現代魔法術はアプリで効率化!私は私の魔法術を極めたい 作:サモア リナン
報告を終えて部屋を出ると、外はすっかり夜の帳に包まれていた。
肌を撫でる夜風はひんやりと冷たく、春佳奈の体温をじわじわと奪っていく。
でも、それ以上に――心の奥でざわつく何かが、まだ収まらなかった。
「……疲れた」
ぽつりと漏らした独り言に、隣を歩く黒峰が苦笑を浮かべた。
「そりゃそうだろ。普通の高校生が、国家機密に足突っ込んで、上司相手に“反旗”みたいなこと言ったんだ。むしろ、今よく立ってるよ」
「反旗じゃないです。意思表示、です」
「……まあ、言い方変えただけで内容は変わらねーけどな」
肩をすくめる黒峰の声は、どこか優しかった。
その後ろを歩く太――ふとしくんは、ずっと無言のままだった。
「……ふとし君」
春佳奈が静かに呼びかけると、太はわずかに顔を上げた。
その瞳には、まだ迷いと後悔が色濃く宿っている。
「……なんで、そんなに……普通なんですか」
その声はかすれ、震えていた。
「僕が……何人の命を踏み台にして、生きてきたかもわからないのに……。
どうして、そんなふうに、隣を歩けるんですか……?」
春佳奈は一瞬言葉を失った。
けれど、逃げるように目を逸らすことなく――彼女は、まっすぐに応えた。
「だって、それは……あなたの“意思”じゃなかったから」
「……」
「確かに、ふとし君の存在は、多くの犠牲の上にあるのかもしれない。
けど、それを望んだのはあなたじゃない。誰かに強いられて、作られた“運命”でしょ?」
春佳奈の瞳が、揺れる太の視線を真っ直ぐにとらえる。
「もし、それが“罪”だというなら……これからどうするかを、自分で選んで。
そこからが、本当の“ふとし君”だから」
太の瞳が、大きく見開かれた。
「……でも、償えることじゃ……ないです」
「じゃあせめて――誰かを守ってよ。あの時の私みたいに。
誰に何を言われても、もう誰も、あんな目に遭わせないために。
そのためなら、私はあなたを何度でも引っ張るよ。何度でも」
重い沈黙が流れる。
けれどその静けさは、拒絶ではなかった。
確かに、その言葉は彼の心に届いていた。
太は、ぽつりと小さくうなずいた。
「……やっぱ、草薙先輩って……すごいですね」
目尻に涙をためて、それでも泣くまいと歯を食いしばる太に、
春佳奈はほんの少しだけ、笑みを浮かべた。
――
同時刻。
地下のとある施設。
かつて「ネクスト」の研究拠点だった廃棄施設の一室。
再建されたその部屋には、奏と佐藤星璃愛の姿があった。
無表情のままデータパネルを見つめる星璃愛。
その画面には、春佳奈たちの行動記録と報告内容が逐一表示されていた。
「――伝わったみたいね」
「……あの子たち、動き始めるよ。たとえ誰に否定されても」
奏が静かに視線を落とす。
「じゃあ……こっちは、“準備”を始めようか」
星璃愛はただ、黙って頷いた。
――
二日後。
春佳奈のスマホに、香坂からの暗号通信が届いた。
その内容は、闇に葬られてきた“現実”の一端だった。
『まだ断定はできない。だが、調査の結果……日本国内の一部研究機関が、魔法術アプリの開発過程で倫理を踏み越えていた可能性が極めて高い』
魔法術アプリ――
今や人々の生活を支える“必需品”。
日常に溶け込み、誰もが使って当たり前と思っている存在。
しかし、その“便利さ”の裏には、血塗られた開発の歴史が眠っていた。
調査班が突き止めたのは、目を背けたくなるような実験記録の数々。
――魔族を母胎に用いた強制妊娠。
――魔を宿す人間を母体にした人体改造。
――胎児の段階での魔力と身体能力の増強。
――個体ごとの“能力設計”と遺伝子構成の編集。
――DNA・RNAを操作した、新人類の創造。
そして――すでに“成功例”が存在していた。
太の過去すら霞むような壮絶な存在がいると言う。
科学と魔法の融合――いや、“歪な融合”。
その成果の一部は、すでに社会に紛れ込んでいるという。
調査結果は緊急扱いで上層部へ提出された。
だが、返ってきたのは冷徹な一文だけだった。
『これは存在しない。即刻、忘れろ』
政府は、この真実を闇に沈めることを選んだ。
なぜなら――
それが表沙汰になれば、魔法術アプリという社会基盤そのものが崩壊しかねないから。
「安定の維持が最優先」
それが彼らの選んだ“正義”だった。
香坂でさえ、それ以上の情報にアクセスすることを許されなかった。
「……私の権限じゃ、ここまでだった。ごめん……」
電話越しの声は、いつもの冷静さを失っていた。
春佳奈は、その報告を黙って聞いていた。
心のどこかで――大きなものが崩れていくのを感じながら。
(それでも、前に進まなきゃ)
風が、わずかに窓辺のカーテンを揺らす。
姿は見えなくても、“敵”は確かに存在している。
でも、彼女はもう目を逸らさない。
次に選ぶのは――自分自身の“意思”。
そして、ついにその日は訪れた。
放課後。
懐かしい古研の部室で、春佳奈は向かい合う。
奏と、佐藤星璃愛――
ふたりに、“答え”を告げるために。
私が選ぶのは――…