くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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跳躍の塔にて

 ノミコンの認識では自身の力で狂ったパパイアが目の前の女を煽っている姿が最後に覚えていることだった。

 気が付くとノミコンは今まで見ていた風景とは全く違うどこかに居た。

 

 いや、居るというのは正確な表現ではないのかもしれない。

 何せその場所には空間そのもの以外なにもないのだ。建物も空も大地も何もかも。ひいては寄生していたパパイアはもちろん、ノミコンの本体である魔導書も何もない。

 だからそこに居るというよりは、ただ在るといった具合だった。

 

『ぼくは死んだのか? そもそも死なんてものが本当にぼくにあったのか』

 

 思考なのか発声なのかもわからない言葉に応える者がいた。

 

『はい。お前は死にました。しかし、寛大なる私はお前に次の仕事を与えましょう』

 

 一目で──瞳はないが──その存在があまりに強大なものだと理解した。

 

『な、なんだ……こいつは……?』ノミコンはそう思考した。

『こいつとはなんでしょうか? 薄い魂だけを与えられた出来損ないのくせに礼儀がなっていませんね』

 

 それがそう言った瞬間ノミコンは信じられないほどの苦痛をそれから与えられた。

 自我を持ったことを後悔し、すべてを投げ出して死んだその瞬間、元通りに戻ってそれの前で復活する。

 

『ひぃいい!!!』

『黙りなさい。私の話を遮るの?』

 

 不機嫌そうなそれの言葉に心底恐怖したノミコンは言葉も思考も必死に停止する。

 

『まぁいいでしょう。本来であれば、お前など堅物クエルプランの元へ運ばれ循環するだけの存在です。私に拾ってもらったことを感謝しなさい。では、お前の使命を説明します。お前を殺したセナとかいう人間。あれは少し強すぎる。バランスブレイカーにもほどがあります』

 

 ノミコンの理解などどうでもいいと言うように、それは好き勝手に話し続ける。

 

『これでは主の望む闘争がつまらないものになってしまう。そんなこと決して許されないことです。ですので、今からあの人間にお前を寄生させます。お前はあの人間を人類の敵にしなさい』

 

 それ以上の説明もない。有無を言わせる訳もない。

 

 気が付くとノミコンはセナの中にいた。やらなければならないことは魂に刻み込まれている。

 その方法は生まれた時から知っている。

 

 

 〇

 

 

「助けておくれよ姐さーん! 姐さんと違ってこの女はすぐにボクのことを受け入れてくれると思ったら、全然逆でさー! 自分で人格をぶっ壊すもんだから、ボクまで奥底に入れられちゃったんだよー! もうさんざんさ!」

「その子は最強の冒険者だもの。それくらいやってのけるわ」

「ケケケケケ。そんなこと出来やしないの、姐さんが一番よくわかってるでしょ?」

「あんたが随分弱ってるのも、よーくわかってるわよ」

 

 セナは──ノミコンはニヤニヤと笑いながらも真剣な眼差しでパパイアを見る。

 

「やっぱりわかっちゃうか」

「当たり前よ。もしセナちゃんが完全に乗っ取られているなら、死人が出ないなんてありえない。あの子の精神力で抵抗してるのかもと思ったけど、やっぱりあんたの方が弱ってたのね」

「なんだカマかけだったの。口がうまいなぁ。ついでに教えてあげるけど、こいつは全然精神面では抵抗できてないよ。姐さんとは大違いだ。どちらかというと肉体かな。反射神経的なの? それがずーと邪魔してくるんだよね。これが最強の肉体ってやつなのかな? 気持ち悪い女だよ」

「随分ベラベラ喋ってくれるじゃない」

「昔のよしみってやつさ」

 

 ノミコンは笑みを崩さない。自身がセナの肉体を制御しきれないことなどこの場においては何の問題にもならない。

 ゼス四天王に数えられるパパイアは人類の中でも非常に優秀な魔法使いだ。

 しかし、その程度ではこの肉体を止めることはできないのだ。戦いの結末は決まっている。あとはどうそこにたどり着くかだ。

 

「姐さんがボクのことをわかるようにボクも姐さんのことならよくわかってる。ボクの正体に一番に気が付くのも、その対策をうてるのも、姐さんだって思ってたよ。だから、最初にここに来たんだ」

「それは光栄、ね!」

 

 パパイアは懐から睡眠薬の入った試験管を投げつけた。ノミコンはそれを剣で斬ったりはしなかった。剣先を巧みに使い、受け止めるように試験管の勢いを殺すと、そのまま傷つけることなく床に転がした。剣を使えないパパイアでも、それが絶技であることはわかる。

 

「姐さんはどんなものを作ってくるかわからない。時間を与えれば時間を与えるほど危険だ」

「考えなしねノミコン。前と何も変わらない。セナちゃんの体で殺しができない以上、あたしを襲っても無駄なのに」

「でも、長いこと気絶させることはできるよ」

 

 気が付くとノミコンはパパイアの懐に潜り込んでいた。剣はすでに振りかぶられている。

 斬り上げを喰らったと認識できた時には、パパイアは仰向けに倒れていた。しかし、死んではいない。重傷だが死に至ることはない程度の傷を負っていた。

 

「……ほ、らね」乱れた息でパパイアは言った。「無駄なのよ」

「本当にむかつくね。姐さんも、この体も」

 

 ノミコンは剣を上段に構えるが、右手はプルプルと震えるだけで振り下ろされることはない。

 セナちゃんの肉体が抵抗してるんだわ。パパイアはそう思った。

 自然と浮かんだパパイアの笑顔に、初めてノミコンは不愉快そうな怒りの表情を見せた。

 

 次の瞬間、ノミコンの腕が振り下ろされ、パパイアの左肩から先が切断された。

 

「ケケケケケ!! なーんちゃって!!」

 

 パパイアはなにが起きたかわからずに痛みに晒された。

 その白黒させた目があまりに面白かったので、ノミコンは笑いながら言った。

 

「ガンジー王を斬った時に気づいたんだ! この体さぁ!! 顔見知りを斬ると、外れていくんだよ!! タガが!!! 斬れるようになっちゃうんだよねぇ!!! 殺せるようになっちゃうんだよねぇ!!!!」

 

 ノミコンの笑い声が部屋中に響いた。楽しくて楽しくてたまらないというように。

 その中にかすかにパパイアの笑い声も混じっていると気が付いた時、ノミコンは今度こそ本当に不愉快さを顔に出した。

 

「ふふふ、ま、だ……一息に殺せるほどじゃないのね……」

「嘘でしょ、姐さん? 心臓に近い左肩だよ? 普通死ぬよね? まだ喋るってさ、どういう精神力してんのよ。ほんと、前から思ってたけどね」

「あんたが、知らないこと……教えてあげる」

「はぁ?」

「シフトAのAは……アニス(Anise)のAよ」

「てやややー!!!」

 

 部屋の壁を叩き壊し、ゼス王国最強──いや最凶の魔法使いがノミコンの目の前に現れた。

 ノミコン自身が驚いたために、迎撃に向かう肉体に追い付けず、剣先がアニスに触れる前に、呪文の詠唱(?)が完了する。

 

「とやー!!」

 

 気の抜ける声と共にノミコンの視界は真っ白になった。

 そして、パパイアたちの目の前から消えた。消滅したわけではない。転移させられたのだ。

 

 息も絶え絶えになりながら、パパイアはその光景を見て、一先ず安心した。

 

「まったく……あたしを巻き込まなかったのは奇跡ね……」

「何を言ってますの! アニスほどセナ様を捕まえるのに適した人員はいませんよ!」

「それ……は、別に、否定して……ない……」

「あ、そうですね。早とちりです!」

「ま……たく……」

「ちょっと手当! 呑気に話してないで手当てしてください!」

 

 入ってきたキャロットの必死の応急手当により──あらかじめ輸血用の血を用意していたのが役に立った──死の危険から脱したパパイアは、強靭な精神力を持って意識を保っていた。

 

「こういう、場合って眠ったら死ぬのかしらね……それとも眠らないと死ぬのかしら……?」

「少なくとも、喋ってていいことはないので、黙っててください」

「……キャロット、話してたもの。準備してくれた……?」

「……はい。保存食含めて大体一か月分迷宮内に隠しておきました」

「そう……でも、どれくらい持つかしらね」

 

 その質問には、誰も答えることができなかった。

 アニス不思議迷宮。おそらくいまノミコンを捕えておける唯一の監獄のことを頭の中で思い描きながら、パパイアはようやく意識を手放した。




パパイアを重要キャラにするつもりはなかったのですが、なんか割と重要キャラになりました。
ミリといいパパイアといい両刀使いはプロットを破壊する。

追伸、誤字報告ありがとうございます。
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