もう一度始まる魔人内戦   作:アルテミス

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カスケードバウ撤退戦①

 

 カスケードバウの荒野。

 そこでは現在、ホーネット派の軍勢によるケイブリス派への追撃戦が行われていた。

 

 すでに本格的な決戦は終わっていた。だが、戦略的な勝利をより確実なものとするため、そして再起の芽を摘み取るため。ケイブリス派の戦力を少しでも削るべく、ホーネット派は気を緩めることなく、前線にふたたび大軍を投入していた。

 

 荒野には、剣戟の音と爆ぜる魔力の余波が飛び交い、ところどころで魔物たちの悲鳴が響いていた。荒れ果てた戦場に、なお終わりなき殺し合いの残響が響き渡る。

 

 

「....」

 

 その追撃戦のさなか、戦列の一角には、一人の魔物隊長の姿があった。

 彼は先のカスケードバウ決戦において、先陣を切る尖兵として活躍し、その功績を認められ、晴れて魔物兵から魔物隊長へと昇進した者である。

 

 しかも、配属されたのはただの部隊ではない。魔人直属の特別部隊――魔人麾下の下働く、選ばれた部隊の一員だった。

 

 魔物軍の編成は基本的にこうだ。一人の魔物隊長が約200の魔物兵を率い、さらに100人の魔物隊長をまとめるのが魔物将軍。その結果、およそ2万の兵をもって一個師団が構成される。

 

 例外的な存在――たとえば魔物大将軍のような存在を除けば、魔物兵や魔物隊長にとっての直属の上司は基本的に魔物将軍である。

 通常、こうした魔物師団は将軍の指揮の下、戦場に展開し、局地的な戦術目標を遂行する。それが“一般的な魔物師団”の運用だ。

 

 そして、彼の所属する魔人直属の師団は、通常の師団とは異なり、とりわけ魔人との連携を何よりも重視する事としている。

 魔人という存在をより戦場で際立たせる為、彼らを補助し、彼らの都合に合わせながら軍を動かす。

 部隊に直接指揮を下すのは魔物将軍であるが、そこに魔人の意向が他の部隊と比べてより濃く混ざっていると言った所だろう。

 

 魔人の動きに即応し、戦局を動かす存在。

 当然ながら、そこに配属される魔物たちもまた、並の兵では務まらない。選び抜かれた実力者のみが、その任に就く。

 そして今、彼もまたその一員となっていた。しかも、単なる隊員ではない。一個小隊の指揮を任された立場、魔物隊長として、ホーネット派において彼の実力が正式に認められた証でもある。

 

 向上心の強い彼にとって、それは紛れもなく栄誉だった。魔物隊長として魔人直属の部隊に配属されたこと。それは、努力と実力が報われた、何よりの結果だった。

 

 

 ――だが、彼はその結果を、すぐに後悔する事となる

 

 

 

 

「――ケケ!! リクトボ~イ!! これでユーがミーとバトルするの、もう六回目!!  ....お前、ミーに対して何かフェチでもあるんか?」

 

「.....」

 

 少し遠く離れた先に見えるは、甲高い嗤い声を鳴らし、理解し難い口調で狂った言葉を吐き続ける存在。

 

 敵方の魔人、レッドアイ。

 

 その行動原理は極めて不明瞭。戦場に突如として現れては、圧倒的な規模の魔法をぶちまけ、耳障りな笑い声と共に味方の戦列を無差別に崩壊させていくという。

 

 自分としてはよくそれを耳にするだけで、戦場で遭遇するのはこれが初めてだが、

 ――成程、聞きしに勝るとも劣らないイカれっぷりである。

 

 

「....オウ!! ケケケケケ!! ミー、ベリー良い事思いついた!」

 

 レッドアイが何かを閃いたように目を見開き、先ほど以上に高まったテンションで叫び出す。

 ぎょろりと揺れるその眼球は、既に明確に狙いを定めている。

 

 その狙いの先は、自分たちが補佐するべき存在であり、何よりこの身が直属の配下として仕える味方の魔人――リクト=アスベール。

 つい先ほどレッドアイの白色破壊光線を、自らの黒色破壊光線で打ち消し、自分達の命を救ってくれた存在。

 彼にその気があったのかは知らないが、どちらにせよレッドアイの暴虐をに歯止めをかけ、無くしていたかもしれない命を救ってくれたのは事実。

 

 故に、本来は心から彼に感謝すべきなのだが――

 

「ミーと同じビーム撃てる魔人。お前、アンド、ホーネットだけ。つまり、ユーとホーネットをダイすれば、ミーがベリーベリーストロング、ミーこそが最強ってコト.....クケ、ケケ、ケケケケケケケ!! それいい!! それグッド!! これぞ一つの~~キル・あなた!!」

 

「....」

 

 その言葉を聞いて、少年の魔人、リクトは僅かに眉をひそめ

 

「....はぁ」

 

 乾いた溜め息を一つ漏らした。

 

 

 ――魔人リクト=アスベール

 実質的に自分の直属の上司となった、魔人の少年。

 彼の存在をこの魔物界で知らない者がいるとすれば、それは余程の引きこもりの世間知らずか、そもそも他者という存在を認知出来ないような、野生動物や虫のような存在くらいのものであろう。

 

 何故それ程の知名度があるのか。それは単純な話、強さにある。

 

 ホーネット様に匹敵する程の魔法の使い手にして、高度な闇魔法と光魔法を巧みに使い分けるという、魔法使いとしても異色の存在。

 その年端もいかないような見た目に反して、派閥戦争においてはあの魔人レッドアイと何度も引き分けるという、ホーネット派の魔人の中でも一際抜けた実力の持ち主。

 

 ――そして、噂によれば、彼は魔人にされてより数千年。一度もかすり傷すら負う事が無かったという。

 最も、無敵結界がある以上、同じ魔人や、魔剣カオスといった無敵結界を破り得るアイテムを持つ者との戦闘が無い限り、傷等つかないのは当たり前なのだが――

 

(....リクト様だけ、何故か妙に噂立ってるんだよなぁ)

 

 そう、彼だけは何故か、魔物の間でもよく取り沙汰にされている。数千年に渡って、尾ヒレがついているのだろうか。だがそれだけの間、そのような話が魔物の中でも長年に渡って伝わり続けている以上、やはり何かあると考える方が自然だろう。

 

 実際、この派閥戦争の中、軽くとは言え、他の魔人が度々負傷するような風聞が広がる中、彼だけは常に戦場に出ているにもかかわらず、そういった噂は全くと言って良い程聞かなかった。

 

 彼の攻撃魔法は確かに強力で、有無を言わさず敵を殲滅するだけの力があるのは確かだ。

 だが、攻撃は最大の防御だからと言っても、限度がある。それが取り分け防御能力に秀でた人物が多い魔人であれば尚更だ。普通に考えれば、ダメージを受けながらでもなんとか魔法をなんとか掻い潜られ、多少の手傷は負うのが自然だ。

 似たような戦闘スタイルを持つレッドアイを例にすれば分かりやすい。いかに規模のでかい魔法を連射しようとも、全ての対象を一瞬にして無力化する事は出来ない。彼の寄生体である闘神の身体には、大したものではないとはいえ、いくつものかすり傷や切り傷がつけられている。

 

 やはり、彼だけ何か特別秀でた防御手段がある可能性が高い。この戦闘で、それが見られるだろうか。

 

 そんなことを考えていた矢先、不意に――背筋をなぞるような冷たい寒気が走る。

 本能的な嫌な予感。眼が無意識に周囲を探り始め、やがて、それがどこから来たものかを察し、心の中で溜め息をつく。

 

 ――あぁ、またか、と

 

 

「....ほんと、また僕が対応させられるんですか? 貴方のようなキチガイの処理係に。……正直、嫌なんですけど。ものすごく、気が乗らないです」

 

 ゆっくりと、だが確かに苛立ちを孕んだ声音で、魔人リクトはレッドアイに向け、言葉を重ねていく。

 

「これは何かの天罰ですか? それとも、偶然の悪意ですか?……いや、どちらにせよ、現実は変わりませんから知りませんけど。....ただ、またなんですよね。また僕が、あなたのような言語が通じない、破壊と混沌と自己愛だけで脳ミソが構成されたキチガイに、対応させられるっていうこの地獄のような現実。……もう、呆れるのを通り越して、災害の一種として、考えればいいのですかね? これは....」

 

 まくし立てるように愚痴をこぼしながらも、どこか自嘲にも似た響きを込めて、リクトはなおも言葉を連ねる。

 その内容の多くは、回りくどく、詩的な比喩に満ちた――要するに、あってもなくてもいい無駄な物。

 だが、それでも彼は言わずにはいられないのか、それを口に出し続ける。

 

「どこまでも自己中心的な貴方にとって、他者への共感や他者との共有価値観なんていうのは、あなたにとって邪魔でしかないんでしょうね。むしろ理解されないことが誇りとでも思ってます? もしそうならば、孤高が美徳で、誰にも見てもらえなくても"僕が満足してるから良い”って言える精神性は、一種の完成された病とも言えるかもしれませんね。……まあ、ええ、そういう在り方も本人が楽しいなら結構ですけど、そのために他人を道連れにしないでほしいというのが、せめてもの僕という文明人からのお願いです。.....えぇ、知りませんけど」

 

 最後の一言を、どこか投げやりな無関心で締めて、ようやくひと息。

 どうやら魔人レッドアイと遭遇し、リクト様はかなり“ご機嫌を損ねられた”ようだ。

 確かに、レッドアイの喋る内容や口調は、理性ある者にとっては理解に苦しむ。

 だが、それなら無視してしまえばいいはずで、ここまで不機嫌になるものなのか――自分としては、やや不思議に思える。

 

 ……とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 周囲の魔物たちに目を向ける。彼らの表情もまた、自分と同じ疑念を映している。

 

 ――これで終わってくれるだろうか?

 

「....魔物将軍」

 

「――っ!? ハハッ!!」

 

 その願いにも近い一抹の疑念は、リクトのその一言で、無惨にも打ち砕かれる。

 

 そして、ここから始まるのは大体、いつもの流れだ。

 

「....僕が魔人レッドアイと同じ戦場に割り振られていた事、貴方は知っていましたよね?」

 

 まずは事実確認。

 この問いを皮切りに、責任の所在はそちらにありますよという構図を静かに作り上げていく。もちろん、口答えなどしてはいけない。そんなことをすれば、その場で灰にされるだろう。

 

「まあ……分かってます。僕がここに回されたのは、戦力配分的に仕方ない選択だったんでしょう。レッドアイに正面から遠距離で対抗できる人、ホーネットさん以外だと僕しかいませんし」

 

 そして一度、理解する素振りを見せる事。

 あくまで自分は常識人であり、過剰反応などしていない――そういう立場を強調するため。

 

 

「でもそれならそれで、貴方から事前に僕に何か一言あってもよかったんじゃないですか? “お前が行け”とか、“抑えてくれ”とか。その程度の一言でも、事前に言っておいてくれれば、僕だってもう少し心の準備ができたんですけどね。勿論ですが、僕が戦場にいて尚且つ、魔人という力を持つ存在である以上、ある程度の無茶を振られるのも覚悟の上ですよ。ええ、それは分かってます。そこには文句言いません」

 

 ――要するに、報連相はしっかりしてくれ。

 ただそれだけのことを、よくもまあ、これだけ理屈っぽく、そして長々と語れるものである。

 

 

「....でも、レッドアイの相手を前触れなしで任せるって、流石にどうかしてませんか? “今日の昼はいつもの雑用です”って言われて現地に出たら、“ずっとここで暴れてるクレーマーの対応をしてください”みたいな話で。レッドアイが出現する事も、僕が彼との戦いを嫌がっているのも、貴方は知ってたいましたよね? それをわざわざ黙ってて、平然と送り込むって……まさか、“言ったら逃げるかも”とか思ったんですか? もしそうなら、貴方は随分と僕のこと信用してませんね。安心してください、別に逃げたりしませんから」

 

 

 自分があくまでまともであるかのように、彼は平然と整えたような理屈を語る。

 そこまで一気にまくし立てたところで、彼は一度、小さく息を吐いた。

 怒っているというよりかは、呆れ果てている――そんな疲れた吐息。

 

「……改めて言いますが、貴方の役割って、こういう時にひとこと伝えることじゃなかったんですか? 僕がどこに回されて、誰と戦うことになるのか....少なくとも、それを把握してる立場なんですよね? それなら、それを伝えるって、貴方の“最低限の仕事”だったはずですよね? なのに、貴方は何もしなかった。何も伝えず、何も言わず、僕をこの場に駆り出した。……まるで、僕がここでどうなろうと知ったことじゃない、って顔で....貴方が考えてたのが、“魔人リクトならやってくれるだろう”っていう漠然とした楽観なら、それは判断じゃなくて放棄です。“結果さえ良ければ、経過なんてどうでもいい”って、そんなやり方はただの無責任ですから……それとも、何か言葉をかけてくれたら、僕が嫌がって反論でもすると思ったんですか? もしそうなら、それは貴方の勝手な妄想です。僕は任務を拒否したことなんて一度もないですし、文句を言いながらでも、やるべきことはやってきました。それを知ってて、なお黙ってたとしたら貴方は、僕からの信頼を自分から捨てたってことになりますね」

 

 一瞬、言葉を切る。そして最後に、静かに突き刺すように。

 

「……“どうせ黙っててもやってくれるだろう”って、そうやって舐めた扱いをしてくる人が、僕は一番嫌いなんです。貴方が今しているのは“采配”じゃなくて、“ただの丸投げ”ですよ。分かってますか?」

 

  相手の行動を不手際であるとし、鬼の首を獲ったかのようにそれを責め立てる。そして、最後に問いを投げかけながら、リクト様は無表情のまま、しかし確かな圧を込めた視線で、魔物将軍に一歩詰め寄った。

 

 その間、自分含め、周囲の誰もが沈黙を守っていた。

 この場において、それは間違いなく“正解”である。

 彼に口答え等してはいけない。実際に誰かがした所を見た訳では無いが、それでも見えている地雷をわざわざ踏みに行くような馬鹿は居ない。居る訳が無いのだ。

 

 

「――なっげぇなぁ....ほんと....」

 

「.....」

 

 一帯の空気が凍り、大衆の目線が一斉にその声がした方向へと向けられる。

 

 突如、その声がハッキリと耳に入って来た。

 この場にいる誰もが、内心では思っていたであろう。だが、同時に誰もが理解していた、それが絶対に口にしてはいけない言葉であることを。

 

 聞き間違いである事を祈りながら、自分もまたその声のした方向へ眼を向け、事の次第を確認する。

 

(....アイツっ!!)

 

 そこで目視したのは、よりにもよってアイツの存在だった。

 かつて同じ戦場を戦い抜き、いつか高みで会おうと約束を交わした。

 一度は別れた戦場の友――ズィヤバト。

 

 自分と同じタイミングで魔物隊長に昇格した事は聞いたのだが、まさか彼もここへ配属されていたとは夢にも思わなかった。

 もし、こんな状況でなければ、自分はすぐにでも彼に声を掛け、今頃この場は再会を喜び合う場面になっていたのだろうか。互いに成り上がった立場として、肩を並べるにふさわしい戦友として。

 

 ――だが、今は

 

「....はい?」

 

 リクト様の眼が、冷たく、鋭く、ゆっくりと魔物将軍から、魔物隊長ズィヤバトへと視線を移り変わる。

 その目には一切の瞬きが無く、まるで有り得ない物を見るかのような瞳で、その目標を深く捉えていた。

 

「貴方、今何か言いました?」

 

「えっ...あっ...!? いやっ――」

 

 ようやくそこで、彼は自分が何をやらかしたのかを悟ったのだろう。

 ――遅い。だが、それが彼らしいと言えば確かにそうだった。昔からそうだったのだ。

 心に浮かんだことを、つい無意識に口に出してしまう癖。本人も自覚はしていたが、それを直すのは困難だった。天性のものというやつだ。

 最初こそそれによって軋轢も産んだ。だが、自分含め周囲もそれを理解していくようになると、逆に彼を、ムードメーカーとして受け入れるようになった。

 緊張の続く戦場に、時折くだらない一言を放り込んでは、笑いを生み、場を和ませてくれる――そんな癒しのような存在。

 

 だが、それが今、ここにきて致命的に裏目に出ている。

 

 

「....なっげぇ....ですか....」

 

 その一言で、場の空気が再び変わる。先程よりも更に重く、全体が推しかかるように。

 やがて、その一言が導火線のように、彼の中で爆発した。

 

「……ええ、確かに僕の話は長かったかもしれませんね。貴方にとってそれは聞くに堪えないもので、不快に感じたてしまったのかもしれません。ですが、あなたは僕が特に何か感想を求めた訳では無く、一人で勝手にそれを言いましたよね。その発言は、つまり、“僕の発言は価値がない”という感想を、空気も読まず、文脈も無視して、無防備な状態の僕に放り投げた――という理解でよろしいですか?」

 

 その質問を噛みしめるように、リクト様はわずかに首を傾ける。

 

「い、いえっ!! ちがっ――」

 

「いや、違う。と仰るかもしれません。“そんなつもりじゃなかった”、とか。“つい口から出た”、とか。でも、その“つい”が、誰かの構築した言葉や思考の体系を、一言で蹴り潰していい免罪符になると思ってるんですか? .....それにそもそも、あなたにとって“なっげぇ”というのは、僕の言葉の量の問題ではなく、貴方の思考の許容量の問題ではないですか? 言葉の連なりが“長い”のではなく、内容の密度にあなたの処理能力が耐えられなかっただけなのでは? それを他人のせいにして、“なっげぇ”なんて、脊髄反射で“ノイズ”を垂れ流すのは、“あなたの認識領域が狭いです”と自己紹介してるようなものですよ。....ああ、そもそも“別にそれならそれで構わない”っていう口の人ですか? 他者の気持ちよりも自分の衝動的な感情を優先するタイプの人ですか? それならそれで、僕の方も貴方に何をしようが、それで貴方からクズだの何だろうと言われようが、“別にそれならそれで構わない”って態度を取りますけど。それでいいですね?」

 

 

 ――ズウゥン

 と、突如、空気が歪むような、重く鈍い音が響く。

 

 

(.....は?)

 

 

 その瞬間、ズィヤバトの身体がバチンと何かに叩きつけられたように、地面へと押し倒された。

 前触れも、合図もなく、まるで見えない何かが、唐突にその一点だけを狙って圧し潰すように。

 

 

「……僕、別にあなたのような“雑音”にいちいち反応して潰すことを、自発的な目的として設定しているわけではないですし、そういったことを楽しんでやっているわけでもありません。どちらかというと、そういうノイズは、勝手にどこかで陰口で言う分には全然構いませんし、僕としても、精神的には平和で過ごせてありがたいというのが本音です。ええ、基本的には“関わりたくない”というのが前提なんです。ただ、今回のようにですね、この戦場における引き締まった空気を乱すだけでなく、周囲の思考の流れを遮断してまで自己の存在を主張し、他者を否定するような、“騒音”が発生してしまった場合、それはもはや、無視するというだけでは対応不能な“公害”となるわけでして。そによりその処理を強要されるような、“例外的な事案”が実際に起こり得る、という現実を今回、僕は極めて明確に認識させられたというわけです」

 

 

 ――ズシン

 ――ズシン

 ――ズシン

 

 と、リクトの言葉に呼応するように、見えない圧力が、うつ伏せとなっているズィヤバトの身体を断続的に襲い続けていた。

 一撃一撃が、まるで鉄槌のように、容赦なく全身を打ち据える。

 地面は既に深く抉られ、それによって飛び散った岩盤の破片すらも、圧によってまた地面に打ち据え直される。

 彼の身体は既に変形し尽くし、骨は奇妙な音を立てて折れ、血は全身の裂け目から噴き出していた。

 

「――タッ....タスケッ....」

 

「……つまりですね。僕としては“できれば関わりたくない”という意思は、今も揺らいでいないんですが、“関わらざるを得ない事態”が今この場に存在するということ、そしてその“例外の処理”を、誰かがやらなければならないという構造的な問題が、残念ながら今回は、ちょうど目の前で発生してしまっている、というわけです」

 

 魔物隊長の声など無いかのように、それを無視し、リクトは自分の理屈を話し続ける。

 そして、やっと満足したのか、リクトはようやく口を止めると、無言のまま足を前へ、ズィヤバトの方へと一歩進めた。

 

 ――小さな靴のつま先が、地面に伏していた魔物隊長の頭部に、そっと乗せられる。

 

「――という訳で」

 

 ――ズゥゥゥン!!

 

 これで最後と言わんばかりに、これまでとは次元の異なるような、最大の衝撃を、轟音と共に踏んでいた箇所へ押し付ける。

 地面が抉れ、周囲の岩盤が粉砕されるのと同時、魔物隊長ズィヤバトの頭部が終に耐えきれず、パァンと音を立て、四散した。

 

「もし、来世なんてものがあるとするならば、次はきちんと空気を読んで、口を慎める大人になるよう反省する事ですね。それが出来れば、次は謙虚で長生きな人生を送れるんじゃないですか? ....えぇ、知りませんけど」

 

 淡々と、語気すら変えることなく、リクトは一人の魔物隊長の命を奪った。

 

 自分の友が、たった一つの失言で、有無すら言えずに捻りつぶされた。その現実に、自分の中で再び思い出させられる。

 ホーネット派に居て、シルキィやハウゼルといった善良な魔人を目にしてきて、忘れてしまっていたその現実。

 

 ――魔人の前では、自分達の存在等、無価値に等しいという事を

 

 

「――魔物将軍」

 

「……ハッ!」

 

 リクトの声が再び組織を束ねる魔物将軍の方へと向けられる。

 魔物隊長を一人殺し、少し機嫌を直したのか、その声は先程に比べれば幾分おだやかになっていた。

 

「このような部下が居た事、貴方は認識していましたか?」

 

「.......」

 

 とはいえ、彼の本質的な責め口は変わらない。ここで回答をしてしまっては駄目だ。

 それを素材に、どんな理論を展開されるか分かったものではない、故の沈黙。

 勿論、沈黙自体を責められる事も多々ある。だが、それでもリクトを前にした場合、罰が軽くなるという意味での、最も期待値が高いのがこの行動である事は間違いなかった。

 

「だんまり、ですか。……まぁ、分かりますよ。大方、把握していなかった。または、“知ってはいたがどうでも良いと思った”そのどちらかでしょう。指揮系統の末端まで目が届かないのは、規模の大きな部隊であれば当然ですし、あえて咎める気もありませんよ。僕も“全員の言動を逐一管理すべきだ”などという非現実的な理想論を押しつけるつもりではありません。……だから、今回の件は仕方ないとは思っています」

 

仕方がない。リクトのその言葉に、将軍の肩が、すこしだけ緩む。

が――

 

「ですが、“仕方ない”ことと、“責任がない”ということは、別の話です。管理不足は事実ですよね? 隊長は軽率な言動を取り、それもまた、よりによってという最悪のタイミングで、“越えてはならない一線”を踏み越えてしまった。ええ、これは確かに事故だったのかもしれません。ですが同時に、それが“起こるまで誰も予防しようとしなかった”という現実は、どうあがいても“構造的な過失”として機能してしまうわけです」

 

 淡々と語られる言葉が、まるで裁定のように場に響く。

 リクトの言葉を聞きながら、魔物将軍は表情を曇らせ、まるで苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 ――確かに、部下の失態は上司の責任。

 それを取らされるのも覚悟の上だ。そうでなければ組織など成り立たない。

 それは理解している。分かっているつもりだ。

 だが、この魔人の場合は、どうにもただそれらの指摘を道具に、自分の憂さ晴らしをしているだけのように思えてならない。

 実際、機嫌が良い時は特にお咎め無しで済む事が殆どである一方、逆に悪い時は、何をしたって駄目だ。何かしらの理由をつけては、必ずこちらに否をなすりつけ、それによって罰を下す。

 そして厄介なことに、その理屈はそれなりに整っていて、どこか納得できてしまう内容に仕上げられている。

 憂さ晴らしの為にそれっぽい理論を構築し、自分を正当化した上で罰を下す、タチが悪いことありゃしない。

 

 それがこの魔人、リクト=アスベールが日常的に行う、一種の狂気ともいえる儀式的行為だ。

 

「....その意味で言えば、貴方は組織の顔として立っていながら、構成員の行動を抑止することに失敗したという、形式的には、極めて明快な“過失”を露呈してしまったということになりますね。いえ、まぁ、僕としても、すべてを“お前の責任だ”などと言うつもりはありません。ですが、“まったくの無関係です”とも、到底言えないわけで。何故なら、そういった事態が起きる可能性も含めて、常に予測し、予防策を取るという事も上を立つ者としての貴方の仕事ではあったからです。――ですので、先程の罪も加味して、今回は腕一本で済ませましょうか。これは貴方の能力や戦力的価値を考慮した、明確なる“優遇”ですし、何より僕が個人的に許容したという意味でも、かなり譲歩しています。……ええ、納得できないというのであれば、止むを得ませんが、それ以上の処置というのも検討しますけど。いかがです?」

 

「.....」

 

 要するに、罰として、腕一本の剥奪。それを受け入れるかどうかというのが、リクトからの問いである。

 その問いに、魔物将軍は、言葉を詰まらせる。

 

 普通に考えれば、ここは「はい」と答えるのが無難だろう。だが、怖いのはその先だ。

 たとえば、「はい」と答えた途端に、「貴方の立場としては、僕の温情にすがるのではなく、更なる罰を求めるのが人としての筋じゃないんですか?」などと、言われてしまう可能性。

 

 いやそんな事、言われる訳――なんて思うかもしれない。だが、この魔人、リクト=アスベールには、そんな常識は通用しない。彼にとってはそれらしい理屈さえあれば、どこまでも罪を加算できるのだ。口調こそ丁寧だが、やっていることは理屈を道具にした私刑そのもの。

 はっきり言ってしまえば、口調が少し丁寧なだけのキチガイである。

 

 ――では、どう答えるべきなのか?

 

 受け入れるべきか? それとも否定すべきか? あるいは、何か別の表現があるのか?

 将軍の思考が逡巡する中、リクトの視線がじわじわと冷たくなっていくのが分かった。

 

 “さっさと答えろ”。

 言葉では何も発せられていないはずなのに、そう言われているかのような見えない圧が、じわりじわりと染み込んでくる。

 

「.....あの、いい加減そろそろ――」

 

 リクトが何かを口にしようとした瞬間

 

「ドーーーーンッ!! ノォォォオーーーウ!! ファッキューリクトボーーイ!!」

 

 突如、爆音にも似た絶叫と共に、遠方から凄まじい黒色の光線が放たれる。

 その奔流は、殺意の塊のように一直線に、リクトを狙って飛来した。

 

 リクトは、ちらりと瞳を動かす。

 そして首を横にわずかに振り、その光線を捉えると、静かにため息をついた。

 

「.....はぁ」

 

 ――ズゥゥン!!

 

 再び、空間が呻くような轟音が上げる。

 次の瞬間、光線があり得ない動きで軌道を捻じ曲げられ、真下へと叩き落とされた。

 地面が抉れ、爆煙が立ち昇る。

 その衝撃すらも、圧力によってどこかへ逃げたみたいで。

 

(――おいおい嘘だろ!! あんなもんまでいけんのかよ!!)

 

 その有り得ない光景に、魔物隊長は友人が無惨に殺されたことさえ忘れ、ただただ口を開けてその光景に驚嘆する。

 最強の攻撃魔法、黒色破壊光線すらも見えない圧力――いや、この際もう重力とでも言ってしまおうか。それによって無効化してしまった眼の前の光景に。

 

 ――なぜ魔人リクトが今まで無傷でいられたのか。

 

 その答えを、今この場で身をもって、見せつけられた気がした。

 

 

「ミーをホッタラカシて!! 一人でロングタイム盛り上がるとか、ユーのブレインには隣のウンコさんでも詰まっとるんカ? ミーとユーが会ったら、やる事は一つだけ!!」

 

「……あの。僕、今、この人とわりと真面目な話をしていたんですけど....それくらいは、流石に分かっていましたよね?」

 

「ミーが速くクイックにキル・あなたして、このボディのパーフェクトを証明する!! ....オォウ!! これミーが考えたストロングな最高のキル・あなたちゃうか!?」

「ええ、もちろん承知しています。キチガイであるあなたが会話の流れというものにまったく興味がなくて、他人の話に“割り込むこと”への罪悪感も持っていないというのは、これまでの言動から充分過ぎるほど学習済みです。なので、常識だとか配慮だとか、そういった人並みレベルの気遣いを、今さら求めるつもりはありません。求めていないというかそもそも、できるはずがないとも思っていますし。……ええ、そこに関しては、完全に諦めています」

 

「けけけけけけ!! ビューティフルストーリー!! パーフェクトライフ!! ワン、キル・あなた!! これこそミーとユーでクリエイトする――メイクドラーーーーマ!!」

 

 

 .....まるで話が通じ合っていない。ただただ、互いに言いたい事を自分の世界で吐き続けているだけ。

 両者共方向性こそは全く違うが、どちらも狂気じみた言動を持つ魔人。

 それがかち合うと、こうも常識外れな光景になるのか。

 

 

「……ただ、それでもですね。僕が話していた内容や、そこにあった空気の流れ、それらを“壊すために、あえて割り込んできた”というのなら、それはもう、単なる無神経とかでは済まされないと僕は思うんです。というのも、それって結局、“他人と会話をする”という、誰しもが持っているはずの、最低限の対話権みたいなものを、意図的に、そして一方的に踏みにじってきたってことになりますよね? で、そういう“侵害”が行われたとき、人は非常に不愉快になります。これは感情論であはりません。自分が確かに持っているはずの権利”を、何の理由もなく否定されたように感じるからです……正直な話、“ここで騒ぐこと”を優先して、“他人が積み上げた会話の文脈”を破壊しても構わないと思える神経は、僕には理解できないですし、理解したいとも思えません。でも、仮にそれが逆の立場だったとして、あなたが自分の世界に入り込んで何かを話している途中に、僕がいきなり大声で割り込んで、話題をかっさらっていったら、きっと、あなたも、嫌でしょう? ……いえ、すみません。あなたはその程度のことで嫌になるような人ではありませんでしたね。であれば、馬の耳に念仏なのを承知で言いますが...もし仮に、貴方にわずかでも他者への配慮というものがあるのなら、そのあたり、少しは考慮していただけませんか? そうしてもらえると、僕も助かります」

 

「んっん~♪ 魔力、モア....モア....そして、ワンモア!!」

 

 リクトの聞くにすら値しない無駄な語りを、完全に無視するかのように、レッドアイは闘神の両腕を広げ、眼前に魔力の光を集中させていた。

 レッドアイ程の魔法の使い手が、詠唱にこれだけの時間を要する魔法。

 

 それが意味する事は一つ、彼の必殺技――ミラクルストレートフラッシュである。

 

 

 

「――はぁ....自分の言葉だけ散々推しつけてきておいて、やっぱり僕の言葉は無視、ですか....」

 

 

 その様子を見て、リクトも静かに人差し指を前に差し出す。

 指先に魔力が灯り、音もなく黒と白のオーラが渦を巻くように収束していく。

 

「だから嫌なんですよ、貴方と逢うのも、戦うのも」

 

 漂い始めた黒と白の魔力が、互いを打ち消すことなく混ざり合い、指先に凝縮されていく。

 

 

「……光は邪を照らし、黒は理を吞む。二相並びては理を崩し、万象、ただ一点に集う。交わりて還らず、裂かれし現は、終の一閃なり」

 

 詠唱を終え、リクトもまた自らの必殺技を発動する態勢を整える。

 

 ――そして、二人がそれを放ったのはほぼ同時

 

「――キル・すべて!! ミラクルストレートフラーーーーーッシュ!!!!」

 

「――白黒破滅混線」

 

 レッドアイの魔力が一気に爆発し、奔流のような光線が空を裂く。

 一方で、リクトの指先から放たれた白と黒の魔力が混ざり合い、一直線に前方を貫いていく。

 

 両者の技がぶつかり合い、戦場には空気がねじれるような衝撃音が響き渡った。

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

「――おい、ケイブピョン。これは何だ?」

 

 モニター越しに、戦場の様子を見ていたケイブリスが、声を低くした様子でそう問いかける。

 

「見て分かりません? 決戦に敗北し、撤退戦を強いられるケイブリス派と、それを追撃するホーネット派ですよ。つまり貴方の軍が負けてます」

 

「当たり前の様に説明してんじゃねぇよ!! こっちが撤退強いられてんのはもう分かってらぁ!! 問題はそっちじゃねぇ!!」

 

 煽っているのか本気で言っているのか分からない、どこか人を食ったような口調に、ケイブリスは苛立ちを増していく。

 そして拳を握りしめながら、彼はモニターに映る黒服の少年を指差した。

 

「どこのどいつだよこの“リクト”ってクソガキはぁ!! こんな魔人、おらぁ知らねぇぞ!! 何だコイツァ!? レッドアイの野郎と真正面からバカスカ撃ち合いやがって!!」

 

 モニター越しの映像に映る戦場。その中で、レッドアイ相手に一歩も引かず応戦している黒服の少年の姿に、ケイブリスは心底不機嫌と言わんばかりに怒鳴った。

 

 なぜこんな得体の知れない魔人が戦場に、しかもホーネットの野郎の側でいる?

 疑念と苛立ちが入り混じった怒声を、ケイブリスは傍にいたケイブピョンにぶつける。

 

 だがケイブピョンはそんな怒声等どこ吹く風。

 ポケットから一本のキュウリを取り出し、無造作にそれをガリガリと齧りながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「....魔人・リクト=アスベール。高度な闇魔法と光魔法を扱う魔人ですね。生まれた頃から故郷でその異才を忌むべきものとして扱われ、村の麓で捨てられていた所を、魔王ジルが見つけ、そして気まぐれに血を分け与えた、人間出身の魔人です」

 

「....魔王ジルだと?」

 

 ケイブリスの声が軽く震えた。

 その名を出すことは彼にとって、未だに恐怖を意味する物であった。

 

「えぇ、魔王ジルの頃に創られ、その後もよく表舞台に登場している魔人です。こちらの世界ではかなり有名ですよ? 知名度で言うなら魔物界で彼を知らない魔物なんて居ないでしょうし、人類の間でも奥地までいけば怪しいですが、ゼスやヘルマンでも彼を知らない者は居ないんじゃないですか?」 

 

  その言葉の後、ケイブピョンは人指し指を真っ直ぐに立て、『そして』、と付け加える。

 

「強さで言うなれば、単純に攻撃魔法の撃ち合いだけで考えた場合、魔物界で勝負になるのは、ホーネットとレッドアイだけでしょう。逆もまた然りですが。しかもその上厄介なのが、原理不明な、魔法すら打ち落とす重力操作。よしんば近接戦闘に持ち込めたとしても、彼に傷をつけるのは、相当難しいでしょうねー」

 

 まるで観戦中のスポーツ解説でもしているかのように、ケイブピョンは他人事のような調子でリクトの戦闘力を語る。

 どこか楽しげですらあるその口ぶりに、ケイブリスは露骨に面白くないという表情を見せ、ケッと唾を吐き捨てた。

 

「後、めっちゃ饒舌...というか、なんでしょう。なんか、滅茶苦茶喋ります。ぶっちゃけ、僕は彼と会話したくないですね」

「まぁそれはそうだ」

 

 この世界に来てから、恐らく二人の意見が初めて重なった瞬間である。

 

「....で、結局――」

 

「あぁ、すみません。ケイブリス様が気になるのはなんで彼が存在しているかという所ですよね。ハハッ、いやぁ申し訳ないです」

 

「....」

 

 ケイブリスの言葉を遮り、へらへらと笑いながら誠意のない謝罪をケイブピョンは行う。

 相変わらずの舐め腐った態度に、ケイブリスの怒りのボルテージが徐々に上がっていくが、それ以上に話の内容は肝心になる所なので、一先ずそれを聞く事にした。

 

「まぁこれは端的に言うと、変更要素ですね。ケイブリス様も自覚しているでしょうが、このままやっても、貴方にとってあまりにイージーすぎるじゃないですか。それだと面白くないという事で、上の人たちが協議し合って、色んな変更を加えました。ディーエルシー? 的なものです」

 

「....追加要素ってことか?」

 

 ケイブリスが視線を落とし、ケイブピョンの言葉を要約する。

 

「あぁ、そうです。そういうことです。その最もたるのが、“魔人の追加”ですね。ケイブリス派がホーネット派を圧倒できていた最大の理由――それは、魔人の数の差でした。だからこそ、元々5対8だったところに調整が入って、ホーネット派に6体、ケイブリス派にも3体、魔人がそれぞれ追加されました。これで11対11! 互角の勝負!!」

 

 ケイブピョンは、どこか楽しげにその言葉を綴る。

 だが、その口はまだ止まらない。

 

「……あ、でもケイブリス様って、戦場に出ませんよね? となると……戦力にカウントできないかも? あちゃー、これ、もしかして――不利かもしれませんねぇ?」

 

「……」

 

 ――ドシンッ!!

 

 ケイブピョンが言い終えた、その直後。間髪入れずに振るわれたケイブリスの拳が、真正面から彼の顔面を捉えた。

 

 乾いた衝撃音と共に、ケイブピョンの身体が壁へ向かって吹き飛ぶ。

 そのまま背中からゴンッと壁に激突し、ずるずると崩れ落ちた。

 

「.....いったいですねぇ、ほんと」

 

 全身から血を吹き出し、口からも血反吐を吐きながら、ケイブピョンは壁に崩れ落ちる。だが、それが致命傷になった様子は一切ない。

 数秒後にはケロリと立ち上がり、床に落ちていた食べかけのキュウリを拾い上げると、何事もなかったかのようにガリガリと齧り始めた。

 

「……次はぶっ殺すからな、テメェ」

 

 苛立ちを押し殺した低い声で、ケイブリスが睨みつけながら警告する。

 

「……はぁ~い、気をつけま~す」

 

 ケイブピョンは片手を軽く挙げ、間延びした返事を返す。だがその顔に、反省の色はまるでない。

 

 ケイブリスは、それに少し不気味さを感じながらも、先程の話を続ける事にした。

 

「...で、その追加されたホーネットの魔人。その中の一人が....このクソガキってことかよ」

 

「はい、そうです。追加魔人でもかなり上の方ですよ、彼。現状ではホーネット派の中で魔人シルキィと3位争いって感じじゃないですか?」

 

「....ふーん」

 

 一拍置いてから、ケイブリスが目を細める。

 

 

 ――成程。3位ってこたぁ、こいつがホーネット派の中でシルキィの次につええ事か。ならばホーネット側で追加された魔人の内、一番強いのがこのリクトってガキな訳だ。 まぁ、それも当然か。レッドアイと真正面から撃ち合って引けを取らねぇ奴だ。そいつより上の魔人がさらに追加されてるだなんて、そんな都合の悪い話、あるわけねぇ。とすれば……リクト=レッドアイが互角であると考えた上で――残り5体は、全員レッドアイ以下。それならまぁ、カスケードバウを落とされたとはいえ、まだなんとかなる。

 

 

 リクト=レッドアイという方程式を前提にしながら、そんな希望的観測をへへへと頭に浮かべるケイブリス。 

 だが、その希望的観測は、最初の一言、“リクトが3位である”という部分の聞き間違いから、すでに崩れている訳で。

 

 ――あ? 3位、争いだと

 

「....おい待て。お前、3位”争い”ってどういう――」

 

「....おや、こっちでも魔人同士の衝突が起きているみたいです。見てみましょうか」

 

 そんなケイブリスを無視して、ケイブピョンは再びモニターに映った画面を指差した。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 荒野の広がるカスケードバウ。

 その一角にだけ、異様に積もる雷雲があった。

 

 空からは断続的に雷鳴が轟き、地を震わせるように稲妻が奔る。

 その雷の中心で、藍色の電撃を身に纏った青年が、ただひたすら、拳を振り下ろしていた。

 

「オラオラオラオラオラァァ!!」

 

 拳が叩きつけられる先には、真っ白な装甲。

 あまりに堅牢で、あまりに無機質なそれは、何度殴られても崩れる気配を見せない。

 

「……流石の猛攻ね、レイ。また少し、腕を上げたんじゃない?」

 

 淡々と、どこか楽しげに応じるのは、その装甲の内にいる女。

 その余裕ある口ぶりが、雷撃を纏った青年、魔人レイの逆鱗に触れる。

 

「ふざけてんじゃねぇぇぇぇぞ!! クソアマァァァ!!」

 

 怒声と共に、拳を更に叩きこむ。迸る雷が地を焦がし、空気を震わせる。

 

 ――ホーネット派魔人、魔人シルキィ・リトルレーズン

 ――ケイブリス派魔人、魔人レイ

 

 両者の激突が、今まさに始まっていた。




どうも、更新がこれだけ遅いのにも関わらず読んでいただきありがとうございます...。
次話ではまた新しい魔人を出すつもりです。良ければご期待ください。
魔人リクトのモデルは....ほら、あいつです。タイムリープ系作品の....なろうに投稿されているノベルの....敵組織の強欲担当の....ノミ以下のあいつです。
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