くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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上と下

 勇者一行のゼスでの冒険は、思いのほかスムーズに進んだ。なんだったら、自由都市地帯を進んでいた時よりも起こった問題は少ないくらいだった。

 そしてゼスに足を踏み入れてからおよそひと月で、一行は最初の目的地である首都ラグナロックアークに到着した。

 

 さすが首都というだけあり、ラグナロックアークの美しさはいままで通ってきた街々とは一線を画すものだった。

 数多くのマジックアイテムによって、大陸中類を見ないほどの発展を遂げた都市だ。大通りを歩く人々は、誰もが笑顔をうかべ、清潔な服を身に着けている。

 初めて都市部に足を踏み入れたアリオスはもちろん、幼いころに何度か来たことがあるはずのセナでさえも、その豊かさには舌を巻いた。

 もっとも、このひと月で見てきた二級市民たちの居住区を思い出すと、その落差に気分が落ち込まざるを得ないが。

 

「じゃあ、さっそく例の劇場を探すか」

「何言ってるんですか、アリオス。まずは宿でしょう? いままで散々、宿をとれずに苦労してきたじゃないですか」

「いや、こんなに大きい都市なんだし、宿ぐらいすぐに見つかるだろう?」

「同じことをイタリア(ゼスの大都市の一つ)で言ってましたけど、どうなりましたか?」

「あれはびっくりしたわね。たまたま到着した日がお祭りの日で、どこも宿がいっぱいだなんて!」

「……宿探しを優先したいと思う。それで構わないか、セナ?」

「もちろん」

 

 三人は宿を探した。コーラの懸念は的中していた。

 どうやら、ラグナロックアークで何か式典が行われるところらしく、どこも満室だと断られてしまった。

 

 いよいよこれは野宿かと覚悟し始めた時、ようやく部屋の空いている宿を見つけることができた。

 

「まったくラッキーだったな」

「そうですね。セナの方向音痴がいい方に働きました」

「素直に喜べないわ……」

 

 荷物を降ろしながら、三人は口々に言った。

 実はこの宿は一行が自力で見つけ出したものではない。

 宿を探す途中でセナが迷子になり、うっかり貧民街に足を踏み入れそうになった。それを見ていた黒髪の少女がセナを呼び止め、さらにはこの宿を紹介してくれたのだ。

 

 驚いたのは、この黒髪の少女が以前デカントの群れを討伐してほしいと依頼してきたカオル・クインシー・神楽その人だったことだ。

 

『あなたならば間違いは起きませんでしょうが、無用な混乱を引き起こすことになりますから』

 

 凛とした雰囲気でカオルは言った。彼女の立ち振る舞いは実に見事なもので、何らかの武術を修めているものと推察された。

 直観的に彼女が自分を見張っていたこと、詳しくはわからないが立場のある人間だということがわかったが、これといった敵意は感じないので、ありがたく紹介された宿に泊まることにしたのだ。

 

「ともかく、これで宿は確保した」アリオスが言う。

「しかも個室」セナが合いの手を入れる。

「ああ、久々にな。次は劇場を探す。いいな?」

 

 コーラは何も言わなかった。セナは微笑みで返答した。

 

「よし。じゃあ、行こう。セナ、例の劇場がどこにあったかは……覚えてないか」

「はい」

「この人の記憶を頼るのは反対です。この都市の劇場をすべて巡るつもりでやりましょう」

「結構な時間がかかりそうだな……」

「仕方ないでしょう? そうしないと見つかりっこありません。見つからなかったら、次の目的地に行かないつもりでしょう?」

「ご迷惑おかけします……」

「さっさと行きますよ。時間がかかる探し物ですから」

 

 一行はその日から首都中の劇場を巡った。ラグナロックアークには実に二百を超える劇場あるいは文化ホールが存在しており、すべて巡るというのは大変な作業だ。しかも、頼りはセナの記憶だけ。方向音痴の御多分に漏れず、道中の景色というものをほとんど覚えられない人間の記憶だけなのだ。

 探し始めてから五日。驚異的な体力を持ってすでに百を超える劇場を回ったが、どれもお目当ての場所ではなかった。果たしてこんな調子で見つけることなどできるのか。

 一行がそう思い始めた頃、セナは再びカオルに再会した。

 ちょうどアリオスとコーラが用を足しに行き、決してその場を動かないようにと言われたセナが、一人でベンチに座っている時だった。

 間違いなく狙ったタイミングだ。

 

「またお会いいたしましたね」

「あら、こんにちは。この前はありがとうございます。おかげで野宿せずに済みました」

「それならばよかったです。また何かお探しでしょうか?」

「そうなんですよ……」

 

 カオルと名乗った少女に、セナは以前から考えていた質問を彼女にぶつけるべきか、一瞬悩んだ。

 カオルはセナが何を言いたいのかを察したように笑みを浮かべると言った。

 

「申し訳ございません。お考えの通りです。私はさるお方の命令で少し前からセナ様の身辺や人となりを調べていました」カオルは頭を下げる。「非礼をお詫び申し上げます」

「……いや、いいですよ。最強の冒険者だなんて看板を掲げてますから、偉い人に警戒されるのは慣れてます」

 

 自分は()()()()()()()だしね。心の中で付け足した。

 

「警戒ですか。確かに調査は行っていましたが、なにもそれはセナ様に何か疑いの目を向けていたからではありません。むしろ、その逆です」

「逆?」

「ええ。私はセナ様に協力を仰ぐために、貴女様のことを調べていたのです。もちろん、ただでとは言いません。我々に協力していただけるならば、それ相応の報酬はお渡しするつもりです」

「えーと……」

 

 セナは思ってもみない方向に話が進んでいくので戸惑った。明らかにこの国の要人から依頼を受けているであろう目の前の少女の話し方は、こういった交渉事に慣れている様子で、自分がいくら頭を回しても真意のほどはわかりそうにない。

 単純に考えるならばこの国でやることがあるセナたち一行にとって、この提案は渡りに船だが、ゼスに対する不信感とパーティリーダーの判断が仰げない状況のせいで、首を縦に振ることはできなかった。

 

 だが結局はこの話を受けることになった。

 どうしてそうなったのだろうか。思い出せない。

 何をお願いされたのだろうか。それさえ思い出せない。

 

 

 〇

 

 

「なんだっけ……」

「は?」

「え?」

「いや、なんでそっちが疑問形なんだよ」お銀と同じグリーン隊のプリマが呆れたように言う。

「プリマちゃん、私なんか言ってた?」

「なんだっけとかなんとか言ってたよ。ぼーっとしてないで気を引き締めてくれよ。あんな隊長なんかじゃなく、あたしはあんたに期待してるんだからね!」

「期待……」

 

 真剣そのもののプリマの表情を見て、ようやくお銀は現状を思い出した。

 いまグリーン隊は初めての任務として、二級市街地に現れる殺人鬼サーベルナイト討伐の真っ最中だった。

 

 どうしてこんな重要なことを忘れていたのだろう。自分はたまに呆けて大事なことを忘れてしまう。

 それがなぜなのか、一瞬意識がそちらに向かったが、すぐにお銀は目の前のことだけに集中した。

 

 サーベルナイトは二級市民だけを殺す殺人鬼だ。以前アイスフレームのブラック隊が討伐に向かったが、返り討ちにされ、あわや全滅という目にあった。

 いまはグリーン隊所属だがプリマはその時生き残った唯一のブラック隊員だ。この任務にかける思いは誰よりも強い。

 そんな彼女の期待に応えるようにお銀は頷く。

 

「もう大丈夫。任せてプリマちゃん。私が必ずサーベルナイトを倒してみせるよ」

「頼んだよ、お銀」

「だー! 何を二人でこそこそとやっとんだ! 隊長を無視して!」二人の会話に突然ランスが割り込んでくる。

「なんですかランス隊長」ちょっとムッとした様子でお銀は言った。「女の子の会話に割り込むなんて失礼ですよ」

「なんだその態度は俺様は隊長だぞ!」

「功績もなく、ホワイト隊をみんな殺しちゃうような人を隊長とは認めません。まともな命令には従いますが、敬ったり、仲良くなったりはしません!」

 

 堂々とお銀は言った。ランスの強さ、強引さのせいで言えずにいたが、ほとんどのアイスフレームメンバーが思っていたことである。

 

 お銀はランスの返答を待たずにプイとそっぽを向く。コミュニケーションを完全に拒絶した態度である。

 ランスはそんなお銀にむかっ腹がたったが、背中を向けたことにより飛び込んできた形のいい尻に釘付けになった。

 

 先日受けたカオルからの忠告などすっかり忘れたランスは、欲望の赴くまま、ぺろーんとお銀の尻を撫でた。

 

 次の瞬間、ランスは宙を舞っていた。

 

 ゴンと鈍い音を立てながらランスは固い地面に激突する。

 突然の出来事に一同は硬直するが、お銀が拳を振りぬいた姿勢で止まっているので、何が起きたかは理解できた。

 

 お銀が目にもとまらぬ速さでランスを殴ったのだ。隣にいたプリマはおろか、殴られたランスにすらその圧倒的な速度に反応することさえできなかった。

 

「え? え? え!?」

 

 最初に声を上げたのもやはりお銀だった。もだえるランスに駆け寄ると心配そうに彼を見つめる。

 

「そ、そんな……ごめんなさい、そんなに、吹き飛ぶほどショックを受けるなんて! ちょ、ちょっと言いすぎちゃったわ……」

 

 ランスは何を言っとるんだこいつは! と思った。

 しかし、すぐにお銀が本気で自分を心配しており、お銀自身が殴ったなどと露程も考えていないことを察すると、今度はこの状況がチャンスだと思えてきた。

 

「お銀が俺様を邪険にするのも無理はない……」わざとらしく反省したようにランスは言った。「しかし、あれは仕方なかったのだ。正当防衛! 俺様もできればあんなことしたくはなかったのだが、命を守るために……」

「そ、そうよね。そう聞いていたのに。私ったら感情に流されて……」

「所詮俺様は新参者! 信じてもらえずとも仕方あるまい! 悪者と決めつけられても甘んじて受け入れるしかないのだ!」

「ご、ごめんなさい、ランス隊長! 私勘違いしてたわ! ランス隊長もあんなことしたくなかったのね!」

「もちろんだ」

 

 ランスはお銀から発せられていたチクチクとした敵意が無くなったを感じた。

 彼が想像した通り、お銀は単純──あるいはちょろい──性格のようで、先ほどの一芝居ですっかり警戒を解いたようだった。

 

 ホワイト隊を殺したことなど、後悔も反省もしていないランス。あんなどうでもいいことで美人から敵視されるのなんて御免だった。

 

 まったく俺様は演技の才能まであるのだな。

 ランスは心の中でぐふふと笑った。もちろんお銀以外には彼の演技など通用していないのだが。

 

「とりあえず、立ってください。サーベルナイト討伐を続けましょう」

「おう。そうだな」

 

 ランスはごく自然に差し出されたお銀の手を取った。

 やはりまたランスは宙を舞う。

 

 そんな様子を見ていたグリーン隊員メガデス・モロミはぽつりとつぶやく。

 

「あれがあるからモロミちゃんも手が出せねぇんだよな……」

 

 プリマは女でも下心あるとダメなんだなと思ったが、口には出さなかった。そういうこと言うとモロミは怒るから。

 

 

 〇

 

 

 ランス達のやり取りを上から見下ろしている三つの人影があった。

 その影こそがランス達が探しているサーベルナイトことハッサム・クラウンである。そばにいるのは婚約者のエミ・アルフォーヌとその奴隷ドルハン・クリケットだ。

 

 ハッサムとエミの二人は二級市民やランス達をあざ笑いながらも、しっかりとランス達の方を見ていた。正確にはお銀の方をだが。

 

 誰から見ても、お銀はあの集団において飛びぬけた存在に見えた。それなりのレベルを持つハッサムでも、彼女のパンチを捉えることができなかった。

 

 クズの中に交じった強く美しい女。それは二人にはゾクゾクするようなおもちゃに思えた。

 

「さすがのハッサム様でもあれを殺すのは難しいんじゃありません?」揶揄うようにエミが言った。

「かもしれませんね」意外にも弱気そうにハッサムは答える。「しかし、もしあなたが私を応援してくださるならば、あの女戦士でも誰でも狩って見せましょう」

「あら、ハッサム様、本当ですこと? もし私があの女を殺せたなら、今度の晩餐会でエスコートしていただきたいと言えば、そうしていただけるのですか?」

「もちろん」

 

 エミはその答えにずいぶん気をよくした。

 

「ならば、そうなさってください。もちろん、言葉だけでなく私も応援いたします。このドルハンを持って行ってください。多少の役には立つはずですわ」

「ムシ使いごときなれど、あなたの心と思えば百人力です。ありがとうございます姫君。それでは私の狩りをご照覧ください。クズたちとの頭の違いをお見せしますよ」

 

 

 〇

 

 

 グリーン隊のサーベルナイト捜索は難航していた。被害の状況などは色々聞けるものの、肝心の居場所に関する話は一向に出てこない。

 わかるものと言えば、ゼスにおける二級市民の生活の酷さばかりだった。

 

 争い盗みは日常茶飯事。街はどこも汚れ、陰気な雰囲気が常に街全体を包んでいる。

 ランスなどは一度二級市民の子どもに財布をすられかけた。明らかに武器を帯びているランスがだ。

 グリーン隊の面々は──二級市民の生活をよく知っている者たちですら──荒んだ人心にうんざりした気分になった。

 

 そんなグリーン隊がそろそろ一度隠れ里に戻るかと考え始めた時だ。

 隊から少し離れた場所で男の悲鳴が聞こえた。

 

 いの一番に駆けだしたのは、やはりお銀だった。

 彼女の動きは特別素早い──かつてセナだった時に比べるべくもないとはいえ──ため、隊の誰よりも早く現場にたどり着く。

 

 現場は血にまみれており、二人の男性が血の海に倒れていた。

 お銀はその光景にひどく焦り、二人に向かって駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?」

「うう……」

 

 お銀が声をかけると倒れていた内の一人が、呻き声を上げる。

 

 生きている! お銀は内心で喜んだ。

 ランス達が追い付いてきた。すぐにプリマが治療を施せば、こちらの人は助かるかもしれない。

 

 そんな風に考え、ランス達へ視線を向けた時、唐突に時間がゆっくりと引き延ばされるような感覚に包まれた。

 

 カオルが目を見開き、何かを叫ぼうとする。

 ランスもまた何か言おうとしているが、お銀の思考はむしろ倒れている男たちに向き始めていた。

 

 倒れている内の一人、呻き声をあげた方は奇妙な体型をしていた。大きく背中が膨らんでおり、全身を走る入れ墨が印象的だ。

 ずきんと頭に痛みが走って、忘れていた記憶がわずかに蘇る。

 彼はムシ使いと呼ばれる民族の人間なのかもしれない。ムシというモンスターを体に納め戦うことのできるこの民族は、随分前にゼス貴族によって虐殺されてしまったと聞いた。

 そんな民族がこの二級市街にいるだろうか。

 

「すまぬ……」

 

 血濡れのドルハン・クリケットはそう言った。

 しかし、その言葉はお銀には届かず、彼女にそれ以上の記憶復元を許さなかった。

 かつて持っていた超人的な危機察知能力も、魔法への対抗能力もなにも戻っては来なかった。

 

 痛み。

 ドルハンの放った毒針はお銀の体の自由を奪う。間髪入れずに魔法による偽装が解かれ、サーベルナイトが姿を現す。誰の対応も間に合わない。

 

 今度は熱だった。

 サーベルナイトが放った一突きは、初め狙った心臓から外れたものの、お銀の腹を貫いていた。

 サーベルゆえに細く小さな穴。しかし、十分に致命傷になりえるダメージだった。

 

「テメェ!!」

 

 追いついたランスの剣がサーベルナイトに向かう。サーベルナイトは素早く剣を戻すと、何とかランスの攻撃を受けきった。

 

「ぐぅう!?」

「よくも俺様の女予定のお銀を!」

 

 ランスの攻撃に合わせるようにカオルがサーベルナイトを取り押さえに動く。

 しかし、それらを阻むように再びドルハンが毒針を放った。

 お銀の動きが止められるのを見ていた二人は、慌ててその場を飛びのく。その間にサーベルナイトは体勢を立て直した。

 

「ふん、所詮は下々のクズ。二級市民ごときにつられ……」

 

 そこまで言ってサーベルナイトは絶句した。敵だけを見据えていたランスとカオル以外のグリーン隊員もだ。

 思わず、ランスとカオルも彼らの目線の先を追った。

 

 そこにいたのはお銀だった。毒を受け、腹からとめどなく血を流しているにも関わらず、片手剣を上段で構えている。

 

 異様な光景だった。体から命が消えかけているのに、怒りは迸っている。そしてその目はサーベルナイトではなく、近くに立つドルハンを捉えていた。

 

「なんで忘れてたんだ……ムシ使いぃぃ。ムシ使いぃぃぃぃぃいいい!!!!」狂ったようにお銀は叫ぶ。

 

 凄まじい一閃だった。半死半生でありながら、一刀にてお銀はドルハンを無力化した。

 

 いまにも倒れそうな体で再び剣を構えようとする。

 

「動かさせるな!!」

 

 叫んだのはプリマだ。衛生兵としての経験が咄嗟にそうさせた。

 カオルが飛びつくようにして、お銀を抑える。まったく力は感じない。戦いなどさせればすぐにでも命を落とすだろう。

 

「ムシ使いめ!! よくも! よくもメルドロスを!!!」

「安静にさせろ!」

「どうやってですか!」

「とにかく叫ばせるな!!」

 

 カオルは食いちぎられる危険性を無視して、お銀の口に手を突っ込んだ。予想外のことに一瞬力が抜けたためか、そのまま完全な脱力状態になった。

 

 どうにか治療を始めるプリマだったが、こんな隙を敵が見逃すはずもない。

 サーベルナイトは再び剣を振りかぶる。

 

「馬鹿め──」

「──馬鹿はお前だ!!」

 

 そして当然鬼畜戦士もこんな隙を見逃すはずがない。

 がら空きになったサーベルナイトを袈裟斬りにすると、ダメージで硬直するのを蹴っ飛ばした。

 

「がああ!! き、貴様!! ゴミごときが!!」

「ふん! 口ほどにもないわ! とどめじゃー!」

「く、くそ!」

 

 ランスが飛び掛かる前にサーベルナイトは懐から取り出した笛を吹いた。

 奇妙な音色が響き渡ると、どこからともなく治安隊が現れる。

 駆け付けた治安隊はピッとランスを指さすと「お前が不届きものだな!」と一方的に言い放ち。彼を捕まえようと動き始めた。

 

 カオルはロッキーの方を見て言う。

 

「隊長様と一緒に治安隊をここから引き離してください! いまお銀様を動かすことになれば、彼女は命を落としてしまいます!」

「わ、わかっただす!」

 

 ロッキーが飛び出す。一連の流れを聞いていたプリマだったが、心の中でそれでも間に合わないかもしれないけどよ。と弱気になった。

 

 プリマが持ち歩いている救急箱では治療しきれないほどひどい傷だ。

 傷口から流れる血が止まらない。縫合は出来るが内臓が傷ついているならばどうしようもない。

 

 サーベルナイトは逃げてしまった。プリマはそれがどうしようもなく腹立たしいはずなのに、そんな気持ちは霧散してしまっている。

 それはきっと自分と同じくらい恨みの感情を爆発させたお銀を見たからだ。

 

「────」かすれた声でお銀が何か言った。

「しゃべるな!」プリマが言う。「大丈夫だ! 助かる! 大丈夫だ!」

 

 声が聞こえているのか聞こえていないのかわからないまま、震える手でお銀は自分の腹を触った。

 

「触っちゃ──」

 

 プリマが止めようとするが、お銀の手から光がこぼれたのを見て息をのんだ。

 神魔法の光だ。実際にヒーリングを見たことのない者たちすら、そう思った。

 

 プリマの頭は混乱する。お銀が魔法を使えるなんて話は聞いていない。魔法が使えるというのなら、なぜお銀はレジスタンスに参加しているのだろうか。

 様々な疑問がグリーン隊員の頭をよぎり、強い口調でお銀へ詰問しようと声がのどを通るが、発せられることなく引っ込んだ。

 

 他ならぬお銀自身が声をかけるのも憚られるほどびっくりしていたからだ。

 

「な、なんかでた……」

 

 意味が分からな過ぎて助けを求めるようにお銀はグリーン隊員を見回す。誰かにこの混乱を収めてほしいが、当然全員頭はパニック状態。答えなど返ってくるはずもない。

 

「な、なんか……きゅう」

 

 そうこうしているうちに、お銀は貧血により気絶した。

 プリマが咄嗟に言葉が出なかった。言葉を発したのはモロミだ。

 

「とりあえず、本人もよくわかってないみたいだし。連れて帰ろっか」

「そうですね」

 

 カオルが素早く同意する。お銀の顔色は悪いが先ほどのように致命的ではないため、ひとまず安心した。

 結果だけ見れば、彼女は記憶の一部を取り戻し、使えなくなっていた神魔法を使った。セナが戻る希望を見せられたようだった。

 しかし、同時に彼女が戻ることはセナ自身──あるいはお銀自身──に多大な痛みを与えることを思い知らされた。

 

 カオルの脳裏にムシ使いへ向ける彼女の憎悪の表情がへばりついている。初めて会った時のハツラツとした顔とは似ても似つかない。

 あの怒りを思い出させることが本当にセナのためになるのだろうか。

 思い出したら最後、今度こそ彼女の精神は砕け散ってしまうのではないだろうか。

 

 様々な思考を断ち切って、カオルは再び顔を上げる。

 なんにせよ、もう事態は動き出してしまった。きっと止まることなどないだろう。




ランス世界最強の技、不意打ち。
これを完全にさばけるのでセナは最強でしたが、お銀は防げないので一般強者に収まります。
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