「──カオル・クインシー・神楽? では、その人に直接依頼されたのですか?」
「そうよ。できれば、ここらで目撃されたデカントの群れを討伐していただけませんかって」
「じゃあ、知っていたわけですね。二人とも、ここに奴らが来ると」
「まさか。なあ」
「ええ、そんなこと思いもしなかったわ」
恐ろしいデカントの群れがその村に迫ってくるにも関わらず、ひどく落ち着いた様子で三人の冒険者はお茶をすすっていた。
一人はプラチナブロンドの女戦士、一人は赤髪の戦士、最後の一人は従者然とした白髪の少年だ。
この三人とは対照的に村は恐慌状態である。逃げ惑う者、泣き叫ぶ者、覚悟を決める者。それらが混ざり合い、いまにも爆発しそうに見えた。
戦士が少し急いた様子で少年の方を見た。少年は肩をすくめてから話す。
「東から来てるんでしょう? なら反対方向です。全然道すがらじゃありません……まだ飲み終わらないんですか?」
「せっかくおいしい紅茶なんだから、味わって飲まなきゃもったいないでしょ?」女戦士が答えた。
「こんだけ騒がしくても味わえるものなのか?」戦士が言う。
「もちろん。それにただ騒がしいだけよ。刃傷沙汰も起こってないわ」
「ならいいが……」
扉が勢いよく開き、大汗をかいた男が三人に呼び掛けた。
「何やってるんだ! 早く逃げろ! もうそこまでデカントたちが来てるんだぞ!!」
実にリラックスした様子で戦士は立ち上がった。
「すぐそこ、だそうだ。これはもう道すがらだろ?」
「……ええ、そうですね。まったく……」
「ご馳走さまでした」
女戦士はカップを置いて、立てかけてあった剣を持った。しゃなりと立ち上がると、柔らかい笑顔を今しがた入ってきた男に向ける。
この男は昨晩、突然現れたこの三人を快く宿屋に案内してくれた男だった。人の良い男なので、こうして逃げ遅れている人間に声をかけて回っていたのだろう。
「ありがとう。でも、今度はまた違うことをみんなに教えてあげて」
「ち、違うこと……?」
「勇者が来たって」
そうして、男の前から冒険者たちは去っていった。
一時間もたたないうちにデカントの群れはすべて彼らによって打倒される。
勇者アリオス・テオマンとその従者コーラ。そして、最強の冒険者であるセナ・ベリウールがパーティとなって冒険をしている。
そんな噂が立つようになってから、二か月が経ち、どうやらそれが本当のことらしく、彼らが行く先々で人助けをしているという話が広がると、自由都市地帯での人気が爆発した。
これはセナによるところが大きい。それは実力とか外見の問題ではなく、性格的な問題だった。
アリオスとコーラの二人旅だった頃は、彼らは過度に目立つのを避け、人助けをしてもお礼を固辞することが多かった。
しかし、セナは違う。褒められたいがために目立ちたがるし、お礼は貰えるならば絶対に受け取った。
俗物丸出しだが、そのおかげで助けられた側は心置きなく彼らとの思い出を親しみのある記憶へと変換することができたのだ。
デカントの群れによって消えるはずだったこの小さな村が救われた時、セナが勇者一行に交じっていなかったら、村を挙げての大宴会に当人たちは参加していなかったであろう。
セナがまた一杯酒を飲みほして、ジョッキを高く掲げるとそれに合わせて村人たちから歓声が上がる。
アリオスはそれを楽しそうに見つめていた。近頃はこうして大々的に感謝されるのにも慣れてきた。初めのころは大量の女性に囲まれることが多く、デレデレとして二人から白い目を向けられることも多かったが、それももうだいぶいなせるようになってきた。
彼女と一緒に冒険しなければ、もっと俺の旅はこじんまりしていたものになっただろうな。
そんな風に考えてアリオスは酒に口をつける。大して強くないので少しだけ。それでも温かな感覚がのどに伝わっていく。
勇者としての自分がこんなに有名になるなんて、アリオスは全く想像していなかった。
彼は物語の勇者のように純粋でお人よしだったので、名誉欲というものがまるでなかった。そのせいで勇者としての知名度は低く、多くの苦労を背負ったものだ。
振り返れば、セナと冒険して一番驚いたのは、彼女の知名度だったかもしれない。セナは確かに英雄として語られているが、あくまでリーザス解放の英雄である。リーザス軍にいた頃は彼女の名前を聞かない日はなかった。
しかし、ここは自由都市地帯。彼女はここでも戦果を挙げているとはいえ、カスタムとレッドという二つの都市以外で戦ったという話は聞いたことがなかった。
実のところ、セナの民衆からの人気は戦後冒険者活動を通して得たものである。強さと優しさの下地があるために、褒められたがりでおっちょこちょいというキャラクターは民衆に受けた。
美しく、気さくな女戦士がどんな敵でもなぎ倒して、最後には一緒に酒を飲み、歌を歌い、踊りを披露してくれる。ほかのどんな戦争の英雄もこんな風に接してくれることはないだろう。
そんな英雄が半年近く冒険を続けたのだ。民衆からの人気は当然ストップ高である。
そのセナが事あるごとにアリオスを勇者と紹介するものだから、勇者としてのアリオスの人気も上がっていった。そのおかげで信用されずに宿に泊めてもらえなかったり、冒険の依頼料をちょろまかされることが減った。勇者として振舞うことにこんなメリットがあったとはアリオスは今まで考えもしなかった。
名声は浅ましいものだと思っていた。しかし、名声によって人々は勇者や英雄を信頼し、安心を得る。彼らの希望に満ちた目を見るだけで、自分は──あるいはセナも──あとひと頑張りする気になる。
勇者らしく振舞え。そう言っていたコーラの言葉の意味をアリオスはようやく理解したのだ。
「何をスケベな目をしてるんですか?」思考にふけっていたアリオスを引き戻すように、いつの間にか現れたコーラが言った。「ついにセナを襲う気になったんですか? 殺されないようにしてくださいよ」
「そんなつもりはないし、そんな目はしてない! 二人ともどれだけ俺をスケベキャラにしたいんだ!」
セナが何度もアリオスはむっつりだの、女たらしだの言うものだから、最近コーラは何かにつけてこんな風にアリオスを揶揄った。
まったく、なんて失礼な奴らだ。ちょっと前まで村一番の娘に言い寄られていたことなど忘れたようにアリオスは憤慨した。
「まぁ、むっつりアリオスのことはどうでもいいとして、ちょっとトラブルが起きました」
「トラブル? 何があったんだ?」
「この村からゼス方面に向かう道で土砂崩れがあったそうで、完全にふさがってしまったようです。まったく誰かさんの不幸体質には困ったもんですよ」
「悪かったな……ほかに道はあるのか?」
「もちろんです。まぁそっちにも問題はありますが」
「話してくれ」
「ゼス方面に向かう回り道があるんですが、通称巡りの迷宮というダンジョンになってます。非常に複雑な構造をしたダンジョンなので……」
「迷いやすい、か」
アリオスは天を仰いだ。迷いやすいとか複雑な道とかのワードはこの一行の鬼門だ。普通にかかる十倍は苦労すると思ってかからなければならない。
「さぁ、どうしますかアリオス?」コーラがわずかに口元を歪めて聞いた。
勇者一行のルールとして、進路の最終決定権はアリオスにある。セナとコーラはこれに意見する権利を持つものの、拒否することはできないのだ。もちろん、責任の全てもアリオスが請け負うことになっている。
勇者という大きすぎる使命をこなすためにセナが考えたトレーニングの一つだった。これ以外にもセナはアリオスに対して数多くのトレーニングを提案している。コーラのセナへの評価が旅を通じて高くなっていった原因は、間違いなくこのトレーニングが大きなウエイトを占めている。
しばらく考えた後、アリオスはコーラに自分の判断を話し始めた。
「報酬として、スコップも貰うことにしよう」
「……その心は?」
「勇者として、一度吐いた言葉は飲み込まないよ。俺たちは
コーラは思わず笑いをかみ殺した。ずっと馬鹿だと思っていたアリオスは、セナと出会ってもっと馬鹿になった。
「そっちの方がセナを連れてダンジョンに潜るよりもずっと早く済むだろう」
「どうでしょうか? たとえあなたたちが必死に道をふさぐ土砂をどかしても、ダンジョンを行く方が早いかもしれませんよ?」
「……前にセナは洞窟の入り口を魔法で増やしたことがあるって聞いたよ。同じことを何十回か繰り返せば、きっと何とかなるさ」
きっとそれはものすごい重労働だろう。わかっているはずなのにまるで悪びれた様子もなく、セナの方に視線を移すアリオス。
「まぁ、頑張ってもらおう」
「プッ」
「? なにか言ったか?」
「……いいえ、何も」
二人の言っていることなど聞いていないセナはまた一杯ジョッキを空にしていた。
人々の笑い声が響き渡った。
このままゼスなどに行かず、勇者の時間切れまで人助けだけしてたら、アリオスくんとセナは結ばれていました。
その場合だとおそらくアリオスくんの美樹ちゃん襲撃イベントが無くなり、リトルプリンセスが誕生するENDになります。