ワトソンレースは始まらない   作:虫野律

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第五章 ハイエンドスマートフォンの謎


 わたしこと若餅(わかもち)紅蒔(もみじ)は、男が嫌いだ。

 誤解しないでもらいたいが、レズビアンというわけじゃない。わたしには女同士で乳繰り合う趣味はない。性愛の対象は男だ。そういう意味では男が好きとも言えるが、とはいえ嫌いなのも紛れもない事実だった。

 だってずるいんだもん。

 やつらときたら、わたしたち女子が努力に努力を重ねてやっとこさ合格できる高倍率の難関高校にも、男子枠なる竹馬並みに高い下駄を履かせてもらって楽々入学する。

 入学したら入学したで、特に何もせずとも教師からも生徒からもチヤホヤチヤホヤチヤホヤチヤホヤされる。秀でたところなんてないような凡人でさえそうなのだ。成績優秀な美少女が全然たいしたことない男子に科を作ってくねくねする光景は不可解の極みで、何の冗談かとわたしはいつも思う。

 無論、恋愛においても男は強者であり、女は弱者だ。選びたい放題ヤりたい放題の雄とえげつない競争を強いられる雌──神の失着としか思えない。これで人類が滅亡していないのだから、ヒトのしぶとさは()()()である。

 こういう男女の格差──Y染色体の壁は、社会のありとあらゆる場面でわたしたち女の前に立ちはだかる。就職、出世スピード、退職金の額、医療費の負担割合、果ては老人ホームでの扱いまで違うのだから、揺りかごから墓場まで違うのだ。いや、下手をするとあの世でも〈地獄の沙汰も魔羅次第〉がまかり通っているかもしれない──なんてこったい! ぞっとするぜ!

 ……まぁそんなわけでわたしは、男のことが大嫌いなのだ。

 

「次は、千宙君」

 

 いい年した国語教師の女が、文尾にハートマークでも付きそうなメスっぽい声色で、我が二年A組を羨望と嫉妬の対象にした元凶であるところの眉目清秀(びもくせいしゅう)こと綾崎千宙を呼んだ。現代文のテストを返却しようというのだ。

 ん、と返事としてはいささかおざなりにすぎる言葉で答えて綾崎は、席を立って教壇へ向かう。

 頬杖を突いて座るわたしの横を通りすぎる時、ふわっと脳を痺れさせるような甘い香りがして──思わず舌打ちしそうになった。

 男の中でも綾崎のことは特に嫌いなのだ。

 たしかにこいつは顔もとびきりいいし華奢な割に運動神経も悪くないし何かいいにおいするし勉強もありえんくらいできる──中学時代は学年トップを独走していたわたしでさえ悔しいが一歩及ばない。男でなくとも人から認められるものをしこたま持っていて、もて囃されるのも道理だとわたしも認めている。

 けれど、推理作家としての実力だけは疑わしい。

 というのも、綾崎は去年のミステリー小説の新人賞で大賞を受賞したのだが、文壇の前評判では彼の力量はせいぜい次点クラスとされていたのだ。しかし蓋を開けてみれば結果は慮外千万(りょがいせんばん)、その他の最終候補者──すべて女だ!──に大差をつけての大賞だった。

 どう考えても怪しいって。

 新人賞の主催者は、応募者のいかなる属性も斟酌せず内容のみを厳正かつ公平に審査すると(うそぶ)いていたが、それを鵜呑みにする鈍物など、ぬるま湯に浸かりきって脳がふやけた男ぐらいしかいない。誰が見ても美少年補正が働いた可能性を疑うだろう。

 しかし疑問を呈する者は皆無で、綾崎は美貌の天才男子高校生として華々しく小説家デビューを果たした。

 すなわち世間はお祭り騒ぎ。美少年フェロモンによる強烈なバイアスの掛かった色眼鏡で綾崎の小説を読んだ子宮どもは、盛んに褒めそやした。そうして歴代最速でのトリプルミリオンを達成し、文壇での地位を確固たるものとしたのだ。

 気に入らない。

 持って生まれた顔と性別だけで道理をねじ曲げてスターダムにのし上がるなんて、そんなの認められるか!

 わたしは、教壇の前に立った忌々しい背中を密かににらみつける。

 

「千宙君は今回も満点です」国語教師の、ちょっとグロス塗りすぎじゃない? 大丈夫そ? という感じのツヤツヤした厚い唇が、にっこりとして言い、「本当にすごいわ」とか何とか言って褒め立てる。

 

 クラスメイトも自分のことでもないのに誇らしそうに、うんうん、とうなずいている。

 わたしはそっと目を落として、すでに返却されている自分のテストを見た。

 

「はぁ」

 

 何回見ても九十八点と書かれていて溜め息が出る。漢字の問題を一問落としたせいだった。まさかこのわたしが常用漢字ごときを間違えるとは、恥ずかしい限りだ。そして何より、綾崎に負けたことが気分を凹ませる。

 ちくしょー。

 やっかみのこもった眼差しを再び綾崎に向ける。

 と、自分の席に戻ろうとして向き直った綾崎と目が合った。目を逸らしたら負け、という意識が働いて図らずも見つめ合う。

 見慣れた今でさえともすると少女かと見紛う中性的に整った白皙(はくせき)の目鼻立ちは、性別を問わず人を虜にする魔性を帯びていて、なるほどたしかに千年に一人の美少年と呼ぶにふさわしい……。

 ──はっ!

 として見とれかけた自分を律する。危うくまるごと吸い込まれる(?)ところだったぜ。顔が熱い。

 

 ──ふっ。

 

 綾崎が、あるいは鼻で笑って視線を外し、自分の席に戻る。

 当然、わたしは苛立った。何だよその余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の態度! 澄ましやがってぇ……! と憤懣(ふんまん)やる方なきなり。わたしだけドキドキして馬鹿みたいだろ! ちんちくりんチビの処女だと思って舐めてんのか?!

 

 ──ちっ。

 

 やはりわからせてやるしかあるまい。

 今に見てろよー!

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