くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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毎日更新終わりって言いましたが、書き終わったので投稿です。


果たして復讐鬼は

 カオルが報告のためにウィチタと接触できたのは、お銀が消えてから二日も経った頃だった。

 

 お銀によって貫かれた傷のせいで常に誰かが側にいたために、一人でアイスフレームを抜け出すことができなかったのだ。

 

 その間にグリーン隊の面々にはお銀の真実が共有された。

 つまり彼女がセナ・ベリウールであるということは、グリーン隊周知の事実になったのだ。

 

 この事実に最も驚愕していたのはランスであった。

 彼はただ一人、以前からの知古でありながらこの事実を伏せられていたのだ。

 当然、カオルはランスが怒り狂うことを覚悟した。そういった彼を軽んじるような行為は、ランスのプライドをひどく傷つけるものだからだ。

 

 しかし、意外にもランスはカオルやシィルを怒鳴りつけることはしなかった。ただ一瞬目を見開き、押し黙った。

 大きなショックを受けている。誰からもそう見えた。

 

 ランス隊長には悪いことをしてしまった。

 カオルがランスに申し訳なく思ったのはこれが初めてだ。

 

 友人だったのだ。彼がいつも当然みたいに言う『俺の女』ではない友人。

 そんな人がひどく心を病んだせいで自分のことを忘れている。その事がどれだけ心に痛みを与えるのか、カオル自身も知っていたはずなのに。

 

 そんなことを考えながら森を抜け、いつもの密会場所でカオルとウィチタは落ち合った。

 ウィチタはカオルの顔を見て、何かがあったのだと察した。

 

 カオルはマジノラインであったことを包み隠さず話した。

 

「そんな……セナさんが……そんなひどいこと」

「……私もそう思うけど、でもあの方があんなことをしてしまうのも仕方がないとも思うわ」

 

 カオルは治ったばかりの肩を無意識に触った。

 

「私に怒りを覚えるのも、仕方ないことよ」

「そんなことない! ……そんなこと、ないよ」

「……ともかく、セナ様が我々に、ゼスに対して敵対的な存在になったのならば、魔軍に匹敵する脅威。我々は備え、戦わなければならないわ」

 

 カオルは自分で言っていて不安になってくる。

 セナは魔人を下した猛者である。その強さは記憶をなくす前も後も、他ならぬカオル自身がよく知っていた。

 本当に彼女の力がすべて戻ったのだとしたら、自分たちに──ゼス王国ガンジー派に──セナを止める力はない。

 

「……もしかして」ウィチタが言う。

「どうしたの?」

「……昨日この近くにある治安部隊の支部を潰したのって、カオルたちの仕業じゃない?」

「そんな任務はどの隊も受けてないわ……もしかして、それがセナ様がやったことだって言うの?」

「かもしれない。もしそうだったら、まだ希望は残ってるかも」

 

 ウィチタの言う意味が分からず、カオルは聞き返すように彼女を見た。

 ウィチタはそれに気が付き、まっすぐカオルを見つめ返した。

 

「昨日、治安部隊の支部が襲われて、壊滅したわ。更地になるほど破壊の限りを尽くされたけど」

 

 そこでウィチタは一度言葉を切った。

 

「……けど、死者はゼロよ」

 

 

 〇

 

 

 鼻歌を歌いながら、女が一人歩いている。スキップするような軽やかさで歩を進める女は、床に転がっている治安部隊の頭に足を置いた。

 

 絶叫と頭蓋が軋む音が女の耳に届き、いよいよぐしゃりと潰れるかと思われたとき、不意に女の力が緩み、足元の治安部隊が気絶する。

 

「うーん……ま、いっか。ライトニングレーザー」

 

 女の手から放たれた魔法が治安部隊の詰め所を破壊する。

 そのまま女が手を上に掲げた。

 

「…………もー」

 

 しばらく手を上げていた女だったが、何をするわけでもなく手を下げた。

 そのままつまらなそうに歩き始める。

 

 その様子を見ていたまだ意識のある治安部隊員たちは緊張の糸が切れたように次々と気絶した。

 だが誰も死んではいない。

 

 この女──セナ・ベリウール──によって壊滅させられた治安部隊支部は、これで二つ目である。

 何の苦労もなくそれをやり遂げたセナは、やはり軽い足取りで治安部隊の詰め所を後にしようとする。

 

 しかし、その目の前に大きな影が立ちふさがった。

 

「あら、えーと……ああ。こんばんは。()()()()()

「……お久しぶりですな、セナ殿」

「あら? お銀とは呼んでくださらないの? かげろうお銀。ミト様のために悪を討つ、素敵なくノ一。大好きな作品から取ってくれたコードネームでしょう?」

「あなたを私の世直しに巻き込んだのは、私の人生でも指折りの間違いでした……。あなたはこの国の……私の至らぬ政治の犠牲者だったのに、殊更手を汚させてしまった」

「心配しないで王様。子どもをいーっぱい飼ってた将校さんを斬ったのも、署を麻薬だらけにしちゃった警察官さんを斬ったのも、私後悔してないわ。だって、お父様を斬ってるみたいで、すっごい興奮したもの!」

「セナ殿……ここで、ここであなたを止めさせていただきます」

 

 ガンジー王は剣を抜いた。征伐のミトとして活動するときには見せることのない、本気の戦闘スタイルだ。

 セナもまた剣を抜いた。魔法戦士と戦うのは初めてではないが、ガンジー王レベルの使い手と戦うのは初めてだった。

 

「超・炎の矢ァ!!」

 

 ガンジーがすさまじい威力の魔法を放つ。間髪入れずに剣を構え、反撃に備えた。

 その行動自体は至極正しい。彼が想像した通り、放った魔法はセナの魔法バリアに阻まれ、彼女を焦がしたものの、足を止めるまでには至らない。

 超速度でガンジーの懐に飛び込んできたセナに対して、ガンジーは真っすぐ剣を振り下ろした。

 だがその剣よりも速くセナは走り抜け、すれ違い際に放った剣撃でガンジーを袈裟斬りにした。

 

「が……あ!」

「思ったよりも魔法が強いから、焦りましたよ」

 

 ガンジーが膝をつく。何とか再び立ち上がろうとするが、血液とともに体から力が抜け、うつ伏せに倒れた。

 首だけを動かしてセナを見る。彼女は魔法によるダメージを受けているものの、戦いに支障が出るほどではない。

 

 魔法の腕に大きな差はない。しかし、剣の腕が違い過ぎる。やはり、私では無理か。

 ある種わかっていたことを再確認しながら、ガンジーは必死にセナを目で追った。

 

 彼女はゆっくりとガンジーに近寄ると、剣を振り上げる。

 

「……セナ殿。どうか私の命でこの国を見逃してはくれないだろうか?」

「…………」

 

 セナはガンジーの言葉について考えているのか、剣を振り上げたまましばらく止まっていた。

 やがて剣を下すと邪気を感じるような微笑みで言った。

 

「逆にしましょうガンジー王。この国と引き換えであなたの命を助けてあげる」

「……は?」

「ククク……」

 

 抑えつけるような笑い声をあげると、セナは剣を引き、まるでガンジー王など存在しないかのように歩き始めた。

 

「お、お待ちくださいセナ殿! セナ殿!」

 

 渾身の力を振り絞り、声を上げるガンジーだったが、セナは止まることなく、夜の闇へと消えていった。

 

 

 〇

 

 

 ゼス王国ガンジー派はかつてないほどの混乱に見舞われた。命に別状はないものの重傷を負ったガンジー王からもたらされた情報は、ガンジー派を、特にカオルやウィチタなどセナの人となりを知る人間を愕然とさせた。

 

 この混乱の中で意外にも指揮を執ったのは、かつて狂気に蝕まれていた四天王の一人、パパイア・サーバーであった。

 パパイアは迅速に現状を解析すると、自身が守る跳躍の塔に戦力を集め始めた。

 

「本当にセナさんはここに来るのでしょうか?」助手のキャロットが不思議そうに聞く。

「来るわ。必ず来る」パパイアは断言した。

 

 パパイアは今までセナが行ったと思われる襲撃を元に、ある程度の進路予測を立てていた。

 かなり衝動的に破壊行動を行っているように見えるが、その実、まっすぐに跳躍の塔へと向かっている。

 セナがガンジー王に言った言葉の意図は明確だ。ゼスの崩壊。それこそが目的であるならば、ここに向かっているのも理にかなっている。

 

 セナはマナバッテリーを狙っているのだ。マジノライン地下で見つかったマナバッテリーも彼女は破壊している。

 ゼスを崩壊させる一番の近道はマジノラインの稼働停止であることは間違いない。セナは最短最速でゼスを終わらせるつもりなのだ。

 

 それとも私を殺すのが目的なのかもね。

 

 ふとそんなことが浮かび、引っ張られるように父の顔を思い出した。ネルソン・サーバー。いまやペンタゴンという過激派革命組織の長となった父は、ノミコンによって狂気に飲まれた自分のせいで、まともな感性を失ってしまった。

 セナと父が浮かべた自分に対する怒りと失望の目は、思い返すとあまりにもそっくりだった気がする。

 

『ケケケ、姐さんはひっでぇことばっかしてたからな! そりゃあ、あいつも怒るさ!』

 

 幻聴がそう言った。だがパパイアは無視した。もはやこの声に振り回されている暇はない。あとどれくらいでセナがこの跳躍の塔に到着するかわからないのだ。彼女と戦うためにはいくら戦力があっても足りはしないのだから。

 

 そうして時間は過ぎ、ガンジー王がセナによって襲撃されてから丸四日経った。

 パパイアは一人、跳躍の塔の頂点にある自身の研究室に引きこもっていた。唯一いまでもパパイアが狂気に陥っていたころの名残を残すこの研究室には、かつてほどではないとはいえ、倫理的とは言い難い実験器具や成果物が転がっている。

 

 これらの多くはセナの記憶を取り戻すためにパパイアがこの一年間のうちに作り出したものだったが、実際にその効果があるかどうかは検証されていない。

 実験段階にあるものが多すぎるのだ。雷系の魔法を利用した脳の活性装置やモンスターの体液を利用した向精神薬。そんなもの、臨床試験無しでセナに利用できるはずがない。

 そんな風に二の足を踏んでいた内に状況は悪化し、こんなことになってしまった。

 

 それでもパパイアは習慣的に新たな実験を行っている。そうしているのが一番落ち着くからだ。

 

 試験管に薬品を混ぜようとした時、わずかにそれらの液体が波打っているのを見て、ついにそれが始まったのだと確信した。

 すぐに準備してあった緊急用回線を開き、跳躍の塔全体に声を届ける。

 

「総員シフトAを実行して。彼女が来たわ」

 

 本当はすでにこの跳躍の塔に紛れ込んでいるのだろう。下層に待機させていた人員からの連絡も緊急のアラートもならないことから、セナがどれほどの手際で彼らを倒しているのかが察せられる。

 

「あと十分か二十分か……果たしてうまくいくかしら」

 

 パパイアはこの時のために用意していた道具を次々とポケットに突っ込んだ。パパイアが直接対決でセナを止められる可能性は限りなくゼロに等しいが、それでもそれらの道具は気休めになった。

 

 研究室で戦うことになれば、貴重な実験道具が破壊される可能性がある。パパイアは部屋の外に出て静かに彼女を待った。

 心臓があまりに速く動くので、どれくらいの時間が経ったのか、パパイアにはわからなかった。

 妙に周りの音が鮮明に聞こえ、彼女のゆっくりとした足音さえも聞き取れる。極限の集中状態にあるのか、いつもならばちゃちゃを入れてくる幻聴はどこか遠くに行ってしまった。

 

 ついに目の前に現れたセナを見た時、パパイアはどこか現実感を失ってしまったようだった。

 

「はーい。パパイアちゃん、久しぶり。大体一年ぶりかな?」

「……ええ、セナちゃん。それぐらいね」

「懐かしいねぇ。ここで会った時のこと覚えてる? パパイアちゃんが言ったこと本当は図星だったんだ」

「あの時のは本心じゃないわ。セナちゃんもあんなこと思ってもなかった」

「いいえ、本心よ。私、ほんとはお父様みたいな人たちを斬り殺したいの。お母様みたいに犯されたいの。ありがとう、パパイアちゃん。あなたのおかげで本当の自分を見つけられたわ」

 

 パパイアを馬鹿にしたような面白がるような、そんな表情をセナは浮かべた。

 

「……あなたがどれだけ私を、自分を貶めようとも、好きにはさせないわ……マナバッテリーは破壊させない」

「あー。そういえばあったね、マナバッテリー。うーん……ごめんね、パパイアちゃん。()()()()()()()()

 

 その言葉にパパイアは目を見開いた。

 

 

 〇

 

 

 その部屋は今や見る影もなく破壊しつくされていた。中央に設置されているマナバッテリーは特に入念に破壊されている。

 ボロボロの部屋と同じくらいボロボロの警備兵が少しの間失っていた意識を取り戻した。

 

 何とか首を動かし、先ほどまでここにいた恐ろしく強い女戦士の姿がないことを確認して唇を噛む。

 マナバッテリーを守ることができなかった悔しさに震えるが、同時にパパイアが自分たちマナバッテリーを守る警備兵にだけ耳打ちしたことを思い出す。

 

『もしこの塔すべてが落とされる前にセナ・ベリウールがここに来たら、戦おうとは考えずに逃げなさい』

『わかってるわ。マナバッテリーは国防の要よ。出来ることなら守り抜きたい。けど、現実的に考えて、あなたたちでは、というか私でもあの子に勝つのは万に一つも不可能よ。だったら、命の方が大事じゃない?』

『それにね。もしセナ・ベリウールがいの一番にここへやってくるようなら、まだなんとかなるかもしれないわ』

 

 警備兵はあの時の希望を宿したパパイアの目を思い出した。長らくあの人に失われていた美しい光だった。

 

 

 〇

 

 

「ふふふ」思わずパパイアは笑い声をあげる。

「なに? どうしたの? パパイアちゃん」

「おかしいと思ってたのよ。あんたの移動ルートが」

「んん? どういうことかな?」

「治安部隊の支部を潰しながら、まっすぐこっちに向かって向かってくるなんてさ。そんなこと()()()()()()()()()()()()()()。近所の公園にだってまっすぐ行けない子だったのよ」

「…………」

「誰も、この跳躍の塔にあるマナバッテリーの位置なんて、部外者に知らせるようなことしてないわ。でも、ただ一人……いえ、一個かな? 私たち以外(ゼス軍人)に知ってる奴がいる。私とずーと一緒にいた奴がね」

 

 パパイアはセナを見据えた。まるでその内側まで見極めるように。

 

「あんた、ノミコンでしょ」

 

 初めてセナの顔に驚愕の色が浮かんだ。だが、すぐに口角を吊り上げ、邪悪そのものといった笑みを見せる。

 

「だーいせいかーい。さっすが姐さん。ぼくはあなたの大親友。ノミコンだよーん。ケケケケケ」

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