それでも明日はやって来る   作:桜霧島

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“チームJAPAN”が捧げた祈りは天に届き

砂漠の国の夜空に歴史的な勝利の星が輝いた。

世界の大舞台に、日本の馬が君臨する。

競馬を愛する人たちが抱き続けてきた世界への夢が

この日、ついに叶った。

黄金世代のエースが点した希望の光が

日本の未来を明るく照らす。

≪JRAヒーロー列伝No.71≫




『届いた祈り、叶った夢』

 

 

 2週間前、日本を未曾有の大地震が襲った。死者行方不明者は二万人を超え、関東以北では日常生活さえままならない状態だ。余震の恐怖、原発損傷による放射線被害、電力不安―――はっきり言ってしまえばレースなんかやっている場合ではない。そんな空気が日本全土を覆っていた。

 いつもは騒がしいトレセン学園でさえ水を打ったかのような静けさであり、誰も彼もが周りの人の顔色をうかがうように生活していた。

 

 私たちドバイ組は揃って震災の起きる前々日に出国しており、そのニュースを見たのは現地のホテルに着いてすぐのことであった。たまたま大地震の災禍から逃れることが出来た私と他の日本から出走するウマ娘のトレーナーはすぐさま協議を行い、到着して早々に帰国することさえ検討された。

 だが、私たちは結局、残ってドバイワールドカップに出場することとなった。決定打となったのはトレセン学園とのWEB会議における秋川理事長とシンボリルドルフからの請願であった。

 

「心配は尽きないだろう。家族、友人、知人に会って無事を確かめたい気持ちもあるだろう。だが、頼む。彼女たちを勝たせてやってくれ。私たちに、希望をくれ……!」

 

 悲痛な表情で頭を下げる2人の姿を見たとき、私たちトレーナーは前だけを見続けることにした。

 

 そして今日、本番を迎える。

 

「トレーナー……」

「どうしたの? レース前に緊張してきた?」

「そうじゃなくって……私、ここにいていいのかなって……」

「いいのよ、気にしなくて」

「そんなっ……!」

「日本にいたって、私たちに出来ることなんて無いもの」

「っ……!」

 

 彼女、ヴィクトワールピサは私の言葉を聞いて悔しげに下唇を噛んだ。

 このメイダンレース場にはトランセンド、ブエナビスタという日本を代表する芝・ダートの優駿が私たちと同じようにドバイワールドカップへ出場するためやって来ている。彼女らのトレーナーと話をした限りでは、彼女らもヴィクと同じような不安を抱いている様子だった。

 無理もない。世間ではプロ野球やサッカーなどプロスポーツをはじめ、ありとあらゆるエンターテインメントが自粛、自粛と追い込まれており、多感な年頃の彼女らからすればその一角を担う者としてその神経を大きく刺激されるものだろう。

 彼女の勝負服の右腕に付けた喪章が小さく揺れる。

 

「―――ねぇ、ヴィク。逆に考えるのよ」

「逆……」

「そう。日本にいても出来ることは限られてる。だけど、ここ(ドバイ)でなら出来ることがあるんじゃないかしら?」

「……!」

「貴女は―――いえ、()()()は今まで自分たちだけのために走ってきた。皐月や有馬の栄光も、凱旋門の屈辱も、誰のおかげでも、誰のせいでもなく、自分たちだけのものにしてきた。おそらく今から走ることになるライバルたちも同じような気持ちで今日、走るのでしょう。走った結果がどうであれ、その結果自体は私だけのものだと。誰のものにもさせないと」

 

 彼女の目に光が戻ってきた。

 

「でも、貴女たち日本のウマ娘3人は違う。日本にいる1億2000万人の想いを乗せて走るの。それは今日、ここでしか出来ないことよ」

「ここでしか、出来ない……」

「そう、だから貴女は走りなさい。走りたくても走れない子の、生きたくても生きられなかった人の、今も被災地で苦しむ人の、みんなの想いを乗せて。そして貴女はこのドバイの夜空に輝かせるの。日本まで届く光を、栄光(Victoire)を。チームJAPANの一員として!」

「……はい!」

「よし、いってらっしゃい」

「いってきます、トレーナー!」

 

 

 

 

・・・・・・・⏱・・・・・・・・

 

 

▼メイダンレース場《ドバイワールドカップ》2,000m・左・AW*1・夜  ヴィクトワールピサ

 

 

 レースに出て、走る。

 それは私たちウマ娘にとって至極当たり前の行為であり、その大前提が覆される日が来るなんて夢にも思わなかった。

 

 ―――勝ちたい。みんなのために。

 

 トレーナーに高めてもらった闘争心を燃やし続けながらコースに向かう。すると、コースの手前で赤と青のカラフルな勝負服に身を包んだ人影が私を待ち受けていることに気がついた。

 

「やほー」

「トランセンドちゃん……!」

 

 彼女も友人が被災したと聞くが、今はいつものような挑戦的な笑みを浮かべて私に話しかけてくる。

 

「ヴィクも高まっちゃった感じ?」

「うん……!」

「だよね〜。ウチもトレちゃんがさぁ、柄にも無く泣きながら送り出してくれたんだよね。だったら、負けられないじゃん?」

「そうだね……」

「私も負けませんよ」

 

 後ろから追いついてきたのはブエナビスタだ。

 

「つい2週間前までは、ヴィクトワールピサさんに有馬のリベンジをすることだけを考えていました。ですが、今日は『日本のウマ娘』として、何としても勝ちたいです。みんなの想いを背負って……!」

「ふぅー、ブエちゃんも高まってるねえ。っていうことは、ここにいる3人は同じ想いを乗せて走るってことですな」

「そうだね」

「ええ」

 

 お互いの目を見つめあう。

 

「じゃ、恒例行事、やっちゃいますか」

「「恒例行事??」」

 

 私とブエナビスタは同時に疑問符を頭に浮かべた。それを見たトランセンドちゃんは薄く笑って「こーゆーとき、やることは一つしかないっしょ」と言いながら私とブエナビスタの肩に手を回した。

 

「円陣、やっちゃう?」

「「うん!」」

 

「チームJAPAN!! ファイト!!」

 

「「「おーっ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

――放送席、放送席。見事、日本のウマ娘として初めてドバイワールドカップを優勝しましたヴィクトワールピサ選手です! おめでとうございます!

 

 ありがとうございます……!

 

 

――後方からのスタートとなりましたが?

 

 日本のゲートよりも少し狭く、開くときに集中を欠いてしまいました……。

 

 

――そのあと、向こう正面から位置を上げていきました。このあたりの判断については?

 

 すんなりとトランセンドちゃんが先頭を引っ張る形で向こう正面に入った時、「彼女の勝ちパターンだな」と思いました。正直に言うと、負けることさえ覚悟しました。彼女も仕上がっていたので。

 

 

――しかし上手く挽回できました。

 

 あの時……第2コーナーを回るときに、ちょうど振り返った先頭のトランセンドちゃんと目が合ったんです。その時、「早くおいでよ」と言われた気がして……その後は無我夢中でした。

 

 

――そして最終直線ではそのトランセンドさんとの接戦となりました。見事なワンツーフィニッシュでした。

 

 必死に追っていたので……直線向いてからはあまりよく覚えていません。ただ、目の前が、世界がキラキラとして、いろんな人の声が聞こえた気がします。トレーナーと……日本の皆さんの……声援が。結果的に私が勝つことになりましたが、トランセンドちゃんが勝ってもおかしくないレースだったと思います。きっと、私だけだったら負けていたと思います。逆説的ですが、彼女がいたからこそ私が勝てたと思います。

 

 

――日本のウマ娘として初めてのドバイワールドカップでの勝利です。日本のファンも喜んでいるんではないでしょうか。

 

 本当に嬉しいです。ですが、この勝利は……私だけのものではありません。残念ながら掲示板を逃してしまったブエナビスタさんも含めて、トレーナーさんたちも含めて、チームJAPANとしての勝利だと思います。()()()の勝利です。

 

 

――最後に、日本で応援してくれているファンに向けてメッセージをお願いします。

 

 たくさんの応援、ありがとうございました。日本が大きな地震と津波に襲われて沢山の人が被災しました。正直、レースなんかしていて良いのかと悩む時間もありました。それだけに何とかしたいという気持ちが強かったです。

 (喪章を握りしめ、涙を浮かべながら)この勝利を日本の皆様に捧げます……! 一緒に立ち上がりましょう、日本! みんな、愛してます!

 

 

 

▼トランセンド(2着)

「勝ったと思ったんだけどね~。ま、日本のウマ娘が勝ったんだから今日のところはヨシとしますか」

 

▼ブエナビスタ(8着)

「自分自身の手で日本に勝利を届けたかっただけに悔しいです。また日本で頑張ります」

 

*1
All Weather:芝とダートの中間的特性を持つ人工素材






★ヴィクトワールピサ
 通算成績:15戦8勝 [8-1-2-4]
 主な勝鞍:皐月賞、有馬記念、ドバイWCなど

 ネオユニヴァース産駒。同期にはエイシンフラッシュ、ローズキングダムなど。


余談。オニャンコポンというエイシンフラッシュ産駒がおります。名前の響きからかファンの多いお馬さんですが、母父がヴィクトワールピサなんです。その辺りにエモさを感じちゃいますね。
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