くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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もしかしたら強いのかも

 セナとアベルトの二人は一緒にクーデター鎮圧のために動き始める。

 しかし、その動きはすべてアベルトによって操作されたものだった。

 まるで通りすがりのような体で接触してきたこの男は、その実、この騒動を起こしているペンタゴンのメンバーである。

 先ほど切り捨てた暴徒たちも元は彼自身が率いていた人間たちだ。あちらからすれば、突然リーダーが手のひらを返し襲ってきたのだから、どれだけの衝撃があっただろうか。

 

 なぜそんなことをアベルトはしたのか。

 それは当然、セナの信用を勝ち取るためである。

 アベルトは強く美しい女が好きだ。そしてそのような人物を見つけると、本当に自分が求める女なのか、悪辣な試練を与えて確かめるという悪癖があった。

 

 そんな彼がセナのことを知ったのは、恐ろしく強い女戦士がゼスの悪党を倒していると噂が出回り始めていたためだ。

 興味をもったアベルトはセナを探し、その高い調査能力を持って彼女を見つけ出した。そして抱いていた興味の大半を失うこととなる。

 

 セナという女に致命的な弱さがあるのをすぐに見抜いたからだ。

 

 ともかくこの女は力の割に精神が弱すぎる。ありとあらゆることを武力で解決できるほどの力を持ちながら、それをふるうだけで弱っていく心の持ち主など、自身の理想とは程遠い。

 しかしまぁ、出会ってしまったならば試してみるのも一興だろう。アベルトはそう考える。

 もしかすると、今から与えられる試練を経て、彼女はアベルトが望むような最高の女性に生まれ変わるかもしれない。

 

 ゆえにアベルトはセナとの会話の中で彼女が最も傷つく方法を探した。

 そして、あっけなく見つける。拍子抜けだ。

 

「こんな風に町を焼くなんて……いくら一級市民が憎いからって。こんなやり方……」会話の中でセナが呟いた。

「……もしかするとそれだけ、二級市民の自由が欲しいってことなのかもしれません」アベルトが言う。

「……そうかもね。二級市民のためなら、いくらでも一級市民を殺してもいい。それがペンタゴンの正義ってことなのね……私たちとは相容れない」

「ええ。そうですね」

 

 これだ。アベルトは確信する。

 セナは己の──あるいはゼス国王の──正義に寄りかかって生きている。そして、それ以外の人間も自分自身の正義のために必死に生きていると信じている。

 愚かなのか、それとも余裕がないのか。どちらかはわからないしどうでもいいが、ともかく正義という揺らぎ続ける価値観の衝突のためにこの国は荒れ果てていると思い込んでいるのだ。

 

 内心、アベルトは鼻で笑った。

 普通の人間よりも長い時間をゼスで過ごしてきたからこそ知っている。この国の悪逆に理由などない。

 それを理解したとき、果たしてセナはどのように行動するだろうか。

 

 薄々想像はついているが、アベルトはセナをそれとなく誘導した。

 ペンタゴンがどのような配置でクーデターを起こしているかはもちろん把握している。その中で最もセナの心が傷つくような事態が起こっている場所も、おおよそ見当がついた。

 

 

 〇

 

 

 そこは一級市民たちの町の中で数少ない貧民街への入り口だった。

 

 炎に巻かれて取り残された者たちがいないか探しに行くべきだ。

 アベルトにそう言われたとき、セナはハッとして自分を恥じた。暴動を繰り返すペンタゴンを斬ることばかり考えて、無関係の人たちを助けることなど、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

 ゼス国民すべてが手を取り合って生きていける社会を作る。ガンジー王が掲げた正義を思い出せば、まず行うべきは人助けだった。

 反省しながらセナは貧民街へと入っていく。アベルトと二手に分かれて、逃げ遅れた者がいないかを探す。

 

 火の手はかなり回っているようで、所々から焦げ臭いにおいがしている。

 

「おーい! 誰かいますかー!」

 

 返事はない。遠くの方で同じようにアベルトが叫ぶ声が聞こえるが、それ以外の声はしない。

 ゴウゴウと勢いを増す炎の音がなり、建物が崩れる音が聞こえるが、声は聞こえない。誰の声も聞こえないのだ。

 

「セナさーん!! セナさーん!!」

 

 ようやく聞こえてきたのは今までで一番大きいアベルトの声だった。明らかに異常事態を知らせる声色に、セナは大急ぎで声の元へ走って行った。

 

 到着した場所にあったのは死体の山だった。

 

「は?」思わずセナが言う。

「僕が来た時には──」アベルトが何か言っているが全く理解できなかった。

 

 死体の山はひどくみすぼらしい恰好をしていて、一目でここの住民だということがわかった。

 だがセナの目が吸い込まれていったのは、彼らが負った数々の傷跡だった。

 切り傷、殴打痕、絞め痕、火傷。

 魔法によるダメージが一つとしてない。つまりこの死体の山を築いたのは一級市民ではない。

 明らかにこれはペンタゴンによる凶行だ。

 

「二級市民の自由と権利のためじゃなかったのか……?」

 

 セナの言葉には大きな怒りが含まれていた。

 

「正義のためじゃ、なかったのか?」セナは続けた。止められなかった。「お前たちは、だから……! だって! ……なら、どうして!! お父様は!!! この国は!!! ……お前たちに……」

 

 アベルトはセナをつまらなそうに横目で見ている。セナは気が付かなかった。

 

「お前たちに正義はない」

 

 それからセナは完全に怒りに飲まれ、ペンタゴンの信奉者を切り捨てた。いままであった一片の容赦もない。確実に命を絶ち、二度とこのような事態を起こせないように決着をつける。

 

 誰の声も聞こえない。自身の怒りにだけ耳を傾け、前へ前へと突き進んだ。当然、近くにいたアベルトの誘導など全く意味をなさなかった。

 

 つまり、セナがその場所にたどり着いたのは全くの偶然というわけである。

 

 そこは特に被害のひどい場所だった。一級も二級も関係なく多くの死体が転がっていた。

 吐き気を催す臭いの中でもセナの感覚は的確に力を持った者たち──ペンタゴンの信奉者どもを見つけることが出来る。

 

 一人、また一人と切り捨て、世界から奴らを消していく。

 そんな中、セナは怒りに染められた表情を浮かべる男を見つける。魔法使いだ。近くに倒れる身なりのいい女性は間違いなく彼と関係のある人物と推察出来る。

 男は杖を構え、少し離れた場所にいる別の女狙った。恰好からして女はペンタゴンの信奉者なのだろう。

 

 セナはその光景から目を離した。興味がなかったのだ。魔法使いの男が奴らを殺そうが、逆に殺されようがもうどうでもよかった。

 ただセナはその手で奴らを殺しつくしてやりたかった。ペンタゴンをこの世から消し去ってやりたかった。

 

 そんな風に視線をずらしたせいで、全く想像もしてなかった音──否、声が耳に飛び込んできた。

 

「はぁぁああああ!!!」

 

 力強く、聞き覚えのある声。

 思わず、セナは再び視線を戻す。そこにはいつの間にかもう一人の人間が現れていた。

 

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 どれだけ彼に会いたかっただろう。どれだけあの日を思い出しただろう。

 

 しかし、その心は、ペンタゴンへの怒りによってすべて失われてしまった。

 いや、失われたどころか変質してしまった。

 激情というのすら生ぬるい感情の爆発は、剣を握る手を恐ろしく強くする。

 

 そしてセナはアリオスの元へ駆け出した。

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