現代魔法術はアプリで効率化!私は私の魔法術を極めたい 作:サモア リナン
「……神宮寺、太くん」
星璃愛のその一言が、森に漂う重たい空気を切り裂いた。
ふとし――神宮寺太の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。何が起きているのかも掴めないまま、春佳奈はただ茫然と、その光景を見つめていた。
「ねえ、聞かせてよ」
星璃愛の声は冷たい。優しげな雰囲気を纏っていたはずの彼女が、まるで氷のような鋭さを帯びている。
「十人以上の魔族の子どもたち、そして人間の子ども……その“命”で命を繋いできた身体って、どんな感じ? それでも、生きているって……どう思ってるの?」
「う、うぅ……っ、うあああああ……!」
太は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。喉の奥から絞り出されるような叫びが、森の静寂を引き裂く。
春佳奈の思考は、完全に停止していた。
(命で、命を……繋いだ……? 何の話……?)
そんな彼女の横で、奏が静かに口を開いた。
「神宮寺家は、人間国・日本圏で最高峰の魔術アプリ企業『ネクスト』を経営する、神華七家の一つよ」
その名に、春佳奈は覚えがあった。ネクスト――現代魔法技術の最先端を走る、巨大な企業グループ。
「太は、その家に生まれた第四子。けれど、幼い頃から病弱だった。医者には、余命一年も持たないと宣告されたそうよ」
奏の声には、かすかな苦味が滲んでいた。
「……そんな」
春佳奈の口から、思わず声が漏れる。
「神宮寺家は諦めなかった。その時代ごとの最先端の“研究”成果を用いて、彼の命を文字通り“繋ぎ止めた”のよ」
星璃愛の声が続く。彼女の目は、太の背中をまっすぐに見つめていた。
「過酷な投薬、繰り返される検査と手術……その度に、目が覚めるかどうかもわからない恐怖の中で、彼は生きてきた」
太の背中は小刻みに震え、その姿がすべてを物語っている。
「十三歳を過ぎた頃、ようやく病状は安定したらしい。もう特別な治療を受けなくても、普通の人間と同じように生きられるようになったって」
奏が言う。
「でも、その過程で……多くの命が犠牲になったのよ」
春佳奈は息を呑んだ。
星璃愛が言っていた「魔族の子ども、そして人間の子ども」の言葉が、重くのしかかってくる。
太が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、深い絶望と、拭いきれない罪悪感が宿っていた。
「違う……知らなかったんだ……俺は、本当に……!」
「知らなかった?」
星璃愛は、どこか悲しげに微笑んだ。
「本当に一度も疑問に思わなかったの? どうして自分は助かったのか、何が失われてその命があるのかって」
太は言葉に詰まる。拳を握りしめ、視線を地面に落としたまま動けずにいる。
奏が静かに口を開いた。
「彼は気づいていた。心のどこかで、犠牲になった命があることに。でも『自分のせいじゃない』と目を背けて、逃げ続けてきた」
信じられなかった。
いつも明るく、仲間想いだった太が、そんな重い過去を背負っていたなんて――。
「私が知ったのは、ある調査の時だったわ」
奏の声に、春佳奈の視線が引き戻される。
「『ネクスト』の旧研究資料に記されていた、おぞましい実験の記録。奪われた魔族の子どもたち、そして“部品”として扱われた人間の幼い命――それが、彼の命の礎だった」
沈黙の中で、黒峰が低く呻く。
「……マジかよ、そんなのが……」
「ああ、本当さ」
奏が頷く。
「そして、その研究の中心にいたのが神宮寺家だった。太が生きるために行われたことは、決して許されるものじゃない」
「やめてくれ……もう、言わないでくれ……!」
太が叫ぶ。顔を歪め、震えながらその場に蹲る。
春佳奈は、何もできなかった。
(これが……真実? 私たちが信じてきた世界は、こんなにも……歪んでいたの?)
森の空気が、ますます重く湿っていく。
「ちなみにこのスライムはその過程で産まれたのよ、襲われて当然よね」
更なる事実が告げられる。
(私は、本当に何も知ろうとしてこなかったんだな)
星璃愛と奏、その瞳に宿る悲しみと怒りが、言葉以上に真実の重さを伝えていた。
その時だった。星璃愛が、そっと両手を合わせるようにして音を鳴らした。
その表情は、静かで真剣だった。
「嘘は言っていないわ」
春佳奈の目をまっすぐ見据えて、彼女は言う。
「これだけの話をしたのは、あなたに……私たちの仲間になってほしいからよ」
春佳奈は、息を呑んだ。
敵対しているはずの彼女たちが、自分を仲間に誘うなんて――。
奏が、優しく微笑む。
「すぐに答えを出してとは言わないわ。混乱しているでしょうし。でも、三日後の放課後、古研の部室で待ってる。そこで、返事を聞かせて」
彼女は星璃愛に目を向け、頷いた。
黒オーガと巨大スライムを連れて、二人は森の奥へとゆっくり姿を消していった。
春佳奈はただ、その背中を見送ることしかできなかった。
* * *
帰り道の記憶は、曖昧だった。
誰と話したかも、黒峰やふとしの声すら、遠い世界のことのように思えた。
(香坂さんに……報告しなきゃ。でも……こんなの、どうやって?)
思考が霞み、言葉にできない感情だけが胸を占めていく。
その時――
「……春佳奈」
ネオノアが静かに話しかけてきた。
「今回の出来事、香坂さんにそのまま報告したら……どうなると思う?」
「え? どうなるって……それは、普通に――」
「その“対応”を見て、こっちも身の振り方を考えた方がいい。彼女たちが言ったことが本当なら、私たちの世界認識は間違っていた。香坂さんたちが、それをどう受け止め、どう動くか……それを見極めるのは、無駄じゃない」
「……え? そんなの……あり?」
春佳奈の声は震えていた。
それは、信じてきた組織に対する――初めての、疑問だった。
ふとしーー!