ミリが部屋に入ってきた時、ランスはしめたと思った。レイラを治療するために行ったエロエロ治療のせいで、セルが始めた男女がどうだののお説教を聞かずに済むからだ。
しかし、ミリの只ならぬ様子が引っかかり、言われるままにセルと一緒についていった先で、ボロボロのセナを見た時、そんな気持ちは吹き飛んだ。
ランスとて歴戦の戦士。いままで何度も人の生き死にを経験してきた。その経験から見ても、セナの状態はひどい。一歩何かが間違えば死ぬ。そんな状況だ。
「……じゃ、ぁ……ん。生ぎで……帰っで……ごほ」掠れた声でセナはおどけて見せた。
「ばか! 喋るな!」ランスが思わず言う。
「大聖堂に運びます! ここよりも神魔法の効果を得られます! ランスさん、ミリさん! 手伝ってください!」
大聖堂への道中もセナは何かを伝えようとしていた。しかし、その力もないのか、かさかさとした音がわずかに鳴るばかりだ。
現在解放軍で最も神魔法に長けているセル・カーチゴルフは必死にヒーリングをかけながら、セナが内包する生命力の強さに戦慄していた。
底が見えない。どれだけヒーリングをかけても、あとどれだけ同じことが必要なのかがわからない。これが最強の冒険者!
何度も何度も回復魔法をかけたおかげで、大聖堂に着くころにはセナは少し喋れるまでになっていた。
「……ランスくん。勝てるよ」いままでにないほど強い目だった。「弱点、あるぜ」
「ばかもん、いいから今は休め。魔人退治はその後だ」
セナは笑顔を見せてから眠った。精魂尽き果てたといった感じだった。
「セル。こいつは大丈夫そうか?」ミリが聞く。
「……ええ。峠は越えたと思います。すごい生命力です。魔法をかければかけるだけ回復していく」
「セルさん、任せたぞ」
「はい」
ランスは珍しくほとんどふざけずに大聖堂を出た。いつも冒険オンチと弄ってはいるが、初めて見た時からセナの強さを信頼していた。今回だって、なんだかんだケロッとした顔で帰ってくると思い込んでいたのだ。
そのセナがこうもやられて帰ってくるとは。その事実に少なからずランスは動揺している。本人は気づいても認めはしないだろうが。
思えば、ランスとセナは不思議な関係を気付いている。性的な結びつきはなく、それでいて敵対関係でもない。お互いをそれなりに気に入っていて、認める部分があり、バカにしている部分もある。会えば喜び、別れを惜しむ。
ランスにはこんな関係についての知識は存在していなかった。
ただこの戦争に参加してから、一番真剣に次の戦いについて考え始める。
しかし、この後すぐにそれを超える感情の爆発がランスを襲った。
ランス達と入れ違いにレッド指令室にやってきたサテラによって、シィルが連れ去られてしまったからだ。
〇
サテラはセナを探さなかった。明らかに人間たちの将軍が集まっていた部屋を襲いながら、やつらを殺すこともしなかった。
以前のように人間には何の力も価値もないとは思っていない。ともすれば脅威になるとも思い始めた。
ではなぜランスの連れを攫うだけに留めたのだろうか。急ごしらえで直したシーザーを連れて、まるで逃げるようにこのハイパービルにやってきた。
なぜだろう。サテラにはわからなかった。
セナに会いたくなかったのか?
ふと頭に浮かんだ突拍子もないアイデアがべったりとまとわりついて離れない。
イシスの腕の調整を行いながら、サテラは色々考えてしまう。
なぜ会いたくないなんて思うんだ。会えば、ようやく奴を殺せるというのに。きっと意識もなくほんの少し力を籠めれば殺せるというのに。
殺さなきゃならないから会いたくなかったんだ。
「バカをいうな!」
「ひっ!」シィルが悲鳴を上げる。「な、なにがですか……?」
「うるさい! サテラに話しかけるな!」
サテラは再びイシスの修復に戻った。完璧に直すにはもっと時間がいる。
一方でシィルはどんどん水が溜まっていく恐ろしい牢獄に繋がれながらも、サテラのことを見ていた。あの態度には覚えがある。
自分の気持ちに自分で納得いっていないときのものだ。時たまランスもああなる。
シィルは恐ろしい魔人の人間らしい部分を不思議に思った。もしかしたら、思ったよりも自分たちとサテラは変わらないのかもしれない。
「おい、ランスはいつになったら来るんだ」顔も向けずにサテラが言った。
「え、ええっと……うう」
「もういい。まったくお前が恋人ではなく奴隷だったとは」
サテラはそこで話を打ち切った。セナがどうなったのか。聞く気はない。答えを知りたくなかったからかもしれない。
シーザーは大丈夫だろうか。受け取り役を任せたが、修理は完璧じゃない。セナがいないのだから平気だとは思うが。
〇
「無理だランス。退却しよう」
ミリのその言葉でランス達はサテラがいるハイパービルから逃げ出した。
シィルの救出についてきたのは二人以外だとかなみと志津香とスー(迷子の森で仲間にした野生児の少女)だけ。
マリアには戦争を理由に同行を断られ、セルはセナを治療するため大聖堂に籠っていた。
これではフェリスを呼び出したところで戦力不足は否めない。
極めつけはハイパービルの上層へとつながる階段の前に居たガーディアンのシーザーだ。
その高い戦闘力に対して、ヒーラーのいないランス達のパーティでは勝ち目がなかった。
「せめてセルを連れてこよう。そろそろセナの治療も済んでるはずだ」
「そうだな」
ランスはミリの言葉に従い、苛立ちを体全体で表現するようにレッドの街へ舞い戻り、そしてセルを連れて再びハイパービルへと出発した。
その途中、シィルの救出に協力しなかったマリアに、思いっきり苛立ちをぶつけたので、彼女はひどく考え込んでしまった。
果たして、自分がしていることは正しいのかと。
シィルが攫われてから、すべての歯車が狂ってしまったようだ。
マリアがうなだれているとき、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「おーい、みんなー帰ったよー」
セルが登場し始めると可読性が非常に低くなるということに、なぜ最初から気が付けなかったのか。