くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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ハイパービルの決戦

 セナはミルと幻獣に手伝ってもらいながら、魔封印結界を張る予定の場所の近くに身を隠した。体の色を変えて壁に擬態する幻獣の後ろに居ながら、幻獣のバリエーションの多さに驚いていた。

 幻獣の体格的にセナとミルを同時に隠すのはかなり難しく、二人はぴったりとくっついている。

 

「あつい……」ミルがそうつぶやく。

「ご、ごめんね。でも我慢してね」

「違うよ。セナ、熱がある。それもすっごく」

 

 セナは言葉に詰まった。体調がほとんど戻っていないことには目が覚めた時に気が付いていたが、彼女はそれを隠していた。

 バレれば、この戦いに置いて行かれてしまうと思っていた。

 

「主治医として、倒れるのも戦うのも認めるけど、死なないでね」

「え……」

「約束」ミルは指切りのために小指を出す。

「……約束」セナは戸惑いながらも指を結んだ。

「はぁ、私の患者っていつもこう」

 

 ミルは自分の姉のことを思い出していた。不治の病に侵されながら、戦いも冒険も全く辞めない姉のことを。

 ミリの病など知らないセナは自分のことを言われたのだと思って、バツが悪そうな顔をした。

 

「ま、留守番させられる側の気持ちはわかるからね」ミルはセナの顔を見て言った。「この前、連れて行ってくれたお礼」

「……ありがとう、ミルちゃん」

 

 セナは言いながら、自分の体を鑑みた。熱のせいで体がだるい。痛みで動きは鈍る。筋肉が損傷しているのか、左足の動き方がぎこちない。

 だが戦える。しかも、多分勝てる。

 脳裏にランスの顔が浮かんだ。魔人に勝つには武力だけでは足りない。迷子の森を出てから、そう考えるようになっていた。きっとランスが持つようなめちゃくちゃさが必要なのだ。

 実際、セナが迷子の森で生き延びられた決定的な要因は、強さのほかに、ユニコーンのニコにみらくるみの使い方を教えてもらったという部分が大きかった。彼女と会ったことやキスをしたことは、今までのセナにはない、めちゃくちゃさを含んだ出来事だった。

 

 ランスくん達となら勝てる。サテラにも必ず。

 

 そう考える一方で、セナはサテラとの決着を望んでいた。封印などではなく、戦って勝ちたかった。

 だが、優先すべきは勝つこと生き残ること、そして、シィルを助けることだ。

 

 セナは目を閉じる。なにが起きても対応できるように周りの音に意識を集中した。

 

 やがて、何人もの足音が聞こえてくる。ランス達だ。後ろで殺気を放っているのは、間違いなくサテラだろう。

 

 思考と関係なくセナの体が前に出ようとする。それを止めたのはミルの手だった。

 ここでセナが顔を出せば、確実にサテラの足は止まる。それは絶対に避けなければならない。

 

 セナは顔を向けて、目だけでミルにお礼をした。ミルもそれを受け取った。

 

 二人は少しだけ幻獣から顔を出して、状況を確認する。いままさにランスとサテラが魔封印結界の中心点に立ったところだった。

 

 まずい、どうやってランスくんはあそこにサテラだけ残すつもりだろう。

 セナがそう思った瞬間、ランスは声を出しながら、サテラの目の前で両手を打ち合わせた。

 

「ラーンス猫だましー!!」

「ひゃわあああぁぁぁっ!?」

「アンドダーッシュ!!」

 

 サテラが驚き怯んだうちに、ランスは猛烈な勢いで結界の中心点から逃げ去った。

 それと同時にセルが呪文の詠唱を始める。なにかがまずいと思い、その場から逃げようとするサテラだったが、すで呪文の効果が出始めているようで、身動きは取れなかった。

 

「やった!」ミルが喜びの声を上げる。

 

 セナもまた複雑ながらも同じ気持ちだった。ようやくこれでサテラとの戦いが終わるんだと気が緩んだ。

 警戒心によって鋭さを増す性質のあるセナの感覚は、その敏感さをほとんど放棄した。

 

 だから、すさまじい勢いでこちらに向かってくるイシスに気が付いたのは、全くの偶然である。

 目に入った瞬間、セナにはあのガーディアンがどのような目的でこちらに飛び込んできているのか、はっきりと分かった。

 

 セナも幻獣の後ろから飛び出した。痛む体に鞭をうち、イシスの前に躍り出る。

 

「ビリー・ギリー」

 

 必殺技がイシスの足に向かって放たれる。

 イシスは足の代わりに腕を差し出した。右腕が吹き飛ぶ。問題はない。イシスはそのまま走り続ける。

 対するセナは動けなかった。すぐに次の行動に移れるような力が彼女には残ってなかったのだ。

 

 イシスが結界内のサテラを突き飛ばした。

 サテラが解放され、イシスが代わりに結界に閉じ込められる。

 

「イシス……!」

 

 サテラが悔し気に声を上げる。イシスはサテラと違い、ほんの少しも耐えられずに結界の中に消滅してしまった。

 しかし、その様子はどこか満足気だ。

 

「よくも、イシスを……!」

 

 サテラは強い怒りを込めた目でランスを見る。

 結界は展開されてからほんのわずかな時間しか、その効果をサテラに与えることが出来なかった。

 この魔人はまだ戦う力を残している。戦う気力も十分すぎるほどに持っている。

 

「お前たちだけは殺してやるぞ!」

「ファイヤーレーザー!」

 

 志津香がサテラに向かって魔法を放つ。しかし、その魔法は無敵結界によって阻まれた。

 ぎろりと殺意がこもった目でサテラは志津香を見る。

 

「残念」

 

 不意にセナが言葉を発する。サテラは思わずそちらを見た。

 その時、初めてサテラはセナの存在に気が付いたのだ。ボロボロでギクシャクした動きで、しかし、生きている。

 

「イシスが突き飛ばせたから、無敵結界が壊れたと思ったのに。あれも攻撃じゃないって判定なのかしら」

「……セナ! またお前か……!」

「また会ったね、サテラ。本当のことを言うと、少しだけ嬉しいわ。貴女は戦って倒したかったから」

「黙れ! よくもイシスを……! 殺してやる!」

 

 セナはその言葉に剣を構えることで返答した。ランスがセナの前に立つ。傷だらけのセナを庇うような仕草だったが、そういう殊勝な行動でないことは明らかだった。

 

「がはははははは! 大チャーンス! ここで魔人を倒して楽しいお仕置きタイムだ! いくぞ、お前たちー!!」

 

 突撃していくランスを援護するように皆の攻撃が飛ぶ。そのどれもがサテラの無敵結界に阻まれぬように考えられている。

 例えば、チューリップ1号の砲撃は爆風のみを当てるように撃たれた。火爆破はサテラの背面を爆心地とし、幻獣は爪ではなく拳を振るうことで衝撃を与えた。

 

 どれもがサテラの体に衝撃を通してくる。だがサテラは焦らなかった。以前のセナとの戦いで経験していたことだ。しかも、いまは慢心が少しもないため、余計に思考はぶれない。

 

 サテラの鞭が振るわれる。攻撃を仕掛けようとしていたフェリスが思いっきり叩かれ、気絶した。

 悪魔には無敵結界が通じない。ランス達が知らなかった事実だが、サテラは冷静に自分の負け筋をつぶした。

 

「ランスアタタタタタタターック!!」

「ぐっ」

 

 ランスの攻撃がサテラに叩き込まれる。重い剣は逃しきれぬ衝撃となってサテラの体に蓄積されていく。反撃に鞭を振るうが、同じくサテラに肉薄しているセナがそれを撃ち落とした。

 

 セナは決して本調子ではない。剣を振るうたびに膝をついてしまいそうになる。

 それでもランスに向かう鞭だけは迎撃しなければならなかった。この状況になった以上、サテラを地面に倒せる可能性があるのはランスしかいない。

 命を削る思いでセナは剣を振り続けた。

 

 依然有利なのはサテラ側だ。

 彼女が振るう鞭はランスへ向けられたものこそ止められているものの、その他の人間への防御は全くされていない。

 速すぎる攻撃は魔法使いも、神官も、女戦士も、蛮族も、幻獣つかいも、変な筒を持った女も、皆平等に痛めつけていく。

 誰か一人でも倒れれば、この硬直状態は終わり、状況は一気にサテラへと傾くだろう。

 

 その場にいる全員がそれをわかっていたので、全員が歯を食いしばって立っていた。

 

「だぁあああああ────―!!!!」

 

 セナが吠え、防御から攻撃に転じる。体が悲鳴を上げている。死の足音が聞こえる気がした。だが攻めなければ負けるのはこちらだ。

 ランスもまたここが勝機と感じ、セナの猛攻に加わる。

 さすがのサテラも達人二人が繰り出す剣撃によって、膝が折れそうになっていく。だが、魔人としての意地が彼女に反撃を可能にさせた。

 

「だぁ、あ……舐めるなぁ!!!」

「がぁああ! しつこいぞ!!」鞭を食らいながらもランスが攻撃を続ける。

「──────ぐぁっ」セナの喉からはもう短い息しか出てこない。

 

 達人と魔人にしか立ち入れない戦いが続く。三人とも防御を考えない戦い方だ。そのせいで終局はすぐに訪れた。

 

 ガキンという音がして、ランスの剣が上方に弾き飛ばされる。サテラの体に衝撃が蓄積し、体勢を崩す直前のことだった。ブレた体幹から放たれた鞭が、かえって予測不能な軌道を描き、ランスから武器を奪う結果になった。

 

 セナはどうにかランスのフォローをしようとしたが、右腕がしびれて動かない。無理をし続けたツケが回ってきたのだ。

 サテラは緩んだ攻勢に絶好の好機を見出して、セナに向かって鞭を振るう。殺すつもりの一撃だ。

 ランスは──────サテラの汗ばんだ胸を見ていた。

 

「がはははは、隙ありー!」

 

 ふにゅんとランスはサテラの胸を掴んだ。極限の戦いで突然起こった珍事は、限界ギリギリで思考力を落としていたセナに思い出させた。

 

 魔人にセクハラは有効! 

 

「ひゃう」

 

 艶っぽい声を上げてサテラの鞭が逸れる。運悪くランスに直撃した攻撃は威力こそ削がれていたものの、ランスを吹き飛ばすには十分だった。

 セクハラからここまではあまりに一瞬の出来事で、唯一セナだけが行動できたのは、知識ではなく経験として無敵結界の弱点を知っていたからだ。

 

 セナは死力を尽くして地面を蹴り、剣を捨ててサテラに飛びついた。二人は地面と平行になるほどの勢いで飛ぶが、無敵結界は作動しない。サテラに毛ほどもダメージがないためだ。

 勢いは殺さぬまま、愛しい人にするように抱擁をする。その絶技はセナの超人的な身体能力によって実現された。

 

「な」

 

 ランスが吹き飛びながら、二人の方を見て、焦りの声を漏らす。セナが向かっている先に窓があったからだ。間違いなく、セナは狙ってそこに飛んだ。

 

 運が良ければ窓にぶつかれる。運が良ければ窓を割れる。運が良ければ無敵結界が発動しない。運が良ければ──────

 

 ──バリンッ。音を立てて窓が破れる。セナとサテラは勢いのままハイパービルの外へと飛び出した。

 

「無敵結界は落下に対応してるのかな?」

 

 瞬きほどの時間で確かにサテラはセナの声を聴いた。

 すぐに重力が二人の体を引き、地面に向かって加速し始める。あと十秒ほどで二人は地面と激突するだろう。

 

 一気にサテラの顔から血の気が引いた。咄嗟にくっつくセナを蹴りで引きはがす。

 随分と簡単に蹴られてくれたので、セナの体が離れていった。そしてハイパービルにあたるように流れていく。そのままぶつかって死ね、とサテラは思った。

 

 違う! こいつは弱っていてもこんなに簡単に攻撃は受けない! サテラは思い至る。

 

 それは正しい直観である。セナは落下中でもサテラを出し抜く思考を止めていなかった。

 彼女が考え出した最後の策はハイパービルの壁面に粘着地面で貼りつくこと。皮膚が剥がれるかもしれないし、そもそもハイパービルに魔法がはじかれるかもしれない。

 だがこのまま死ぬくらいならやる価値はある。

 

「粘着──!!?」

 

 セナの体に重力とは違う力が加わる。サテラが持っている鞭をセナの左足に巻き付けたのだ。このままハイパービルに貼り付けば、サテラも一緒に助かることになる。

 魔法を唱えるべきか唱えないべきか、戦いにおいて、セナの判断が初めて立ち止る。

 

 だが決定が下される前に、サテラの鞭がセナのロングブーツごとすっぽ抜けて離れていった。もはやサテラにセナを止めるすべはない。

 

「────粘着地面!!」

 

 セナは動かせる左腕で全力の魔法を使う。ハイパービルの壁面が何十階分も魔法で変化する。

 

「あっ」

 

 しかし、遅かった。一瞬の迷いのせいで、伸ばした左手は壁面に触れず空を切る。

 そのままセナはサテラと共に地面へと加速し続ける。魔力も切れた。どうすることも出来ない。

 地面が迫ってくる。どんどん迫ってくる。

 

 セナの体に鈍い痛みが走る。

 どこかで誰かの叫び声が聞こえた気がした。

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