に薄まるものではなかったのだろう。
アムロは静かに首を振った。
「呼ぶ気は無いよ。」アムロの瞳にも怒りが浮かぶ。彼にとってもあの研究者達は許せないもの達だからだ。
「……というか呼べないし」
その言い方に、ゼロ、フォウ、ドゥーの3人が少しだけ怪訝そうな表情を見せる。
ゴップの直属の部下であるアムロが、呼べない?
一瞬、その疑問が彼らの中をよぎった。
それを察したアムロは、続けた。
「俺のパスで一応データを確認してみた。名前の上では“医療施設勤務”になってた。でも、それはペーパーカンパニーだったよ」
ゼロの眉が僅かにひそめられる。声もわずかに低くなった。
「……命じたのは?」
恐る恐る、といった調子だった。
アムロは軽く息をついて応じた。
「ゴップさんの仲のいい人事部の指示ってことになってたな」
重苦しい沈黙が一瞬流れた。
アムロは淡々と続ける。
「バスクの件は、強化人間計画を潰した人たちの“顔に泥を塗る”ことになった。
二度と同じことが起きないようにしたということだな」
その言葉を聞いた瞬間、フォウとドゥーは小さく肩を震わせた。
そして2人は、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません……」
かつて、自らの意思でバスクの下へ行ったあの過ちが、胸を締め付けたのだろう。
彼女たちのその声は、申し訳なさと、ほんの僅かな痛みが混じっていた。
アムロは静かに、優しく応じた。
「……いいんだ。
だが、こういう事実を知っておくのは君たちのためにもなる。……そう思って話しただけだよ」
ゼロは少し考え込むようにして、ぽつりと口を開いた。
「でも……そもそも、あの人。呼んで来ますかね?」
その言葉にフォウも同意するように頷く。
「確かに。私たちは治療で会うことがあるけど、その度に目に贖罪の意思が見えるし、自罰的だよ。
幸せとか甘受できなさそうだし……式になんて、ね」
アムロは小さく息を吐いた。
「それが問題だ」
テーブルの上に視線を落としながら、ゆっくりと続けた。
「俺としては……シイコのバージンロードを、博士に歩いてもらいたいんだ」
ゼロは眉をひそめた。
「それは……キツくないですか?」
言葉を慎重に選びながら続ける。
「式に呼ぶだけならともかく、花嫁の“幸せの道”に自分が混じるなんて……あの人は嫌がりそうです。
自分にはそんな資格が無い、って……たぶんそう考えるんじゃないかと」
フォウとドゥーも静かに頷いていた。
博士の抱えているものの重さを、彼らは知っていたのだ。
アムロは目を閉じ、しばし黙ったまま考え込んだ。
(……それでも、やってもらいたい。
あの人にしかできない。
ただ、どう話すべきか……)
アムロは重たそうに肩をすくめながら、言葉を続けた。
「ちなみに……シイコも呼びたくないって言ってるんだ」
ゼロは思わず頭を抱える仕草を見せた。
「めちゃくちゃ前途多難じゃないですか、それ……」
アムロは苦笑ともつかない表情を浮かべる。
「ああ、困ったもんだ。
俺は一応ニュータイプの代表みたいな立場になっちまってるってのに、
このままだと結婚式が史上稀に見る酷いものになる……そう言って、
正直、2人を脅迫する手も考えたんだが」
その場の空気が一瞬固まった。
(恐ろしいこと考えるなこの人……)
フォウ、ゼロ、ドゥーの3人は心の中で揃ってそう突っ込んでいた。
アムロは苦笑いを深め、続けた。
「だが、それをシイコに言おうものなら……『じゃあ婚姻届だけ出して、式はやめようか』
って言われかねないからやめたよ」
ゼロは即座に答えた。
「やめて正解です。全力で正解です、それ」
ドゥーもハロを抱えたまま、こくこくと小さく頷いていた。
ハロが「セイカイ!セイカイ!」とカタカナ発音で相槌を打つ。
場がようやく少しだけ和んだ空気になった——。
その時、アムロの端末が小さな電子音を立てた。
アムロはふと画面を見下ろし、眉を上げる。
「……リタからメールだ」
ゼロたちが一斉に注目する。
アムロは苦笑混じりに内容を読み上げた。
「ヤザンさんに今日も扱かれてるみたいだ。シミュレーターでボコボコにされたって」
フォウが少し笑いをこらえた。
「あの人、弟子大好きだもんねぇ。それが余計にキツいって分かってないんだから」
ドゥーはハロをぽんぽんと叩きながら、
「リタ、今日も頑張ってるねぇ」とぽつり。
その時、ゼロが身を乗り出すように言った。
「リタを呼びましょう! 今一番ムラサメ博士と仕事してますし!
博士が式に来てもらえるか、どう話すか考えるなら、
リタが一番気持ちも分かってるはずだ」
アムロは腕を組んで少し考える。
「確かにな……。シイコとも一番近い立場だし。
ただ、シミュレーターの後で疲れてないか心配だな……」
フォウが微笑んだ。
「リタなら来るよ。あの人、相談されるの好きだから。疲れてるとか言いながら来るよ、きっと」
アムロはうなずき、端末を操作してリタにメッセージを打ち始めた。
《良ければ相談したいことがある。時間があれば今からテムレイ博士の研究室まで来てくれないか?》
指を止めずそのまま送信する。
「さて……どうなるかな」と、アムロは息をついた。
——ほどなくして、リタからの返信は思ったよりも早く返ってくることになる。
リタが扉を開けて部屋に入ってきたのは、それから数分後だった。
「あれ?……こんなに集まってたんですか?」
中にいたゼロ、フォウ、ドゥー、アムロの顔ぶれを見て、リタは少し驚いた様子を見せた。
「ヤザンさん任せにせずに、アムロさんが私に教えてくれてもよかったんですよ? 同じニュータイプなんですし。」
言い方は冗談交じりだったが、ヤザンにこれでもかというほど扱かれた身としては、つい恨み言半分の響きが混じる。
アムロは苦笑しつつ、優しい声で返した。
「ヤザンさんの教導は厳しいところもあるけど、君のためになると思ったんだ。
俺が基礎のなかった頃の君に教えてしまうと、ニュータイプ能力と反応速度だけで大抵の相手に勝ててしまうからな。」
「実際3日で一対一ならあの3人(カイ、ハヤト、リュウ)に勝ててるわけですからね。天狗になりかねない。」
「うぐっ……」
リタは思わず言葉に詰まった。
確かに3人に勝てた時、自分の力が怖いと口にしていたのは事実だった。
今考えれば、あの時点で危うい精神状態だった。
ヤザンに聞いた話では、もし3人が3対1を提案して勝ってこなかった場合、次はヤザン本人が相手をして叩き潰すつもりだったそうだ。
「3人に感謝しないといけないな……」と心の中で小さく思う。
その時、ドゥーが真っ直ぐな目でリタを見つめた。
「天狗になってたの?」
小さな声だったが、部屋の全員がドゥーの視線に気づき、リタに注目した。
リタは少し沈黙したあと、観念したように息をついて言った。
「はい。私はちょっと一対一で勝てたからって調子に乗って、その後の模擬戦でボロ負けした天狗です……。」
項垂れながらの正直な告白に、ドゥーは微笑み「ふーん」とだけ言ってリタをぽんぽんと撫でる。
フォウは軽く笑いながら言った。
「まあいいんじゃない? 実戦で気付く前に気付けて。
実戦で気付く頃って、ほとんど負ける直前だろうし。」
アムロもうなずく。
「だな。そういう意味でもヤザンさんには礼を言った方がいい。」
「……はい。」
リタは不承不承ながら頷き、続けた。
「後で……ビールの詰め合わせでも送っておきます。」
初日と愛弟子の踏み台にされたことは今も根に持っている。
素直にお礼を言いたくはなかったが、これが今の自分にできる精一杯の感謝だ。
アムロたちもそれを理解し、それで十分だと黙って受け取る。
「それに……」
リタに視線を向けて、やや真剣な口調に変わった。
「ニュータイプ特有の戦い方や、相手の殺気を感知してそれを戦いに活かすやり方、あるいは後ろにいる敵の存在を“見ずに”意識して対処する感覚……そういうことは、ヤザンさんの教導がひと段落したら、俺が教えるってヤザンさんとも話してるんだ。」
リタは目を見開いた。
そんな戦い方があるとは聞いてはいたが、実際に教えてくれると言われたのは初めてだ。
フォウとドゥーも顔を見合わせて驚いた。
(後ろの敵を見ずに戦う……?)
言葉にせずとも顔に出た疑問に、ゼロが軽くうなずく。
「アムロさんはそれが出来る。」
そしてフォウに視線を向ける。
「っていうかフォウも、カミーユの模擬戦見てる時に“思い浮かぶ瞬間”なかったか?」
フォウは一瞬考え込み、やがて思い出したように顔を上げた。
「……あった。」
少し驚きながら口にする。
「あれって、“見ずに”戦ってたの?」
アムロが微笑を浮かべた。
「ああ。カミーユはプチモビでモビルスーツの扱いは知ってたし、空手で身体も出来てるからね。
以前ちょっと教えたんだ。出来てるようで良かったよ。」
それを聞いてドゥーがぽつりと呟いた。
「真のニュータイプって……遠いなあ……」
机の上にハロを置いてコロコロ転がしながら。
ハロが「トオイ トオイ!」と機械音声で返す。
一息ついたところで、リタが姿勢を正した。
「……それで私に相談ってなんですか?」
彼女の視線が、改めてアムロに向けられた。
部屋の空気がわずかに引き締まる。
——次の話題は、ムラサメ博士のことだ。