くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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お銀サイドの話を個人的に闘病編と呼んでます。


魔法使いの弟子

 お銀の復帰は怪我の割には早かった。目覚めた(とお銀は思っている)神魔法を自由に使いこなすことができたのならば、もっと早かっただろう。

 

 そうお銀はあの日以降、一度も神魔法を使うことが出来ていない。どんなに気合を込めても、神に祈ってみても、うんともすんともいわないのだ。

 

 一時期は裏切り者だの、魔法使い側のスパイ──こっちは事実──だの言われていたお銀だったが、その必死に魔法を使おうとする姿のおかげで今ではそんな声は小さくなった。

 

 というのも、必死に使えない魔法を練習することは、アイスフレームに所属するような二級市民なら一度は経験することだからだ。

 手から魔法が放たれ、一級市民として命を認められる。そんな想像をしなかった者は二級市民にはいない。

 

 お銀の必死な姿はかつての自分たちを否応なしに思い出させ、彼女への仲間意識を強くした。

 

 しかしついには気合を入れ過ぎて腹の傷が開き、お銀はあわや失血死の危険に陥った。当然、プリマからしこたま怒られ、ダニエルからも苦言を呈され、それ以降、神魔法の練習は禁止されてしまったのだった。

 

「でも、神魔法が使える子が来たんでしょ? ならその子と一緒なら神魔法の練習OKじゃない!?」

 

 ウキウキした様子でお銀は言った。

 神魔法を使えるのはカオルも一緒だが、ここではそれを隠しているため、大っぴらに教えを受けることはできない。

 先生役を頼むのはあきらめていたが、偶然ほかの神魔法使いが仲間になるなんて、なんという幸運だろう。

 

 衛生兵として基本的に付きっ切りの看病をしているプリマはバツが悪そうに答える。

 

「あー、確かにそうかもな」

「でしょ! じゃあさっそくその子……ランス隊長のお友達なんだっけ? に会いに行きましょう!」

「待て。うん、ちょっと待てよ」

「どうして? 傷はすっかり良くなったってプリマちゃん言ってたじゃない」

「まぁ、それはそうなんだが……」

「なにプリマちゃん、なんか気になることでも?」

「いやぁ……あんた気になんないのかよ? 相手は魔法使いだよ?」

 

 なんだか誤魔化すようにプリマは言った。

 お銀は不思議に思ったが言われたことについて考えてみる。

 確かにそんなにいい気はしない。自分自身魔法の使えないゼス国民──お銀はそう認識していた──魔法使いの横暴さに思うところがないわけがない。

 

 しかし、お銀は主であるガンジーや、同僚のカオルとウィチタなど優しい心を持った魔法使いを知っている。

 魔法使いというだけで拒絶することは間違っている。そう思えた。

 

「うん。大丈夫。それに私もこれから魔法使いと言えなくないもの。ひるんでなんかいられないわ」

「ああそうか」

 

 いまいち気のない感じでプリマは返事をした。実際、全く違うことを考えているからだ。

 

 どうすべきか。いや、でも。

 

 プリマが混乱する頭に振り回されていた時、ちょうど扉がノックされる。

 

「お銀様、体調の方はどうですか?」

 

 カオルの声だ。プリマはこれ幸いと彼女を迎え入れる。

 なんたってカオルはお銀と一番親しい──お銀を連れてきたのがカオルだった──し、なにより()()()()()()()()()()

 プリマよりも適切な判断、あるいは言い訳が出来るだろう。

 

 軽く事情を話した後、プリマはカオルにそれとなく判断を仰いだ。あの魔法使いとお銀をいま話させることがお互いのためになるのか、いまいち判断がつかなかった。

 

 カオルにとってもこれは難しい判断だった。

 お銀もといセナとシィルの間にはまず間違いなく面識がある。彼女の記憶にとって、シィルとの会話は良くも悪くも刺激になるはずだ。

 またお銀が神魔法を使えるようになるというのもよい。単純な戦力増強になるし、やはり記憶を刺激するだろう。

 シィルを通してランスとの仲も深められれば、二人の善性に引っ張られて、彼の傍若無人っぷりも抑えられるかもしれない。これは完全に希望的観測になるが。

 

 やはり色々加味してもお銀の提案はメリットが多いものだった。

 

 問題はものすごく気まずいということである。

 そう気まずい。クールで冷静と評されるカオルですら、いまシィルとお銀を合わせるのは気まずいのだ。

 

 R-18タグがつかない程度に(かいつまんで)説明しよう。

 

 シィルがアイスフレームに連れてこられたあの日、ランスが魔法使いを奴隷にしていることがあまりに常識外のため、アイスフレーム中がざわついた。

 それに気をよくしたランスはいつも通りの鬼畜っぷりを発揮してしまう。

 なんと自らの皇帝をシィルになめさせ始めたのだ。グリーン屋敷の真ん前で、である。

 

 さらなる悲劇は偶然リハビリの散歩をしていたお銀が帰ってきたことで起こる。

 

 お銀は精神的な病をいくつも抱えている状態だ。その中の一つに認識障害がある。

 彼女のそれは性的なものや行為を認識できないといった類のものだった。

 

 そのため、お銀にはランスが何をさせているか。またシィルが何をさせられているか──というよりもシィル自体が──認識できなかった。

 そして気さくな彼女はランスを見つけると、当然のごとく始めてしまう。

 

 世間話を! 

 

 上はそよ風、下は洪水である。

 

 すごい特殊プレイだ! アイスフレームの全員がどうすることもできず、ただただその一部始終を見守ってしまった。

 

 そして同時に終わりが来て、お銀は何事もなく寝室へ戻っていく。

 アブノーマルに巻き込まれていたのに気づいていないのは、お銀ばかりである。

 

 こういった次第で、お銀をシィルと会わせるのは気まずかった。

 魔法使いのシィルに少しだけ同情の声が集まるほど、あの光景は異様かつ背徳的だったのだ。

 

 どうすべきか。カオルは頭を悩ませたが、結局シィルには我慢してもらうことにした。

 

「では、私からシィル様に紹介させていただきます」

「ええ!?」思わずプリマが声を上げる。

「え、なんか問題でも?」

「い、いやそういうわけでは……」

 

 プリマはカオルの方を思わず見たが、強い視線で返され、何か考えがあるものとして納得する。

 それからすぐに何かあった時のために、自分も一緒に行った方がいいなと思い立った。

 

「じゃあ、あたしもついていくよ」

「お、じゃあ皆で魔法使いの子と仲良くなっちゃおう!」

 

 プリマとカオルは視線を交わし、覚悟を決めた。

 お銀はそんな二人の様子には気が付かず、楽しそうに何を話すかなど考えていた。

 

 

 〇

 

 

 シィルはグリーン隊の洗濯業務に勤しんでおり、周りにランスの姿は無かった。いれば確実に面倒ごとが起きたので幸運と言える。

 お銀たちの姿を見つけるとシィルは軽く会釈をした。

 

「シィル様。少しよろしいでしょうか?」カオルが言った。

「? はい。なんでしょうか?」

「実は紹介したい方がいまして」カオルはお銀に目で合図しながら続けた。「同じグリーン隊員のお銀様です」

「お銀です。よろしくね。シィルちゃん!」

「わぁ! よろしくお願いします」

 

 元気よく挨拶を交わす二人。しかし、シィルの方がじっとお銀の顔を見つめている。

 あんなことがあった後だ。それも仕方ないだろう。プリマはそんな風に思った。

 

「どうしたの? 私なんか変?」

「え! いやそうじゃないんです。ただちょっとお友達に似てるなって」

「……もしかして、セナって人?」

「そうです! もしかしてお知合いですか? 親戚だったり?」

「いや、全然知らない人だけど、ランス隊長も私をその人と間違えてたからそう思ったの」

「ランス様も……でも本当にそっくりなんです」

「世界には似てる人が三人いるっていうけどね。私にもいるのか。そういう人……って、そうじゃないのよ! 私、お願いがあって来たの!」

「私にですか?」

「そう! シィルちゃん! 私を弟子にしてちょうだい!」

「??? はい?」

 

 シィルは困惑した。事情も話さずいきなりこんなことを言われれば誰だって困惑する。

 

「お銀様。そんな風に話してもシィル様が困ってしまいます。もっと理由も話さないと」

「あ、そっか! えーっとつまりね。神魔法がこう……覚醒? したのよ」

「……実は先日こういったことがありまして」

 

 カオルはシィルにサーベルナイトと戦った時に起こったことを説明する。

 そういうことが言いたかったのよ! と頷くお銀も適宜合いの手を入れて協力(邪魔)をした。

 

「そういうことでしたら、私でよければ協力しますよ」

「ありがとう! シィルちゃん! いや、師匠のシィルちゃん!」

「ふふふ、師匠のシィルちゃんですよー」

 

 瞬時に仲良くなった二人を見て、カオルはほっとした。セナの名前が出た時は一瞬焦ったが、一度ランスにも言われているからか、大した影響は出ていないようだった。

 

 一方、もう一人の付き添いであるプリマは愕然としていた。シィルの完全に自然体な様子に度肝を抜かれたのだ。

 

 ──あんな痴態を生み出した相手だぞ。そんな急に仲良くできるものなのか!? 

 

 プリマはごくりと唾を飲み込んだ。

 普通の人間であるならばプリマの考え通り、お銀と話すどころかしばらく顔も見たくないような出来事だった。

 しかし、シィルはあの鬼畜戦士ランスの奴隷である。正直、変態プレイは慣れっこだった。先日のあれに関しても、『あ、そういえばそんなことありました。思い出しても恥ずかしい……』くらいの認識である。

 

 仲良く話しながら洗濯仕事をし始めた二人を見て、プリマは魔法使いの恐ろしさを再認識した。

 こんなことで再認識されてはさすがに魔法使いが気の毒である。

 

 

 〇

 

 

 シィルに神魔法を教えてもらう日々は、実に穏やかなものだった。

 今日も軽い任務の合間にお銀の部屋へシィルを招き、授業が始まった。

 

 お銀は魔法のことをよく知らず、神魔法を神から力を借りる魔法だと思っていたが、どうやら違うらしい。あくまで神魔法も魔法の一つであり、発動に必要なのは祈りではなく、自身の内をめぐる魔力をどう操作するか、どう出力するかを理解することであるらしい。

 

「じゃあ、なんで神魔法は神だなんて言われてるの?」

「神官の方がよく使う魔法だからですね。神様とは関係ない魔法ではありますが、神様と近い人たちの方が覚えやすい傾向にあります」

「……じゃあ、やっぱり神様の力なんじゃないの?」

「うーん、難しいですね。使うときに自分以外の誰かの魔力を使っているみたいな感覚はないです。けどもしかしたら、覚えるときには神様が私たちに与えてくれてるのかも」

「死にかけの私を助けてくれたって感じなら、案外神様も優しいわね。でも、結局は神様だよりじゃなく、反復練習が必要ってことね」

「はい。頑張っていきましょう!」

「了解、師匠」

 

 二人は座学を終え、実践の練習を始める。

 回復魔法は傷を負っていない人間にも使用できる。どれくらいの威力かを計ることはできないが、発動自体が怪しいお銀の訓練としては、無傷のシィルが対象でも問題ない。

 

「ぱぁって感じ、ぱぁって感じ」シィルに教えられた魔力の動きを反芻しながらお銀は呪文を唱える。「いたいのいたいの、とんでけーっ」

 

 魔法が発動する感覚がして、シィルの体に温かな魔力が流れてくる。

 ヒーリングの発動に成功したのだ。

 

「ほ。出来た!」

「はい。出来てますね」ニコニコとシィルが言う。「これで五回連続成功です! 次の段階に行きたいと思います」

「はーい!」

「といっても、次もヒーリングの練習です」

「あれ? 教えてもらったバリアとかマッピングとかは練習しないの?」

「確かにそれも神魔法を使う上ではすごく便利なんですが、まずは基本のヒーリングをしっかりできるように練習です! 使えるだけの魔法は実践では使えませんから」

「おー、冒険者の知恵ってやつですか、師匠!」

「はい! それではこれからお話ししながら同じようにヒーリングをしてもらいます!」

「む、難しそうだ……!」

 

 お銀は慄いた。そして想像通り、この訓練はとても難しかった。

 基本は机を挟んで楽しくおしゃべりしているが、シィルの合図があったら、すぐにヒーリングを唱えなければいけない。

 

 これがとにかく難しい。

 シィルは素直な性格なのでそこまで不意を突いて合図を出すようなことはしなかったのだが、素早く魔力を神魔法に変換するということが、どうにもお銀は苦手だったのだ。

 

「うう、できないよぉ」実に十回目の失敗でついにお銀は弱音を吐いた。「ごめんねシィル先生。私才能ないみたい」

「そんなことないですよ。一日で完全にマスターできない方が普通です。継続して頑張っていきましょう」

「そうなの? 普通教えてもらえるなら多少なりとも一日で出来るようになるもんじゃない?」

「まさか。私なんてヒーリングを学校の先生に教えてもらっても、一週間は使うのに時間がかかりましたよ。それに比べれば、お銀さんはすっごく才能のある人です。元気出してください」

「……うん」

「今日はもうやめにしますか?」

「……いや、もうちょっと頑張るわ」

 

 そう言って凛と姿勢を直す弟子に思わずシィルは笑みをこぼした。

 やる気に応えるように何か雑談の話題を探すが、さすがに長時間話続けているため、パッと話題が出てこない。

 少し考えこんでいると、お銀の方が話し始めた。

 

「私の父さんもね。冒険者だったの」

「え」

 

 思わずシィルは声を出してしまった。

 お銀が話し始めたこと自体ではなく、その内容についてだ。

 シィルはあらかじめカオルから一通りお銀の状態について聞いており、彼女の生い立ちや過去についてなど、お銀の記憶の負担になりすぎるような話題には触れないようにしていた。

 それでも話していると明らかに受け答えが出来ない話題があり、お銀の精神的な不安定さは理解しつつあったのだ。

 

 そんな彼女から家族の話題が出るとは思ってもみなかった。

 お銀はシィルの反応に対して、本来とは違う受け取り方をしたようだった。

 

「意外かな? ゼス生まれの非魔法使いは外国に出たらまず戻ってこないから、そりゃ意外か」

「は、はい。そうですね」

「それで父さんから剣を教わったんだけど……感じ悪いようだけど天才でね。教えられたことがすぐに出来ないなんて、なかったのよ。だから、こうして失敗続きなのは結構悔しい」

「……なら、これからどんどんうまくなりますよ」

「どうして?」

「お銀さんは失敗してもあきらめないやり方をよく知らなかったんです。でも、いま覚えられましたから、きっとすぐにものにできますよ」

「ふふふ、そうね。そうだったら──」

 

 ──いや、前もこんな風にあきらめずに頑張ったことがあった気がする。

 赤い髪の女の子と一緒に何かを作っている自分が不意に想起された。本当に自分だろうか。少し違う気がする。

 不格好に不器用に。でも二人で作った。頑張って作ったんだ。

 

 あれは確かイカカレーだった。大好きなイカカレーだったはずだ。

 

 自分の息が随分長いこと止まっていたことに気が付いた時、お銀はシィルの胸に抱かれていた。

 

「大丈夫。大丈夫です」優しく言い聞かせるようにシィルは言う。「きっと何とかなります。そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

 

 お銀の目からはいつの間にか涙が流れている。

 

()()()()、シィルちゃんは優しいね」

 

 お互いに何も言わず、そうしてお銀が涙を流すだけの時間がしばらく続いた。

 ようやくお銀はまた話し始める。

 

「私ね。皆には内緒だけど。自分が何かを忘れてるってことはわかってるの」

「はい」

「たぶんもっと色々おかしくなってるのもわかってるわ」

「はい」やはり優しくシィルは言った。

「でも、どうしたらいいかわからないの。どうするべきか。どうしたいのかさえ!」

「大丈夫ですよ」

「どうして大丈夫なのよ!」

「大丈夫です。急がなくても大丈夫なんです。たとえどんな風になっても、どうしたくなっても、私はお銀さんの師匠ですから。待ってますよ」

 

 お銀は何も言えなくなった。シィルが本気であることを悟ったのだ。

 この人は会ってそこまで経っていない、ちょっと魔法を教えただけの女を絶対に裏切らないと言い切ったのだ。

 

 やはり沈黙が流れた。さっきよりも長い沈黙だった。

 お銀はおそらく生涯で最も長い時間自分の内面と向き合っていた。

 

「シィルちゃん」

「はい」

「私、忘れたことがあるなら思い出したいわ。失ったものがあるなら取り戻したい。たとえその先にあるのが、どんなに辛いものだったとしても」

「……わかりました。じゃあ、やってみましょう! それにきっと悪いことばかりじゃないですよ!」

 

 まぶしい笑顔のシィルを見ていると不思議と何とかなるような気がしてきた。

 その日からお銀の新たな戦いが始まった。




イカカレーについては24話『終戦後』で作っていたイカカレーです。
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