アリオスが外にたどり着いたのは、セナたちよりも少し時間が経ってからだった。
来た道を戻ればよかったセナたちと違い、彼が様々な隠し通路を冒険していたことを考えると、十分に早い到着だったと言えるだろう。
だが、実はもっと早くに外に出ることもできた。それをしなかったのは、歩を進めるごとに強くなる殺気に警戒して、慎重になっていたからだ。
無事に外に出て、セナを見つけた時には一瞬気が緩んだが、辺りを包み込むような猛烈な殺気が、彼女から自分に向けられいることに気が付いた時、困惑と共に気が引き締まった。
「どうしたんだ? 遅刻に怒ってるにしては……ちょっと物騒じゃないか?」
「……アリオスくん。貴方には死んでもらうわ」
あまりに唐突な言葉に質問を返そうとするアリオスだったが、停止した状態からセナが急接近してきたので、剣を構える。いや、構えようとした。
セナの恐ろしいほどの速度はアリオスに次の行動など許さず、薙ぐように振られた剣は首を叩き落す勢いだった。
偶然、アリオスが立っている地面が抜け、体勢が大きく崩れる。その結果、セナの剣はアリオスの頭上を通り過ぎた。
セナはやはりアリオスの行動を許さず、アリオスを蹴り飛ばす。しなやかな体からは信じられないような膂力で勇者の体をバウンドさせた。
「ぐぅ!! なんなんだ!! どういうことなんだセナ!!?」
「…………」
セナは極めて冷たくアリオスを見下した。もちろん演技である。
アリオスを本気にさせるなら、悪い奴を演じなきゃだめですよ。というコーラの言葉に賛同したので、結構必死に悪い奴ムーブをしているのだ。
しかし、コーラから聞いていた勇者は絶対に死なないという言葉が、明らかに不自然な地面の陥没で実証されたことに驚き、次の言葉が出てこない。
遠くで様子を確認しているコーラは、『あーあ、セリフ飛んでるよ』と思った。
「答えてくれ、セナ!?」
「黙りなさい。貴方の言葉なんて聞きたくないわ。抵抗しないなら、さっさと死んで」
再び、セナはアリオスに肉薄する。振るった剣は今度は受けられた。『勇者はあらゆる技を見切る』これもその効果なのだろうか。
初太刀を見切られたところで、次の一撃が防げるわけではない。セナの強みは正確無比で素早い連続攻撃だ。アリオスが何とか一度剣を振る間に、セナは四度アリオスを切りつけて距離をとった。
「訳を……! 訳を言え! セナ! どうして……!」
「……エスクードソード」思い出したように──実際思い出したのだ──セナは言った。「勇者の剣らしいじゃない。貴方には過ぎた宝よ。あれは私がもらう。あれを手に入れて、私が勇者になる……!」
「そんなこと、出来はしない!」
何か拗らせて勇者になろうとしている最強の冒険者。悪役の設定を思い出したセナは狂気的な目で言った。
セリフは飛ぶくせに顔と声の演技はうまいな。コーラは思った。
「勇者とは──」
「──強い者のことよ。貴方じゃない。私!!」
セナが放った連撃はさっきよりも多く防御された。否、防御させたのだ。重さに比重を置いた剣はアリオスの動きを鈍らせ、次の連撃への防御を遅らせる。
何とか命を奪われないレベルで防ぐことは出来るが、ほとんど致命傷と見えるほどにアリオスは血を流した。
セナはちょっと焦った。
これほんとに死なないんだよね? コーラくん。平気だよね?
「……勇者は剣によって選ばれるんじゃない……エスクードソードを手に入れても君が勇者になれるわけじゃない」
「…………あのガキも同じことを言ってたわ。貴方も同じところに送ってあげる」
アリオスの目に初めて怒りの色が走った。
セナはそれに気が付き、剣を振り上げる。
その時、本当に小さな雨雲から、セナに向かって雷が落ちた。信じられない出来事だったが、アリオスの体は行動に移っていた。
勝機──────!
「一式ハヤブサ!!」
雷によってダメージを受けたセナに、アリオスの必殺技が放たれる。
だが、アリオスは気が付いてしまった。セナの目がまっすぐ自分を見据えているということに。
痛みを感じたのは、自分が地面に倒れ伏していると気が付いてからだった。
「ビリー・ギリー」
剣と魔法の同時攻撃は自分の必殺技よりも後から放たれたのにも関わらず、こちらの攻撃が届く前にさく裂した。圧倒的な実力差を前にして、アリオスは初めて実感した。
勝てない。殺される。
あわや両断されかかっている胴体を庇いながら、アリオスはセナを見上げた。彼女は雷のせいで体を焦がしながらも、まるで堪えた様子がない。どうあがいても、ここから逆転の目は無いように見えた。
その時だ。上を見たことでアリオスの目に、巨大な何か──これこそが浮遊都市イラーピュである──が自分たち向けて落下してきている光景が飛び込んできた。自分を見下ろしているセナは、それに気が付いていない。
これはチャンスだ。狂気に飲まれてしまった強すぎる冒険者を止める最後の手段。遠目にしか見えないが、あれだけの質量が落ちてくれば、さすがのセナも無事では済まないだろう。
アリオスは覚悟を決めた。どんなことをしてでも、あれが落ちてくるまで時間を稼ぐのだ。
そう決心するが、セナはじっとアリオスを見下ろしたまま停止している。
あたりまえだ。いまセナの脳内はパニック状態であり、次にどうすべきかを必死に考えているのだから。
こんな雨も降ってない日に雷に打たれる経験など、当然したことがなかったセナは、鋭い剣技を繰り出したアリオスに適切な手加減をして対応することが出来なかった。
己の身を守るために必殺技を使った結果、アリオスは明らかに致命傷を負ってしまった。コーラから勇者は絶対に死なないとは聞いていなければ、すぐにでも治療に取り掛かるところだ。
舐めてた。勇者、舐めてたわ。戦いにおける偶然が全部あっちに味方してる感じ。
アリオス自身も勝負勘があるし、なんだかんだ魔人とも戦えそうな雰囲気を感じる。それでも、コーラから待ったがかからないあたり、魔王と戦うためのハードルは限りなく高いと見えた。
まぁ、確かに、ちょっとアリオスくんは戦い方がまっすぐすぎるね。
現状を分析することで、何とかセナは冷静さを取り戻す。大きく息をつくと口を開いた。
「終わりね、勇者様。多少驚いたけど、所詮はこの程度よ」
「俺を殺しても……君は勇者になんてなれないぞ……! 勇者になるためには特別な儀式がいる……!」
「へぇ。じゃあ、それを教えてくれない? 試しにやってみてあげるからさ」
セナは普通に気になったので言ってしまった。
「無理さ……君じゃもう、ね……」
「もう? 何か制限がある儀式なの?」
「……勇者は13歳の人間に与えられる称号だ……。それ以外の年齢のものがなろうとしても、決してなれはしない」
ほんの少しだけ、セナは本当に残念に思った。もしなれるならば、アリオスの後の勇者になってみたいと考えていたからだ。
だがそんな制限があるならば、仕方がない。セナはきっぱり諦めた。
それと同時にまだコーラからのストップは入らないが、さすがにここまでにしようと思い立つ。これ以上は、アリオスがかわいそうすぎる。
そんな時、セナの鋭くなってる感覚に小さな違和感が走った。
アリオスは甘い所があるが、戦いの最中にこんな無駄話をするタマじゃない。
セナが視線を上空に向けたのは、そこだけがいまセナの視界外かつアリオスの視界内だったからだ。
そして、自分たちの上に恐ろしいほどの質量をもった岩──実際は都市だったが、それがわからないほどにすでに近づいていた──が迫っていることを認識する。
セナは死の香りを感じた。しかし、焦りはしない。命がけでアリオスをたきつけているのだ。死ぬかもしれないということは織り込み済みである。
むしろ、この幸運を利用して自分を倒そうとしているアリオスに感心した。やっぱり、なんだかんだ勇者なのだと。
「よし、悪い奴終わり!」
いきなりそう宣言して、セナはアリオスをお姫様抱っこで抱え上げた。アリオスは困惑するが、抵抗する力は残っていない。
「な、なんだ……急に?」
「ごめんね、アリオスくん。事情はあとで説明するから、今は全力で逃げます! あれは死ぬ!」
セナは猛烈な速度で走り始めた。如何せん強いがために、大けがであるにも関わらず、アリオスは思いっきり衝撃を食らいながらも気絶できずにいる。
セナは必死なので気が付かない。途中、コーラが逃げているのに追いつき、おぶると益々速度を上げて走った。
アリオスは優男の勇者だし、コーラは目の覚めるような美少年なので、ちょっとドキドキしたが、とにかく走り続ける。
三人の近くに影が落ち、いよいよその時が来た。
轟音と爆風が一度に襲い掛かる。あの岩が落ちてきたのだ。三人はなんとか脱出に成功した。
一息ついて振り返ると、ガヤは完全に消滅していた。よく見ると岩の上には街のようなものがあり、人間の姿も見える。
だがそれについて考えるには、いささか余裕が足りなかった。
セナはすぐにアリオスの治療を始める。興奮が引いてきたために、彼の怪我の酷さに──自分でやったくせに──衝撃を受けたのだ。
落ちてきた街が後に自由都市地帯の闘神都市と呼ばれるなんてことは、この時は知る由もなかった。
一度受けた攻撃(や必殺技)はすぐに見切るようになる。という勇者の特性ですが、セナは現時点だと一万通りほどアリオスくんを殺すパターンが構築できるので全く問題ありません。
全通り覚えられたら負けます。