くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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ガヤから脱出せよ!

 自由都市にある街ガヤは打ち捨てられたゴーストタウンだと周辺の人々には思われている。

 しかし実際にはモンスターと人間を無理矢理融合したミュータントたちが跋扈するモンスターハウスだ。

 

 人間を超えた人間を作る。

 そんな目的のために生み出されたミュータントたちは、なるほど確かに普通の人間よりも、あるいは普通のモンスターよりも大きな力を持っている。

 

 だが銀の線がそんなミュータントたちを撫でるだけで、いともたやすくその命が消えうせていく。踊るように走るセナの剣筋に一切の迷いはない。

 すでにこのミュータント組織を作った狂気の科学者は切り捨てられ、後に残ったミュータントたちはただ本能に任せて目の前の人間たちを襲っているだけだ。

 

 標的は最強の冒険者セナ・ベリウールと勇者アリオス・テオマン。当然、勝ち目はない。だがミュータントにはそのことがわからない。

 

 やがて立っているミュータントはいなくなった。アリオスが追っていたミュータント組織は無事壊滅したのだ。

 

「これで終わりだ……ありがとうセナ。君のおかげで想像してたよりも随分早く終わったよ」

「いいのよ。私としてもこいつらは、どうしても許せなかったから……それに、ミュータントにされてしまった人たちも終わらせてあげなきゃいけなかったしね……」

 

 二人は顔を伏せた。このミュータント組織を追っているうちに、彼らの闇や悲しみを知った。ただの悪党としてこの組織に接するのは、もはや不可能なほどに。

 

 しかし、実のところ、そんな悲しみなどとは全く関係なく、いま絶賛二人は大ピンチだった。

 二人は知る由もないが、現在ガヤのはるか上空に位置する浮遊都市イラーピュにて、ランスという男がすったもんだの大騒ぎを起こしている。

 その結果、イラーピュは浮遊能力を消失し、地上まで真っ逆さまになるのだが、なんとその落下地点がこのガヤなのである。

 

 つまり、もの悲しい感じのクエストを終わらせたと思っているが、『ガヤから脱出せよ!』のミッションがすでに始まっているのだ。

 当然、失敗すればただでは済まない。イラーピュの体積はこの都市など簡単に消滅させられてしまうほどだ。勇者の特性として死ぬことのないアリオスはまだしも、セナが生き残れる可能性は限りなく低い。

 

「せめて、彼らを埋葬しよう。もう死体に罪はない」

「そうね……」

 

 そんな緊急事態が起きているだなんて夢にも思わない二人は、悠長にそんなことを言い出した。

 

「その必要はありませんよ」コーラが二人に割って入る。「死体は時間が経つと勝手に蒸発するみたいです。埋葬するものなんてありません」

「そんな……でも、それなら仕方ないわね」セナはひどく心を痛めたが、実際はものすごい幸運である。「なら、さっさとここから出ましょう。あまり長居はしたくない場所だわ」

「そうだな」

 

 そう言って三人は元来た道を戻り始めた。いや、戻ったつもりだった。

 ここはガヤに隠れ潜んでいたミュータント組織の秘密基地。来たときは勇者と最強、どちらも気力に満ちており、警戒心も万全だったため、まるで最初から正しい道筋を知っているかのように進めたが、それが終われば不幸体質と方向音痴。当然、入り組んだ秘密基地などまっすぐ歩けるはずもなく、あっという間に迷子になった。

 

「なぁ、これ……」

「いや違うわ。私は信じない」

「どう考えても迷子でしょう? 四つ前の曲がり角は左でしたしね」

「わかってたならなぜ言わない!?」

「随分、自信満々に歩いていたので、なにか考えでもあるのかと」

「……きっとあるわ、ショートカット……!」

「いやないだろう。ずっと俺たち一緒に行動してたぞ。そんなものないのは知ってる」

「いや、ある……!」

「なんでそんなに頑ななんだよ……」

「一流の冒険者っていうのはね。なんとなく実行した行動が最適解なものなのよ。私も来たんだわ、ついにその領域に……!」

 

 イラーピュ墜落が迫っていることなどつゆ知らず、セナは上がったテンションのまま訳の分からない理論を展開し始めた。

 アリオスは呆れた顔でそれを見る。

 

「そんな領域ないだろう。第一、冒険者としての経験を積んだからって得られるのは、戦闘経験とか交渉のやり方とか、罠の見つけかたぁぁあああ────」

 

 アリオスが喋っている途中で彼の足元が突然開き、再び閉じた。それなりの技術を持って作られた落とし穴だ。

 

「アリオスくんー!?」

 

 足元に隠してあった鉄の開閉口をいともたやすくたたき切ると、落とし穴の底からアリオスを引っ張り上げる。中には鉄の棘が敷き詰められていたようで、アリオスは穴だらけだった。

 

「くっ油断した」どくどくと血を流しながら言うアリオス。

「それ平気なの? どう見ても死ぬ怪我だけど平気なの!?」

「勇者ですから」コーラがてきとうに言った。

「まぁ、なら良かったぁああ────」

 

 言いながら今度はセナの足元が開いた。今度は硫酸のたまった落とし穴だ。しかし、落ちた瞬間にセナのスイッチが入り、壁を蹴って舞い戻ってくる。

 すちゃっと着地するセナ。窮地を脱したことで再びスイッチが切れ、感覚が鈍っていった。

 

「…………とりあえず、進もうか」苦悶の表情でアリオスが言った。

「進みましょう」

 

 それからアリオスは五回、セナは七回トラップに引っかかった。二人とも引っかかっても平気なため、大した妨害にはならなかったが、三度目の行き止まりに突き当たった時、ようやくお互いに認めあう。

 

 二人の相乗効果で全く帰還が進まない──────!! 

 

「もう別々に帰りましょうよ。不幸体質と方向音痴が一緒に居たら、一生この中にいる羽目になりますよ」にべもなくコーラが言った。

「な、なんてこというのよ、コーラくん! せっかくみんなでクエストクリアしたんだから、みんなで帰りましょうよ!」

「そうだぞ、コーラ。いくらなんでもそれは……」

 

 でも、どうしようか。セナとアリオスは二人とも視線を逸らして考えた。

 その時、突然、床がせりあがる。トラップだ。今まで通りに回避するも、せりあがった床が壁となり、アリオスだけが壁の向こう側──行き止まり側──に取り残された。

 

「ほら、またこれですよ」コーラがうっとうしそうに壁を触りながら言う。「あと何回こういうのに邪魔されればいいんですか?」

 

 思考するより先に、セナの体が動き、コーラを自分の傍に抱き寄せた。彼の大きな態度とは違う、小さな少年の体だ。

 次の瞬間、コーラが触れていた壁に目で見えるほどの電気が走る。もう少し触れていれば、コーラは感電死していたかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()

 

「あっぶなー……大丈夫? コーラくん」

「……ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

「大丈夫か! 二人とも!」

 

 壁の向こうからアリオスの声が聞こえた。

 

「こっちは大丈夫! そっちはどう!?」

「こっちも平気だ!」

「いや平気じゃないでしょう? 閉じ込められてるじゃないですか」

「それが壁が現れると同時に反対側の壁が消えたんだ。こっちになら進めそうだ」

「では、そっちはそっちでどうにかしてください。こっちは二人で脱出します」

「え、コーラくん?」

「わかった! 外で落ち合おう!」

「アリオスくん!?」

 

 セナが何を言うよりも先にアリオスが駆けていく音が聞こえた。これ以上は声をかけても無駄だろう。

 非難するようにセナはコーラを見た。

 

「どうせ二人一緒に居たら、永遠に迷子なんですから、これでよかったでしょう?」

「……でも、一人でなんて……」

「舐めすぎですよ。アリオスは勇者です。貴女が心配するような存在じゃない。さっさと行きましょう。ここにも飽きてきました」

 

 コーラはセナの返答も聞かずに歩き始めた。セナは彼から感じる小さな悪意に眉をひそめながらもその後に続いた。

 

 コーラは淀みなく来た道を戻る。入ってきた時の道を戻れば、外に出られることなど当たり前なのだが、セナとアリオスにはそれが難しい。まったくなんてボンクラなんだ、とコーラは思った。

 この二人はよく似ている。強くて優しい、正義感がある。そしてどうしようもなく愚か。ただでさえアリオスのお守りでイラついているのに、それが二倍になったようで益々イラついた。

 

 来た道を半分ほど戻った時、コーラはアリオスとセナの共通点が、自分のやりたいことに利用できると思い立った。

 人間という愚かな存在は、自分と似ている人間からの言葉を重く受け止める習性がある。似ていたとしても同じではないのだから、その考えなんぞ参考になるはずもないのに、だ。

 セナがアリオスにもっと勇者の仕事をしろと説得すれば、ボンクラアリオスも少しは行動を改めるかもしれない。コーラはそう考えた。

 

「セナ・ベリウール。一つお願いしてもいいですか?」

「……アリオスくんへのいたずらだったら、手伝えないわよ」

 

 セナの返答にコーラは少なからず驚いた。

 

「しませんよ、いたずらなんて。私はいつだってアリオスが勇者として義務を全うできるように協力しているだけです」

「あ、そうよね。ごめんなさい」

「いいんですよ。つきましてはちょっとアリオスをボコボコにしてもらっていいですか?」

「ええ、それくら──いやいや、どうしてそうなるのよ!?」

「アリオスに勇者としての責務を思い出させるためです」

 

 セナはコーラの発言の意味を考えた。この少年がいつも自分たちにうっすら悪意を向けていることを加味しても、先の発言にはいたずら心ではない真剣味を感じさせる。

 

 本当にこの女はアリオスと同じで優柔不断だな。そんな風に思いながらコーラは言葉を続ける。

 

「貴女はいまのアリオスが魔王……いや、魔人に勝てると思いますか?」

「……無理ね。絶対無理」

「でしょうね。魔人との戦闘経験がある貴女ならわかってくれると思いました。だというのにアリオスはあの様子です。全体から見れば何の価値もない人助けを優先し、魔王を倒すためのあれこれを先延ばしにしている。この危険性、理解できますか?」

 

 セナはサテラのことを思い出していた。あとから見れば、彼女は魔人の中でも強くない方だ。そんなサテラでさえも、いまのアリオスでは勝てる見込みがない。

 勇者は魔王を倒すための存在。確かにアリオスは、現時点では勇者としてひどく役者不足だった。

 

「そんなこと言っても、私がアリオスくんをボコボコにして、危機感を煽ったところでどうなるっていうの? 確かにアリオスくんはまだ強くなる余地を残してるように見えるけど、そんなに急に強くなったりはしないでしょう?」

「あるんですよ、勇者には一つ先の段階に行く方法が」

「……もしかして、勇者の剣?」

 

 コーラは初めて強さ以外の部分でセナに感心した。

 

「はい。エスクードソードと呼ばれる剣です。それを持つ勇者と持たない勇者では、対魔王において致命的な差があります」

「そのエスクードソードをアリオスくんは見つけなきゃいけないのね……で、それを探すことよりも人助けを優先しちゃってると」

「問題でしょう? アリオスにはことの重大さがわかっていないんですよ」

 

 セナは目を瞑って考えた。彼女は与えられた役割を演じる傾向がある。その価値観と照らし合わせると、確かにアリオスはもっと勇者として行動すべきだと思える。

 しかし、その一方で人助けをしない勇者など、勇者と言えるのだろうか、という感情も確かに存在する。

 

「……コーラくんはアリオスくんの弱さを自覚させて、勇者としての仕事だけに集中させたいってわけね。その方法が私に完膚なきまでに負けること……」

「そうです。どうですか? やってくれませんか? 人類のためです」

「……そんな風にアリオスくんをただの真面目な勇者にするのは賛成できないわ。そんなのアリオスくんのいい所をつぶしちゃってると思わない?」

「勇者である以上に重要視すべきいい所、なんてアリオスにありますか?」

「もちろん、彼はいい奴よ」

 

 コーラは反吐が出そうだった。二人のお人よしのくだらない理屈に付き合わされるのは本当に腹が立つ。

 

「じゃあ、とりあえず、アリオスくんはボコりましょうか」

「はい?」

「ボコりましょう。徹底的に」

「……さっきまでの話は何だったんですか? いい奴云々は」

「それは本心よ。でも、アリオスくんが魔王を倒すためにもっと強くならなきゃいけないのは本当だし……それに」

「それに?」

「勇者と戦う機会なんて、これを逃したらもうないと思って」

 

 コーラはセナに対する認識を改めた。この女はアリオスと確かに似ているが、彼以上の大馬鹿だ。

 

「それじゃあ、もっと勇者について教えてくれる? 戦うなら、まずは相手を知らなきゃ」

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