また私の話を聞きたいのか? お前たちも物好きな奴らだな。どうせ休憩時間を長くしたいだけだろうが……まぁ、いい。
そうだな……では今日は私の尊敬する人について少し話そうか。
私が父と母、そしてグル姉に憧れ、尊敬していることはお前たちも知っての通りだ。しかしそれに加えてもう一人、尊敬すべき人がいる。その彼女の話だ。
彼女と初めて出会ったのは小学生に上がったころだろうか。とあるジュニアの大会で圧勝してたな、昔から誰よりも脚が速かった。グル姉にも可愛がられ、私から見ても周囲から頭一つ二つ抜けていた存在だった。
彼女の妹もまた優秀なウマ娘だったのだが―――その、奇行が多くてな。妹に頭を悩ませる彼女の姿は、ゴールドシップ先輩に頭を悩ませているグル姉の姿そっくりだよ。
そのあと、グル姉を通じて私たちは知り合い、交流を深めた。彼女は私のことも親身になって指導してくれたよ。それこそグル姉以上に。
何というか、
ところで昔から
“皇帝”シンボリルドルフの物語が“帝王”トウカイテイオーに受け継がれたように。“女王”ダイナカールの物語が“女帝”エアグルーヴに受け継がれたように。
人々は同じ夢を見ることが出来る存在、あるいは夢を受け継ぐ存在に対して物語を見出すのだ。偉大な物語には続きがあると信じたい人々が多数だ、とも言えるな。
一方で私がグル姉の物語を受け継いだかと言えば、そうではないことは明らかだ。グル姉はティアラ路線、私はクラシック路線だったように、私がグル姉の指導を受けたからといって私を“エアグルーヴの後継者”と見做す人は殆どいないだろうな。
では“エアグルーヴの後継者”とは誰だったのか。話の流れからもうわかるな?
今日はそんな彼女の話をしよう。
才能と不屈の精神を持ち合わせた偉大なウマ娘。
私の“アド姉”の話を。
▼ 『桜花賞』 阪神レース場・芝・1,600m 右・晴・良
その世代は、本来彼女のものになるはずであった。
幼いころから頭角を現していた彼女はエアグルーヴからの厳しくも愛ある指導を受け、トレセン学園に入学後はトレーナーも彼女と同じ、脚質も同じ、ティアラ路線も同じとくれば、エアグルーヴの物語の続きを彼女に夢見た人間が多くても仕方がないことだろう。
気の早い者はデビュー前から彼女のことを“エアグルーヴの後継者”とみなしていた。デビューしてからは無敗で勝利を重ね桜花賞までたどり着いた彼女を見て、エアグルーヴが獲れなかったティアラ三冠という称号を彼女に重ねる者が多くいた。
ゆえにアドマイヤグルーヴの気高くも図々しい『ティアラ三冠を獲る』という宣言は、ある程度好意的に世間には受け入れられていたのである。
だが、アドマイヤグルーヴ自身も含め、世間もまた知らなかった。彼女の世代にとびきりの怪物がいることを。
「―――うふふ、今日は宜しくお願いしますね、アドマイヤグルーヴさん」
「貴様は……確かスティルインラブか」
「ええ、初めまして」
鮮烈な赤と穏やかな青、そしてヘッドドレスが目立つ勝負服。不思議な雰囲気のウマ娘だ、と声をかけられたアドマイヤグルーヴは思った。
「私に何か用か」
「いいえ。単にご挨拶を、と」
「そうか。ならば残りはレースで語れ」
「うふふふふ……そうですわね。そうすることにしましょう。
「……っ!!」
スティルインラブは2番人気、アドマイヤグルーヴに続く人気だ。重賞勝ちこそ無いものの、マークに値するウマ娘である。そのような認識をアドマイヤグルーヴは持っていたが、今日この日が初対戦でもあったため、その評価はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
だが去り際に見せた一筋の殺気は、彼女をして十分に警戒せしめるものであった。まるで狩りに向かう肉食の獣のような殺気はアドマイヤグルーヴがゲートに入るときまで付きまとい、結果として彼女は大きく出遅れることになった。
(……くっ! 何なのだアイツは!)
まるで別人。レースが始まると最初に声をかけてきた姿は完全に彼方へ去っていき、肉食の獣が代わりに姿を現した。殺気をまき散らしながら獲物を追い立てるかのように先頭集団を追いかける。
先頭集団の彼女たちはその殺気に対して抵抗するすべを持っていなかった。そして有力者の一人であるアドマイヤグルーヴさえも彼女のプレッシャーの前に大きく出遅れており、不利を強いられていた。
《先頭争いはやはりモンパルナス。続いてスティルインラブとトーホウアスカの5枠2人。先頭から最後尾のアドマイヤグルーヴまで10バ身ほどでしょうか。向こう正面を進んでいきます》
(ちぃっ! こうなったら直線まで我慢するしかない……! だが少しでも前へ……!)
阪神レース場は最終コーナーが急であり、外に振られやすい。言うまでもなくマイルという距離において大外を回すのは不利以外の何物でもなく、後方から
《先頭はモンパルナスのまま、半バ身差でホワイトカーニバルが2番手。早め上がってきたヤマカツリリー、シーイズトウショウが後を追って第3コーナーに入ります。その後はオースミハルカとスティルインラブ。依然として一番人気のアドマイヤグルーヴは後方から4、5番手の位置につけております》
「シッ!」
勝負どころの第3コーナーと第4コーナーの中間でアドマイヤグルーヴは短く息を吐いて整える。
《各ウマ娘、一団となって第4コーナーを回って最終直線へ! モンパルナス、モンパルナスが先頭! ヤマカツリリー、スティルインラブ、シーイズトウショウが上がってきたぞ! 一番人気のアドマイヤグルーヴはまだ中団後方!》
(見つけた! ここっ!)
一杯になった先頭集団の外側に出来た裂け目が見えた。アドマイヤグルーヴは
《ホワイトカーニバル先頭に立つか!? ―――いや、スティルインラブだ! スティルインラブが間を割って先頭に立つ! 内からシーイズトウショウ、外からヤマカツリリー! オースミハルカも前を狙っている! モンパルナスも粘る! スティルインラブが先頭! このままゴールに―――いや、アドマイヤグルーヴだ! アドマイヤグルーヴが外から物凄い末脚ッ……!》
「クッフフフフフフフ……♪ さァ、仕上げの時間ダ。貴様ラ悉ク喰ライ尽クシテヤル……!」
「やらせるかっ! はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
急坂の前で先行集団を捉え切ると、切り裂く風に乗って獣の啼き声が聞こえる。レース前のお淑やかぶったガワの中身こそスティルインラブの本性だった。前を行くスティルインラブとの差は中々縮まらない。
(クソっ……! クソっ……!)
《残り50メートル! アドマイヤグルーヴが一気に差を詰めてくるが、これは届かないッ! スティルインラブ先頭! スティルインラブ、1着でゴールイン! 2着にはシーイズトウショウか!? アドマイヤグルーヴは3着! あと少し届きませんでした!》
その差は2バ身。0.3秒差。アドマイヤグルーヴにとって、その差は余りにも大きいものであった。
息を整えていると、今日のところの勝者が愉悦な表情を浮かべ語りかけてきた。おそらく半分は本心、半分は煽りだろう。
「大丈夫ですか、アドマイヤグルーヴさん? お辛そうですけど」
「貴様……!」
「やはり激闘の果てに強者を喰らうのはたまりませんわ……♡」
「ふざけるな! 次のオークスでは私が勝つ!」
舌舐めずりをするケモノを追い払い、彼女はリベンジを誓った。
▼ 『秋華賞』 京都レース場・芝・2,000m 右・晴・良
今日、この京都レース場においてメジロラモーヌ以来2人目の『ティアラ三冠ウマ娘』が誕生した。
それは基本的には喜ばしいことだ。
新たなチャンピオンの誕生。新旧女王対決。あるいは別路線であるクラシック戦線を戦い抜いてきた猛者たちとの勝負。いずれもレース界を大いに盛り上げる話題だし、生徒会執行部としてもトレセン学園が、界隈が盛り上がることについて歓迎したいとも思っている。
しかしながらこれからアドマイヤグルーヴの控室を訪れようとしているエアグルーヴにとってそれは非常に頭を悩ませる問題であり、最終的には彼女にどのような話をするか決まらないままエアグルーヴは控室の扉をノックしたのであった。
アドマイヤグルーヴは桜花賞の敗戦後、本領発揮が期待されたオークスではまたしても出遅れてスティルインラブに惨敗。秋華賞ステップレースのローズSで勝利しスティルインラブに一矢報いたものの、実力での勝利というよりはスティルインラブの調整不足による勝利というように周囲から見られており、実際に彼女もそう受け取っていた。
そして本番の秋華賞。彼女は出遅れも
だが、勝てなかった。その差は3/4バ身。0.1秒差。
“エアグルーヴの後継者”“世代の代表”と周囲から期待を寄せられた逸材は、遂に1冠も獲ること無くクラシックを終えようとしていたのである。
悲願のオークスを獲れなかった自分を仮定するとエアグルーヴにはアドマイヤグルーヴの気持ちがよくわかるというものだ。目の前で「三冠はこう獲るのだ」と言わんばかりに見せつけられた彼女の心境はいかなものだろうか。
慰めるか、叱咤するか。応援するにしてもそれを表現する形があることをエアグルーヴは知っている。どの形が今の彼女に必要なのかエアグルーヴは逡巡を重ねていたが、結局のところそれは杞憂となった。
ウイニングライブの終了後に彼女の控室を訪れると、意外にも彼女はスッキリとした表情を浮かべていたのである。それはまるで呪縛を解かれたかのような表情であった。
「アドマイヤグルーヴ……っ! ―――ふっ。そうか、お前は強いな」
「エアグルーヴ先輩―――」
「いや、いい。何も言うな。次は決まったんだな」
「はい、スティルインラブと戦います。エリザベス女王杯で」
「そうか、わかった。楽しみにしている」
「はい!」
怪物を前に心が折れていても仕方ないとは思っていた。だが彼女は既に前を向いていたのだ。
言葉にすれば非常に陳腐だ。「ふがいない自分に対して逆に割り切ることが出来た」とか「着差は確実に縮まっていた」とか、他人からみればいくらでも言えるだろう。しかしそれらは結局他人から見た彼女についての感想でしかない。無論、悔しいという感情はあるだろう。悲しいという感情もあるだろう。怒りさえあったであろう。付き合いの長いエアグルーヴでさえ正確にアドマイヤグルーヴの感情を読み解くことは難しかった。
『次こそは私の手で怪物を討ってみせる。』
エアグルーヴが彼女の顔を見てみつけられたのはその感情だけであり、2人にとってはそれで十分だった。
▼『エリザベス女王杯』 京都・芝・2,200m 右・曇・良
パドックを終えてターフに向かう途中、アドマイヤグルーヴに並びかけるように今日の主役であるスティルインラブが歩いてきた。押しも押されぬ1番人気と2番人気である。
ティアラ三冠の全てにおいてアドマイヤグルーヴが1番人気であり、スティルインラブは2番人気であった。だが今日に至ってその位置関係は逆転した。もはやアドマイヤグルーヴがスティルインラブに勝つことは叶わないのではないかという疑念をもつ人が多数派となった、あるいはスティルインラブの前人未到の四冠達成を願うファンたちが一定数居たのであろう。
逆に言えば多くの古豪が集まるこのレースにおいて差のない2番人気ということは、ファンが未だアドマイヤグルーヴのことを諦めないでいたという証左である一方、当の本人たちはあまりそのことを気にしてはいなかった。
2人は共に光射す地下馬道の出口に向かいカツカツと足音を揃える。
「こんにちは。調子は良さそうですね」
「あぁ、今日こそは貴様を討ってみせよう」
「あら、その台詞は過去に幾度かお聞きしましたが、残念ながら未だ叶っていないようですよ?」
スティルインラブは頬に手を当て、さも「困ったわぁ」という表情をしているが、アドマイヤグルーヴは意に介さなかった。
「だからと言って今回も同じ結果になるとは決まっていない」
「うふふふふ……それはそうですわね」
「―――なぜ私にかまうのだ」
「そうですわね……一言で言えば『愛』かしら」
「『愛』だと?」
「最初はね、貴女を目指して走ってきたの。血筋も、才能も、人気も、実力も、全てを持った貴女を―――私はライバルだと思っているわ」
「過分な評価だ」
「そんな強者を相手に勝利を手に入れるなんて、ウマ娘としては昂ぶって当然でしょう?」
アドマイヤグルーヴは少し驚いていた。怪物もやはり1人のウマ娘なのか、と。
「貴女とのレースは何度となくシミュレートしましたわ。昔風の表現で言えば『ビデオテープが擦り切れるほどに』とでもいいましょうか」
「それで『愛』か」
「アドマイヤグルーヴさん、貴女とならまるでお互いの心臓を目の前に曝け出して奪い合うかのような、自分も他の子の命もターフに燃べて、みんなを、そして観客をも燃やし尽くすかのようなレースが出来ると思うの」
「見た目によらず情熱的な奴だ」
「桜花賞とオークスはイマイチでした。秋華賞は結構イイ線をいっていましたね。思わず
「おい」
本馬場入場が近づいてくる。この坂道を登ればすぐだ。
「しかし果てるのは今日、この戦いで貴女を破り、完全無欠の『4冠女王』として君臨してからと決めています。だから―――期待していますわ、愛しのアナタ。いいレースをしましょう?」
「私が貴様を討ち果たしてやろう、怪物。―――今日、この日から、私と貴様の立場は逆転する」
▼京都レース場 観客席
《さぁ、今日のレースの主役たちの登場です! 今年のティアラ三冠で鎬を削った2人、スティルインラブとアドマイヤグルーヴです!》
《いいバ体をしていますね。互いに秋華賞のダメージは無いとみていいでしょう。期待できそうです》
《2人の他にも今年の、そして去年、一昨年のティアラ路線で活躍したウマ娘が多く揃ったこの一戦、果たして勝つのは誰になるんでしょうか!? さぁ、ファンファーレ!》
関西G1の軽快なファンファーレが淀の水面に反射する。それぞれに覚悟を決めたウマ娘が順々にゲートに誘導されていく。
「グル姉、一緒に観客席から見ようだなんて珍しい」
「なに、ともに見る相手がいなくてな」
「関係者席に行けばよかったのに。トレセン学園の誰かしらはいるだろう」
「分厚いガラスに囲まれた関係者席だと味気なさすぎる」
「それはそうだが……」
アドマイヤグルーヴが誘導員に促され、ゲートに向かっていく姿を2人は遠目に確認する。
「それに、奴の勝利は近くで感じていたいんだ」
「勝てる?」
「勝つよ、あの子は」
ドゥラメンテは二重に不思議であった。なぜエアグルーヴが突然“アド姉”のレースに誘ってきたのか。なぜ“アド姉”が勝つことを確信しているのか。前者への答えをエアグルーヴが口にする。
「ドゥラ、よく見ておけ」
《ゲートが空いてスタートしました。バラバラっとしたスタートであります。先頭を行くのは―――》
「お前はきっと強くなるだろう。だが、私たちは独りでは強くなれない。そのことを教えておいてやる―――いや、マイから教えてもらえ」
ドゥラメンテは素直に「わかった」と頷き、エアグルーヴの横に立つ。
いつの日か、私にも高めあい、競い合い、認め合うライバル達が出来るのだろうか。彼女たちのように。
王は独りでは王たりえない。
一方で、眼前を走る18人は独りの女王を決めるために走っている。「矛盾しているな」とも彼女は思ったが、今はただ“アド姉”達に向けられる観客からの膨大な熱量が、ドゥラメンテにとっては非常に好ましくあった。
《さぁ、澱みのないペースで第2コーナーを回って、向こう正面に入ります。先頭はスマイルトゥモロー、昨年のオークスを制した女王が先頭で引っ張る形。2番手はメイショウバトラー、オースミハルカが3番手。スティルインラブは中団、その後ろにローズバドとその外アドマイヤグルーヴ、その後ろヘヴンリーロマンス。アドマイヤグルーヴはスティルインラブを見る形、これは秋華賞と同じ! 秋華賞と同じようなポジションに2人がつけています!》
「マイはな、あぁ見えてすごく臆病で、人前だとすぐ緊張するタイプなんだ」
「アド姉が? そうは見えない」
「だからかもしれんな。『グル姉みたいになるんだー』って、小さいころから私の後をちょろちょろとついてきていたよ」
「そうか―――ところでグル姉、あの形で勝てるのか? 秋華賞と同じポジションなら、同じ結果にならないか?」
「マイはもう、あの時のマイではない。あの“たわけ”もまた悔しい思いをしてきただろう。あの“天才”と呼ばれたアイツがマイをそのままにしておくはずなんて無い。同じポジションにつけることが出来たのなら、自ずと結果は変わる」
自身も大きな信頼を寄せるトレーナーに言及しつつ、エアグルーヴはアドマイヤグルーヴに視線を固定している。その表情はどこか誇らしげである一方、一抹の寂しささえ窺わせるものであった。つまりこれが彼女をしてアドマイヤグルーヴの勝利を確信する所以たろう。
《各バ、坂を登って第3コーナーに差し掛かります。おおっとここでメイショウバトラーが早くも仕掛けた! スマイルトゥモローを抜きにかかる! 3,4コーナーの中間で下り坂を利用して各バがスピードを上げていく! スティルインラブは中団! その外、アドマイヤグルーヴが捲るように第4コーナーを回ってきました!》
「アド姉! 行け!」
「マイ!」
大観衆に混ざりながら2人は声を張り上げる。意味のある音など当人たちに聞こえるはずもないのに、何万もの観衆は拳を振りかざし声を張り上げる。あるいは祈るように胸の前で手を組みながら決着を見届けんとする。
《オースミハルカが先頭に代わる! 残り400メーター! 外からアドマイヤグルーヴ! スティルインラブ! 2人が肩を並べるようにして先頭までやってきたぞー!?》
観客席からでもわかるほど、両者の顔は限界を超えた必死さに覆われている。牙を剥き出しにした2頭の獣が互いの肩をぶつからせながら京都の直線を駆けていく。
その姿はまるで互いの心臓を互いの眼前に差し出し奪い合う獣の姿。あるいは何もかもを焼き尽くす2つの炎。
ドゥラメンテはいつの間にか強く握りしめられた自身の両の拳に気がついた。それは“大王”のレースを観たときの熱に勝るとも劣らないものであることに少し驚き、死闘を繰り広げるアドマイヤグルーヴに視線を戻した。
何と美しい人だろう。
心を幾度折られども曲がらず。
ただ眼前の勝利のみを手に入れんと欲す。
《残り200mをきりました! ターフの真ん中どころを外アドマイヤ、内スティルインラブ! 両者全く譲らない!! 残り100! アドマイヤグルーヴか! スティルインラブか! これは大激戦! 内か、外か!? 内か、外か!?》
「勝って! アド姉! 勝って!」
ドゥラメンテにはもはや自身がどのような言葉を発しているのかわからない。ただ“姉”と慕う人の勝利のみを願っていた。
その声が聞こえたかどうかはわからない。だが、アドマイヤグルーヴはゴール板を通り過ぎるとき、勝利を確信したかのように小さく笑った。
《―――これはわずかに外だー!! アドマイヤグルーヴっっっ!!》
▼
―――その後、アド姉は翌年のエリザベス女王杯を連覇し、年末の阪神ウマ娘ステークスを優勝してターフを去った。栄光あるウマ娘として多くの賞賛を浴びながら。
一方のスティルインラブは例のエリザベス女王杯で燃え尽きてしまったかのように、引退まで勝利から遠ざかってしまうこととなった―――。
だいぶ端折ったが彼女の物語はこんなところだ。
私が言いたいのは物語を受け継ぐというのは当人が決めることではないということだ。そのウマ娘の在り方が、周囲にそう言わせるということをわかって―――いや、その内わかればいい。
確かにアド姉はティアラ三冠を獲れなかったかもしれない。だが負けた相手が相手だったし、同一G1連覇という偉業も達成した。そして何より私にその想いを繋いでくれた。
誰が何と言おうが、私にとっては偉大なウマ娘なのだ。
私も引退してコーチになってしばらく経ったが、別に私の物語を誰かに受け継いで欲しいなんて思っていない。お前たちの物語は、お前たちだけのものだ。だから好きに走ればいい。
私の心残り?
―――無い。
確かに怪我に泣いた競走人生だったが、後悔はしていない。
敢えて言うなら……そうだな、キタサンたちともう一度レースをしてみたいな。同期のアイツらもコーチになって多くの教え子を持つ身だ。今走ったら誰が勝つだろうか。
だから私が心残りを作るとしたらお前たちのことだ。お前たちが勝てなかったとき、あるいは怪我をしたとき、私は多くの後悔を作るだろう。
さぁ、そろそろ練習再開の時間だ。もうたっぷり休んだだろう?
次のレースはもうすぐだぞ!