くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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終戦後

 ランス一行、特にセナの活躍による魔人の撃退は瞬く間にリーザス軍に広がった。

 この功績について、リーザス軍の要であるバレスは、殊更にセナの活躍を強調することを提案した。

 それはすでに軍内で高い人気を誇るセナを伝説的な地位まで押し上げることで、士気の向上を狙うとともに、敵軍の油断を誘うという狙いがあった。

 

 最強の冒険者セナは魔人を退けた。しかし、その傷はひどく、前線を離れざるを得なくなってしまった。

 そういうストーリーを流布することによって、魔人の警戒心を上げ過ぎないようにする。魔人に関する報告を受けて、バレスはそうすることが最善であると考えた。

 

 そうしなければいけないほどに、セナの怪我は重傷で、この戦争の間に復帰することは絶望的だったのだ。

 

 事実、セナが目を覚ました時にはリーザス解放戦争はリーザス側の勝利で終結していた。

 

 ヘルマンの将、人類最強と謡われるトーマ・リプトン。人の心を操る魔人、アイゼル。策謀と圧倒的な力を持つ魔人、ノス。永遠の魔王、ジル。

 絶望としか思えない敵の戦力は、すべてランスが倒したということを聞いて、セナは傷が開きそうになるほど笑った。

 

 まるで絵物語のような戦いに混じれなかったことは残念だったが、そこまで暗い気持ちにはならなかった。

 この戦争で自分はやるだけのことはやった。そんな自負があったからだ。

 

 ただ一つ、後悔があるとすれば、ずっと気絶しっぱなしだったせいで、シィルの無事をこの目で見届けられずじまいだったことだ。

 ランスとシィルは、魔王を倒すために、魔王が開いた異空間に突入していったらしい。

 この話をしている時、マリアはひどく心配そうな顔をしていたが、ミリはあっけらかんと「どーせ、生きてるだろ」と言った。

 セナも概ね同意見だった。

 

 それからしばらくは穏やかな────というには些か騒がしい日常が流れた。

 セナは体がこれ以上鈍ることを嫌い、トレーニングを再開しようとするのだが、主治医のミルといつも回復魔法をかけに来てくれるセル、そして、冒険者を辞めたノアが口うるさく止めるので、渋々寝ていることが多かった。

 

 その間に仲良くなったのはバレスの養子となった、野生児ことスー・プロヴァンスである。

 怪我人の面倒を見ることこそ、人間が最も成長できる仕事である。そんな風にバレスから言い含められたらしいスーは、朝から晩までセナに付き切りで身の回りの世話をした。

 そうは言っても、彼女は人間社会に触れたばかりの野生児。逆にセナの方が彼女を世話する方が多いくらいだった。

 

 だが、それがかえっていい結果を生んだ。

 セナはスーに何かを教えることで、トレーニングが出来ないストレスを発散させることが出来た。運動のレベルも日常生活程度で抑えられた。

 またセナ自身が実のところスーとそこまで変わらないレベルで生活能力が低いことも幸いした。

 二人は一緒に料理を作り、洗濯物を洗い、部屋の掃除をした。共に学んでいける友人こそ最良の教師であることをバレスは知っていたのだ。

 

 セナとスーが二人だけでイカカレーを作り上げた時などは、さりげなく先生役をしていたセルが涙を流しながら喜んだほどだった。

 

 セナの怪我が治り──通常考えられるよりも驚異的なまでに早かった──以前と同じくらいに剣が触れるようになった頃、復興支援のためにレッドの街に滞在していたリーザス軍が引き上げることになった。

 もちろん、スーも同時にバレスの元へと帰る手筈だ。

 

 その際、セナもリーザスへと招待される。怪我が治るまで見送っていたのだが、先の戦争の英雄であるセナに、数日前に即位したばかりのリア女王直々に勲章を与えたいとのことだった。

 

 セナは少し悩んだが、リーザスへと向かうことに決める。

 途中で離脱してしまったので勲章を受け取るのは気が引けたが、しばらく会っていないリーザス側の戦友たちに会いたかった。スーがセナと別れるのを寂しがったことも、もちろんリーザスへ行く理由に含まれていた。

 

 セナはリーザス軍と付き添いのミリ、ミル、ノアと共にリーザスに入国した。セナにとっては初めてのリーザスだったが、バレスが流したセナの英雄譚のせいで、想像をはるかに超える歓待を受けてしまった。

 これには正直むず痒い思いをすることになった。ミルが主治医として殺到する人々に接触禁止を言い放ってくれなければ、一日中握手を求められただろう。

 

 叙勲式に出るためにリーザスの王宮にある客室へと案内されたセナたちを迎えたのは、リア直属の忍であるかなみだった。

 セナが目覚めたばかりの時に一度会ったきりで、実に一か月以上経っての再会である。

 

「かなみちゃん! 久しぶり! 元気そうでよかった」

「こっちのセリフですよ、セナさん。本当に元気になってよかった……というよりもよくあの傷が二か月たたずに治りますね」

「大体こんなもんじゃない?」

「いやいや、ハイパービルから落ちた後の自分の姿を知らないからそう言えるんですよ。全身骨折してて血が出てて、正直生きてるとは思えないくらいでしたよ」

「ほんとにね」ノアが同意する。「そのくせ、目が覚めてからは剣を振らせろだの、踊らせろだの、冒険に行かせろだのうるさいから困ったわ」

「だって体がなまっちゃうでしょ? 冒険者なら常に戦えるようにしないとね。寝てばっかじゃだめよ」

「つってもレベルは下がってなかったんだろ?」ミリが言った。

「……戦争前より2レベル上がってたわ。昔から下がりづらい体質なのよね」

「じゃあいいじゃねぇか」

「レベルじゃなくて剣のキレのことを言ってるの! あとはダンスの軽やかさとか!」

「ちなみに何レベルだったのかって聞いてもいいですか?」かなみが恐る恐る聞く。

「86だったわ」

「お、おお……」思わずかなみが唸った。「間違いなく人類最強ですね」

「そうかもね。でも、今はそれよりも重要なことがあるの」

「そうですね。叙勲式の準備に来たんですもんね。ごめんなさい邪魔しちゃって」

「違うの! かなみちゃんが居てくれてよかった。聞きたいことがあるから」

「へ?」

 

 かなみの前にバーンと服が置かれた。見たことがある。これはレッド解放戦の時にセナが着ていた踊り子の服だ。

 

「こういう公式の場では冒険者は冒険の時の装備を着るのが正装じゃない?」

「そ、そうですね」

「でも、私のいつも着てる装備はサテラとの戦いでダメになっちゃって……ならこっちを着てもいいと思わない!?」

 

 かなみは圧の強い質問に困惑して周りの顔を伺った。特にわかっていないスー以外は呆れ顔である。

 その反応を見たセナは取り繕うように言う。

 

「だ、だってよ? 私がリーザス軍と協力した戦いではこの服しか着てないわけだから、別にこれを正装にしてもいいと思わない? 実際、ランスくんの作戦でヘルマン軍にとってはこの服を着た状態こそが私だと思われてるし、戦場では一番印象的だったでしょう?」

「それはそうですけど……」

 

 かなみは改めて踊り子の服を見る。何度見ても煽情的すぎる。どう想像してみてもこれで勲章を受け取る姿には違和感しかない。

 

「さすがに……」

「待って、待ってかなみちゃん。考えてみて、ミリだって結構足出てるじゃない。あれ許されるのよ? これもいけるでしょ?」

「顔が隠れるのも……」

「うぐっ。で、でもフェイスベールはこの衣装のキモっていうか……外せない要素というか……」

「オレの鎧のデザインも親衛隊とあんま変わんねぇからな。金属部分があるってのは重要なんだ。お前の全部ひらひらじゃん」

「それがいいんでしょ!! ね? かなみちゃん、これでもOKでしょ?」

「……でも、その理論でいくとスーちゃんもあの服ででなくちゃいけなくなりません?」

「え」

 

 あの服。セナの脳裏にスーが依然着ていた蛮族然とした衣装が思い浮かべられる。

 

「い、いいんじゃないかな。だって、あの戦争ではずっと着てたわけですし」

「いえ、バレス将軍直々にスー様の出席時にはドレスを着用するように言いつかっています」傍で控えていた侍女が口をはさむ。

「バレスさんが……」

 

 相変わらずセナはあの老軍人の言葉に弱かった。

 

「じゃ、じゃあ仕方ないね。私はこっちで出るから、スーちゃんは──」

「スーとお揃い、セナはいや?」スーが不安そうにセナに問いかける。

 

 バシーンと体に電撃が走り、セナは観念した。

 

「着ます、ドレス」

「はい。すでに用意しております」侍女が言う。

「お願いします」

「よかったよかった」セナの様子を見て、ノアが言う。

「どーせこうなるのに、服持っていくって聞かないんだもんね」ミルが溜息をつく。

「言ってやるな。あの服……というより踊り子はあいつにとってこだわりのあるとこなんだ。無理だとわかってても挑戦せずにはいられないんだ」

「やかましい! みんなも着なよ、ドレス! きっと用意してもらえるよ!」

「オレ達は装備ダメにしてねぇもん」

「きー!」

 

 地団駄を踏むセナから逃げるようにミリとミルとノアは部屋を出て行った。

 残ったのはセナとスーとかなみ、あと着替えを手伝う数人の侍女だ。

 

 セナの着替えはすんなりと終わった。サイズもぴったりだし、手間取ることもない。

 逆にスーは大変だった。この一か月でラフな普段着には慣れてきていたが、かっちりとした礼装にはまだまだ不慣れな様子だ。

 

 スーの着替えにセナとかなみも手を貸しながら、二人は何気なく会話を始める。

 

「セナさんはこういう服着慣れているんですか? 結構、すんなり着てましたけど」

「んー、昔ちょっと着る機会があってね。覚えてただけ」

「え、ゼス軍人の家に生まれたとは聞いてましたけど、もしかして結構偉い人だったんですか?」

「いや、父は軍人としてはそこまで偉くなかったよ。ぎりぎり貴族と呼べる位の家だったから、礼儀作法の勉強をちょっとしてただけで」

「やっぱり貴族だったんですね……」

「もう無くなっちゃった家だけどね。こうして実践する機会があるとも思ってなかった……あとはやっぱり服飾関係はちょっと興味があったからね」

「踊り子の服ですか?」

「そう! 冒険を除けば一番好きなことだから。どういう服ならどう踊るべきなのか考えるのが楽しくて楽しくて……」

「あー、確かにそういうの楽しいですよね。私もファッション誌とかで想像するの好きです」

「私もやるわ。でもなかなか実践する機会がなくてね」

「そうですよね。忙しかったり、そもそもお金が無かったり、売ってるとこが遠かったり。その点、リーザスは結構物が集まるから苦労も少ないですけど」

「そうなのよねぇ。リーザスは豊かだから、そこらへんは羨ましいわ」

「自慢すべき部分ですね」

 

 少しだけ部屋に沈黙が流れる。スーの身じろぎが起こす衣擦れの音だけが鳴る。

 

「……かなみちゃん、私のスカウト任務受けてない?」セナは意を決して言った。

「ええ!?」かなみが明らかに動揺する。「ど、どうして……」そして語るに落ちる。

「やっぱり、いやかなみちゃんのせいじゃないのよ」セナはため息をつく。「ここずっと、リーザス軍の人から軍に入らないのかって聞かれまくるから……あとスーちゃんからも」

「セナ、一緒にじじいの軍になろ?」

「ごめんね、スーちゃん」

「どうして? スーのこと嫌い?」

「コラ、自分を盾にしてスカウトしないって約束したでしょ」

「ダメか。じじいからも言われてるのに」

「バレスさんのことはお父さんとかお父様とか呼びましょうって……こういう感じでね。さすがにひと月続くとこれかなり上の方から命令きてるなって思って……バレスさんもかなみちゃんも関わってるってことは、つまり……言及はしないでおくけど、そういうことよね?」

「……うう、お気遣い感謝します」

 

 かなみは申し訳なさそうに言った。

 セナはバレスのことを深く信頼している。彼には自分のトラウマを吐露しているし、軍属になる気がない姿勢もたびたび示してきた。彼が自主的に自分をスカウトするとは思えない。つまりもっと上の立場の人間に命令されているのだ。

 黒の軍の将軍。つまりは軍人としての最高位を持つ人間に命令できる者などリーザスには数えるほどしかいない。

 かなみが女王直属の忍であることを考えれば、答えは一つ、リア・パラパラ・リーザス女王その人だろう。

 

 政治的に相当なやり手だと聞いたことがあるので、膨れ上がったセナの名声をそのままリーザスに取り込みたいと考えての行動かな。

 さて、どう断るべきか。

 

 きっと、セナはそんな風に考えているのだろうな。かなみは思った。

 確かにリア女王からのセナへの評価は高い。

 軍人からの人気。自身の親衛隊隊長であるレイラを救った功績。魔人の撃退。何よりリーザスのために義理もないのに戦ったという事実。

 自分の配下にぜひとも欲しいとリアは考えている。これと言って野心が無さそうな所や割と簡単に言うことを聞きそうなところも配下向きだ。あとゼスが放流した人材ということも加点ポイント。

 

 しかし、かなみがリアからセナのスカウトおよび調査の任務を受けた時、彼女が発していた雰囲気には明らかにジェラシーが多分に含まれていた。

 理由はかなみにもわかっている。ランスのせいだ。

 ランスはセナの離脱以後、ちょくちょく作戦考案中に「セナちゃんが居ればもっと楽だったな」とか「うーん、まだセナちゃんは起きんか?」とか言っていた。

 あのランスがだ。いつもなら「ないものはない」とか言ってこの類いの意見は封殺しそうなランスが。それだけ、セナの戦闘能力に一目を置いていたのだろう。

 

 当然、その発言はリアの前でも何度かされたので、リアによるかなみへの聞き取りがされた。主君の手前、情報を隠すこともできず、自分が知るすべてを話したかなみ。

 そして、リアは知ってしまった。

 

 セナとランスがわりと仲がいいということを! 

 

 ランスの周りにいる女性はリア──あと目の上のたん瘤(シィル)──以外、ランスのことを蛇蝎のごとく嫌っている者ばかりだ。

 そうでない者も、リアにとっては取るに足らない雑魚ばかり。どう考えても、ランスと結ばれるのは自分だ。リアはそう信じて疑わない。

 

 だがセナはどうだ? ランスに頼られるほどの戦闘能力を持ち、戦争の英雄として名声も得ている。そんな女が特に悪感情も持たずにランスと接しているなんて! 

 

 リアにとってセナは初めて現れた──目を逸らしているが実際は二人目の──恋のライバルになり得る存在だった。

 そんな存在をわがまま女王が許容できるわけがない。

 

『リア、彼女のことはとっても仲間になってほしいって思ってるの。でも、そうならないなら、とっても危うい存在だと思わない?』

 

 リアにそう言われた時、かなみは心底肝が冷えた。

 スカウトに失敗したなら殺せ。そんな意味が含まれている言葉だった。

 

 無理よ! かなみは内心頭を抱える。

 セナと本気で殺し合うことはヘルマン軍ともう一度戦争を始めることに等しい。あのサテラでさえ、無敵結界が無ければ一方的に殺されていただろうと思えるほどに、セナは強いのだ。

 

 だからといって、主君の命令に逆らうことなどできない。

 かなみは懇願するようにセナを見た。

 

「そこをどうにかなりませんか? ちょっとでいいんです! なんならお抱えの冒険者とかでも大丈夫ですから!」

「ごめんね。ゼスの軍に入らなかったのに、他の国に仕えるっていうのは、ちょっとお父様に悪い気がして……」

 

 セナとかなみはお互い友人であると思っているために、次の言葉が思いつかなかった。

 

「じゃあ、逃げちゃうか?」スーが言う。「セナ、速いから逃げられる」

「……ううん、それじゃあ、もうリーザスのみんなに会えなくなっちゃうでしょ? やっぱりちゃんとお断りしないと」

 

 スーの着替えが完了したのと同時にセナも決心した。

 

「こうなったら、ランスくんに倣いましょう!」

「ラ、ランスに?」

「ええ、私はバカになるわ!!」

「おー、ランス、バカ」スーがぱちぱちと手を鳴らした。

 

 妙に自信満々に言い切ったセナに、ここら辺の話もリアに伝えなければならないと胃をきりきりさせるかなみ。

 だが、初めにあった時の少し抜けてて明るい感じの彼女が戻ってきたようでうれしかった。




初期構想だとセナにミネバを撃退。
トーマを倒して人類最強を受け継ぐ。
カオスを持ったランスと共にノスと戦い圧倒。
魔王ジルと戦う。

なんかのイベントをこなさせるつもりでしたが、
書いているうちに想像以上にサテラの存在が大きくなったこと。
サテラ戦後に戦争に参加し続けた際にセナが生き残るビジョンが見えなかったこと。
強いだけのやつがこんなに活躍するのがムカつくこと。
などの理由でこのような形となりました。

ハイパービルでの戦いがリーザス陥落の最終決戦になるのは、割と珍しいですが、これはこれで気に入っています。
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