くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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トレーニングは突然に

「もう無理! 今日は無理! 終わり! ご飯を食べましょう!」

 

 道のど真ん中で仰向けになりながら、セナは叫んだ。アリオスに塞がった道を開通させると言われた時は、まぁ半日くらいで出来るでしょ、と思ったものだが、実際は丸一日かけても終わらない。バンバンバンバン黒色破壊光線を撃っているので前に進むことはできるが、さすがにものすごい消耗だ。

 

「あれ? 最初の意気込みはどうしたんですか? 最強だから土木作業くらいできると言っていましたが」

「もう! またそんな意地悪言って! 無理ですむーりー! ご飯食べましょう! 食べなきゃやってられないわ!」

「……わかりました。じゃあ、食事にしましょう。アリオス、いいですね?」

「ああ……さすがに俺もだいぶ疲れてきたよ」

 

 三人は焚火を囲い、食事を用意した。今日の当番はコーラだ。雑な料理しか作らないアリオスとカレー以外は微妙なセナに比べて、彼の料理は打率が高いので人気だった。

 ずっと自分が作ってもいいんですよ。以前、そういうことが提案されたこともあったが、これもトレーニング! とセナが言ったことで、三人での当番制になった。

 

 セナはうどん鍋──うどんの木から取れるうどんの実を一晩寝かせたものを鍋に入れた料理──を食べながら、文句を言い始めた。

 

「ちょっとこの作業、私に負担が偏り過ぎてない? もっとアリオスくんもガンガン掘ってほしんだけど!」

「確かにセナが一番しんどい係ってのはわかるけど、俺も精一杯やってるよ。だけど思いのほか固い岩が出てくるからなぁ。あのスコップだとどうしても」

「剣で斬ればいいでしょ!」

「無茶言うな! ああいう二メートルくらいの岩もあるんだぞ!」

 

 アリオスは岩を指さして抗議する。セナは食器を置くと剣をとって立ち上がる。

 まさか。アリオスが想像した通り、彼女が岩の前に立つ。

 

 剣を振り下ろす。実に静かな剣だ。まるで柔らかいゼリーに斬りこんだように音もなく五〇cmほど岩が斬れた。今度は斬り上げ、再び振り下ろし、最後にまた斬り上げる。それだけで岩は割れた。切断面は実に滑らかで、すべての斬撃が同じ直線をなぞっていたことを示している。

 

 神業。しかし、なんでもないことのようにセナは二人の方に向き直る。

 

「こう!」

「そんなことできるのは君くらいだ! 普通は岩を斬ると弾かれるんだよ、剣は!」

「でも、固い敵とかはいるでしょう! 勇者なんだからそれくらい斬れないでどうするの! これトレーニングね!」

「うぐ」

「いいですね。岩を斬る。頑張ってくださいアリオス」

「お前他人事だと思って……わかったよ。明日はでかい岩が出てきたら斬ってみる」

 

 セナが課すトレーニングをアリオスは断ってはいけない。これもまた勇者一行のルールだ。

 

「アリオスくんの剣は基本に忠実なところが強みだけど、そのせいで対人以外がちょっと弱いからね。こういう対物の訓練は役に立つと思うわ。実際、力に寄った技は魔人相手に有効だしね」

「君が言うならそうなんだろうが……しかし、ほんとに俺に出来るかどうか」

「できるできる。アリオスくんと近しい実力で、岩を斬れる人を知ってるし、コツをつかめばできるようになるわ」

「……また例のランスくんかな?」

 

 セナは自分の友達の話をするのが大好きだったので、よく聞く凄腕の戦士の名前を出した。

 

「そ。まぁ、斬るっていうよりはぶっ壊すって感じになるだろうけど」

「一度でいいから、そのランスくんの剣を教えてもらいたいな。現人類で間違いなく一番魔人を倒した人だろうし」

「やめといた方がいいわね。ランスくんの剣はしっちゃかめちゃか過ぎるし……」

「過ぎるし?」

「……ぶっ飛んだ人だから、アリオスくんとは相性悪そう」

「俺が堅物ってこと?」

「いや、ランスくんがアリオスくんの顔が気に入らないとかで殺しにかかりそうだから。女好きでね。顔のいい男を嫌ってるのよ」

「友人関係を見直した方がいいぞ」

「いい人……ではないけどすごい人なのよ! アリオスくんがランスくんを遥かに超える力を身に着けたら紹介するわ!」

「あまり期待しないでおくよ」

 

 食事を済ませ、三人はたき火の傍でいつものように他愛のない会話を続けた。主に喋るのはセナだったが、しばしばアリオスも自分のことを話した。コーラは基本的に問いかけられなければ何も話さなかった。

 ゼスが間近に迫っていることもあり、話題はゼスのことに移っていった。実のところ、旅の目的地であるにも関わらず、この話題はほとんど三人の間で話されることはなかった。それはセナが無意識にこの話題に触れることを避けていたからである。

 しかしアリオスはついにこの話題に触れた。

 

「実は俺の故郷もゼスなんだ」

「え!? そうなの!?」

 

 心底驚いた顔でセナが言う。

 いままでアリオスがゼスを話題に出さなかったのは、セナへの気遣いもあるが、魔法使いでもあるセナと、魔法の使えない自分とでは、同じ目線で故郷を語ることが難しかったためだ。

 それでもアリオスは話を続ける。

 

「といっても、ご存知の通りもう出身の村は魔物のせいで全滅してしまったんだけどね」

「……そうだったわね」

「今回は出来れば村の跡地にも行きたいと思ってる。出るときは随分バタバタしてたからね。君はどうしたい?」

「へ?」

「よくよく考えるとゼスに行くという目的は聞いていたけど、ゼスで何をするっていう目的は聞いていないと思ってね」

 

 その質問はセナすら答えが出せていない難問だった。

 

「えっと……」セナは言いよどむ。「どうしようかな?」

 

 アリオスはその問いをあえて無視した。珍しい対応だったので、コーラは驚く。

 その問いはセナ自身が見つけなければいけないものだと感じていたのだ。

 

「……………………劇場」たっぷりと時間をかけた後、セナが言った。「ラグナロックアークにある劇場に行きたいな。昔、そこで劇を見たの……初めて劇を……」

 

 どこか思い出すような顔でセナは言った。哀愁がこもった表情で、アリオスは心配になるが、何も言葉をかけることはできなかった。あまりにもセナの纏う雰囲気が物憂げな神秘性を発しており、触れがたく感じたからだ。

 

「ええ、そうしたいわ」自分にも言い聞かせるようにセナが続けた。「私はまず劇場を見に行きたい……ついてきてくれる?」

「……ああ、もちろん」

「そんなに安請け合いしてもいいんですか?」珍しくコーラが自発的に発言する。

「俺たちの目的地はパリティオラン近くの迷宮だろ? だったら、ラグナロックアークは通り道だ。少し劇を見るくらい問題ないはずだ」

「……ちゃんとそこらへんをわかってるならいいですよ」

「地図は何度も頭に入れたからな。ただでさえうちには方向音痴がいるから」

「もう! 最近は前よりも迷子にならなくなったって! ……ありがとう。アリオスくん」

「どういたしまして」

 

 それでゼスの話は終わりになった。しゃべるネタがなくなるほど話して、三人は明日のために眠りにつく。

 ここから一度リーザスに抜け、いよいよゼスに入る。どんなに長くても五日程度だろう。その時は目前にまで迫ってきている。

 

 眠りに落ちていく直前、不意にセナは自分の一番行きたい場所が劇場ではないことに気が付いた。

 だが、それを理解することを拒み、無理矢理夢に逃亡する。

 本当はアリオスと同じで自分の故郷へ行ってみたかった。

 しかし、それはあまりにも恐ろしい願いだった。

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