現代魔法術はアプリで効率化!私は私の魔法術を極めたい   作:サモア リナン

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息切れだ!
もう走れない


第13話 詰め込まれた真実

 

 

三重県南部――

湿気を孕んだ重苦しい森の奥、春佳奈は濡れた地面に足を取られながら、一歩ずつ慎重に進んでいた。

衣服の裾は泥で汚れ、まとわりつく空気が呼吸さえ重たくさせる。

 

その先に――

信じたくない光景が、広がっていた。

 

「……星璃愛……ほんとうに……あなたなの……?」

 

しぼり出すような声だった。けれど、その問いに、彼女は笑みを浮かべる。

懐かしいはずのその微笑み。けれど、瞳の奥に宿っていたのは、もう、あの頃の無邪気さではなかった。

代わりにそこにあったのは、深く沈んだ澱のような、静かな哀しみ。

 

その隣に立つのは、かつて心から憧れた先輩――奏。

誰よりも優しくて、強くて、真っ直ぐで……何より、信じていた人だった。

 

けれど今、星璃愛と奏は、黒いオーガと巨大なスライムを従えて、

春佳奈の目の前で、まるでこれまでの捜査のすべてを嘲笑うかのように、施設の前に立ちはだかっている。

 

「はる、久しぶり」

 

「待ってたのよ、春佳奈ちゃん」

星璃愛は穏やかに言った。けれどその声には、どこか優しさと痛みがないまぜになっていた。

「……あのとき、ちょっとやりすぎたかもしれないって思った。でも……生きててくれて、本当によかった」

 

「……星璃愛……奏、先輩……」

 

言葉にならなかった。

目の前に立つふたりが、どこか遠くへ行ってしまったように見える。

 

絶対に助けると、あの日、心に誓った友。

その星璃愛が、いまは敵のように並んでいる――

その現実が、春佳奈の心を、静かに、確実に壊していく。

 

(なぜ……どうして、そんな顔ができるの? どうして、そんな目をして……)

(私が、どれほどの思いで今日まで生きてきたか――知らないくせに……!)

 

胸の奥が、ぎゅうっと絞られるように痛い。

 

拳を握りしめた。爪が皮膚に食い込み、唇からは、噛みすぎた血が滲んだ。

(落ち着いて……私。ネオノアが冷静さを保ってくれてる。大丈夫。まだ話は、聞ける……)

 

背後にいた黒峰とふとしが、春佳奈の変化に気づいていた。

 

「……こりゃあ、一体どうなってんだ……?」

黒峰の低い声が、湿った空気に沈んでいく。

 

「……こんなの、あんまりすぎる……」

ふとしの声は震えていた。けれど、その瞳にはどこか、事実を知る者の痛みが浮かんでいた。

 

まとわりつく湿気が、怒りと困惑の熱を笑うかのように、体にまとわりつく。

 

春佳奈はもう一度、星璃愛の名を呼んだ。

 

「……星璃愛……」

 

その名を呼ばれた星璃愛は、ふっと目を伏せ、どこか哀しげに、けれど優しく微笑んだ。

 

「……私がいなくなってから、いろいろあったんだね。今日はね、はるに……どうしても、伝えたいことがあるの」

 

「……なにを言って……」

 

奏の瞳が春佳奈を射抜く。

かつては穏やかだったその目に、今は影が宿っていた。

 

「星璃愛の話を聞いてあげて。……あなたは、“真実”を何も知らなすぎる」

 

星璃愛の背後で、黒オーガが低くうねるように身を揺らす。

不定形のスライムは、波のようにその輪郭を曖昧にしながら、じっとこちらを見つめていた。

 

「――21年前、“境界が崩壊して魔族が人間界に侵攻した”って、授業で習ったでしょ?

あれね……嘘なの。私たちが生まれる前のあの“大災禍”は、ただの侵略なんかじゃない。

本当は――奪われた子どもたちを、仲間を、取り返しに来ただけだったのよ。復讐を胸にした者たちも、いたけど」

 

春佳奈、黒峰、ふとしの三人が、息をのんだ。

 

「魔族の子どもたちは、誘拐されて、人間たちの手で実験された。弄ばれて、壊された。

その命は、“材料”として使われたのよ。何にって……“魔法術アプリ”の開発に」

 

「……うそよ……そんなの……」

 

「嘘じゃないわ」

奏の声が、鋭く切り込んだ。

その目は、まるでかつての奏とは別人のように、冷えていた。

 

「黒オーガは、そのときの生き残り。家族を殺され、仲間を奪われて、ひとり逃げ延びた。

あのスライムも同じ。いくつもの種族の子どもたちを、“混ぜすぎた”結果――最強のキメラを作るという狂った計画の、犠牲者たちの成れの果てよ」

 

黒オーガが、喉の奥で呻くように、低く、悲痛な咆哮を漏らした。

どこか遠くの森の鳥たちが、その声に驚いて飛び立つ。

 

「去年、あなたと突入したあの施設。……魔族の隠れ家だと思ってたでしょ?

でも、違うの。あれは、人間の上級階級が魔族を“飼って”いた場所よ。

“人類繁栄”なんて、お題目のもとに、実験を繰り返し、飽きたら壊して、壊すことにも飽きたら――

人間の子どもにまで、手を出した。ただの娯楽よ。快楽のためだけに、命を弄んでいたの」

 

春佳奈の中で、なにかが崩れ落ちる音がした。

 

信じてきた常識が、積み上げてきた正義が、足元から崩れていく。

 

ネオノアが再びアドレナリンの分泌を抑えようとするが、追いつかない。

春佳奈の心は、真実の重みに締めつけられていた。

 

そのとき――

 

「……私たちばっかり話しちゃってごめんね。でも、私たちも少し驚いてるの。まさか、こんなところで出会えるなんて」

星璃愛が、ふと横目でふとしを見る。優しく、しかし鋭く。

 

「――ねぇ。神宮寺 太くん」

 

ビクリ。

 

ふとしが大きく肩を揺らし、顔を青ざめさせる。額には、びっしりと冷たい汗がにじんでいた。

 

春佳奈は混乱したまま、その様子を見つめる。

 

なぜ――彼に?

 

「ねぇ、聞かせてよ。

10名以上の魔族の子ども、そして同種の人間の子どもの、“命”で<命>を繋いだ体って……どんな感じなの?

何を思って、生きているの?」

 

「う、うう……っ、うあああああ……!」

 

太が頭を抱え、膝を折った。嗚咽のような叫びが、森の奥に響いていく。

 

春佳奈は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

(なにこれ……なにが……どうなってるの……)

 

もはや、思考が追いつかない。

 

ただ、重く、湿った空気が、全てを包み込んでいた。

 




歩くか
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