結果的に書くことが増えてます。
ここからちょっと毎日更新です。
「受けるべきですね」
コーラはセナの話を聞いて、そう結論付けた。
セナ達の探し物を手伝う代わりにセナの力をガンジー王のために貸してほしい。
そんなカオルからの申し出に、セナはその場で首を縦に振ることが出来なかった。
それは勇者一行の行動方針に関する最終決定権が勇者アリオスにあったためだ。
セナとコーラは意見を言うものの、最後にどうするかを決めるのはアリオスだった。
「正直なところ、セナに負担が大きすぎるとも思っている」アリオスは神妙な顔で言った。「俺たちも付いていけるならまだしもな。依頼を出されたのはセナ一人なんだろう?」
「そうね。でも、依頼は不正を暴かれて逃亡中の官僚を捕縛するって内容だから、問題はないと思うわ。カオルさんも同行してくれるって話だし」
「しかし負担は負担だ。その間、俺たちは何もしてないのも気になるしな」
「そんなこと気にすることではありません」コーラがイライラしながら言った。「二人ともわかってないんですか? この依頼はいままで滞っていた劇場探しを終わらせるだけのものじゃありません。もっと重要なのはガンジー王とのパイプが出来ることです」
コーラの言葉にセナが首を傾げると、コーラは深いため息をついた。
「我々が探しているエスクードソードはこの国の遺跡に眠っています。いままで我々はその遺跡に忍び込み、エスクードソードを取ってくるつもりでした。当然、ゼスの管理下にある遺跡に、忍び込まなければならなかったんです。しかし、それが国王公認の探索ということになれば、どれだけ楽になるか」
珍しくコーラがまくし立てるのでセナはひぃと縮こまった。
アリオスはコーラの話を聞いてもまだ考えているようだった。
「心配だ」再びアリオスは言った。
「ちょっと? なんか心配し過ぎじゃない? 私、これくらい二人がいなくとも平気なんだけど?」
「そうだろうが……しかし、ゼスに入ってからの君は」
そこまで言いかけてアリオスは一度目を瞑った。小さく口を動かして自分の考えを舌の上で転がす。
「いや、これ以上の心配は君に失礼だな。勇者の責務を果たすためにも、劇場はすぐに見つけたいし、ガンジー王とのパイプが欲しい。すまないがお願いできるか?」
「もちろん!」
「それでいいんです。まったくようやく勇者の自覚が出てきましたね」
「おかげさまでな……セナは本当に大丈夫か?」
「え、結局心配?」
「いや、依頼ではなく、一人でその依頼主のところに行けるのか? ちゃんと集合場所は覚えているのか? 持っていくものは聞いたのか?」
「そういう心配!?」
保護者のようなことを言うアリオスに笑いながらも、セナはよくよく思い出してみた。集合場所は聞いた。しかし……。
そして、セナは二人に明日のための地図を作ってもらった。
〇
「大丈夫ですか?」カオルがうし車にゆられながらセナに問いかけた。
「え? はい、大丈夫。大丈夫です」
「……そうですか」
すぐに会話は終わり、セナはまたぼんやりと前を見た。あるいはつい先ほど見た光景を幻視した。
逃亡中の悪徳官僚。そいつの隠れ家には何人もの子どもが男女問わず囚われていた。彼らがどんな扱いを受けていたかは一目瞭然で、少なくない数がもう元には戻れないほどに精神を傷つけられていた。
いやな仕事だった。
いままでこういう仕事がなかったわけじゃない。しかし、自分の故郷がこんな風に穢れていることを見せつけられると、セナはひどく傷ついた。
それと同時にそんな悪い人間を自分の手で捕らえられたことに達成感も覚える。
きっと今日自分がしたことは、人生の中でも特に讃えられるべきことの一つだった。
アリオスの旅に同行したり、ヘルマンとの戦争で戦ったり、それよりは少し規模が小さいが、確かに誇るべきことのように思えた。
それでも、気分は落ち込むばかりだ。
「──様? セナ様? 大丈夫ですか?」
「ん? ああ、ごめんなさいカオルさん、ちょっと考え事をしてました。なんでしょうか?」
「……聞こえていませんでしたか。ちょうど今しがた調査に出していた者が戻りました」
「調査? ああ、劇場のことね。それはよかった」
「……いえ、よくはないかもしれません」
「どういうこと?」
「セナ様から聞いた情報から、演目を割り出し、当時上演してた劇場を探しました。候補はいくつかありましたが、セナ様がすでに確認したものを除くと、残ったのは一館……ラグナロックアーク幻想大劇場一つです……ここは三年前に焼失しました。いまはもうありません」
今度こそ鈍器で殴りつけられたような衝撃を受ける。
いい思い出は何もかもなくなってしまう。ゼスに入ったばかりの時に思ったことが、再び頭をよぎった。
「……そうですか」
出来るだけ失望を隠すようにセナは言ったが、カオルの表情を見るに失敗したようだった。
「セナ様」カオルが言った。「ほかになにか、私に出来ることでしたら、なんでも申し付けください」
「そんな、別に……あの劇場が無くなっちゃったのは、カオルさんのせいじゃないから……」
「いえ、お願いします。これが報酬では王に面目が立ちません」
真剣そのものであるカオルの様子にセナは困ってしまう。
これ以外の望みなど──そう考えて、依頼を受ける前にコーラが言っていたことを思い出した。
国王公認の探索ということになれば、どれだけ楽になるか。
セナはカオルに向き直る。
「…………じゃあ、アリオス君が、勇者がゼスを自由に探索できるように、取り計らってもらうことって可能ですか?」
「自由に、ですか?」
しまった。あまりにも曖昧なお願いだったかもしれない。
「やっぱり完全に自由にっていうのは難しいですかね? アリオス君たちゼスの遺跡を調べたいそうで」
「遺跡……出来うる限り自由に勇者様が行動できるように手配します。多少こちらへの報告をしてもらうかもしれませんが」
「ありがとうございます」
よかった。これで少なくとも二人に面目が立つ。そう思うとまた思考は過去へと向かっていった。
しばらくセナは子どもの頃に行った劇場について思い出していた。
ラグナロックアーク幻想大劇場。紫色のカーテンに美しい刺繍がされているのを思い出す。椅子は赤くふかふかで、舞台は黒っぽい木製だ。
それらがすべて頭の中で燃え上がっていく。無残に焼け落ちる劇場のイメージは歓声や拍手の音を激しく燃える炎の音で上書きした。
「ほかに何かありませんか?」今度はセナの方がそう言った。
「はい?」
「もっと今日みたいなこと。この国を良くするためにやるべきことはありませんか?」
燃える劇場のイメージは、いつの間にかゼスで苦しむ人々を見た記憶にすり替わっていた。
彼らを助けたいと思った。確かにセナはそう思った。
個人的な悲しみを、苦しめられる大衆の気持ちと混同してしまったのだ。
人を──いや国を助けるためだ。きっと二人はわかってくれるだろう。セナはそんな見当違いのことを悩み始めていた。
致命的な取り違い。感情の混乱。
本来であれば、セナはともかく、密偵じみた仕事をし、人心を察する力に長けているカオルには、彼女の本心がすぐに見抜けただろう。
しかし、セナの強さが、またそのあまりに英雄的な表情が、その観察眼を曇らせてしまった。
そうしてセナはカオルと共にガンジー王の手足となって、ゼスの闇に挑むことを選択した。
それは紛れもなく彼女の人生において、最大の過ちである。
ガンジー王の手助けをするようになって、ほんの一か月の間に、セナは精神の均衡を失ってしまった。
そして、彼女の限界がいよいよ訪れようとしていたその日、後に十二月革命と呼ばれるクーデターが発生した。