ジークアクス世界の闇堕ちアムロ 作:gジェネサイコー
とりあえず3話書いたので10分毎に予約投稿しました。
地球の空気は、いつになっても馴染まなかった。湿った土の匂いがブーツの裏から染み込んでくるようで、アスナ・エルマリートは時折無意識に足元を見下ろしてしまう。
(私は……父が、嫌いだ)
目を閉じると、あの部屋の匂いが蘇る。暗く、静かで、機械の唸る音だけが響く、監禁にも似た訓練室。
物心がついた頃には、既にそこにいた。父は毎日のように彼女に言い聞かせた。
「お前にはニュータイプの素養がある。訓練すれば必ず目覚めるはずだ」
シミュレーターに縛りつけられ、脳に暗示を施され、繰り返される仮想戦闘。
戦争がどれほど人を壊すのか、その意味も知らない年齢で、ただ“戦う”という行為だけを叩き込まれていった。
(戦いなんて……嫌いだ)
父は、いつの間にかいなくなった。
ジオンの中で何らかの研究に関わっていたことは知っている。
だがその内容は上層部にとって都合の悪いものだったらしく、ある日を境に消息を絶った。
おそらくは“消された”のだろう、とアスナは薄々感じている。
その後、母とともに地球へ降りた。
最初のうちは「ジオンの被害者」として同情され、母はパートの仕事にありつけ、娘であるアスナも地域に馴染もうと努力した。
だが、歴史が変わった。
連邦が敗北し、ジオンが勝った。
その瞬間から、世界の目は一変した。
かつては「気の毒ね」と肩を叩いてくれた近所の人々が、今では陰でこう言っていた。
「あの子、ジオンの人間だったんでしょ?」
「お母さん、コロニー落としの関係者じゃないの?」
「仕返しが怖いわね……」
(私は、母を守りたかった)
耐え難いほど弱っていく母の背中を見て、アスナは決意した。
――この手で、自分たちがジオンと無関係であることを証明する。
その唯一の方法が、連邦の軍学校に入ることだった。
軍服に袖を通した日のことは、今でも忘れない。
あの日、母は泣いた。
「そんなことしなくてもいい」と言っていたが、同時に、どこかで安堵していたようにも見えた。
(それでも……私は、ここまで来た)
だからこそ、いま訓練機の整備ハンガーに立ち、軽キャノンの影を見上げる自分の姿は、どこか現実離れしていた。
(でもこれは模擬戦。実戦じゃない。だから……私は、まだ自分を騙せる)
戦いが嫌いでも、止まれない。
母のために、自分の過去のために、そして――
あの父と決別するために、アスナは訓練生として前を向く。
北米・連邦軍訓練学校 【エコール】
―入学直後
「宇宙に帰れよ、コロニーっ子」
「親がジオンなら娘も同じだろ」
私はそれが当然の反応だと思っていた。
……本当は、思いたくなかったけれど。
連邦軍の訓練学校に入ってすぐ、私は整備士になれたらと願っていた。モビルスーツの操縦ではなく、裏方の道――前線に出ることなく、母のために、地球の中で静かに生きていけるような。
だけど、それは許されなかった。
ジオンが勝って連邦が敗北した直後ということもあって、コネや推薦がなければ裏方の道には回されなかった。
しかも、ジオンから来たという経歴。私は、どこに出しても浮く存在だった。
「本当に連邦に忠誠あるのか?」
「どうせ寝返るんじゃないか」
そう囁かれ、整備の希望はあっさり却下された。
代わりに渡されたカリキュラムには、パイロットコースが必修として組み込まれていた。
まるで試されているようだった。
“本当にこの国に忠誠があるなら、命を張って証明してみせろ”と。
仕方なくパイロットのコースを受けた。
シミュレーターに乗るたび、手が震えた。
父の姿が脳裏にちらついて――吐き気がした。
けれどそんな感情を誰にも言えるわけがなかった。
教官にも、クラスメイトにも。
誰もが、親や兄弟、恋人や友人をジオンのモビルスーツによって失った人たちだった。
彼らにとって、ジオンは「悪」だった。
私がその「悪の血」を引いている限り、存在そのものが許されなかった。
廊下で肩がぶつかっても謝られない。
訓練用のヘルメットがロッカーからなくなる。
机には無言の落書き。
「売国奴」「裏切りの娘」「ジオンの手先」
誰もあからさまに暴力は振るわなかった。
だが、それが余計にきつかった。
正面から怒鳴られる方がまだマシだったかもしれない。
私が孤独であることは、周囲にとって「当たり前」だった。
目を合わせる人はいなかった。
話しかけてくる人もいなかった。
教室の喧騒の中にいても、私はいつもひとりだった。
「なんでこんな場所に来てしまったんだろう」
夜、ベッドに横たわるたびに思った。
けれど、逃げたくなかった。
母のために――ジオンと関係ないと、証明するために。
あの冷たい視線に、私は何度も心を折られかけた。
だけど、その中で出会った人たちがいた。
その出会いがなければ、私はここまで来られなかった――。
―数ヶ月後
状況が、少しだけ変わった。
連邦政府が内部の改革に乗り出したらしい。今までのようにエリート主義でパイロットを育てるのではなく、戦場で生き抜く“信念ある戦士”を育てる方針に変わったという。
それに伴って、私たちの在学期間は一年から二年に延びた。
より実践的に、そして長く育てるために。
それでも、怖かった。周囲の目。
だけど――もし、あの三人がいなかったら、私はとっくに心が折れていただろう。
エミル・フォクトレンダー。
最初、彼女は私に冷たかった。
「ジオン出身? 宇宙に帰れば?」
面と向かって、平気でそんな言葉を投げてきた。
でも、彼女はまっすぐな性格だった。
物を隠したり、陰湿なことは絶対にしない。
訓練中のミスも、ちゃんと指摘してくれた。
日々を重ねるうちに、私たちは言葉を交わすようになり――今では親友と呼べる存在になった。
そして、エリシア・ノクトン
金髪に褐色の肌、鋭い目つきに完璧な成績。
この学校の主席で、誰よりも目立つ彼女は、私を陰で貶めようとした人間たちを睨みつけ、こう言った。
「……恥を知らないのね。人を貶めることが、自分を保つ手段だと思ってるなら、あなたの心はもう負けてるわ。」
あの瞬間の彼女の姿を、私は一生忘れない。
そして――
シン・バルナック
優しくて、頼りになる、かっこいい男の子。
あまりに自然に優しいから、最初は女たらしかと思ったくらいだ。
でも、エリシアさんの彼を見る目を見て、きっと彼女が想っているんだろうと気付いた。
だから私は応援しようと思っている。
私は、あの人の隣には立てない。
でも、彼女なら――。
教官用ブリーフィングルーム
――フォルマ・ガードナー:視点
「……まずい、まずい、まずい!」
フォルマ・ガードナーは部屋の壁を背にして、乱れた息を整えながら額の汗を拭った。
誰もいないはずのブリーフィングルームに、彼の苛立った独り言が小さく反響する。
「バスクのやろう……失脚しやがったか……っ!」
それは唐突な報せだった。
あの強権と狂気の象徴であったバスク・オムが――ゴップによって完全に排除された。
かつての権勢を思えば、あまりに呆気ない終わりだった。
(……やばい、やばいぞ。あれだけ太いパイプで繋がってたのに……!)
フォルマは口元を噛み、壁の端末に表示された隠しファイル群を見つめた。
その中には、バスクから横流しされた薬剤のロットナンバー、
夜間に施した暗示の記録、
そして生徒個別に施された強化施術の進行状況……。
全てが、連邦では禁忌とされた行為だった。
本来なら強化人間の研究は全面的に凍結されているはず。
だが――フォルマは、やめられなかった。
「……俺は、ただ……」
ふと、吐き捨てるように言う。
「ゲームがしたかっただけなんだよな」
生徒たちの成績、反応速度、情動パターン。
シミュレーターのデータを見れば、彼らがどう動くかおおよそ予測できた。
けれど、ほんのわずか――予測を外れる存在がいた。
(アスナ・エルマリート、エリシア・ノクトン……)
微細だが確かな、直感と反射の“ズレ”。
常人では説明できないような一手や回避行動。
あれはニュータイプの“萌芽”だ。
完成されたニュータイプとは言えなくとも、コントロール可能な駒としては上等だった。
(……なのに。バスクがいなくなって……お膳立てが全部崩れる)
フォルマは指先で机をトントンと叩く。
焦燥は止まらない。
(今、俺が持っているもの――それは、まだ本部に報告されていない“素材”だけだ)
だから、手を打った。
アスナとエリシアのシミュレーターデータは本部へ転送されないよう細工した。
彼女たちの「異常」は、フォルマ個人の目にしか映らない。
その上で彼女たちを戦場へ――命の危機へと放り込めば、ニュータイプとして覚醒する可能性が高い。
(その時こそ俺の手柄だ。俺が発掘した人材として記録に残る)
強化薬と催眠処理はすでに複数名に施されている。
エリシアも、アスナも。エミル・フォクトレンダーにすら、わずかな処置が済んでいた。
もしバスクとのつながりがバレても――。
(“脅されていた”とでも言い張ってやる。
俺はニュータイプ発掘の立役者だ。俺がいなければこの成果は生まれなかった。……そう言い切ってやる)
「……さぁて、次は“実地訓練”だな」
フォルマの唇がゆがむ。
訓練生を戦場に近い状況に放り込み、殺すか殺されるかの状況を演出する。
味方は旧式の軽キャノン、敵は――仮想ではなく“本物”のジオン残党。
機体はゲルググ。軽キャノンとの性能比は2対1でも釣り合う高性能だ。
そして、お目付け役として旧軍人の教官・ヤハギを同行させておけば、建前としても問題ない。
(さぁ、育てよ。目覚めろよ。俺の……最高のコマたち)
フォルマは誰もいないブリーフィングルームで、静かに、そして狂ったように笑みを浮かべた。
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