プロローグ:革命前夜
魔法使いの専制によって支配される大国ゼスは今まさに変化の兆候を示していた。
長い歴史で虐げられてきた非魔法使いであるゼスの二級市民たちは、その不満をついに爆発させようと、国のあちらこちらで燻っている。
さらには革命集団ペンタゴンがLP2年の終わりに起こした十二月革命により、いよいよ情勢は悪化の一途をたどっていた。
いつ政権を揺るがすような大事件が起こってもおかしくないといった状況だ。
知恵ある者も、そうでない者も、何かが起こることを察しつつも、時間はひどく急ぎ足で、すでにLP4年の春を迎えようとしている。
そんな揺れ動くゼスの中心、首都ラグナロックアークのさらに中心にあるゼス宮殿に、セナ・ベリウールはいた。
いや、彼女は不在と言えるかもしれない。
二年前、ヘルマンによるリーザス侵攻の中を戦い、魔人を退け、救国の英雄となった女は、いまや見る影もない。
己を己とわからず、毎日を曖昧に過ごしている。ひたすら視線を宙に投げ出して、口をぽかんと開け放ったまま。
時たま何かを話すこともあるが、意味のある会話にはつながらない。ただ単純にかつて誰かと話した内容を山彦のように繰り返しているだけだった。
秘密裏に集められたゼスの名医たちによって、セナ・ベリウールは診察され、完全に正気が失われた状態であると断定された。
そして彼らは口をそろえて言う。もはや、彼女が元に戻ることはないかもしれません、と。
この世界ではこのように人間の精神などいとも容易く破壊する絶望がどこにでも転がっている。
そんな被害者たちは大抵何の救いもなく、永遠に現世から心を離すことを選択する。
英雄セナ・ベリウールもそうしたのだろう、と。
だがそれは事実とは反していた。
セナは破壊された精神の中で、自身を形作っていたモノたちを、必死にかき集めているのだ。
剣を振った時の風。鍋を温めるたき火の音。魔法の手触り。火薬のにおい。キスの味。
あらゆる思い出をジグソーパズルのようにつなぎ合わせて、セナ・ベリウールをもう一度立ち上がらせようとしていた。
それがどうしてなのかはセナ自身にもわからない。意地かプライドか、はたまたそれ以外なのか。
しかし思い出たちはそんな努力を気に掛けることなく、散文的に流れ去っていく。
気泡のように生まれて消える彼らをようやく一つ覗き込んだ時、それがこの事態の始まりであったことを思い出した。
そう、それは始まりである。
LP2年、リーザスでの戦いから三か月が経った頃、セナは勇者と出会った。
そして、一緒に旅をした。
主人公初手破壊です。