この世界には勇者と呼ばれる存在がいる。
勇者は強く、魔王すら倒す力を持つ。大きな力を持たない人間のために神が与えたもうた存在なのだ。
ゼスの家にあった本にはそんなことが書かれていた。
子どもの頃に読んだ時には、セナは随分勇者に憧れたが、実際に会ってみるとなんだか持っていたイメージとあっていないように思えた。
「なんというか、女ったらしで不幸体質ね」
「無茶苦茶言うね……」
「あと詰めが甘い。軟弱。優柔不断。強いけど……私の方が強いわ」
「確かに今は君の方が強いかもな」
「でも、結構気に入ったわ。いい人だし。共感できるところもあるしね」
「それはどうも。俺も君のことは結構気に入ったよ」
「どこら辺が?」
「方向音痴で天然ボケで優柔不断なとこ。あと思ったよりも最強なとこ」
「……私を噂でしか知らない人たちが微妙な顔する理由がようやく実感できたわ」
アリオス・テオマン。冒険者兼勇者を名乗る彼とはやはり冒険の途中で出会った。
とある盗賊団にさらわれた村の娘たちを助けてほしいという依頼を受けたセナは、意気揚々と討伐に出発。
しかし、倒すべき盗賊団はどこからか現れたアリオスによって既に討伐されており、娘たちはアリオスにぞっこんという感じだった。
こういった討伐対象の横取りは、冒険者同士のトラブルになりがちな案件だったが、そこらへんに疎いセナと極めてお人よしのアリオスの間では言い合いすら起きず、あーよかったね。で終わってしまった。
そこから、アリオスがリーザス解放軍に参加したことがあり、しかもミリの部隊だったことを知ると、二人は意気投合し、酒を飲み交わすことになった。
「じゃあ、もう三か月もゼスに向かう旅を続けているのかい?」
「そうなのよ。色々寄り道ばっかりでね。あとは普通に迷子になってるときもあるけど、なかなか着かないのよね」
「さすがにそろそろ案内を雇った方がいいんじゃないか? よければ俺がやろうか」
「ん~……遠慮しとくわ」
「どうして?」
「女ったらしの提案は断ることにしてるの」
そう言って酒をあおるセナをアリオスは苦笑いで見た。
「それに」グラスを置いてセナが言う。「たどり着くまでも私の冒険なの。誰かに茶々は入れられたくない。パラオ山脈(リーザスとヘルマンの間にある山脈。ゼスとは全く方向が違う)に着いちゃった時は驚いたけど、それでもいい思い出だわ」
「そうか。だったら、俺は邪魔しないよ」
「ありがとう」
二人は話しているうちにお互いのことがどんどん気に入っていっていることに気が付いていた。似たタイプ同士で馬が合う。
いい雰囲気だ。ランスが見れば、確実に邪魔しに来る程度には。
「邪魔するとか邪魔しないとかじゃないですよ」突然現れた少年が間に入ってきた。
「コーラ!?」
アリオスは自身の従者に驚いた。盗賊団を討伐している途中でいつの間にか姿を消した彼だったが、どうやってここまで追ってきたのだろうか。
その疑問が解消されるよりも先にコーラが言葉を続ける。
「あんな小物の盗賊団に関わったせいで、本来の目的が滞ってるんです。かっこつけてる暇があったら、彼女にミュータント組織の壊滅を手伝ってとお願いでもしたらどうですか?」
「そんな言い方はないだろう。あの盗賊団を野放しにしていれば不幸な目にあう人たちがもっと増えたはずだ。それにその仕事は俺の管轄だよ。セナは自分の冒険を続けるべきだ」
「先にその人の依頼を横取りしたのは貴方の方でしょう?」
「そういう話をしてるんじゃない」
「ええっと……」セナが困惑気味に口を開く。「どちら様?」
「ああ、すまない。彼はコーラ。俺の従者だ」
「どうも」
会釈をするコーラからは、薄っすらと敵意と悪意が発されている。それもセナだけに向けてではない。彼の主人であるはずのアリオスに対してもだ。
奴隷契約を無理矢理結ばされているのだろうか。いや、アリオスの性格的にそれはない気がする。
であるならば、単純にこの従者が厭世家なのだろう。どんな人間にも負の感情を絶えず持つタイプは結構いる。
「よろしくね。コーラくん」
「ええ、よろしくお願いします。セナ・ベリウール」
「で、アリオスくん。さっきの話だけど、私でよければ手伝うよ?」
アリオスは驚いた顔を見せる。
「いいのかい? 君は君の冒険の途中だろう?」
「勇者と一緒に悪い奴らをやっつけたなんて、素敵な話だと思うけど」
「おー、さすがはアリオス。また協力してくれる美女を引き当てましたね」
「また? やっぱり勇者って女の子にモテモテなのね」
「そりゃあ、もう」
「女ったらしよ」
「女ったらしです」
「二人そろってひどい言い草だな! そんなんじゃないぞ俺は!」
ツッコミを入れるアリオスだったが、再び考え込むように目線を下に落とす。
そんな様子をコーラはひどくつまらなそうに見ている。
「何を考えこむことがあるんです。ただでさえ、貴方はやるべきことが遅れているんです。協力してくれるって言うなら協力してもらえばいいでしょう」
そんな風にコーラが焚きつけ続け、ようやくアリオスは首を縦に振った。
勇者としては致命的な優柔不断さである。
そのまま食事を終え、それぞれの宿に戻ろうとした際、アリオスがセナに聞いた。
「どうして、俺が勇者だってすんなり信じてくれたんだ?」
「? 勇者じゃないの?」
「いや、勇者だけどさ。普通、勇者ですって言われたからってすぐには信じないだろう? ましてや、君は俺よりずっと強い。こいつは強いから勇者だって思考にもならないだろ?」
いままでよほど勇者であることを疑われてきたのだと思わせる口ぶりだった。
セナは考える。思えば、大した疑問も持たず、自分はアリオスを勇者だと思っていた。
「アリオスくんはいい人だから。勇者っていい人でしょう?」
とりあえず、ひねり出した理由にアリオスがぽかんとした顔をしたので、慌ててセナは付け足した。
「あとは直観ね。多分、この人は嘘ついてないなって。私、自分の直観には従うことにしてるの」
それでも、アリオスが何とも言えない顔をしているので、セナは誤魔化すようにその場を後にした。
宿でシャワーを浴びながら、『私がミリに言われた時には、結構感心したんだけどなぁ、直観』と思った。