もう一度始まる魔人内戦 作:アルテミス
――第二次魔人戦争
突如として始まったその戦争は、魔人筆頭・ケイブリス率いる、魔物側の勝利で終わる。
必然の結果であった。
魔物側による奇襲、それに伴う初期戦線の崩壊。
そして兵士の数、個体差、生殖能力、戦線を担う将の数。
――そして、魔人の存在。
決して人類も、なすがままに倒れた訳では無い。各国は連携し、一人の男を総裁に上げ、魔人という存在に対しても懸命に抗った。
ただ、前提が、状況が、全てが絶望的だった。
まずはヘルマンが滅ぼされた。
魔人バボラに国土を蹂躙され、ヘルマン軍がその対処に追われる所を、ケッセルリンクが首都ラング・バウへ夜襲を行った。大統領シーラが生け捕りとなり、ヘルマンは事実上滅亡した。
次にゼスが滅ぼされた。
思えばここは特に散々であった。魔人カミーラを封印していたが故に、ケイブリスから目を付けられ、戦力も重点的にここに配置されていた。
魔人ガルティアによる終わらない兵糧攻め、魔人メディウサによる鳴りやまない陵辱放送。そこに加えてケイブリス本人によるカミーラ奪還。ガンジー王、アレックス将軍の戦死。
一度は魔人討伐隊が救援に来たものの、力及ばず、撤退。
戦線を日に日に詰められ、最後はツォトン率いる魔物の大軍と魔人による臨時首都・マークでの包囲戦となる。
――結果は、50日。士気も下がり切った状態で、よくもそれだけ持ちこたえて見せたといえる。残った将軍と四天王が死力を尽くし、それだけの時間を踏ん張り続けて見せたのだ。
この時間が、人類反撃の切っ掛けとなるよう。
――だが、その願いすらも、無惨に散る。
最後に滅びたのはリーザスだ。
ここはヘルマンやリーザスと違い、初期から戦線を維持し、崩壊させる事無く戦い続けた。魔人討伐隊が魔人を一人撃破し、時には魔物側を単独で押し返す事すらもあった。
しかし、ヘルマンとリーザスが滅亡すると、その戦力はリーザスに流れ込む。
圧倒的な兵力差。そして一体でも国を揺らがす程の存在である魔人が、新たに複数体現れるという事実。
もはや、人という枠組みでの質等関係ない。圧倒的な数の暴力と、理不尽なる存在の暴虐により、リーザスという国家の骨組みは見る形も無く。破壊された。
そして、既に占領済みであった自由都市国家群から、ついにその”男”の本拠地と、”魔王の種”となる存在が見つかった。
”世界総統”等と、ふざけた呼び名でこれまで人類をまとめ上げ、魔軍をてこずらせて来た男だ。恐らく、この男が居なければ、大陸の統一は2カ月もかからなかったであろう。
――あぁ、イラつくぜ....
ケイブリスはその大きな拳を、男の顔めがけて放つ。
岩盤一つを砕くであろうメガトンパンチ。大剣ウスパーにより一度切り裂かれた男の身体は、それを避けれず、咄嗟の判断で剣をかざし、それを受け止める。
「....こんなプチプチごときがよぉ。俺の野望を、遅らせやがって....あぁクソがぁぁ!! オラオラオラオラオラ!!」
ケイブリスのウルトラデンジャラスなゲンコツが降り注ぐ。何度も、何度も、何度も、何度でも。
この戦争の――いや、この六千年の鬱憤全てを晴らさんとばかりに、拳はその男めがけて振り下ろされる。
剣をかざしていた男は、とっくに見る形も無いミンチとなっている。当然だ、こんなものを人の肉体が受けきれる訳がない。
だが、それでもケイブリスの拳が止まる事は無い。岩で造られた分厚い足場が崩れ、そのひび割れは既に城全体まで及んでいた。
――そして
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
城の中心から、彼の叫びが木霊した。
それは大地を揺らがし、積雲すらも遠ざける。
――もう、誰も俺を止められねぇ
最強の魔物は、そう心の中で呟いた。
「....ケイブリス様。お探しの物が見つかりました」
「....あぁ、そうか」
視線の先にあるのは、彼の側近、ストロガノフ。そして、未完成の魔王、来水美樹。
ストロガノフは無言で、丁寧に、抱えていた少女をケイブリスに差し出す。
ケイブリスはわずかに眉をひそめると、それに躊躇なく右手を伸ばし、乱暴にそれを引きずり取った。
少女の小さな身体が無造作に引き寄せられ、床に擦れる音がジリジリと響く。
「ここじゃ覚醒しちまう恐れがあるからな。さっさと帰るぞ」
「御意」
命令を下すと同時に、ケイブリスは右手でピンク髪の少女を地面に引きずったまま、無言で歩き出す。
ストロガノフもまた、無表情でその後に続いた。
――一週間後。
新たな魔王、魔王・ケイブリスが、この世界に誕生。
KI期の始まりであった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
――各地の主要都市に置かれた魔法ビジョン。
そこに映し出されていたのは、無惨にも行われている、魔王による凌辱の光景。
「あぁ....ウルザ様....」
「こんな...こんなことって....ゲホッ……ウ、ウッ……――」」
そのかつての彼女を知っている者達は、その変わり果てた姿に、思わず吐き気を催す。
片方の眼球は既に触手によって浸食され、残る片方の瞳は、生気を完全に失い、虚ろな人形のように、もはやそこに飾りつけられているだけの物となっていた。
そして、身体中にある無数の打撲傷、無惨に断たれた脚、半ば抜け落ちた髪の毛――。
それらすべてが、彼女の身に何が起こったのかを、想像することすら躊躇われるほど、痛ましく、凄絶に物語っている。
「なぁ、お前。さっきまでの威勢はどうしたんだよ、あァ? それかよ、戦争の時みたいに、もっと強がってみろや。『人類は、決して貴方達にはひれ伏しません』、なんてよぉぉぉ!!」
しゃがみ込み、乱暴に彼女の頭を鷲掴みにする。
ガクガクと首を揺さぶった。だが、虚ろな瞳は何一つ応えない。
今の彼女は、精神を砕かれ、魂を抜かれた、ただの"肉塊"でしかなかった。
「――ケッ!! 笑わせんなよ。これだから人間はつまんねぇんだよなァ!! ちょっと潰しただけで、すぐにぷちぷちって潰れちまう!!」
吐き捨てるように言いながら、足先で無造作に蹴り上げる。
ぐにゃりと嫌な音を立てて、彼女の身体は地面を転がる。ただの肉の塊のように、何の抵抗も見せずに――
「なぁ!? そうだろ!? ホーネットの忠犬さんよぉ!?」
叫びと同時、前触れすら与えずに、ケイブリスの巨躯から繰り出された拳が、まるで杭でも打ち込むように横に吊るされていた魔人の腹部を抉り抜いた。
――魔人、シルキィ・リトルレーズン
今や亡き者となったホーネットの忠臣であり、元々はホーネット派のNO.2的存在。
内戦後、ケイブリスはホーネットを人質に、彼女を魔人戦争における駒として最低限の立ち回りを許していた。 だが、それが終わると同時に、彼女は魔王にとっての最上級の玩具と成り果てる。
終わらぬ苦痛。さりとて死ねぬ魔人の身体。破れても、裂かれても、すぐ次の日には縫い直されている肉体。
魔人の中でもとりわけ頑健な体質を持った彼女を、ケイブリスは徹底的に、残酷に壊し、弄んだ。
「ほうら!! もういっちょ!!」
魔王の拳が、再びシルキィの腹部を抉り抜く。
ゴブッ、と喉奥から血混じりの液体を吐き出した所を、ケイブリスはすかさず彼女の後頭部を掴み上げ、そのまま床へと叩き付ける。
指は髪を引き千切り、頭皮までも抉られる。
「んだァ!? これだけで根を上げんのかァ!? つっまんねーなァ、オイ!!」
怒号と共に、ずるりと引き摺り起こす。
体勢を立て直す隙もなく、再び拳が下された。
顔面、腹部、肋骨、膝、顎、あらゆる部位に無秩序に叩き込まれる暴力の嵐。
「ッハハハハ!! どォしたァ!? まだ壊れ足りねェって顔してるぜェ!? なァ、シルキィちゃんよォ!?」
乱暴に叩き込まれる拳が、頭蓋を震わせる。
視界はぐにゃりと揺らぎ、色彩も輪郭も曖昧になりながら、それでもシルキィは、弱音を吐き出さなかった。
引き裂かれた精神を、ぎりぎりの意地で繋ぎとめる。
絶対に、哀願などしない。
絶対に、命乞いなどしない。
痛みが滲む。屈辱が軋む。
だが、どれほど身体を苦痛が支配しようと、どれほど血に濡れた顔が歪もうと、彼女の心だけは決して、崩れない。
かつて、無数の人類を救い、絶望に抗った英雄――
そんな彼女は、今も果てしない苦痛に耐え続ける。
ボロボロの身体で、砕かれた声帯で、なおも魔王を睨み据えた。
憎しみと怒り。そして決して屈さないという、最期まで貫かれた意思。
だが――
「ほらァ、言えよォ。『助けてください!! ホーネット様ッ!!』ってなァ!!」
魔王の拳が止まることはない。
どんなに耐えようと、彼女に救いなどない。この世界に、希望等無い。
創り出された絶望は絶対である。
それが、魔王ケイブリスの世界だった。
「――ふぅ」
一しきりの暴虐の後、ケイブリスはもはや形にすらなっていない、かつて魔人だった”それ”を片手に握りながら、一人静かに息を整える。
――かつての自分はちっぽけな、息を吹きかけられるだけでかき飛ばされるような、そんなか弱い存在。それが今ではどうだろうか。魔物は全て自分にひれ伏し、過去自分を見下していた魔人達は全て自分の言いなりとなっている。
「....誰にも邪魔されない。誰にも怯えない。誰も俺に逆らわない。俺が求めていた安息。俺が求めていた世界」
そこまで言葉を紡ぎ、魔王は高らかに嗤い出す。
終わらぬ六千年分の独白、終わらぬ六千年分の安堵。
ただ安らかに眠りたかった。安全に過ごせる場所が欲しかった。その為に六千年も努力し、耐えに耐えて来た。
それが終に、報われた。
今、望んだ”全て”が手に入ったのだ。
――本当に?
「.......」
それは微かに脳内にこべりつく、ちっぽけなもやもや。
まだ自分がちっぽけなリスだった頃の、三千年前にあった微かな記憶。
とある白い高台、青空の元で、ちっぽけなリスが、あるものを見上げる姿。
それはとてもとても大きくて、誰も寄せ付けない程の存在で、そして、そして。
(.....なーんか、引っかかるんだよなぁ)
ちっぽけで、臆病で、何者にもなれないリスは、それを見上げ、そして呟いた。
確かに、確かに呟いた。無謀にも、身の程しらずにも、そう思ったのだ、"そんな"存在になりたいと。
――そうだ。俺は確か、〇〇〇〇〇〇〇すらも超え――
「もういいや、忘れた」
――プチリ
言葉を終えると同時に、掴んでいた何かが、ゼリーのように跡形も無く握り潰された。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
魔王ケイブリスが玉座に君臨した、KI期。
その支配は、かつて恐れられたナイチサ期の惨禍をも凌駕していた。
かつて敵対していた魔人は勿論、己に従っていた魔人たちすらも例外なく粛清され、彼の支配化では名ばかりの忠誠すらも許されぬ独裁が敷かれた。
人類の存亡は、冷酷な計算式に基づいて管理されている。
絶滅には至らない。死亡率が決して半分を超える事は無い。
それにより、人類にとっては勇者という希望すらも、冷たく刈り取られる。
ケイブリスの支配――魔王の酒池肉林は、破綻を許さぬまま、永劫に続く。
――だがそれは、意外にも、そしてあまりにあっけなく、あっさりと終わりを迎えた。
「……が、はッ!!」
轟く斬撃が、胸元を抉る。数十年ぶりの衝撃、数十年ぶりの痛み。
血飛沫を撒き散らしながら膝をついた魔王・ケイブリスの横目に、無残な骸が映る。
二人の使徒は、すでに虫の息すら許されぬ死屍。忠実無比であった側近、ストロガノフは、串刺しにされ、動かぬ塊と成り果てている。
魔王ケイブリスの胸には今、言い知れぬ焦燥が這い寄っていた。
「――流石魔王。一筋縄では行かないよね。まぁラスボスだし、それくらいの刺激は無いと」
斬撃を放った主である、黒髪の少年。彼は涼し気にそう言い捨て、くるりと後ろへ振り向いた。そして――
――ドカッ。
サッカーボールでも蹴るかのような軽やかさで、無慈悲なまでに深く、重たく、視線の先に居た仲間の少女を蹴り上げる。
蹴り込まれた少女は、地を這うように膝を折り、涙を滲ませながら勇者を見上げた。
「あのさぁ、何してんの?」
少年――もとい勇者は、鼻で笑う。
「そんな役立たず、どうでもいいでしょ? さっさと僕を回復してよ。俺、勇者だよ? そいつ復活させたところで、魔王に勝てんの? あったま悪いなぁ、ほんと」
少女は嗚咽を堪えながら、両手で腹部を押さえ、震える指で彼の傷へとヒールをかけた。
「おっけー腕がかいふくー。....んじゃ――」
勇者は再び魔王に視線を戻す。そして――フッ、と一振り。
勇者の放った剣から、どす黒い斬撃が魔王めがけて飛んでいく。
「....クソがァァァァァァァ!!」
咆哮とともに、魔王は斬撃を視認し、即座に横へと跳び、回避行動を取る。
そして間髪を入れずに、勇者へ肉薄し、彼の最速かつ最強の突進技、「リス猛撃」を発動する。
グシャリと一瞬にして肉が弾け、内臓が四方に飛散する。手応え有り――
だが、その勇者から醸し出される気配は消えない。
「ちょこまか、ちょこまかと……ッ!」
身代わりスキルによる座標交換。勇者は他の味方との位置を、見事に入れ替えていたのだ。
魔王は怒りを噛みしめながら、勇者の居る場所をすぐさま視認する。だが、すでに遅い。
視線の先、そこに立つ勇者は微笑を浮かべながら、既に剣を振り下ろしていた。
重なる斬撃。魔王の肉体を刻む、黒炎のように滾る傷痕。
刃が肉を裂くたび、暗黒の魔力が爆ぜ、肉体を蝕む。
「それ、本来即死級な奴なんだけど...まぁ流石に魔王相手だと効果は落ちるか」
飄々とした声が、血の匂いの中に響く。
――ふざけるな
斬り傷からズキズキと、焼き尽くされるような熱さが身体中に駆け巡る。
疼く斬り傷。焼き尽くすような灼熱が、傷口から、血管を伝って全身に広がる。
痛くて。鬱陶しくて。屈辱的だ。
俺は魔王だぞ。
絶対的な、完全なる存在なんだ。
その俺が、なぜ。
なぜ今更、こんな痛みを――!!
なぜ今更、こんな小僧に――!!
「――にしても、助かったよ。君が何故か魔人を皆殺しにして、おかげで楽にここまで辿りつけた」
唐突にも、勇者が語り始めた。
語りかけのような、独白のようなそんな何か。
熾烈な戦闘の間に入る小休息というものだろうか。だが、その間にも黒炎は自身の身体を貪り、ジワジワとダメージを拡げている。
ヒールを常に全身にかけている。だが、回復が間に合わない。追いつかない。
「JAPANの奴らを全員殺して、それで人類死亡率50%超えさせたよ。この攻略法を見つけた時は震えたよね。僕は、天才だって」
――そうだ、おかしいと思っていた。俺はナイチサの前例を既に見ている。人類を殺し過ぎて勇者を覚醒させ、討伐されたという前例を。だから、俺は配下に任せて緻密に計算し、人類の死亡率が常に40は切らないよう調整していた。
そうか、この野郎、無理矢理ぶち壊しやがったんだ。
「やっぱりさ、”パーティー”って必要だよね。僕だけじゃ、ここまでは辿り着けなかったし、今外で他の魔物を足止めしてくれているのも味方のモブ達だ...――なぁ? そうだろ? ローラ?」
勇者が隣に眼を向ける。その先に居るの杖を持ちながら息も絶え絶えで、立つのもやっとな姿で居る女治癒士。
先程彼が腹を蹴り上げた少女と同一人物であり、その息は荒く、膝は酷く震えていた。血に濡れたローブの下からは、自身の治癒の暇すら与えられず、焼け爛れる事となった肌が覗いていた。
彼女の勇者を見る眼は、苦楽を共にする仲間意識に向けるような、そんなものではない。ただただ“恐れ”。苛烈な支配に対する、畏怖に近い感情であった。
「....で、ここまでで僕が何を言いたいか分かる?」
勇者が再び魔王に視線を戻す。
こちらを見下げるような、高圧的な視線。魔王という存在に対して、いかにも自分が上であると言わんばかりのその態度は、正しく”普通の価値観”をした人間ではない。
「俺は勇者で主人公。そしてお前は魔王のラスボスだ。俺が勝つのは運命で、お前は俺に倒されるのが宿命であり、そして存在価値なんだよ。俺の今までの行動はお前というラスボスを”倒す”為、そしてお前の今までの人生は全て俺に”倒される”為。その布石でしかないんだよ。...そう、全部、最初から決まっていたんだ」
”最初から、全ては決まっていた”そう抜かしながら、勇者は肩をすくめ、魔王に向かってフンと鼻を一息鳴らす。
「前の勇者はそれを分かっていなかった。だから失格になった――そうだろう? ねぇ? コーラ?」
「....ぺちゃくちゃうるさいですゲイマルク。貴方が勝つのは決まっています。さっさと終わらせてください」
突如、黄色いフードを被った子供がどこからともなく現る。
容姿は一見して端麗。整った顔立ちに、小さな体躯、陶器めいた肌。
普段の魔王であれば、気まぐれに捕らえ、弄びたくなるような、そんな少女だ。
だが、今のケイブリスに、そんな思考の余裕はあるはずも無い。
「...はいはい。こんな時でも相変わらずつめたいなーコーラは。まったくさみしいよ」
やれやれと肩をすくめ、どこか芝居がかった口調で締めくくる勇者。
その“音”が終わると、まるでそれが合図であったかのように
――ヒュン
殺気も予兆も無く、ただ風の音と共に、勇者・ゲイマルクの姿が眼の前に映った。
(なっ......!?)
ケイブリスは咄嗟に掌を拡げ、その姿に向かって光線を放つ。
その光線はゲイマルクの姿を包み、そのまま後方へと突き抜ける。
遥か遠くにある後ろの壁までをも貫き、天まで突き挿さすよう空へと伸びた。
「――それ、見えてるんだって」
耳元で囁く”奴”の声。その瞬間、魔王は咄嗟に理解した。
”避けられた”事。そして、”背後を取られた”事。
(....あ、これ、ヤバ――)
「こっち、持っていくよ」
次の瞬間、左肩に生じた、爆裂するような痛み。筋肉が裂け、骨が軋む。
そして、遅れてやってきた、感覚の喪失。肩から先を、”虚無”が奪っていた。
「ガァァァァァァァァァァァァ!!」
右手で左肩を抑え、余りの痛みに膝をつく。
その姿を見た勇者は、口元を三日月のように歪め、ゆっくりと前髪をかき上げる。
――愉悦、快感、勝利、全能感。それらの感情全てが、彼の全身を恍惚と駆け巡る。
「ハハッ……フフ、アハハハハハハハハハハ!!」
人とは思えない、狂気と快感の交差したドス狂った笑い声が、空間を軋ませるが如く、その場の隅々にまで響き渡った。
――そして、しばらくの熾烈な戦闘の後。
そこに写し出されていたのは、返り血を全身に浴びた勇者と、両膝両手を地面につけ、頭を床に擦りつける魔王の姿であった。
「....ごめんなさい。許してください」
絞り出すその声は、あまりにも小さく、弱く、悲惨だった。威圧も、誇りも、魔王としての矜持すら、そこには何もない。
――生き延びたい
ただ生物としての生存本能が、最低限の願いだけが、無様に滲み出ていた。
「――は?」
一言、勇者が漏らした。
その声には、怒りも嘲笑も無く、ただ、困惑という一色の色のみで彩られている。
「....いや、お前....いや.....え? 命乞い? あんた、魔王だよね? .....しかもさ、お前まだ戦えるでしょ? 何してんの? HP的に言えば良くて4割切った所でしょ? いや、ほんとに何してんの?」
「...いえ、ほんとに。死ぬのが怖いんです....死ぬのは....嫌なんです.....。だから....もう...あっ!! そうだ!! 半分!! 世界の半分あげますよ!! それでチャラ!! そう、チャラにしましょ!! ね? ね?」
魔王は両の手を擦り合わせを、必死に命乞いをする。
――哀願、恐怖、惨めさ、全てが滲み出るその姿は、まるでかつての自分の写し絵のようであった。
魔王になる前の、おおよそ数千年前の自分。
既に忘れていた、忘れ去ったはずの「弱さ」。だが、身体は覚えていた。今、生存本能を剝き出しに、反射的にそれを行っていた。
「....あのさぁ」
勇者は一言、そう呟く。
そして、土下座するケイブリスの頭に足を当て、何度も何度も踏みつけた。
「ラスボスならさぁ!! 魔王ならさぁ!! もっと!! もっと!! 俺に気持ちよくやられるべきでしょ!! それが何!? 命乞い!? しかも!? こんな!? みっともない!?」
自論を語り続け、ドン、ドンと地響きを鳴らしながら彼は魔王の頭を踏み下ろし続ける。
土下座する魔王の頭を、怒りながら踏み続ける勇者。もし、これの目撃者が残っていれば、間違いなく歴史の資料として後世に語り継がれていただろう。
そんなシュールな絵面に、彼の従者はプッと吹き出す。
「あぁーーもうッ!! 台無しだよ!! 雰囲気も余韻も、全部ぶち壊し!! このゴミカス野郎がァァァァッ!!」
怒号と共に、ゲイマルクは苛立ちを込め、改めて剣を引き抜いた。
その瞬間、これまでにない程の黒く、重く、底知れぬエネルギーが剣へと流れ込み、空間を黒で染めていく。
そのエネルギーは瞬く間に収束し、そして、天井まで突き刺しそうなほどの大剣と化した。
(え....え....え...?)
両手で床を探るように這いながら、尻餅をついたまま後退る。
魔王は勇者の掲げた剣を、”自分の死”として認識し、そして、思いを巡らす。
――ただ、ただ、安息が欲しかった。静かに眠れる場所が欲しかった。そして、六千年の時を経て、六千年も耐え忍んで、やっと手に入れる事が出来た。手に入れる資格があるはずだ。
僕の為の世界。僕だけの楽園。それが、こんなにもあっさりと、こんなにも理不尽に――
「...嫌だ...嫌だ!! ここまで来て!! そんなの!! 嫌だ!! 死にたくない!! 死にたくない!!」
「うっせぇ黙れ!! さっさと死ね!! このクソ魔王が!!」
刹那、勇者の大剣が振り下ろされる。
漆黒の闇は空間を軋ませ、その標的に接触する。
――鈍い音と共に、魔王の血肉が宙を舞った。
「あぁっ....アァァァァァァァァァァァァァ!!」
ケイブリスの叫びが、轟音となって全体に鳴り響く。
この世界の魔王の、六千を年生きた生物の最期の断末魔。
だがけたたましい筈のそれは、あまりに憐れで、あまりに情けなく
――そして、余りに短く終わった。
「はぁ....はぁ....はぁ....」
魔王の肉体が、剣の圧に押されるがまま、跡形も無く飛び散る。
魔王ケイブリスの存在は完全に消滅し、残っているのはその死骸だけ。
「....で、この場合、魔王ってどうなんの? コーラ」
雨のように降りそそぐ血液を浴びながら、ゲイマルクは視線を彼の従者に移す。
魔王を倒したとしても、次の魔王は誕生する。それはこれまでの歴史を見ても明らかだ。故に、ゲイマルクはその疑問を投げかけた。
「そこまで詳しくはありませんが....まぁ、魔王ガイの前例を見るに、今血を浴びている貴方が引き継ぐんじゃないですか?」
その答えに、ゲイマルクは一瞬、眼を丸くする。
主人公で、勇者であるはずの自分が、よりにもよって世界の悪役の魔王になるという想像だにもしなかった展開。
流石の彼でも、それには少しだけ反骨心を覚える。
――だが
「....僕が、魔王ね....」
そう呟きつつ、どこか儚げに、どこか純粋に瞳を上目にすると、彼はすぐさま納得したような口ぶりで話を始めた。
「まぁ、それも良いか。魔王が主人公というゲームも、中々新鮮だし。んじゃー君たちはー」
彼の視線が、うずくまっていた”パーティ”達に振り向かれる。
その眼は既に人の眼では無く、元々辛うじて残っていた人間らしさすらも、今の彼の表情からは感じ取られない。
「うん、君たちはもう用無しだね。魔王という僕のゲームには必要ない....いや、ていうか勇者の一行なら敵じゃん。消さなきゃ」
ゲイマルクが剣を横に振るう。
一閃。ただそれだけで時空は歪み、剣線上にあるもの全てが両断された。
標的となった、”元勇者一行”達の身体は、真ん中から崩れ落ち、肢体だけが辛うじて地面に直立していた。
「……ハハ……ハハ、ハハハ……」
電波のような嗤い声と共に、ゲイマルクは全ての物をその眼で見下ろす。
既に、魔王の血の浸蝕は始まっていた。
彼の眼は赤く染まり、服は更に派手な漆黒模様へと変化していく。
――理性は融けた。かつて、微かに宿していた優しさも、愛も、悦びも。全ては黒へと染まってゆく。
彼の脳内では既に、人類をどう”遊ぶ”か。それのみで占められていた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
――この後日、魔王・ゲイマルクが誕生した。
GM期の始まり、それが”この”物語の結末である。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
――認めない。認めない。こんな結末を、認めてなるものか。
地を這い、涙を流し、絶叫しながら命乞いをする“自分”。
あの時、確かに感じたはずの、勇者の剣が肉を裂き、命を断つ感覚。
ぐっ――と息を呑むと同時に、視界が徐々に現実を取り戻す。
目蓋の奥が焼けるように熱く、頭の芯が鈍く響く。
「....ケイブリス様」
聞き慣れた声が耳に届いた。
それに反応し、意識の海から浮かび上がるようにして、ゆっくりと目を開く。
するとそこに立っていたのはは、死んだはずの存在。
「....アァ!?」
喉から反射的に驚嘆の叫びが飛び出す。身体を起こし、目を見開いて叫ぶ。
「....ストロガノフ。テメェ、なんで生きて...!?」
そう自分で言いながら、思考の片隅で混乱する。
おかしい。ストロガノフは死んだはずだ。あのクソガキの勇者の技で貫かれ、棘に磔になっていたはず。
いや――だがそれを言うなら、“死んだはず”というのは自分もそうだったか?
ぐらつく思考。現実と虚構の境界が、未だに脳内で絡み合っていた。
「ようやく起きられましたか。ケイブリス様、まさか貴方が、眠りにつく等、想像だにしなかったもので――」
そこまで言われて、ケイブリスはようやく一つの答えを導き出す。
――夢。そう、あれは全部夢。勇者の誕生も、突如として襲来した戦いも、自分が殺されたことすらも。全てが現実ではなく、ただの忌まわしい悪夢。
そもそも数千年、ケイブリスにとっては夢どころか、眠る事すらなかったのだ。だからこそ、夢で起きた出来事を、疑う事無くそのまま真実と信じ込んでしまったのだ。これはそれだけの話であると、ケイブリスは強く結論づける。
「....そうだよ、そうだよな!! よーくかんがえりゃぁ有り得る訳ねぇ!! 有り得る訳ねぇんだ!! この俺様が、殺されるなんて...それもあんなクソガキの勇者に!! ダーハッハッハッハァ!!」
両手をパチパチと鳴らしながら、ケイブリスは腹を抱え、腹の底から哄笑を響かせた。
歓喜。安堵。優越。すべてが混じり合い、爆発するような笑い声が、空間を満たす。
あまりの勢いに、半日は続くのではないかと思われたそれは、意外にもある報告によって止まる事となる。
「....ケイブリス様。お目覚めの所、大変恐縮ではございますが、一つ、迅速にご報告したい事が」
「....あ?」
側近・ストロガノフ。彼の言葉に、ケイブリスは笑いをピタリと止め、彼の顔を見る。
(....あぁ、こりゃぁ)
ストロガノフの顔と仕草はどこか気まずそうで、いかにも言い出しにくい事を言う時の物であった。故に、ケイブリスはそれを見て恐らく”悪い知らせなのだろう”と推測する。
(....まぁ、つっても)
ケイブリスは、いまだ心に高揚を抱いたまま、悠然と構えていた。
“死”を体験したばかりの彼にとって、多少の報せなど今は塵にも等しい。笑える話でなければ、笑い飛ばすだけの話である。
それこそ再び”死”を突き詰められるような事でも無ければ、今の彼を脅かす事等出来ないだろう。
「――カスケード・バウが、ホーネット派の手によって陥落致しました」
「.....」
その瞬間、ケイブリスの呼吸が止まる。
それは余りにも予期しない方向で、全く違う戦場から矢が飛んできたような、別の次元の物語が不意にこの現実へと割り込んできたような話。
「.....は?」
どこか芯の抜けた、”魔人”ケイブリスの声が空間に虚しくポツリと落ちた。