1935年7月9日 首都 ベルリン アレクサンダー広場
首相就任演説が始まろうとしていた。
アスペルマイヤー「ドイツ国民の皆さん、そして来賓の皆々方、私の演説のためにきてくれてありがとう。
この度ドイツ国首相に就任したエーリヒ・アスペルマイヤーだ。
さっそくだが、皆の者。我々ドイツはかの大戦で大敗を喫し、主権、領土、多くの賠償金・・・ひどい屈辱をうけた。いまこそ団結し復讐するべきではないか?ヴァイマル共和制これを廃止し、いまこそ神聖なるローマ帝国を復活させることをここに約束しよう。
ここにて宣言する!!!国名を神聖ローマ帝国にし、ヨーロッパを我がものにしようぞ!」
神聖ローマ帝国臣民「うおおおおおおおおおおおお!!!」
ドイツヴァイマル共和制は神聖ローマ帝国に国名を改称した。
これによりイギリス、フランスなど国際連盟常任理事国から強い非難をうけた。
また、アスペルマイヤーは神聖ローマ皇帝に即位した。
それから4年の平和な時が流れた。
1939年8月23日 ソビエト連邦 首都 モスクワ
リッペントロップ「こちらの条件でよろしいですかな?」
モロトフ「ええ、これでポーランドが手に入ります。」
リッペントロップ「条約成立ですかな。」
モロトフ「ではこちらにサインをお願いします。」
ここにて後に独ソ不可侵条約といわれる「モロトフ=リッペントロップ協定」が成立した。
1939年8月26日
神聖ローマ帝国 皇都 ベルリン アスペルマイヤー城
アスペルマイヤー「皆の者集まったかね。」
2年前にできたばかりの巨大城であるアスペルマイヤー城で神聖ローマ帝国の命運を分ける会談が行われようとしていた。
アスペルマイヤー「9月1日に余はポーランドに宣戦を布告することに決めた。9月よりかの大戦の復讐を始めようぞ。大まかな今後の作戦についてマンシュタイン上級大将、説明してくれ。」
マンシュタイン「はっ。これより長期的な作戦を説明いたします。ポーランドにはイギリス、フランスによる独立保障があります。宣戦布告により、イギリス、フランスはすぐにでも我が国に宣戦布告するでしょう。まず国防軍の3割をポーランド侵攻に当てます。ソ連が同時に侵攻する条約なので3割で大丈夫だと思われます。残り7割をフランスによる侵攻に備えます。ハイドリヒ殿によりますとフランス国境に大規模な地下要塞が構築されていますので要塞沿いに1個軍集団を配置し防衛します。バルト三国から迂回し、パリを目指します。以上です。」
アスペルマイヤー「マンシュタイン君ありがとう。みなわかったか。帝国の興廃この一戦にあるぞ。」
会議参加者「はッ!」