今日の夕飯係は私。特別なことはしない。お米を研いで炊飯器のスイッチを入れる。豆腐と乾燥わかめを使った味噌汁を作る。あとは、スーパーで売れ残った安い惣菜を買ってくる、同居人を待つだけである。
「ただいまー」
「おかえり、楓」
疲れた〜、と、床に倒れ込む女を無視して惣菜を取り、ちゃぶ台に向かう。この女を慰めるのは、惣菜を均等に、いや楓にちょっと多めに分けた後の方がいいと思ったからだ。
「た〜て〜な〜い〜。抱っこしてよりんりん〜」
玄関の方からする声によると、楓はどうやら立つこともままならないらしい。
「おおげさな…ちょっと待ってて」
レンジの中に惣菜を入れると、玄関でうつ伏せになっている楓の手を取ろうとした瞬間、彼女は私を押し倒した。
「…なんのつもり」
「今日一日、りんりんに会えなくて寂しかったんだよー?慰めて欲しいなーって」
じゃあ着替えて飯食ってからにしろ、という前に、レンジが惣菜を取り出せとやかましい音を立てる。
「…ご飯食べてからね」
「ちぇー」
「早く着替えてきて」
「りょーかい…あ」
「どうしたの?」
「脱がせてよ」
「はあ?」
「いいじゃんいいじゃん!もうそんなこと気にする関係じゃないんだし」
「どうせ脱ぐだけじゃ終わらないでしょ。そういうのはご飯食べて、お風呂入ってからね」
「お母さんか!いや、奥さんか」
最後の楓の言葉は否定せず、私は私の仕事を終わらせる。惣菜を分けると調理に使った洗い物を済ませ、着替えている楓を待つ。
楓と私には大きな差がある。自分の衝動に正直で、でも相手が本気で嫌がることはしない、自他の幸福を最大限に見出そうとするのが楓。対して私は、相手が嫌がる「可能性」があるだけで物事を諦める、相手の幸福も自分の幸福も考えない、自分勝手な人間だ。
そんな自分に、なんで楓は寄り添ってくれるのだろう。
夕食の支度を終え、物思いに耽っていると、楓がちゃぶ台に向かい合うように座る。帰ってきたスーツ姿とは違い、下着にキャミソールだけと、およそ同性の同居人にも見せる格好ではない。
「そんじゃ、今日も1日、お疲れ気味でした!と」
いつのまにか冷蔵庫から取り出した缶ビールに、私も水が注いであるグラスで乾杯する。よく見ると、今日楓が買ってきた惣菜は焼き鳥に唐揚げと、世間一般でビールに合うとされる食べ物ばかりだった。
ビールに好きな惣菜とくると、これは嫌な予感しかしない。
「聞いてよりんりんー。今日部長がさー」
同姓の恋人がいることを延々と揶揄われたらしい。生きづらそう、親が悲しむ、とか。
「2人とも親がいないって言うと、途端に黙ってさー。親がいないと教育もなってないって捨て台詞吐いてったよ」
気がつくとビールの空き缶は3本に増えていた。彼女は確かに私より酒は強いが、休憩もせずにこんなに飲むと…。
「あのくそぶちょー…こんどあったらただじゃおかないんだからぁ…りんりんはさいこうのおよめさんなんだらねぇ…」
彼女が机に突っ伏すのを確認すると、ぼそりとつぶやく。
「私が好きになるのは楓だけだよ」
食事の洗い物を済ませると、楓の嫌いな上司の臭いを落とすために、スーツへ念入りに消臭スプレーをかける。楓の嫌いな人間は、私も嫌いだから。
「お風呂沸いたよー。先入るー?」
楓からの返事が無いことを確認すると、服を脱ぎ始める。いざ入ろうとした矢先に、後ろから抱きしめられる。私は、振り返らずに咎める。
「お風呂入ってから」
「やだ」
「やだじゃない。代わりに、一緒に入る?」
「…うん」
「じゃあほら。服脱いで」
「…むり」
「…はあ。ほら、腕あげて」
薄着の楓を脱がすのはすぐに済んだ。いつもは活発な楓だが、今日はやけにおとなしい。
楓の体を洗い湯船に浸からせると、今度は私も自分の体を済ませる。その間、楓は何も話さなかった。
私は楓に抱きしめられるように湯船に浸かる。楓の方があらゆる部分で体が大きい。楓の顔は見えないが、楓自身も私に見て欲しい顔をしてないからだろう。普段なら、私の顔を両手で押さえて自分の顔を見るように仕向けるような人間だから。
「…私も好きなのは凛だけだよ」
ふと、楓がそう呟く。私は振り返らず、楓の手を握る。
「聞いてたんだ」
「凛のいじわる。なんで直接言ってくれないの?」
「だって、恥ずかしいし…」
「エッチするときはあんなに好きって言ってくれるのに?」
「…うるさい。のぼせる前に出るよ」
楓の体をタオルで拭くと、楓はもう大丈夫だと、先ほどと同じ、キャミソールに下着だけのまま、ドライヤー片手に脱衣所を出ていった。
長い髪を丁寧に乾かす楓の姿は、酔いが覚めたのかいつものように「かっこいい戸塚楓」になっていた。しかし、多くの人が抱く楓とは違う、先ほどの弱音を漏らす楓を自分だけが独り占めしているのだと思うと、自然と頬が綻んでしまった。
私もパジャマを着てベッドに寝転がると、またもや楓に後ろから抱きつかれる。今度腕だけではなく、足まで絡めてきた。これはもう、今度こそ、逃すつもりはないということだろう。
「こんなに待ったんだから、いいでしょ?」
「うん。よく我慢した。えらい」
「ふふーん。もっと褒めて」
「楓はかっこいい。楓は胸が大きい。楓は頭がいい。楓は優しい。楓はエッチが上手い。楓は」
「凛のことが好き」
意図しない形で言葉を遮られる。楓の好きなところなんていくらでも言えるのに。むしろ、もっと言わせて欲しかった。
「私ね、凛が私のことを好きなのと同じくらい、いやもっと、凛のことが好きなんだよ。だから」
耳元で、楓は言い聞かせるように囁く。
「私が、凛から離れるなんて、ありえないから」
顔は、見せられない。きっと、茹蛸みたいに顔は真っ赤で、嬉しくて涙が出てしまっているだろうから。
抱きしめていた楓の手が、私のパジャマのボタンを外していく。その次はズボン、その次は下着。
「楓、こっち向いて」
赤面した顔を向けたくはなかったが、
「私、凛のことが好き」
「私も、楓が大好き」
私は楓の愛だけは唯一この世で信じられる。同じように、楓も私からの愛だけを信じてくれている。それが、私と楓の全て。それ以外の邪魔なものはいらない。このワンルームには、幸せな
続くかは知らない