本当にゴーグルは必要だった! でも、こんなにセナが速いなんて!
ミルは興奮気味に思った。いまミルはセナに背負われ、凄まじい速度で移動している。
全力でランスの元に行くにはこうするしかないとおんぶ紐を出されたときは、かなり嫌だったが、仕方ないと考え直した。
自分がどんなに頑張っても、セナが走る距離の四分の一すら同じ時間では踏破出来ないだろう。
ゴーグルをつけていなければ、吹き付ける風で目も開けられない。
「大丈夫!? そろそろ休憩しようか!?」セナが言った。
「大丈夫だよ! どんどん行っちゃおう!」
セナは走って走って走りまくった。それこそ最低限の休息だけとり、昼も夜もなく走り続けた。
二人がラジールに到着したのは、走り始めて二日目の夕方のことだった。走り切ったセナはもちろん、背負われているミルもすさまじく消耗している。
こんなに疲れたのは間違いなく冒険者になって初めてだ。
脳内麻薬に突き動かされて、なんとか体を動かすセナは、ミルを降ろすことも忘れて、道を歩く解放軍メンバーに声をかけ、指令室の場所を聞き、直行した。
バァンと扉を開く。中にいる何人かが警戒の声を上げたが、同時にマリアが「セナさん!?」と驚愕したため、警戒を解いた。
ガッガッガと無言でマリアに近づき、肩を掴む。力強いが痛くはない絶妙な力加減は、セナの体に染みついたものだ。
「「ランス(くん)はどこ!?」」セナとミルが同時に言う。
「ラ、ランス? ランスはいま烈火鉱山にヒララ鉱石を取りに行ってもらってるけど」
「いつ!? いつ出発したの!?」
「き、昨日の昼頃です!」
「セナ。こ、これって……」
「む、無理……! 一日の差は今は巻き返せない……!」
きゅーとセナはうつ伏せにぶっ倒れた。背負われているミルもがっくりと力が抜けている。
「なんなの……? どうしてセナさんがここにいるの? なにかあったの?」
「…………全部話しますから、ご飯ください……あとお風呂貸してください……」しくしくと涙を流しながらセナが言う。
「あ、はい」
前もこんなことがあったな。そんな風にマリアは思った。
それから、数時間後、きれいになったセナがニコニコと食事をしている。リーザス軍の面々との自己紹介もすませ、部屋に入ってきた時の切羽詰まった様子は霧散していた。
セナは魔人サテラについてをマリアに話した。
マリアはリーザス軍と共にレッドを奪還しようとしたが失敗したこと。なんだかんだあり、一度解放軍を離れたランスが再度参加してくれたこと。新兵器開発に必要なヒララ鉱石をミリが烈火鉱山に取りに行ったが連絡が取れなくなり、ランス達に状況を確認しに行ってもらったことを簡単に説明した。
「なるほど、確かにそれは危険ですね」セナから事情を聞いたマリアが言った。「ランスだと油断するっていうのも……うん、容易に想像できるわ」
「でしょ? 本当はカスタムで再会したときに思い出せればよかったんだけど……ごめんなさい」
「ううん、仕方ないですよ。あの時、セナさんはランスがリーザスの極秘依頼を受けてるなんて知らなかったんだから」
「私たちも信じてなかったしね」ミルがパンを頬張りながら言った。
「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるわ。マリア
マリアは少し驚いた様子だったが、表情を崩して言った。「ううん。気にしないで、セナちゃん」
セナも驚いたが、すぐに笑顔を浮かべた。近頃、急に友達と呼べる人が増えており、幸せな気持ちだった。
「もう一個お肉お代わりいいですか?」セナは目の前の皿を給仕係に渡した。
「ま、まだ食べるの? もう四人前は食べてるけど……」
「冒険者たるもの、食べられる時に食べられないようでは務まらないよ」
「ふむ。軍人にも繋がることですな」若い二人のやり取りを微笑ましく見ていたバレスが言った。
「あ、ごめんなさいバレスさん。はしたなかったですね」
「いえいえ、この老骨にも元気がいただけるくらいですよ。さすがは最強の冒険者セナ・ベリウール殿です」
「そんな」
セナは頬を掻く。バレスは父を思い出す軍人で、メルドロスを思い出す老人だ。どうしても褒められるとこそばゆい。
「しかし、すさまじいですな。カスタムからラジールまでは隣街とはいえ、かなり距離がある。それを装備を持ち、あまつさえ人ひとり背負いながら一日と少しですか」
「速さには自信がありますから」
「それに加えて凄まじい体力だ。……どうですか? もしよろしければ、我々と共にヘルマン軍と戦ってはいただけませんか?」
「バレスさん!」マリアが思わず声を上げた。
セナはマリアに笑みを向けた。柔らかい笑みで、なんだか今までで一番頼もしい感じだった。
そのままセナはバレスの方を見る。
「私、軍人を殺すのが怖いんです。どうしても、いやなことを思い出すから。それに私は故郷を捨てた身です。リーザスや自由都市地帯のために戦う皆さんと同じ気持ちで戦場に立つことは出来ません」
「そうですか……」
「でも、もうこの戦争には随分多くの友達が関わってしまいました。彼らを死なせたくない。だから、精一杯の協力をさせてください」
バレスは少し驚き、そして破顔した。「同じ気持ちですよ、セナ殿。我々も大切な人を死なせたくないから戦場に立つのです。あなたは正しく我々の戦友だ」
二人は握手を交わした。
「これからよろしくお願いいたします」バレスが感激と共に言った。
「はい。よろしくお願いいたします」
それからも食事が続き、ようやく終わりに差し掛かる頃になると、セナは言った。
「それじゃあ、ミルちゃん。出発は明日の朝になるからね。よく寝といてね」
「え!? 私も連れて行ってくれるの?」
「もちろん! だってミリが行方不明だなんて聞いて心配でしょ? 道案内も必要だしね」
「それは、そうだけど……」
「それに薬は見繕ってくれるし、頼もしい幻獣も召喚できるし、私が作るよりもおいしいものをキャンプで作れるでしょう? こんなに頼もしい仲間はいないよ!」
「確かにミルの心配はわかるけど、さすがに危険じゃないかしら?」マリアが控えめに反対した。
いつもならば、ミルがこの言葉に反発しただろう。しかし、ラジールまでの道中に感じたセナの持つ圧倒的な力を考えると、どうしても自分が足手まといであることがわかってしまう。
「だいじょーぶ!」セナが元気よく言った。「心配しないでマリアちゃん。きっとミリだってこう言うはず。私の近くが一番安全な場所だって。そうでしょ? ミルちゃん」
セナはミルに向かってウインクした。
「……うん、そうだね!」
「でしょ? だからだいじょーぶ、マリアちゃん。カスタムみたいに私が…………」
「……セナちゃん?」急に固まったセナを不思議そうにマリアは見た。
「そ、そ、そ、そ、そーだった! 私、マリアちゃんにカスタムを守るって依頼受けてたんだった! 報酬までもらったのに!」
「え、いやそれはそうだけど──」
「ごめんなさい! ほっぽちゃったっていうつもりだったのに、ご飯なんかにうつつを抜かして!」
「そんな──」
「あ、ああ! 冒険者なんだから依頼のけじめはつけないと! とりあえず、あの服……はカスタムに置いてきちゃったから、あ、ああ! お詫びに今着てるのを!」
「え、きゃあ! 脱がない! こんな所で脱がないのセナちゃん! しかもなんで下から脱ぐの!? せめて上から、上からでしょう!?」
「あーあ、結構カッコいいモードだったのに戻っちゃった」ミルが呆れたように言う。
「セナちゃん! ち、力つよ! お願いセナちゃん話聞いて! 大丈夫! 大丈夫だから!」
ラジールの指令室の姦しい叫び声が響いたのだった。
ランスやミリとの遭遇イベントが起きない場合、セナがバレスと出会った際に恋に落ちる可能性があります。
枯れ専ではないがストライクゾーンの広い女なのです。