最後にゼスの話をしたあの夜から四日経ち、勇者一行はようやくゼスの国境にあるアダム砦までたどり着いた。
ゼスとリーザス間を行き来するには必ず―もっとも非合法ならいくつか手があるが―通らなければいけない砦で、出入国者はいくつかの手続きをしなければならない。
自分の情報と入国目的(冒険と記入した)を記載した書類を提出したところになって、セナは自分が幼いころに逃げるようにこの国を出たことを思いだした。
当時、自分はメルドロスに連れられて、非合法な手段で国境を超えたのだ。そのことが記録に残っているならば、罪に問われてしまうのではないか。
「セナ・ベリウール?」
入国審査官が言った。なんとなく怪しまれている気がする。ジロジロとした視線に怯みながらも次の言葉を待つ。
「……この魔法Lv2というのは本当か?」
「え? はい、本当です」
「ここで見せてみろ」
「ここでですか? えーと」
「もしやこれは虚偽か? それは違法で──」
「ライトニングレーザー」
両手の指先から細く小さなライトニングレーザーを同時に放つと、空中に絵を描くようにグニャグニャと曲げ、最後に互いをぶつけて相殺する。威力をきわめて抑えた上に高い精密性を要求される技だ。セナはこれをダンスの演出の一つとして生み出した。
「すみません、破壊光線系は小さく撃つのが苦手で。これでもいいですか?」
「……ええ! ええ! もちろん! 失礼いたしました!」入国審査官は急にへりくだって言った。「剣を帯びているものですから、てっきり……いや、申し訳ございません。実に素晴らしい魔法でした。セナ・ベリウール様。本国での冒険者としてのご活躍を願っています」
「ありがとうございます」
セナは笑顔で返事したが、内心は穏やかではなかった。ゼスの貴族の生まれだ。非魔法使いへの差別が公然となされていることは知っている。しかし、実際に差別される側への対応を受けたことは初めてだった。
悪意を敏感に受け取るセナの感覚には、あの理由なき悪意は鋭い棘が肌に刺さるようだった。
そして、その悪意がいま魔法の使えない友達に向けられるであろうことを思うと、息が詰まりそうだ。
それから少し経ち、セナはアリオスたちと合流した。アリオスは少し疲れているようにも見えた。何かあったのか、聞きたかったが、セナには聞けなかった。
三人はそろってゼスに入国する。アリオスにとっては二年ぶり、セナにとっては六年ぶりの故郷だ。
しかし、すぐに骨を休められるわけではない。ゼス国境にあたる北東部は荒れた土地であり、ゼスの北端にあるサバサバという街にたどり着くにはそれなりの労力がいる。
そのことを経験で知っているセナはうんざりした気分だったが、コーラがリーザスからの行商人と話をつけてくれたために、三人はうし車で移動できることになった。これならば随分楽をできるだろう。酔い止めも飲んだので安心だ。
「まさかあのセナ・ベリウールに護衛を頼めるとは思ってませんでしたよ」行商人のオヤジが言った。「本当に運がいい」
「いやいや、運がいいのはこっちですよ」セナが答える。「ここら辺は歩くと骨ですから」
「そうですねぇ。ゼスは都市部はびっくりするほど整備されているんですが、田舎はどうにも……土地柄でしょうねぇ」
行商人はあえてそんな風に言った。
ゼスは大陸中で一番発展した都市と、最もすさんだ村々を持つ国だ。そのすさまじいまでの格差社会は国外の者から見てもはっきりとわかるほど歪なものだった。
「しかも最近は何かと物騒ですから、本当にあなたが護衛を受けてくださってありがたいです」
「物騒? なにか事件でもあったんですか?」
「天地がひっくり返るようなことはありませんが、昔からいるテロリスト? の組織みたいなのが近頃活発になってるらしく……なんでも魔法を使える人間を襲ってるなんてことも聞きます。私のようなそこまで戦えるわけではない魔法使いは戦々恐々としておるのです」
「そう、ですか……」
セナにはその組織に心当たりがあった。
ペンタゴンと呼ばれるテロリスト集団で、セナが生まれる前から活動している連中だ。
思い出しただけでも不愉快になる。父を殺したのはペンタゴンの信奉者だった。
「それは大変だ。でも、俺たちがいるからには襲われても問題ありませんよ」セナの顔色を見たアリオスが話を引き継いだ。
「まったくです。ああ、新しい四天王の方が就任されて少しは良くなるかと思っていたんですが、どうにも……」
「新しい四天王?」
「おや、ご存じでないですか? ナギ・ス・ラガール様です。大変な魔力を持っていると風の噂で聞きましたが、政には全く興味がないようで……一昨年就任されたパパイヤ様と同じく、我々下々の者には何の恩恵も与えてくださらないでしょうな」
「パパイヤですって!?」
浮かない顔をしていたセナが突然大きな声を出したので、うし車に乗っている人全員が彼女を見た。
彼らの驚いた表情など見えていないかのような必死さで、セナは行商人に聞き返す。
「それってパパイヤ・サーバー? オレンジ色の髪の?」
「え、ええそうです。お知合いですか?」
「小さいころ、家同士で付き合いがあって……パパイヤちゃんが四天王?」
そのこと自体には驚きはあるものの、奇妙な納得感があった。自分と同じで子供の頃から魔法の才に目覚めていたパパイヤは、自分と違って頭が良く、ずっと真面目な一つ上のお姉さんだった。セナはお転婆すぎるから、ちょっとパパイヤちゃんを真似するべきね。そんなこと何度か母に言われたことを覚えている。
それだけに引っかかるのはそんなパパイヤが政治に興味を持っていないということだった。
彼女の父、ネルソン・サーバーはゼスの腐敗した階級社会を憂いていた──もっとも、子供のころは彼がどんな主義を持っているかなんて推し量れなかったが。そんな父から薫陶を受けていたはずの彼女がこの現状に何も手を打っていないなんて。
セナは頭を振って自分の思考を無理矢理打ち切った。これ以上、幼馴染に関する嫌な想像を続けたくはなかった。
「時間が経つといろいろ変わるものね」誤魔化すようにセナが言う。「他にもいろいろ教えてもらっていいですか? 私、故郷に来るのは久しぶりだから」
そうしてうし車の中は、一見すると楽し気な雑談に戻った。セナはいまのゼスのことをいろいろ聞いた。変わったことは多くあり、さりとて変わらなかったことはうんざりするようなことばかりだった。
たくさんたくさん、話をしたが、知りたくないことは質問しなかった。