「どんな感じですかね? ダニエルさん」お銀は至極自然に言った。
「うむ……経過はいい感じだ」ダニエルは真摯に答える。「記憶障害、認知障害、強迫症、PTSD……どれも快癒に向かってると言っていいだろう」
「本当に? 全然良くなってる感じはしないんですけど」
「本人にはよくわからないものなのだ。少なくとも、症状を自覚できるようになっているのだ。間違いなく状態は良くなっている」
「そういうものなんですかね?」
「医者の言うことを信じて考えすぎるな。自分は病気だと悩み過ぎることが最も体調に影響する」
「でも、不安だわ……」
「その気持ちも不安症という病気の一つだ。風邪と変わらん。そのうち治ると安心して過ごすといい」
「……わかりました」
「実際、ここ最近のお前は来たばかりの時よりも随分良くなってる。それを事実として覚えておけ」
「はーい」
診察が終わり、いくつか薬を用意している間、ダニエルはお銀にグリーン隊の話を振ってきた。
特に隊長のランスについてはウルザが彼に狙われている──実際はもう襲われているが──こともあり、気になっているようだった。
「ランス隊長は……まぁやっぱり悪い人だと思いますよ。乱暴だし意地悪だし。でも、すごいエネルギーを感じます」
「エネルギー?」
「はい。なんかこう、何かを起こしてくれそうな感じのパワー……みたいな? そういうのがアイスフレームの誰よりも感じます。ゼスをいい国にするだけならいらないかもですけど、革命を起こすならランス隊長がいなきゃ無理じゃないですかね」
「……高く買ってるな」
「……確かに。なんでこんなに期待してるんですかね、私?」
「知らんよ……そんな奴が危険な思想に陥った時、お前はまだ奴を斬れるか?」
「あー……無理かもです」
「そこまで気に入ったのか」
「いや、思ったよりも強くなるペースが速くて……それにランス隊長を斬るってことは、シィルちゃんもロッキーくんもリズナちゃんとかも敵に回るってことで……うーん、まぁまだギリ斬れるんじゃないですかね?」
「なら、その時がきたら頼んだぞ」
「もちろん」
二人はそう話したが、お互いにそんな日が来ないことを薄々感じ始めていた。
〇
ダニエルの定期診察が終わると、お銀は一気に暇になってしまった。
ランスが何人かのグリーン隊を連れて、秋の森へ訓練──ほとんど遊んでるだけにも思えるが──に行ってしまっている。
よく遊ぶプリマと彼女と仲のいいメガデス、セスナは今日は別任務に駆り出されているため、やはり忙しい。
こうなるとお銀はやれることがほとんど思いつかなくなってしまうのだ。
そんな時は神魔法を練習しながら散歩するのがここ最近の日課だった。
体を動かすのは心にもいい。ダニエルの言葉を思い出しながら歩き始める。
「ぱぁ……ぱぁ」
シィル直伝の魔力循環を体内で行いながら、あたたかな日差しの中を歩く。
特に目的もなかったはずなのに、いつしか足はアイスフレームにある孤児院へと向かっていた。
魔力循環に集中していたお銀よりも先に、孤児院の庭で遊んでいた子どもたちが彼女に気づいた。
「あ、お銀だ!」「ほんとだお銀!」「おーい!」
「あらみんな」
あっという間にお銀は子どもたちに囲まれた。そしてあれよあれよと遊びに交じり、男の子たちとはチャンバラを、女の子たちとはあやとりや花冠を作って遊んだ。
お銀はどんな遊びでも真剣に取り組む。チャンバラでもままごとでも真剣にだ。またどんなに真剣に取り組んでも、あやとりなんかはまるでへたくそだったので、むしろ子どもたちが教えてやる側に回ることが多かった。
いつもそんな風なので、お銀は孤児院の子どもたちからは、ほかの大人たちとは違い、まるで友達の一人のように慕われていた。
ランスもそんなきらいがあったが、男の子に対してやたら厳しいので恐れられている。
「お銀あれやってあれ!」
「お、いいよー。誰か怪我してる人ー」
「おれおれ! これ!」男の子の一人が大胆に怪我した膝を見せる。
「なーんですぐに言わないかなぁ。まぁいいや。いたいのいたいの、とんでけーっ」
ぽわわとお銀の手から光が放たれ、男の子の怪我がみるみるうちに治っていった。
「すっげー! やっぱお銀は正義の魔法使いだな!」
「こらこら、いつも言ってるでしょう? 魔法使いに正義も悪もないって。居るのは良い奴と悪い奴だけ。つまり?」
「お銀が正義の味方なんだ!」
「そのとーりっ!」
しゃきんと剣を掲げる様を子どもたちがきゃーきゃーと囃し立てる。ちょうどその時、孤児院の中から子どもたちの面倒を見ているキムチが現れた。
「はーい。みんなそろそろお昼ご飯よ。手を洗ってきなさーい」
「「「はーい」」」
「お銀も食べていく?」キムチが聞く。
「ううん。私はいいわ」
「遠慮しなくてもいいのに」
「……みんなの分食べちゃいそうだから……」
「あはは……」
キムチはお銀の健啖家っぷりを思い出し、誤魔化すように笑った。
「えー! お銀、行っちゃうの!? 一緒に食べてこーよ!」一人の男の子が言った。
「いいのいいの。気にせずいっぱい食べな! そうすれば私よりも背が高くなれるよ」
ぶーぶー言う子どもたちを孤児院へ押し込んで、お銀は一息ついた。
「ありがとね」キムチが言った。
「ん? いーのよ! 私、思ったよりも子どもに好きみたいだから!」
「子どもたちの遊び相手になってくれるのもそうだけど。どちらかというと魔法のことね」
「あれは私の練習も兼ねてるから」
「男の子たちは怪我ばっかだからね。助かってるよ。でも、それ以上に魔法使いにお銀みたいのがいるってそう思わせてくれるのがありがたいのよ」
「ああ」
キムチはアイスフレームの中でも特にゼスの次世代を考えている人間だ。子どもたちの差別意識を少しでも無くしたいのだろう。
「シィルちゃんもいるけどね。あっちの方が優しい魔法使いとして適切じゃない?」
「あの子もいい子だけどね。ランスもくっついてくるし、お銀の方が子どもとの距離が近いから……」
「近すぎてちょっと舐められ気味だけどね」
他の年長者たちにはねーちゃんとかにーちゃんとかが呼び方にくっつくのに、お銀は子どもたちのほとんどから呼び捨てだ。
「好かれてる証拠だよ」
そう言ったキムチの口元は小さく震えていた。
「ひどいわ、キムチさん面白がって」
「ごめんごめん。お詫びに。はい」
キムチは懐から飴玉を取り出した。
「一つだけ余っちゃってね。子どもたちに見つかると取り合いになるから、持ってってちょうだい」
「じゃあ、ありがたく」
お銀は飴玉を受け取るとすぐに包装をはがして口に入れた。りんご味だ。
「いいね」
「それならよかった」
「りんご味は好きだよ。いつもアイスはりんご味だったから」
「……いつも?」
「そういつも……いつの記憶だろうね?」
お銀が首を傾げた。最近、不意に何かの記憶が蘇ることが多くなった。大抵はいまのように何でもない記憶だが、たまに辛いことを思い出して、息ができなくなる。
「まぁいいや。私はりんご味が好き。いいことじゃない」実に能天気にお銀は言った。
「……お銀のそういう明るいとこ。ほんといい所だと思うよ」
「私もそう思う。じゃあ、キムチさん。また」
お銀はピラピラと手を振りながら孤児院を後にした。
キムチはその背中を見送りながら、ウルザのことを思い出していた。
せめてお銀の半分でも自分の心と向き合う気持ちがウルザにあったなら。
そう思わずにはいられなかった。
〇
一通り散歩を終えたお銀は食事を済ませた後、軽く剣を振り、それも終わるとやはり暇を持て余した。
いつもならばそろそろシィルと一緒に神魔法の練習をしたり、家事のお手伝いをする時間なのだが、中々ランス達は帰ってこない。
ほとんど趣味のない人間であるお銀は誰かほかに暇な人でもいないかと、探し回った。
その結果見つかったのが、最近仲間になった二人の魔女。魔想志津香とマリア・カスタードだった。
グリーン屋敷の外で機械いじりをするマリア。その横で本を読む志津香。二人とも余暇を過ごしているようだった。
「こんにちはー! マリアちゃん、志津香ちゃん、あそぼー!」
「あ、お銀ちゃん」
「遊ぼうって子どもじゃないんだから」
「いいじゃない? 子どもっぽく遊んでも。ま、別にしたいことはないんだけどね」
「なによそれ」
「で、マリアちゃんはなに作ってるの? 志津香ちゃんはなに読んでるの? なになに? 教えて教えて知りたい知りたい!」
「本当に子どもみたいになっちゃった……」
三人はなんでもないことを話して時間をつぶした。
マリアも志津香もやはりこのお銀が自分たちの知るセナと同じ人間であることをよく理解し始めていた。
見た目はもちろん、喋り方や笑い方がまるっきり同じなのだ。
だが違うところも多くある。
まず感じるのは雰囲気の違いだった。
お銀は接し方こそ柔らかいものだが、その立ち姿には強者特有の迫力が備わっている。セナは逆にそこら辺を隠ぺいしており、二人のような剣を知らない者達から見ると、本当にただの町娘のように見えた。
感性もセナであった頃とはかなり違う。セナが持っていた人生に対するある種のドライさは冒険者生活で培ったものだったらしい。
だが最も違うところは嗜好だった。
セナはダンスと冒険が大好きで、暇さえあれば踊ったり、次の冒険への準備をしていた。それ以外にも料理をしたり、歌ってみたり、何かの図鑑を読んだりと、とにかくセナは多趣味だった。
一方でお銀にはそういったものがほとんどない。
自分がやりたいこと、またやってみたいことというものがないらしい。
マリアや志津香のやっていることを聞きはするものの、それはあくまで二人と話す口実のためだ。
ほとんど理解できていないであろう内容も、楽しそうにニコニコと笑って聞いている。
失われている。マリアはそう思った。
自分というものが彼女からはほとんど失われ、残っているのは他人への善意と好意だけ。
そう思うととても悲しくなった。
機械の話を聞きながら、お銀が相槌がわり、あるいは話題作りのために言った。
「二人ともいつもそんな感じなの? 私も何か趣味でも探してみるかしら」
「じゃ、じゃあ!」マリアは上ずったように言う。「ダンス……とかどうかしら?」
「ダンス? ダンスか……ダンスは…………うん、見たことないわね。どうなんでしょ?」
「いいんじゃないの?」志津香が言う。「体動かすの得意でしょ」
「まぁ……そうね」
お銀は少し黙った。なんとなく心に引っかかるものがあったのだ。
考えてもそれが何かわからなかったので、すぐにまた違う話題に戻った。
もはや何か思い出しそうになることは、お銀にとっての日常だった。
それが普通ではないことはわかっている。しかし、恐れてはいない。
自分は前に進んでいる。そう思いながら、日々を過ごしているのだ。
〇
夕食まであとちょっとという頃合いで、ランス達は帰ってきた。
偶然、散歩の途中でお銀は一行に出会う。
「あら、ランス隊長おかえり」
「おお、お銀。お出迎えとはわかっとるではないか!」
「偶然だけどね。あ! シィルちゃん! おかえりー!」
「わ」
勢いよく飛びついた背の高いお銀のせいでふらつきながらも、シィルは彼女を受け止めた。
「はい。ただいま戻りました」
「シィルちゃん居なくても真面目に練習してましたよー!」
「えらいですね。お銀ちゃん」
「おい! なんで俺様よりも歓迎しとるんだ! シィルは俺様の奴隷だぞ! ど・れ・い!」
「シィルちゃんは師匠ですから~。どんなに歓迎してもいいのよ。ロッキーくんもお疲れ。怪我してない? 治そうか? リズナちゃんはどう? どっか痛くない?」
「私は大丈夫です。ありがとうございます」
「おらも、今日は大丈夫だすよ。ほとんど怪我はないだす」
「おー強くなってるね!」
「へへへ、はいだす」
「がー! 無視するな!」
「無視してない無視してない。ランス隊長もお疲れ様。ていうか、いの一番に迎えてあげたじゃないのよ」
「もーと豪勢に迎えろと言っとるんじゃ! 俺様は隊長だぞ!」
「豪勢ってどんな……?」首をかしげてお銀が聞く。
「ぐふふそうだな。裸になってお出迎えとか……」
「そういうこと、おやめになってくださいね」
「うぉ! カオルか。突然現れるな。さっきまで随分後ろにいたのに」
「何度も言っておりますが、お銀様にそういう発言は控えてください」
ランスはカオルの言葉を聞き流しながら、視線をお銀の方へ向き直った。
彼女はうまくランスの言葉を理解できないようだった。
「えっと、ランス隊長? 結局豪勢ってどんな……?」
「うーむ、やはりお銀にセクハラしても面白くないな」
「やめてくださいね。本当に」
「お、カオルちゃんもお疲れ様! 今日はどうだったの?」
「はい。お疲れ様です。なかなか大変でしたよ。女の子モンスターをかなり追い回しましたから」
「へー。なんか大変そう」
「ぐふふ。苦労しただけのリターンがあるのだ……おう。楽しみにしてるぞ!」
「? 何が?」お銀はまた首をかしげる。
「がははは! 気にするな! シィル、今日の夕飯はなんだ!?」
「カレーマカロロです」
「あー、前はうまく作れなかったなぁ……前……? まぁいいや、シィルちゃん! 私も手伝うよ!」
「いや、お銀は手伝うな」
「えー!? 隊長なんでそんなこと言うのよ!」
「えーい! この前厨房がどんなになったか忘れたのか! ぜーたいじっとしておれ!」
ガヤガヤといつものように楽し気に話しながら、グリーン隊は屋敷へと帰っていく。
レジスタンスとは思えないような朗らかな一日であった。
ダニエルが好きです。
ランスくん視点が多い本編だと結構口の悪いおじいさんですが、医者として患者と真摯に向き合っているところがとても好感を持てます。
今回の話は、自身の記憶障害に真剣に向き合った結果、以前は大事だった記憶の想起が日常の一場面になったという回です。周りの仲間も同じようにお銀の状態を日常としてとらえるようになっています。
ゆえに日常回でした。
あと描写されてないグリーン隊の調教師がいますが、お銀の性的なものへの認識障害の結果、存在がセクハラ判定を受けており、一切お銀に認識されなくなっております。
最後の場面でもいました。