くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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しばらく暗い話を続けすぎたので、この話の次は日常回します。


とあるゼス四天王のどうしようもなく無力感に苛まれる日々の終わり

 その女は狂気の女と呼ばれていた。

 そう過去形だ。今では四天王第二位の仕事量を誇る優等生の一人だ。

 もっとも一位の仕事量が凄まじすぎるのと、三位以下が働かなすぎることによる順位付けだが。

 

「それでセナちゃんについての報告はどれくらい上がってきたの?」

「ウィチタさんから聞いたものを書面にまとめておきました」

「それってカオルちゃんからの報告の又聞きってこと? 正確なの?」

「不正確でもなんでも、直接私が聞きに行くなんてできないので我慢してください」

「それもそーね。ありがとキャロット。個人的な仕事もしてもらちゃって悪いわね」

「いえいえパパイア様の恩人は我々にとっても恩人ですから」

 

 そう言って書類仕事に戻っていくキャロットに心の中でもう一度感謝してから、パパイア・サーバーは書類に目を落とした。

 

「なるほどあの子も自分の記憶がないことはわかってるのね……。認知障害が良くなってきたのかしら。やっぱり、知り合いにあったのが良かったのかも……。でもそしたらあたしたちを見てどうして何も思い出さないのかしら。いや、あたしたちのことなんか思い出したくもないか」

『ケケケケケ。あいつの淡い期待を裏切ったのはねーさんですからね! きっと最悪な思い出なんでしょう!』

「うるさい」

 

 幻聴に思わず返事をしてしまいパパイアは頭を振る。

 およそ一年半前、セナとキャロットの手によってかなり強引に呪いの魔導書ノミコンの呪縛から解き放たれたパパイアだったが、今でも幻聴や悪夢に悩まされることがあった。

 それが呪いによるものなのか、それとも罪悪感から来るものなのか、パパイアには判別が出来なかった。

 わかるのはそんな自分の不調よりも、セナの現状を変えることの方がずっと重要だということだ。

 

 気を取り直して、もう一度報告書に目を通す。

 

 ──セナ・ベリウールは自身をお銀という別人と認識しながらも、記憶喪失の現状を把握している。同氏はカオル・クインシー・神楽に自身について知っていることをすべて話すように要求した。クインシーは自身の知るベリウールの情報およびお銀としての情報をすべて開示したが、以前と同様にベリウールは情報のほとんどを理解できず、またそのような話をしたという記憶も消失した。

 

「やっぱり直接話すのは無理ってことね。あの子にどうにか思い出してもらわないと」

 

 ──クインシーは今後ベリウールの記憶を戻す助けになるものと判断し、ベリウールが記憶を失う以前からの友人であるシィル・プライン(アイスフレーム所属/冒険者/魔法使い/女)に、お銀がセナ・ベリウールである事実を開示した。また同様の理由で後にアイスフレームに参加することとなった魔想志津香(冒険者/魔法使い/女)とマリア・カスタード(冒険者/魔法使い/女)にもお銀=セナ・ベリウールということを明かしている。なお同じく記憶を失う以前からの友人であるランス(名字不明/アイスフレームグリーン部隊長/冒険者/男)には性格上の問題から、以上の事実は秘匿している。

 

「……カオルちゃんも随分大胆なことしたわね。まぁ、下手に記憶を刺激して暴れだしたら誰にも止められないから、サポート役は必要ね」

 

 ──報告の期間中にベリウールが行った任務は以下のもの。①……──

 

「あらら、アイスフレームもかなりめちゃくちゃやってるわね。追い出した元隊員が山賊になったから退治。安眠街道村でモンスター退治。二級市街のサラキンマシン破壊。ここら辺はまーいいとして、王立博物館で盗みに銀行強盗ねー。千鶴子が怒ってたやつだ。こーいうのはセナちゃんも反対するでしょうけど、よく言うこと聞かせられたわね。よっぽど口のうまい人が……いや、あの子は単純だから結構ダマくらかせるか」

 

 幼い頃の活発な少女を思い出して、パパイアはくすりと笑った。

 だが報告書の続きを見て、すぐにそんな気分は吹き飛んだ。

 

 ──またこの任務の際、少女たちが凌辱されている姿が収められたラレラレ石が発見され、グリーン隊の前で再生された。ベリウールは映像を認知できないようだったが、映像の途中で嘔吐し、一時過呼吸などを伴うパニックに陥った。幸いすぐに回復したものの、同氏は自身の状態一切を認識できていない様子だった。

 

「そうよ。そうよね……」

 

 パパイアは椅子にもたれかかった。セナがラレラレ石に──特に性的な映像を収めたラレラレ石に──トラウマを持っているのは当然だろう。

 セナはカオルに依頼され、征伐のミトの別働隊として活動していた一か月の間に、彼女が自分の母、マイラ・ベリウールに行われた所業を知った。

 そのきっかけが偶然見つけたラレラレ石の映像だったらしい。

 

 夫を失い、悲しみの隙に財産を掠め取られた美しい未亡人が幼い娘を育てる術は少ない。

 それでも違う選択は出来たはずだ。だが周りの邪な貴族たちがそれを許さなかった。

 

 嗜虐心は満たせば満たすほどに育ち続ける。二級市民だからと言い訳して人間を甚振っていた者たちは、結局同じ一級市民にもその欲望を向け始めた。

 マイラはその初めの被害者だったわけだ。

 

 セナが十二歳から十三歳になるまでの一年間。責め殺されるその日まで、マイラは娘に地獄の日々を隠し通した。

 パパイアは目をつぶってマイラのことを思い出す。特別優しい人ではなかった。差別と闘うとかそういう高潔な人でもなかった。彼女はただ普通の母だった。そんな死に方をしていい人間ではなかったはずだ。

 

『ケケケケケケケ! そんな普通の女たちを何人殺したんだっけ、ねーさんはさ!』

『十四人よ』今度は声には出さずに幻聴へ答える。

『じゃあ、十四人のセナを作ったわけだ!』

『いいえ、彼女たちの家族は全部で三八人』

『どの面下げてセナの心配すりゃいいーんだよ!』

 

 まったくね。パパイアは幻聴の指摘に自虐した。

 それでもセナの心を戻すための研究は続けなければならない。彼女がパパイアを正気に戻さなければ、十四人ではとても聞かない数の犠牲者が出ていたはずだ。

 そうなれば、いまでさえぎりぎりのパパイアは完全に廃人と化していたかもしれない。

 

 それだってのに、あの子があんな調子じゃ、あんまりにもあんまりよね。

 そんな風に思った後、パパイアは再び思考に耽った。

 だが目をつぶっていたせいで、いつしか眠りに落ちていく。

 

 そして、いつものように悪夢を見る。

 

 

 〇

 

 

「どうして、どうしてこんなことを……」

「んー……やれそうだったから?」

 

 パパイアの無責任な受け答えにセナは愕然とした。かつての優しいパパイアを知っているがゆえの絶望だった。

 これは何度も見た、跳躍の塔にセナが来た時の夢だ。夢見るパパイアは薄っすらとそう思ったが、体は言うことを聞かず、かつての再現を繰り返した。

 

「改造された人間がどれだけ苦しむか……! 残された人たちがどれだけ悲しむか……! パパイアちゃんならわかるでしょう!?」

「うんうんわかるわかる。でも、元気いっぱいに生きてたのを殺したのはセナちゃんでしょ?」

「……改造された人は決して元には戻らない」

「そうかな? もしかしたら、戻るかもしれなかったのに」

 

 嘘だ。可逆の改造などこの時のパパイアは施していなかった。

 

「昔は優しかったのに、殺したがりになったね。セナちゃん。聞いたよ。ガンジー王の言うこと聞かない人たちを殺して回ってるんでしょ?」

「違う! 私はそんなんじゃ……」

「わかってるわよ。直接斬って殺してなんかいないもんね。でも、捕まえたやつも脅しつけたやつも、結局は他の貴族に殺されちゃったんじゃなかった? あれ、二級市民にだっけ?」

 

 ほとんど外界に興味がなかったはずのこの時期に、パパイアがセナについて良く調べていたのは、果たしてかつての思い出からだったのか、それとも最強の冒険者という実験体が欲しかったからなのか。いまのパパイアには判別がつかない。

 ただその調査のせいでパパイアの口はひどくセナをえぐった。

 

「でも本当は自分で斬り殺したかったんでしょ? おじ様みたいに。それとも、セナちゃんの方がおば様みたいに気持ち良すぎて死んじゃいたいのかな?」

 

 そのセリフが間違いなくセナの臨界点を一つ突破させた。

 瞬時に抜かれた剣はほんの少しの反応も許さず、パパイアの力の源である魔導書ノミコンを切り裂いた。

 ノミコンが抵抗する余地もない完璧な一撃。あまりの攻撃にノミコンの中の人格は一息で消えてしまったようだ。

 だが寄生されているパパイアもまた壮絶な痛みによって悲鳴を上げる。

 

 この時もう一人悲鳴を上げていた。

 セナだ。絶望と怒りが混ざった悲痛な叫びを彼女はあげていた。

 

 悲鳴を聞きつけ、助手のキャロットが部屋に入ってくる。おそらくずっと待っていたのだろう。

 その手にはスーパー消しゴムという魔道具が握られている。彼女はパパイアをノミコンから助けるために、ずっと手段を探していたのだ。

 このスーパー消しゴムは四天王の山田千鶴子から教えられ、与えられたものだという。どんな魔導書であってもこれさえ使えば無力化できる。

 

 そんな現状を把握しているのかしていないのか。セナは壊れたように「ごめんなさい」と謝り続け、血を吐くパパイアに釘付けのまま、逃げるように部屋を飛び出した。

 

 呪縛から解き放たれつつあったパパイアはその背に手を伸ばすが気づかれない。謝罪と感謝を伝えたくとも、痛みと苦しみで声も出ない。

 結局、今日も悪夢は悪夢のまま終わる。

 

 しかし、今日はいつもとは違う。なんといってもパパイアはセナが記憶を取り戻したいと思っているのを知ったのだ。

 今までずっと、自分の研究がセナのためになるのかを考え続けてきた。その答えはやはりセナ自身がもたらしてくれたのだ。

 

 あと少しで悪夢は終わり、パパイアは目を覚ますだろう。

 そして戦うべき現実へと舞い戻っていくのだ。




呪いで人生ぶっ壊されてる系の女、パパイア・サーバー。
物語的にもXでの性能的にも好きなので登場してますが、見返してみてあまりの気の毒っぷりに戦慄しました。正史ではX一部で死んでしまっているのも可哀想です。

さらっとキャロット生存しました。よかったね。
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