くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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十二月革命

 本来であれば、その部屋は貴賓を迎えられるような豪奢な部屋だろう。だが家具や物が乱雑に散らかされているせいで、部屋が持つ本来の高貴さは見いだせない。

 そんな部屋の中心に場違いな皮鎧を着たセナが呆然と立っているので、ますます雰囲気は奇妙な緊張感を孕んでいた。

 

 セナはブツブツと何かを呟いている。昔から考えが口に出やすいタイプだが、ここ最近のそれは常軌を逸していた。

 自分にさえ理解できない呪詛のような呟きを続けながら、爆発しつつある感情たちを押しとどめている。

 旧知の仲だったパパイアを斬りつけてから、もう何日もこの調子だ。

 

 そんなセナの耳に切羽詰まった足音が聞こえてきた。

 カオルちゃんだ。反射的にそう感じ取ったセナは、心に残っている僅かばかりの意志の力で自らを正常に繕った。

 扉がノックされる。

 

「失礼いたします。セナ様……いま大丈夫でしょうか」

「もちろん、どうしたの?」

「失礼いたします。セナ様、お願いしたいことが」

「わかってるよ。この前わがまま(パパイアに会わせてもらったこと)も聞いてもらったしね」

「……その節は申し訳──」

「──いいの! 気にしないで」

 

 繕った笑顔──カオルは彼女が無理していることに気が付いているが──が崩れ、思わず拒絶するように言った。

 この頃、カオルはすでにパパイアがノミコンによって悪影響を受けていたことを知っていた。何度かセナにその事実を伝えようとしたものの、セナはその度にこうして耳をふさぐのだ。

 すでにセナの精神は限界まで追い詰められており、新しい情報というのが受け入れられないようだった。

 

 不意にカオルは新しい依頼など放りなげて、このまま彼女をそっとしてやりたい気持ちになった。

 第一、これ以上はセナの精神を考慮し、彼女に仕事はさせないという話になっていたはずだ。

 十分すぎるほどにセナはゼスのために働いた。

 彼女の仲間である勇者アリオスと連絡が付けば、すぐにでも彼と共に国賓として扱っていいくらいだ──もっともセナは一刻も早くこの国から出ることを望むかもしれないが。

 

 そんな思いが脳髄を駆け上ったが、すぐに思い直した。

 今回の事件が下手をすればガンジー王の命に関わるかもしれないからだ。

 セナは重要な協力者──仲間とさえ言えるほどの──だが、ガンジー王との天秤とあっては決して彼女の方に傾くことはない。

 これがカオル自身と比べるのであれば、すぐにでもセナを優先するだろうが。

 

「……ラグナロックアークの近郊でクーデターが起きました」

「クーデター? ……もしかして、革命組織?」

「はい。ペンタゴンと呼ばれる過激派組織です」

「……ペンタゴン。ペンタゴンか……またあいつらか。じゃあやっつけなくっちゃね。それが……ゼスのためだから」

 

 そう言ってセナは自らの剣に触れる。その雰囲気の危うさにカオルは思わず唾をのんだ。

 カオルはガンジー王の正しさを信じている。妄信しているのかもとさえ自分で思うほどだ。

 そのカオルから見ても、セナはガンジー王の正義──あるいはボンヤリとした正義という概念そのもの──に依存していた。そうしなければならないほどに、精神を摩耗しているのだ。

 

 それでもカオルはセナを連れて行った。彼女の力がどうしても必要だと思えたからだ。

 

 彼女は目測を間違えたと言わざるを得ない。

 セナの処刑台は予想よりもずっと近いところにあったのだ。

 

 

 〇

 

 

 現実が地獄と化すことはしばしばある。特にゼスでは。

 クーデターの現場であるラグナロックアーク近郊のとある町は、やはり地獄の様相を呈していた。

 所々で火の手が上がり、どこか遠くで悲鳴が聞こえる。

 

 こういう場所はどうしてこんなひどい匂いがするんだろう。ぼんやりとした頭でセナは思った。

 

「────―です。お願いできますか?」

 

 カオルが何か言っている。よくはわからなかったが、とりあえず頷いた。

 やるべきことはわかっている。ゼスの平和を乱す悪い奴らを斬ればいいのだ。

 

 セナは風よりも早く駆け出した。

 誰も追いつけはしない。あっという間に動乱の先端にたどり着くと、近くにいた襤褸切れを纏っている男を無視して、集団の後ろでセナの登場に驚いている女を無力化した。

 他の人間よりも身ぎれいだったので、この女がペンタゴンの人間だということはすぐに分かった。

 

 クーデターを指揮している人間がやられたことによって、当然彼女に扇動されていた者たちは動揺する。

 だがセナはその動揺が集団に伝播しきるよりも先に、その場にいる全員を打倒した。踊るような剣技は一切の迷いなく振るわれ、命を残したまま、意識を奪う。

 

 途中、セナの視界に一人の男が映った。おそらく魔法使いだったのだろう。高級そうな服がボロボロになり、顔色が真っ黒になるまで殴られて、死んでいる。

 どれだけ二級市民は一級市民が憎いのだろうか。あるいはその逆はどうだ? 

 

 そして、自分はそのどちらもどれだけ嫌悪しているのだろうか。

 いつの間にかただ一人倒れる人々の中で立ち尽くしていたセナだったが、そんな自問で意識を取り戻した。

 まだたくさん斬るべき人間がいて、守るべき正義がある。

 

 セナは走り出す。

 町が燃える音を聞いて、このまま放置したら、倒れている人間はどうなるだろうと思った。

 しかし、なにもしなかった。

 

 

 〇

 

 

「まずいわね」

「そう? 思いのほか素早く鎮圧できそうだけども」

 

 カオルの呟きにウィチタが反応した。その言葉通りにクーデターの扇動者が縛られていく。

 一見、カオルたちの仕事は順調そうに思えた。

 

「セナさんも大分活躍してくれてるし」

「それが問題なのよ。あの方はあまりに無理をなさってるから」

 

 せめてガンジー様が居てくださったら。そんな弱音をすんでのところで飲み込んだ。

 かの王は近頃パパイアの様子を見るのに忙しい。

 魔導書の呪いによって人格を歪められていた彼女をどう処分するか。

 それを決めるにはパパイアと直接会話しなければならない。そうガンジー王は考えているのだ。

 

 そのせいでラグナロックアーク宮殿に王は不在であった。

 クーデター鎮圧のために跳躍の塔から出発した報告は受けたが、果たして到着はいつになるだろうか。

 

「確かにね……でも、あくまで露払いだけをお願いしてるんでしょう?」

「ええ。少しかく乱したらこちらに戻ってきてもらうように言ったわ。でも」

「まだ戻ってきてないね。迷子かも。どうしてセナさん一人で行かせちゃったの?」

「誰も追いつけないわ。あの方に本気で走られたら。それに戦場で迷子になるような人でもないし」

 

 キョロキョロと居るはずもないのにあたりを見回すカオルをウィチタはやや困惑しながら見た。

 このクーデターは確かに大規模な事件だが、セナの強さがあればたった一人でも鎮圧できそうなものだ。

 ここまで心配する気持ちがあまり理解できなかった。

 

「隊長! 報告があります!」

 

 二人の会話が再開されるより先に、斥候として町に先行させていた兵士が戻ってきた。

 

「今回のクーデター。首謀者はやはりペンタゴンのようですが。どうやら一部貴族がその支援を行っているようです!」

「貴族が?」

「はい。おそらくガンジー王に反発する派閥の者たちでしょう」

「まったく! どこまで国を荒らせば気が済むのかしら!」ウィチタは激昂する。

「だからこれだけの規模のクーデターが起こせたのね……。納得だわ。でもだとしたら、危険だけどつけ入る隙はあるかもしれない」カオルが言う。

「どういうこと?」

「ペンタゴンと貴族……二級市民と一級市民が手を取り合って革命なんて、一朝一夕ではいかないはず。なら組織の中にはこの騒動を良しとしない人間も必ずいるはずよ。貴族に協力して革命なんて御免だって奴らが。あるいは、こんな暴力的な方法は間違ってるとそう思う人たちも……」

 

 半ば期待を込めてカオルは言った。

 

「なるほど。一枚岩じゃなくなった今の状況なら、少し突けば内部から崩壊するかもしれないってことね」

「そういうこと。でも、そのためにはある程度大きな一撃を奴らに与えてやらないと」

 

 カオルとウィチタは同時に二人の人物を思い浮かべた。ガンジー王とセナだ。

 今すぐにでもセナこの場から離したいと思っているのに、それが出来ないもどかしさをカオルは噛みしめる。

 

 もしセナがここに戻ってこない理由が、ゼスから一目散に逃げだしたということだったら、カオルは内心喜んで、そのまま彼女を送り出しただろう。

 だが実際のところ、セナはどんどんクーデターの中心に向かっていた。まるで誘蛾灯へ向かう虫のように。

 

 

 〇

 

 

 セナはすでに小集団を十組近く切り捨てた。

 血と狂乱の匂いはどんどん強くなり、人々は破壊と殺戮に溺れている。

 

 そんな中でセナの心は無風だった。何も思わず、何も感じない。ペンタゴンがどれだけ罪のない魔法使いを殺しても、もはや見慣れた光景でしかなかった。ただ下手人を打倒していくだけの作業だ。

 精神的無痛症。もしいまのセナを医者が見たら、そのような診断を下すだろう。

 作業のように暴動を止めながらも、彼女の心は傷ついていた。故郷を愛そうと努力しても、ゼスは薄汚れた部分ばかりをセナに押し付ける。武力だけを持った女にその痛みは辛すぎた。

 

 ゼスを救っている。セナはそう自分に言い聞かせていたが、本当に救いを求めているのは彼女自身だった。

 

「ぎゃあああ!!」不意に何者かの断末魔が響き渡る。

「何しやがる!!」別の男の怒声が聞こえる。

「もちろん。止めているのですよ。こんな愚かな暴動をね」

「そんな──ぎゃ!」

 

 自分以外の誰かが戦っている。知らない声だ。いったい誰が。

 

 セナは幽鬼のようにおぼろげな足取りで声の方へ向かった。

 声を頼りに路地をのぞき込むと、数人の暴徒が一人の男によって倒されていた。

 男はすぐにこちらに気が付いたようで、剣を向けてくる。

 

「誰ですか? あなたもこの馬鹿な騒ぎの参加者かな?」

「──い、いいえ、違うわ」首を大きく振りながらセナは言う。「私はこのクーデターを止めに来てる方よ!」

「……そうですか。信じましょう。そもそも、あなたにその気があれば、僕なんてすぐにでも殺してしまえるでしょうし」

 

 それなりに腕のある男だ。ぼんやりそんなことを思いながらも、セナは内心わずかな興奮を覚えながら言った。

 

「ありがとう。でも、すぐにここから離れて。どこも暴徒だらけですっごく危険だから」

「かもしれませんね。なら、あなたも避難するべきでは?」

「私は、任務だから」

「そうですか……あまり突っ込まない方がいい事情がありそうですね」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ」

「ですが、避難しろというのは聞けませんね」

「……どうして?」

「僕自身がこの騒動を止めるべきだと感じているからです。こんな方法で権利を勝ち取ろうとするなんて間違ってる。もっと正しいやり方があると思います」

 

 セナはまばたきを忘れて男を見た。この一か月で初めて怒りと憎しみではなく、義憤で立ち上がる人間を見た。打ちのめされた心の中に再び希望がわきあがってくる。

 

「わかった。じゃあ、一緒に来て。手伝ってちょうだい」思わずセナはそう言った。

 

 もしセナが精神状態が正常だったならば、この男の違和感に気が付いただろう。悪意と欺瞞に感づいただろう。

 そうすれば同行なんて絶対に願わなかったし、もしかするとすぐにでも斬りかかっていたかもしれない。

 男は心を隠して笑顔を向ける。

 

「では、ともかく自己紹介を。僕はアベルト・セフティ。しがない二級市民の冒険者です」

「私はお銀……いいえ、セナ・ベリウール。よろしくね。アベルトさん」




十二月革命の情報がほぼないので完全に妄想です。
ガンジー王が鎮めたらしいです。
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