「どう? 真相はわかった?」
声色七変化とも言えるような巧みな朗読劇をいったん中断すると綾崎は、ドアの向こうの友輔に問いかけた。
ちなみに、オレにはまったく推理できていない。登場キャラの中に綾崎のタイプの女がいるかも、とか、そんなくだらないことばかり考えていたからでもある。
「うん、正解と思われる答えにはたどり着いたよ」
友輔の言い回しがとても回りくどいのは、自信のなさの表れだろうか。
「へぇ、とりあえず聞かせてよ」綾崎が挑戦的な口調で言った。
「わかった」
そうして語られた推理を聞きおえたオレは、すっかり納得して、友輔すげー、と誇らしく思ったのだが、綾崎を見ると、してやったり、というような得意げで嫌らしい表情を浮かべていた。
マジで? 違うの?
目を丸くして、すぐにでも正否を知りたいオレを、
「じゃ、解答編いってみよー」
綾崎はあっけなく焦らす、鼻歌でも口ずさむように楽しげに。
そして、朗読劇が再開された。
◆
「真相はすごく単純なんす」メラヘルは言う。「勇者が嘘をつけないのが事実なんだから、それがそのまま真相なんす」
「待ってちょうだい」と困惑ぎみのガブリエ。「共犯ではないのよね?」
人間たちは確かにそう言っていた。
「共犯じゃないっすね」メラヘルは答える。「けど、全員が犯人っす」
「示し合わせたわけでもなく偶然同じタイミングに転移してきて同時に凶行に及んだ──いわゆる同時犯ということか?」今度はバラキから質問が飛んだ。「しかし遺体の刺創が一箇所しかなかったことはどう説明する?」
プリアが更に疑問点を衝く。「同時犯だったなら勇者たちはお互いの存在を認識してたはずだよねぇ? 彼女たちの供述がそこに言及してないのはおかしくないぃ? それともぉ、聖剣は意外と寛容で消極的な嘘には目をつぶってくれるのかなぁ?」
「そうじゃないっす」メラヘルは質問者二人を等分に見ながら言う。「魔王様は三人の勇者にそれぞれ一回ずつの計三回殺されたんす」
メラヘルはそこで口をつぐみ、ここまで説明したんだからもうわかったっすよね? というふうに一同を見回した。
「……その言い方だと」とガブリエがやおら口を開いた。「魔王様は殺されるたびに復活していたと言っているように聞こえるのだけれど?」
「それっす!」メラヘルは、やっと話が通じた、とばかりに声を前のめりにしてうなずいた。「魔王様はもしものときに備えてこっそりと復活魔法の用意をしていたんす。それが事態をややこしくしてしまったんす」
そんな話は聞いたことがない──とマラクは否定しかけるが、あの、警戒心が強くて秘密主義の嫌いのある魔王のことを思うと奥の手の一つや二つ隠し持っていても不思議ではない、いやむしろ持っていないほうが不自然だ、と否定を否定する。
しかしどうやって、と思考を進めようとして──すぐに気づき、独白が洩れた。
「そうか、生命魔法か」
生命魔法も転移魔法に負けず劣らずの希少さで、ここ三百年で発動させられた者は魔王だけだ。ゆえに、情報が足りず思い及ばなかった。が、言われてみればメラヘルの言うところの復活魔法は、いかにもそれらしい。十分にありうると思わせるだけのリアリティーがあった。
そして、この事実は死亡推定時刻の謎の答えでもあった。
「ご明察っす」メラヘルは解説する。「魔王様の遺体に魔力が残っていなかったのは死後十時間経ったからじゃなくて切り札の魔法を連発したからだったんす。だから、本当の死亡時刻は勇者の供述どおり未明から明け方までってことっす」
メラヘルの推理を基に状況を整理してみる。
魔王は死亡前夜の二十時ごろに魔力が十分な状態で寝室に入り、施錠した。その後、彼女の知らぬところでその座標が暴露される。これが日を跨いだ午前一時過ぎ。それをたまたま見かけた三人の勇者のうちの一人がまず魔王を暗殺する。暗殺者が消え去った後、自動的に発動した復活魔法で蘇生する。ただしすぐには意識が戻らず、そのわずかな隙を衝くように第二の暗殺者──二人目の勇者が転移してくる。一人目と同じことを繰り返し、間髪を容れずに三人目がやって来て、とうとう魔力が切れてしまい、不可逆的な死に至った。
なるほど、筋は通っている。
一見、二人目と三人目の勇者が魔王の出血について言及していないことが不自然にも思えるが、復活魔法を、流れ出た血の回収又は消滅を伴うものだったとすれば説明がつく。
やはり瑕疵らしい瑕疵は見当たらない。
「やるではないか!」最初に感嘆の声を上げたのはバラキだった。「最近のやる気のない若者の典型かと思って見くびっていたが、なかなかどうして明敏な頭脳をしている」
「ええ」ガブリエが続く。「魔法が使えないのが惜しいわ。最低限でも、せめてマラクぐらい使えれば重用するところなのに」
「メラちゃんすごいねぇぃ」プリアが語尾を弾ませるように言い──ふと思い出したかのように、若干のわざとらしさを持って尋ねた。「それでそれでぇ、SNSに座標をさらした命知らずのお馬鹿さんは誰なのぅ?」
問われたメラヘルは、ほんの一瞬だけマラクに目配せめいた視線を寄越した──ような気がしたが、思い違いかもしれない。誰もその奇矯な所作に気づいていないようでもあったし、やはり気のせいか──いや、しかし。
何事もなかったかのような涼しい顔でメラヘルは、推理を明かす。
「SNSもその投稿のとおりだと思うっすよ」
というと? と一座に促され、メラヘルは詳細を語る。
「皆さんの思考はたぶんこんな感じっすよね?
〈魔王様が淫蕩に耽っていたのは周知の事実だが、けっして軍の関係者には手を出さず抱くのは無関係の一般人のみ。投稿主が遊ばれた男性だったとしたら魔王様がその人物に座標を教えたことになるが、あの魔王様が部外者にそんな情報を洩らすはずがない。
かといって、座標を知る内部の者がそれをやる合理性も見受けられない。仮に今回のような暗殺事件に発展することを望んでいた内部の者がいたとしても、転移魔法の使用者が存在することを知らなかったのだから座標の暴露をその手段とはしないはずで、現実として座標がさらされている以上、逆説的に、魔王様を死に至らしめようとする者の犯行とは考えられない。では内部の者にほかにどんな動機があって寝室の座標を暴露するのか、と考えてもやっぱりわからない〉」
どうっすか、合ってるっすよね? という眼差しに四天王がそれぞれうなずいて応じると、
「確からしい演繹とその結論が現実と
あたし思うんすけど、心っていうのはちょくちょく不合理なことをやらかすんす。それは最凶と恐れられていた魔王様も同じだったんすよ。きっと、肌を重ねた男にふと心を開いちゃったんじゃないすかね──そうっす、それでつい口を滑らして座標を教えてしまったんす。
どんな話の流れでそうなったかまでは推測しきれないっすけど、男の胸板に甘えている時のふやけた頭でする無軌道な会話を思うと、ありえないことではないって思わないっすか?──あの魔王様のそんなところは想像できないって? いやいや部下に女の顔は見せないでしょうよ。だから想像できないのは当然っす──そういう男の仕業だったとしてその動機は何か?
そんなの決まってるっすよ。未練や恨みを吐き出しがてら嫌がらせをすることっす。つまり明確な目的なんて初めからなかったってことっす。ヤリ捨てされて悔しいやら悲しいやらでぐちゃぐちゃした気持ちのままに書き連ねて投稿しちゃっただけだったんす」
そしてメラヘルは、「ね、だから真相はすごく単純だって言ったんす」と歌うように締めくくった。
「ちなみに」とマラクが尋ねる。「その男は特定できているんですか?」
メラヘルは、奇妙な虫を不意に見つけた幼子のような好奇の光をその細い瞳に刹那だけたたえ、しかし平静なまま答えた。
「流石にそこまではわからないっすよ。あたしの本業は──」スカートの前に両手で提げていた盆を、肩をすくめるようにして軽く持ち上げて、「メイドなんで、後は情報局長にお任せするっす」
メラヘルが退室した後も会議は続いた。三人の勇者への報復の段取りを詰めるためだ。転移魔法と聖剣を操る勇者を擁する大国を三国も相手取るとなると容易ならざるは必定といえども、やらないわけにはいかない。魔界の名誉のためにも無惨に殺された魔王のためにも、と国民感情が血を渇望しているのだから。
やがて決定したのは、貴重な魔道具も代償の重い禁忌魔法も軍の兵士も何もかも出し惜しみせずに投入した、正真正銘、全力で本気の総攻撃──ガブリエ、バラキ、プリアがそれぞれ王国、帝国、共和国を同時的かつ電撃的に叩く──作戦。
相応の犠牲はあるだろうが、一国ずつなどと悠長なことをやって人間側に態勢を整える時間を与えてしまっては、魔王を失って弱体化した今の魔王軍では勝ちきれないかもしれない。そうなるとこちらの息が続かない。ならば、リスクを押してでも突っ込むべきだ──こういう理屈だった。
「──で、あたしは今夜マラク様にご奉仕すればいいんすか? 一応準備だけはしてきたっすけど、あんま自信ないんすよねー」
メラヘルだ。
夜も更ける二十三時過ぎ、
「今夜、僕の所に来るように」
という耳打ちを通路ですれ違い様にしておいたのだ。立場を考えると
ソファーに座るなり投げかけられたご奉仕云々の問いを無視してマラクは、困り眉の仮面を脱いだ本来の、やや冷ややかとも取れる調子で単刀直入に尋ねた。
「君の目的は何だ?」
すると、メラヘルも端的に答えた。
「お給金を上げてほしいんす」
やったことの割にあまりにも小市民的な願いに、
「……うん?」マラクは耳を疑った。
「だから」とメラヘルは幾分が語勢を強めて、「マラク様に取り入って給料を増やしてもらおうと思ったんすよ」
その言い回しは、すべてわかっていると言外に述べていた。
「やはりあの推理──投稿主についての推理は虚言だったんだね」
「そりゃそうっすよ」事もなげに肯定された。「何すか、ピロートークで機密情報を洩らす魔王って、遊ばれた男がヘラってたいした意味もなく暴露したって。どんだけ頭お花畑なんすか。ないっすよ、そんなキモいの」
そうだろうか、そういうこともあるのではないか、と思うところがないでもなかったが、どうやらメラヘルは合理主義者らしいと納得することにした。
「どこで気づいた?」
マラクが、威圧するでもなく、しかし明瞭な口調で問うと、
「あの暴露に合理的な意味を見出だそうとすれば前提を疑わなきゃならないって気づいた時っすね。どこを変えれば一番辻褄が合うかって考えたんす。で、たどった思考はこうっす。
〈情報戦の天才である情報局長のマラク様なら、勇者が転移魔法を使えるのを何かの拍子に知ったとしてもおかしくない。
魔族の例に洩れず野心家のマラク様ならその情報をどう使うか。情報を共有しないで自分に疑いが向かないようにしつつ勇者が魔王を暗殺するように仕向けるのではないか。
そこで選択したのが、上手くいく蓋然性はそれほど高くないが、いかなくともデメリットがないから問題もないという、いわゆるプロバビリティーの犯罪に該当する、SNSへの座標の投稿。
そして上手くいった場合、報復の総力戦を仕掛けることになる、あるいはそう誘導できるとマラク様は見込んだ。仮に勇者一人又は二人の犯行でその母国だけを対象とする流れになったとしても、『今後同じことが起きないように全員潰すべき』とでも言って会議を誘導するつもりだった。
その総力戦こそが真の目的。
元々後方支援担当のマラク様は、その作戦決行時も前線に出ずに城の留守を預かる役目を担う。この時に事を起こすつもりに違いない。
つまりはクーデター。
あらゆる情報を集めているマラク様なら、おそらくは人魔問わず多くの貴族の弱みを握っている。その鞭と勝利後に発生する飴を使って配下にした者と共に漁夫の利を狙う。つまり総力戦終盤に疲弊した魔界と人間どもの正規軍を叩きのめし、世界の覇者になる心算なのだ〉」
長台詞に疲れたのか溜め息めいた息継ぎを挟んでからメラヘルは、続ける。
「ここまで推理できたあたしは、マラク様に懸けることに決めたんす。脳筋ばかりの魔族の中であなた様のように奸計を弄する者は希少っす。勝ち馬はマラク様しかいないってビビッと来たんす。
そんで、自然な流れで総力戦へ向かうようにマラク様にとって都合の悪い部分を微修正した推理を披露したんす。
実際、ファインプレーだったっすよね?
あのまま、勇者の犯行だったと誰も推理できなかったら、マラク様かその息の掛かった者が適当な推理をでっち上げたうえで総力戦に誘導しなければならないっすもんね。そうすると、こなさなけばならないタスクが増えるわけで、どこからかキナ臭いものを感じ取った者が現れる確率が上がってしまう。後ろ暗いことを隠しきるのがどんだけ難しいか嫌というほどわかってるあなた様にとって、それは最終手段。できれば、マラク様とほとんど関わりがなく、そして周囲から警戒されないような
そこで、あたしっすよ。縁も由もない田舎の弱小貴族の末っ子で、ろくに魔法も使えない落ちこぼれのダークエルフ。これほど探偵役に打ってつけの人物はなかなかいないっす。あの瞬間のあたし、最高に都合のいい女じゃなかったっすか?」
明け透けにすぎる物言いにマラクは微苦笑し、
「最高にいい女だよ」
と肯定──あるいは否定──した。
やた! と短い歓声を上げる様は年相応に見えるが、
「じゃ、お給金は期待してもいいっすよね!」
と格上相手にも抜け目なく言質を取ろうとするところなど老獪な女狐のようでもある。
だからだろうか、少しからかってやりたくなった。矮小な男心がそうさせたのだろう。
「──ところで、周りのメイドたちは、君は今夜僕に抱かれると思ってるんだよね?」
メラヘルは気勢を削がれたように、「あー、まぁそうっすね」とトーンダウンし、「察した気になって勘違いしてるっすね、間違いなく──あ、でも」と再び芯が入る。「そういうことにしといたほうがいいっすよね? 大丈夫っす、しっかりちゃっかり嘘つくんで安心してくださいっす」
マラクは内心でほくそ笑んだ。「いや、嘘をつく必要はないよ」
「──へ?」と初めてメラヘルが間抜け面をさらした。「ど、どういうことっすか? 自信ないって聞いてなかったんすか? あたしの体なんてそんないいもんじゃないっすよ?」
怖気づく小娘をかわいがるのは嫌いではない。マラクは嗜虐心がむらむらと立ち上がるのを自覚した。
「うわぁ、悪い顔っすね……」メラヘルは褐色の頬を引きつらせた。
そしてマラクは、「おいで」と手招きしてみる。
「う、うす」
色気のない返事をしたメラヘルが緊張の面持ちで歩み寄ってくるが、その後のことはまだ考えていない。
さて、どうやって遊んであげようかな。