くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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人間と魔人

 まさかユニコーンの秘蜜があんなところから出る蜜だなんて……! 

 セナはこの世の不思議さに戦慄した。どうやって手に入れたかはちょっと恥ずかしくてみんなに説明したくないが、ともかく目的のものを手に入れた。しかも、この迷子の森の秘密もいくつかニコに教えてもらえた。間違いなく冒険としては大成功だろう。

 

「やっぱり、ニコちゃんに出口まで送ってもらえばよかったわ。でも、かなり消耗してたし……」

 

 秘蜜を出し過ぎたニコは立ち上がることもできなくなったので、回復するまで木陰で休まざるを得なくなった。

 自分が面倒を見てあげると言ったのだが「それじゃあ、逆効果や……!」と固辞されてしまった。

 

 そんなわけでセナは一人で迷子の森を彷徨うはめになったのだ。ランスたちを見つけられれば心強いが、かなり広いダンジョンな上に、自身の運を考えると期待薄である。

 

「いやいやいや、何を弱気になってるの私! 一人で秘蜜もゲットできたじゃない。きっと今日は冒険運がある日よ。諦めずに合流! あるいは帰還!」

 

 自分を鼓舞して森を歩けど、目に入るのは木と木と木。まっすぐ進めているのか、それともぐるぐる回ってるだけなのかもわからなかった。

 一旦、立ち止って考える。あてもなく歩いていてもおそらくこのダンジョンの奥にも外にも行けない。なにかもっと違うアプローチが必要だ。

 

「そうだ、みらくるみ! ニコちゃんが教えてくれたみらくるみがあれば、何とかできるかも!」

 

 セナは地面に這いつくばってみらくるみを探した。そして彼女自身驚くべきことに一つだけそれらしき実を見つけることが出来た。

 

「あった! すごいやっぱり今日の私はひと味違う! 確かこう。みらくるみー!」

 

 セナがそう唱えると、視界がぼやけはじめ、次の瞬間には景色の違う場所にいた。

 中々に衝撃的な体験だったが、そんな感想は浮かばなかった。

 輪郭を取り戻した景色の中に知った顔が何人もいたからだ。

 

「セナちゃん!? いやナイスタイミング!! さっさと逃げるぞ!!」

「ランスくん!?」

 

 ランス一行──見覚えのない蛮族ファッションの子も一緒だ──が前から走ってくる。その表情は緊張しきっており、何かから逃げているようだった。

 セナがランス達の奥に視線をやるのと、ランスが次の言葉を言うのはほとんど同時だった。

 

「魔人サテラだ!!」

 

 そこには間違いなくリスの洞窟で出会った魔人サテラがいた。

 詳しくはわからないがセナが迷子になってる間に、ランス達はサテラに襲われたらしいことは察せられた。

 当のサテラはなぜか小さい生き物にまとわりつかれている。これまた詳しくはわからないが、足止めをしてくれているように思えた。

 

 セナはランス達についていくように走り始める。だが、視線はサテラから外さない。奴は危険だ。完全に背中を向けるのはリスクが大きすぎる。

 

 そして、サテラもセナに気が付く。鬱陶しそうにしかめていた顔に、憎悪の色が浮かび始めた。

 

「セナ……! イシス!!」

 

 サテラの一声でイシスが弾けた。少なくともセナにはそう見えた。

 ごつごつとした石でその肉体を形作られているガーディアン。その体中を覆う石片が飛び散ったのだ。

 サテラの周りを飛び回っていた小さな生き物たちは飛び散ったものにぶつかって絶命した。そして石片はイシスの体に戻っていく。

 

「げっ! なんじゃそりゃ!」ランスが言う。

「あんなの、この前戦ったときにはやらなかった」セナが呟く。

 

 あるいは出来なかったのか。ともかくサテラを阻むものはもはやない。魔人がランス達に向かってくる。

 セナは剣を抜いた。その目をサテラから離さないまま、荷物をミリへと投げ渡した。

 

「持って帰って! 中にユニコーンの秘蜜が入ってるわ!」

「なに!? でも、お前はどうすんだ!?」

「足止めがいる……! できるのは私だけ……!」

「死ぬなよ! セナちゃん!」ランスが言った。

「おい! マジかよランス!?」ミリが叫ぶ。

「他に手はない!」

「……くそ!」

 

 ミリは最後まで納得いかなそうに走っていった。

 セナは覚悟を決め、数歩踏み込み、サテラ達を間合いに捉える。

 狙うは最も速いイシスの足。それがつぶれればセナが逃げるのも可能だ。

 

「ビリー・ギリー」

 

 セナの必殺剣が繰り出される。文句なしの一撃。

 しかし、剣も魔法も、イシスとセナの間に入ってきたサテラの無敵結界によって防がれた。

 

 勘弁してよ。それやられたら、こっちに手だてがないじゃない。

 

 心の中で悪態をつくセナ。それでもイシスの反撃には反応し、体をそらして避けた。

 その瞬間、再びイシスが弾ける。そして理解する。この面の攻撃は自分を捉えるために生み出されたものだと。

 

「ぐがっ!」

 

 細かな破片が体に突き刺さり、衝撃でセナは吹き飛ばされた。

 脳が揺れる。それでもすぐに構えをとることが出来たのは、日ごろの訓練と意地のおかげだ。

 追撃は来ない。サテラは立ち止り、実に愉快そうにセナを見ている。

 

「ようやく血を流したな、ソードダンサー。今日はたくさんそれを流すことになるぞ。お前が死ぬまでな」

「あら、私を覚えてくれてたなんて光栄だわ。それに対策までしてきてもらっちゃって。悪いわね」

「……お前にわかるか? 人間ごときのために完璧な形で生み出したガーディアンに手を加えることになったサテラの気持ちが!」

「あら、ごめんなさい。わかりたくもないわ」

「それなら、なにも理解できぬまま死ね!」

 

 サテラがもう一度突っ込んでくる。以前とは打って変わってガーディアンを自分の後ろに配置し、自分は完全に彼らの盾になるつもりだ。

 セナはダメージによってぼやける思考をなんとか纏めながら攻撃する。しかし、サテラの無敵結界に阻まれ、再びイシスの反撃が飛んできた。

 

「っ魔法バリア!」

 

 咄嗟に唱えた魔法のおかげで、先ほどよりも体に刺さる石片は少ない。間を置かず放たれるシーザーの拳は身をひねって避ける。

 そのまま回転を利用して放たれた反撃は、サテラが素早く伸ばしてきた腕によって阻まれた。

 

 セナは一度距離をとり、口の中に溜まった血を吐いた。

 ただでさえ久しく受けていないダメージのせいで鈍る剣を、全身全霊で受け止めることだけ考えるサテラをかいくぐってガーディアンに当てることは至難の業だった。

 

 相手は私用の対策を考えてきてる! 私は全然思いついてないのに! 

 

 少しも回復する間は与えられず、サテラはセナに肉薄した。剣を弾かれて隙を作られてしまえば、再びイシスの攻撃を浴びる。そろそろダメージが無視できなくなる頃だ。

 

 一旦、思考の時間を作らなきゃ! 

 

 セナは飛びのき、その瞬間、イシスは弾ける。しかし、それに備えていたセナの剣は素早く自身に向かう石片をすべて弾き飛ばした。

 

 だがそれは罠だった。

 

 左腕が突然熱に襲われ、体が吹き飛び、そうしてようやく音が追いついてくる。バチンと空気が弾ける音がした。

 音速を超える速度で振るわれた鞭がセナの左腕に直撃したのだ。サテラはずっとこの機会を伺っていた。自分が防御に徹しているとセナが思い込むその瞬間を。

 

 皮膚が剥がされた左腕から血があふれてくる。しかし、鞭の神髄はこの傷などではない。

 痛みだ。痛みこそが鞭の武器なのだ。

 

「あ、あ、あがああああああああああああー!!!!」セナが叫び声をあげる。人生でこれほどの痛みを味わったのは初めてだった。

「あははははははははははは!! そうだ!! ようやくそれらしくなったじゃないか!! 人間ごときがサテラに逆らったことを後悔しろ!! お前が死ぬまでじっくりこの痛みを与え続けてやるぞ!!」

 

 サテラがサディスティックに笑い声をあげているが、セナには聞こえなかった。あまりに痛みが強すぎた。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い、やだやだやだやだやだ、痛い痛い助けて家に帰りたい痛いやだ助けて────!! 

 

 最強の冒険者の心が音を立てて崩れていく。彼女は今まで痛みと恐怖を真の意味で理解してはいなかったのだ。才能がセナにそれらを知る機会を与えなかった。

 戦いとは本来、痛みと恐怖をお互いが支払って成立するものである。片方がそれを欠いているならば、それは蹂躙であり、戦いではない。

 セナは人生で一度たりとも戦ってなどいなかったのだ。そのことに気が付けなかったのは彼女の不運である。

 その不運がいまついに彼女を破壊しようとしていた。

 

「そら、もう一度だ!」

 

 サテラが鞭をふるう。今度はさっきよりも大きく、痛みをもっと感じさせるように。

 セナはまだうずくまっている。いままで生きてきて積み上げたすべては、ただ一度の痛みで放棄された。それほどまでに痛みは力を持っている。

 

 つまり崩れ去ったものの中から現れたものは、もっともセナの本質に近いものだった。

 

 音はやはり遅れて到達する。サテラの鞭が空気をたたく音。それより鋭くセナの剣が空気を断つ音。

 それが響いた時にはセナを完全に破壊するはずの鞭の先はセナに斬られて宙に舞っていた。

 

 鞭より早く動いたのか!? これは音速を超える武器なんだぞ!? 

 

 サテラは戦慄し、笑顔を引っ込めてセナを睨みつける。

 セナはふらふらと立ち上がった。その表情をサテラはよく知っている。恐怖だ。焦点の定まらない目をして、涙で顔を汚し、奥歯をがちがちと鳴らしている。何度も見たことのある死の直前の最も無様な顔だ。

 だが同時に体からは信じられないほどの怒気を発している。ちぐはぐだ。かえってそれがサテラの警戒心をより一層強くした。

 

「イシス! セナを殺せ!」

「うわああああ!!!」

 

 セナは明らかに恐怖の声を上げながら反撃した。当然、サテラが間に入り、無敵結界で防御する。先ほどまでとは比べ物にならないほど雑な剣。鋭さはない。だが重い。

 イシスの攻撃がセナに向かう。どうやって避けてもいなしても、飛び散る装甲によってダメージは避けられない。怯んだ隙にもう一度鞭で心をたたき折る。サテラはそうしようとした。

 

 しかし、セナは避けなかった。いなさなかった。正確に魔法バリアでイシスの攻撃を受け止める。当然、それで守り切れるはずもない。わずかに貫通したイシスの腕がセナにぶつかりダメージを与える。

 それでも、セナはサテラの目の前からどかない。イシスの腕が当たると同時にもう一度、あの雑な剣をサテラにぶつける。

 ぶつけるぶつけるぶつける。その間、イシスとシーザーが攻撃を繰り出すが、死なない程度のダメージに抑え、セナは何度も何度も無様な剣を叩き込んだ。

 

 当然、ダメージなどありはしない。だが無敵結界は剣撃を防いでもそこから漏れ出す衝撃は防ぐことが出来ない。あまりの猛攻にサテラがほんの少しだけ体勢を崩した。

 

「ぐっ、なっ!」

 

 そのタイミングでセナが動きを止めた。剣はまだ無敵結界に当てられている。セナもまだ涙を流している。

 だがサテラは見た。セナの目に意識が戻ったのを。

 

「あ、は!」

「シーザー!」

「フン!」

 

 シーザーがセナに向かって拳を振るうが、セナはその拳を踏み台のようにつかってサテラたちから距離をとった。

 

「あ、はは! うぇ、ぐず……あるんだ……! やっぱり、お前たちにも抜け道が! オエッはぁはぁ」

 

 セナはまだボロボロと涙を流しながら言った。

 先ほどまでのイカレきった雰囲気とも、以前の余裕のある雰囲気とも違う。

 サテラを怖がっていて、怒っていて、そして楽しんでいる。

 

「見つけてやる……! もっと! 全部! それで……殺してやる!」

「イシ──」

 

 言葉が終わる前にサテラの視界はセナの左手でいっぱいになった。恐ろしい速度でセナはサテラの頭を鷲掴みするように跳んできたのだ。

 しかし、セナは無敵結界に弾かれてサテラの後方にその勢いのままふっとんだ。

 

「素手なら触れるわけじゃない! 止まるんじゃなく弾かれたぁ! つまり形は楕円! 体から等距離に展開されてる!」狂ったように立ち上がりながらセナが叫ぶ。

 

 再び近づいてきたセナは剣を薙ぐ。剣はサテラに弾かれ、上向きに滑っていった。サテラ達の行動よりも早く、切り返された剣がサテラに向かう。今度は無敵結界によってびたっと止められた。受け流されなかった衝撃が、サテラに響く。

 

「楕円、実証!!」セナが狂ったように叫んだ。

 

 イシスの攻撃がセナに向かう。死角からの一撃だったが、フルスロットルのセナは当然のように回避する。しかし、イシスもそれは織り込み済みで再び装甲を飛び散らせた。

 

「死爆!」

「なっ!」

 

 全員が密着した状態で広範囲の魔法が放たれる。サテラ、シーザー、イシスはもちろん、セナも巻き込まれた。まったく加減のない一発に、小さくなっていたイシスの破片は彼に戻っていけないほど細かく破壊された。

 その爆風によって、サテラも少し後ろに飛ばされる。シーザーほどの装甲をもってして、ようやく防げる攻撃だった。だというのにセナはその場に立っていた。死爆でひどく傷ついているが一歩も動いていない。

 サテラは目を見開いた。種を明かせば粘着地面である。吹き飛ばされれば、この攻撃にどのような効果があったのかを知ることが出来ない。そのために爆風を少し軽減することを捨てて、セナはその場に立ち続けたのだ。

 

「なるほど、あんたらが防げるのは直接的なもんだけなのね」

「なんだ、なんなんだお前は!」

「ううう、大きな声出さないでよ! 見える見える!」

 

 本来、光源となる小さな太陽を出すだけの呪文に凄まじい魔力を込める。結果、光は過剰になり、一瞬サテラの目をくらませた。

 その時、初めてセナが自分の剣を両手で持った。早く鋭く振ることに人生を費やしてきたが、脳裏に浮かぶのは荒々しいランスの剣だった。

 

 サテラの脳天めがけてまっすぐ振り下ろされた剣にどんな意図があるのか、イシスにはわからなかった。セナと戦うときにはサテラの盾にはなるなという命令を忘れていたわけでもなかった。

 それでもイシスは自身の腕でセナの剣を受け止めた。人間とは思えない膂力によって、勢いが死にきらないまま振り下ろされる。

 そして、セナの剣がイシスの腕ごと無敵結界に叩きつけられた。いままでで一番の衝撃がサテラの体に走るが、同時に斬り落とされたイシスの腕によって与えられる精神への衝撃の方が強かった。

 

「イシス!」

「使徒だからって結界を無視できるわけじゃない! 体を使っても攻撃は通らない!」

 

 セナが再び剣を振りかぶる。サテラ達は今度は全員が反応した。だがそれはフェイク。セナは後ろに飛んで再び距離をとった。

 さすがのサテラ達もこのパターンは何度か経験済みである。全員が迅速にセナとの距離を詰めるために前に出ようとする。

 

「粘着地面」

「はぁ!?」

 

 驚くべき速度と精度で繰り出された魔法は、サテラとイシスのみをその場に留めた。結果としてシーザーだけが前に出る形となってしまった。

 

「お前が怖い……! お前が憎い……! ビリー・ギリー!」

 

 ライトニングレーザーと袈裟斬りがシーザーの左肩にさく裂する。イシスとは比べ物にならない硬度を持つがゆえに多少切り込まれるだけに済むが、衝撃で足は止まる。ただでさえこの戦いの中で明確に速度で劣るシーザーには致命的な停止だった。

 

「ビリー・ギリー! ビリー・ギリー! ビリー・ギリー!! ビリー・ギリー!! ビリー・ギリー!!! ビリー・ギリー!!!!」

「グ、グガ……」

 

 狂気じみた技術による連打だった。寸分たがわず同じ個所にぶつけられた必殺剣はついにシーザーの胸の中ほどまで切り込み、このガーディアンの両膝をつかせる。

 もちろん、セナは息も絶え絶えだ。それでも生きている。闘志も消えてはいない。

 

 サテラは粘着地面を引きちぎった。片腕でバランスが取れずに同じことが出来ないイシスを残して、サテラはセナに近づく。止めるようにイシスが頭を動かすがサテラは歩み続けた。もはや自分の手で決着をつけなければ気が済まなかった。

 サテラの心の中は怒りであふれている。しかし、焦りや困惑、そして全く説明のつかない感情も含まれていることは間違いなかった。

 

 ついに人間と魔人は二人で向き合う。サテラはセナの涙がようやく乾いているのに気が付いた。セナもサテラの表情から初めて嘲りが消えていることに気が付いた。

 

「……魔人、サテラ……」

「なんだ、ソードダンサー、セナ」

「……ここまでで私は気が付いた。お前は剣を防げるがそこから出た衝撃は防げない。魔法を防げるが魔法が起こした副次的なものは防げない。だから、粘着地面も効く。そして、いま二人で向き合って初めて気が付いたけど、お前は息をしてる」

「だからなんだ。お前の息はもうすぐ止まる」

「お前もそうなる。私が斬って斬ってお前を地面に倒して、粘着地面で口と鼻をふさげば、お前は死ぬ……! 窒息して死ぬ……!」

 

 初めてサテラの背中に冷たいものが流れた。

 

「やってみろ……!」サテラが凶暴な笑みで言う。

「乞われなくてもやってあげるわ……!」

 

 先に動いたサテラよりもセナの剣は早く無敵結界に到達した。次の剣もその次の剣も、やはりサテラよりも速い。今までと違うのはそれらに明確な意識が乗っていることだ。すべてが素早く重い、そして一切の衝撃をサテラに与えるように打ち込まれている。

 あまりの猛攻にサテラは片膝をついた。それでもサテラの反撃の意思は消えていない。絶技と言える攻撃によってことごとく反撃をつぶされながら、それでも鞭をふるおうと力を込めている。

 

 そしてついにそれは振るわれた。幾百にも及ぶ斬撃に晒されながらも、ただ一度の鞭による横薙ぎで状況を一変させた。

 

 しまった! にもかかわらず、サテラの心に浮かんだ言葉はこれである。

 

 がむしゃらに振るった鞭はセナの皮鎧の上から左胸に叩き込まれた。魔人による一撃。当然、セナの体は飛ばされ、肋骨は折れるが、死んではいない。

 鞭は皮膚に当てることで痛みを与える武器だ。皮鎧に当てては効果半減。当然、セナのような者を屈させるには及ばない。

 

 セナは幽鬼のように立ち上がると、ぐらぐらと足取りを揺らしながらも再びサテラに向き合った。サテラもどうしてだかそうなるまで彼女を待ってしまった。

 

「さぁ、続けましょうか」ほとんど死人のような顔色でセナは言った。

 

 セナは剣を振りかぶった。衝撃が来る。だがそれが最後の一撃だった。

 

 セナよりも先に限界が来たのは彼女の剣の方だった。無敵結界に触れると同時に粉々に砕け散り、セナの手には握りだけが残った。

 勢いを殺せずにセナは前のめりに倒れる。セナもサテラもどうにもできない。あまりにも突然のことだった。

 

 そのとき、初めて人間と魔人の肌が触れ合う。どうして無敵結界が発動しないのか。どちらにもわからず、困惑のまま力を失ったセナの唇がサテラの首筋にあたった。

 

「あっ」自分でさえ驚くような甘い声がサテラの口から出た。

 

 そのままサテラの腰が抜けた様に二人は地面に倒れる。まるでセナがサテラを押し倒したような形だ。

 絶え絶えの吐息がサテラの首筋に当てられるせいで、彼女から切ない声が漏れてしまう。

 

「あ、はははは……」掠れた声でセナが笑う。妙に笑えるせいで何とか気絶せずに済んでいる。「ご、めん、ね。サテ、ラ……また、今度……」

 

 セナはもう一度、今度は自分の意思でサテラの首筋にキスをする。

 明らかに湿度のある声をサテラが上げた。

 

 セナはなんとか左手で自分のポケットにあるみらくるみに触れる。

 

「みる、くらみ……」

 

 それは昨日まで知るものが一人あるいは一匹しかいない呪文だった。迷子の森で真実の道を見つけるために使われるみらくるみ。起動の呪文を逆に言うと真実の道から偽物の道へ迷い込んでしまう。

 本来使うことのない呪文。だが、いまはこれが唯一の道だ。

 

 セナの体が消えていく。サテラは困惑したが体がしびれて止められなかった。

 

 サテラが正気を取り戻したのはそれから少し経ってからだった。

 

「サ、サテラ、サマ……」

「シーザー! お前生きてたのか!?」

「モウシワケゴザイマセン」

「いや、気にするな。お前のせいじゃない。おかしいのはあいつだ。お前もイシスもすぐに直して、出発するぞ」

「ドコヘ……?」

「ランスから聖武具を奪う! サテラは間違っていた。いままでは人間から希望を奪うために聖武具を手に入れるつもりだったが、もしあれがセナの手に渡れば……本当に魔人に効くものなのだとしたら……! 危険すぎる!」

 

 サテラは首筋を無意識に摩った。セナが口づけしたところは未だに熱を持っている気がする。

 

「次こそは殺してやるぞ……! セナ……!」




魔人相手に時間稼ぎなんて余裕だ。みたいに思ってる最強をわからせる回です。
ここら辺で負けるのは初期プロットには無く、ミリによって構想を破壊された影響です。
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